大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)3702号 判決 1993年10月06日
《目次》
当事者の表示
主文
事実及び理由
第一編請求
第二編事案の概要
第一章前提事実
第一豊田商事の実態
一 豊田商事の前身
二 純金ファミリー商法の導入及びその構造
三 導入金獲得のための行為
四 導入金の運用実態
五 豊田商事の財務状態と豊田商事の破綻の徴憑
六 豊田商法による被害の広範性・深刻性
第二豊田商事と被告国との係わり
一 昭和五〇年代前半から同五六年春ころまで
二 昭和五六年春ころから第一五回消費者保護会議まで
三 昭和五七年秋ころから第一六回消費者保護会議まで
四 昭和五八年秋ころから警察庁主催第二回対策会議まで
五 昭和五九年六月頃から豊田商事倒産まで
六 昭和六〇年六月以降
第三原告らの本件被害の発生
第二章争点
第三章争点に関する当事者の主張
(原告ら)
第一総論
一 不作為による国家賠償責任の本質
二 不作為による国家賠償責任否定論批判
三 規制権限行使義務の根拠と要件
第二警察庁の責任
一 はじめに
二 消費者行政における警察の役割
三 豊田商法の実態と刑事摘発の必要性についての認識
四 対策会議等を通じての指示及び指導
五 詐欺罪による刑事摘発を抑止したことの誤り
六 出資法違反罪による刑事摘発を抑止したことの誤り
七 外為法違反罪による刑事摘発を抑止したことの誤り
八 警察庁の作為義務とその違反
第三公取委の責任
一 はじめに
二 消費者行政における公取委の役割
三 豊田商法の独禁法、景表法違反性
四 豊田商法についての実態認識
五 公取委の規制措置及び規制義務
六 公取委の義務違反
第四法務省の責任
一 はじめに
二 消費者行政における会社解散命令制度の役割
三 豊田商法と商法五八条一項一号該当性
四 豊田商法と商法五八条一項三号該当性
五 豊田商法の実態に関する認識及び認識可能性
六 法務省の作為義務及びその違反
第五章通産省の責任
一 はじめに
二 消費者行政における通産省の役割と責務
三 通産省の行政指導権限とその発動の必要性
四 豊田商法についての実態認識
五 通産省の作為義務とその内容
六 通産省が行政指導をしなかったことの違法
第六経企庁の責任
一 はじめに
二 消費者行政における消費者保護会議及び経企庁の役割
三 消費者保護会議決定の実施を推進する権限
四 豊田商法の実態及び規制の必要性についての認識
五 経企庁の作為義務
六 義務違反行為
(被告国)
第一総論
一 国賠法における違法性
二 規制権限の不行使と国賠法上の違法性
三 裁量行為に係る規制権限行使の義務化の判断枠組み
四 本件における規制権限不行使の違法性
五 被告国の公務員の過失
六 行政指導の不作為の違法性及び因果関係
第二警察庁の責任
一 原告らの警察庁関係についての主張
二 警察庁の調整権限の根拠
三 権限行使による反射的利益
四 警察庁の調整権限行使の裁量性
五 警察庁の公務員の過失
六 結論
第三公取委の責任
一 原告らの公取委関係についての主張
二 豊田商事に対する独禁法等の適用可能性
三 権限行使による反射的利益
四 公取委の権限不行使の違法性
五 公取委の公務員の過失
六 結論
第四法務省
一 原告らの法務省関係についての主張
二 法務大臣が警告の発出・解散命令請求をしうる状況になかったこと
三 権限行使による反射的利益
四 法務大臣の権限行使の裁量性
五 結論
第五通産省・資源エネルギー庁の責任
一 原告らの通産省・資源エネルギー庁関係についての主張
二 行政指導の根拠
三 行政指導の裁量性
四 行政指導の不作為と損害との因果関係
五 結論
第六経企庁の責任
一 原告らの経企庁関係についての主張
二 本件職務行為をなしうる権限
三 本件職務行為の裁量性及びその不作為の不合理性
四 結論
第三編争点に対する判断
第一章総論
第一はじめに
第二規制権限行使義務の発生要件
一 前提としての要件
二 裁量行為としての規制権限の行使が個別国民に対する職務上の法的義務となるための要件
三 原告ら主張の裁量権収縮論について
四 被告国の反射的利益論について
第三本件における判断の順序
第二章警察庁の責任
第一警察庁の規制権限
一 犯罪行為に対する規制権限としての警察の犯罪捜査権
二 警察内部における犯罪捜査権の帰属
三 都道府県警察の行う犯罪捜査に関する警察庁の権限
四 豊田商事事件の犯罪捜査に関する警察庁の調整権限
五 被告国の反射的利益論について
第二調整権限行使上の積極的過誤の有無
一 はじめに
二 豊田商法の犯罪該当性
三 本件強制捜査の可能性
四 調整権限行使上の積極的過誤の有無
第三調整権限行使義務及びその違反の有無
一 調整権限行使による刑事摘発の可能性
二 原告らの主張について
三 結論
第三章公取委の責任
第一公取委の規制権限
一 独禁法及び景表法上の規制
二 公取委の規制権限
三 公取委の規制権限行使上の裁量権
四 被告国の反射的利益論について
第二豊田商事の事業者性
一 はじめに
二 独禁法二条一項の「事業者」の意義
三 豊田商事の事業者性の有無
第三豊田商法の不公正な取引方法ないし不当表示該当性
一 はじめに
二 金の現物の存在を前提とする表示について
三 利殖条件の有利性に関する表示について
四 金の商品属性に関する表示について
第四公取委の事実認識ないしその可能性
一 はじめに
二 右一(1)、(2)の事実についての認識等
第五公取委の規制権限行使義務及びその違反の有無
一 裁量行為としての公取委の前記規制権限行使が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務となるための要件
二 公取委の前記規制権限行使義務及びその違反の有無
第四章法務省の責任
第一法務大臣の規制権限
一 商法五八条の会社解散命令制度
二 法務大臣の規制権限
三 法務大臣の規制権限行使上の裁量権
四 被告国の反射的利益論について
第二豊田商事の商法五八条一項各号該当性
第三法務大臣の認識ないし認識の可能性
一 はじめに
二 消費者保護会議による認識ないし認識の可能性
三 警察庁との協議による認識ないし認識の可能性
四 多岐にわたる調査権限による認識ないし認識の可能性
五 まとめ
第四法務大臣の規制権限行使義務及びその違反の有無
第五章通産省の責任
第一消費者行政における通産省の責務
一 消費者保護基本法による被告国の責務
二 通産省の所掌事務とその分掌
第二通産省の行政指導権限
一 行政指導の慣行の存在
二 通産省の行政指導の実績
三 行政指導の裁量性
第三行政指導義務の発生要件
一 前提としての要件
二 裁量行為としての行政指導が個別の国民に対する職務上の法的義務となるための要件
第四豊田商事に対する行政指導の可能性の有無
一 はじめに
二 右第三の一(1)の要件充足の有無
三 右第三の一(2)の要件充足の有無
四 右第三の一(3)の要件充足の有無
第五通産省の行政指導を行うべき義務及びその違反の有無
第六章経企庁の責任
第一消費者保護会議における経企庁の役割
一 消費者保護基本法
二 消費者保護会議の役割及びその運営
三 消費者保護会議における経企庁の役割
第二経企庁の権限の内容及び性質
第三経企庁の権限行使が個別の国民に対する職務上の法的義務となるための要件
一 原告らの主張
二 本件行為についての経企庁の権限の有無
三 経企庁の右権限行使が前記義務となるための前提要件
四 裁量行為としての経企庁の右権限行使が前記義務となるための要件
第四第一五回、第一六回消費者保護会議決定に至る経緯及びその後の施策の推進状況等
第五経企庁の作為義務及びその違反の有無
一 前記第三の三の要件充足の有無
二 前記第三の四の要件充足の有無
三 結論
第七章結論
別紙原告目録
同 原告ら訴訟代理人目録
同 被告目録
同 被告指定代理人目録
同 被害状況一覧表兼請求目録
当事者の表示 別紙原告目録、同原告ら訴訟代理人目録、同被告目録及び同被告指定代理人目録記載のとおり
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一編請求
被告は、原告らに対し、それぞれ別紙被害状況一覧表兼請求目録の「請求金額」欄記載の金員及びこれに対する、甲事件原告らについては昭和六三年五日一日から、乙事件原告らについては同年一一月一五日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第二編事案の概要
第一章前提事実
第一豊田商事の実態
一豊田商事の前身
1 旧豊田商事の営業内容
昭和五二年ころ、永野一男(以下「永野」ともいう。)は、商品取引員の外務員の経験を基に、名古屋市内において個人で豊田商事という名称を用いて、金の商品取引を行うための証拠金名下に一般大衆から金銭を集める仕事を始めた。昭和五三年七月八日、これを会社組織とし、破産した会社と全く同じ商号である豊田商事株式会社(以下「旧豊田商事」という。)と称した。その際、本店を東京都中央区銀座七丁目一八番一三号においたが、実際の営業は従来どおり名古屋市内を中心に行われ、この時の資本金は五〇〇〇万円であった。なお、実質的な経営者は永野であったが、当初代表取締役には田辺康昭、その後、道添憲男(後の銀河計画株式会社専務取締役)が就任したことになっており、永野が初めて代表取締役に就任したのは昭和五五年八月二八日である。
この旧豊田商事の営業は、法的規制の何ら及ばない、仲間内だけの私設市場(ブラックマーケット)を舞台に、金地金の先物取引である「さや取引」「予約取引」を行えば必ず儲かると勧誘し、顧客から注文を受けながら、実際にはこれを市場にも取次がない、いわゆる呑み行為などによって、一方的に客に損を与えるものであった。これは金ブラック業者のよく用いる手口であったが、永野らは、こうして顧客から受け入れた導入金によって、組織を拡大し、大阪、福岡、岐阜、三重などに支店・営業所を次々と新設していった。
2 旧豊田商事の反社会性と経営破綻
ところで、実際の金相場は、昭和五四年一月から同五五年一月にかけて約3.5倍に暴騰した。このため、呑み行為をしていた旧豊田商事は、顧客への精算に応じ切れなくなった。
その上、昭和五五年初めころ、名古屋の同業の金ブラック業者であった株式会社スイスゴールドが警察に刑事摘発され、不安を感じた客が一斉に旧豊田商事名古屋支店に押し掛けるという取りつけ騒ぎが発生し、名古屋支店は閉鎖状態になってしまった。そこで、永野は、前述のとおり同年八月二八日旧豊田商事の代表取締役に就任した上、大阪市東区唐物町の大阪支店に拠点を移し営業を継続したが、従前どおりの悪徳商法を行ったため、トラブルが続発し、支店長が営業社員を引き連れて退社したことも重なり、ここでも行き詰まりが生じた。
更に、昭和五六年ころから、金ブラック業者による被害が急増し、社会問題となったことから、これに対応するために金地金を商品取引所法の政令指定商品にする動きが出てきた。そのため、旧豊田商事も金先物商法から撤退を余儀なくされ、同社は破綻の危機に瀕するに至った。
(以上につき、<書証番号略>、証人大深、同堺)
二純金ファミリー商法の導入及びその構造
1 純金ファミリー商法の導入の経緯
永野は、昭和五六年四月に大阪豊田商事株式会社(後に「豊田商事株式会社」と商号変更)(以下「豊田商事」という。)を設立したが、豊田商事は、旧豊田商事の負債約二〇億円を引き継いだ上、金ブラック業者としての悪評もあったことから、銀行等の金融機関からは全く融資を受けられず、何らかの手段で資金を導入しないとたちまち運転資金に困る状態であった。
また、永野は、商品取引所の取引員の許可を得るべく尽力したが、当然のことながらこれを得られず、公設市場における金先物取引の受託業務に転換することもできなかった。
ところで、永野は、豊田商事設立前の昭和五六年初めころ、法の規制に触れない新商品の開発に迫られた挙げ句、旧豊田商事の役員らに対し、「将来予約取引ができなくなる。それに代わるものとして純金を扱った元本保証の取引をしていかなあかん。」等と説明し、純金信託証券を提案した。これは、客に販売した金地金を賃借料前払いの上賃借して一年後に返還するというもので、信託という文言を用いる以外は純金ファミリー商法とほぼ同形態であった。ところが、これについては、顧問弁護士から信託という名称を用いると信託業法に抵触するおそれがあるとの指摘を受け、発売後二、三か月で販売を中止し、同年三月ころ、純金ファミリー契約証券と名称を変えた新商法を開発し、前記のとおり豊田商事を設立の上、本格的に純金ファミリー商法を開始した。
(以上につき、<書証番号略>)
2 純金ファミリー商法の構造
(一) 純金ファミリー商法は、形式的には、まず金地金の売買契約を締結し、その後売却した金地金を賃借して賃借料を支払う(この契約を、「純金ファミリー契約」と称していた。)という構造になっている。もっとも、純金ファミリー契約約款九条には「ファミリー契約純金の返還については同種、同銘柄、同数量の純金を以って返還します。」と、また、同一〇条には「純金ファミリー契約期間が終了した時は受注者はファミリー契約純金を純金ファミリー契約証券と引換に金銭でお支払する事もあります。但し、この場合は、満了日の純金ファミリー契約取引価格により換算します。」とそれぞれ記載されており、右各条項をも含めた純金ファミリー契約約款全体によれば、同契約は、その形式にも拘わらず、実質的には、金地金の消費寄託契約と解されるものであった。
(二) ところが、実際は、豊田商事は、金地金の売買が現物売買であって、その目的物である金地金が現に存在しており、かつ、その金地金を純金ファミリー契約により賃借するものの如く装って、顧客には現金と引換えに金地金の現物を受託するとの注文書に署名・捺印させ、代金と引換えに納品書を、また、純金ファミリー契約書の署名・捺印と引換えに純金ファミリー契約証券を交付していたが、客との間では見本のインゴットを見せるだけで、金地金の現物の受け渡しは行われていない。そもそも、豊田商事は、契約時点ではこれに見合う金地金の在庫を有しておらず、契約期間が満了しても契約を継続させることを原則としており、償還する必要が生じた場合に、例外的に、その都度金地金を仕入れるのが実態であった。従って、客は売買代金と引換えに、現物の裏付けのない、単なる紙片にすぎない純金ファミリー契約証券を受け取るだけであり、金地金の売買とその賃貸借といってもその実質はなく、これらを仮装したものといわざるをえないものであった。
(三) 豊田商事では営業社員に対して契約高に応じた歩合給を支払っていたが、歩合給の算定においては、純金ファミリー契約に至ったものについては導入金(契約代金に契約代金の五パーセントの手数料を加えた金額から前払の賃借料を差し引いたもの)を算定の基準にしたのに対し、売買のみの場合には売買手数料のみを算定の基準にしていた。これは、豊田商事が金地金の販売が目的ではなく、純金ファミリー契約を取りつけて導入金を獲得することを目的にセールス活動をさせていたことによるものである。
ところで、前述の純金ファミリー契約約款一〇条には、純金ファミリー契約期間が終了した時は、受注者は右契約に係る金地金を純金ファミリー契約証券と引換に金銭でお支払する(但し、この場合は、満了日の純金ファミリー契約取引価格により換算する)こともある旨書かれていたが、右条項は出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律(以下「出資法」という。)に抵触するおそれがあるとの顧問弁護士の指摘により、豊田商事では右条項を削除した。
しかし、豊田商事では、右条項を削除しただけで、実際の取り扱いは何ら変更されておらず、純金ファミリー商法は実質的には、契約時に導入金を受け取る代わりに、契約満了時に契約に係る金地金を購入して引渡すか、若しくはその金地金の契約満了時の時価による金銭を客に返還する契約(複数年の契約の場合は、契約代金に一定の率を乗じた「賃借金」即ち利息を更に支払う。)であった。
(四) 豊田商事では、売買契約及び純金ファミリー契約が締結された時点では売買による売上及び賃借による仕入れを計上せず、単に賃借金と受入手数料とインゴット受入金(現金)を計上するだけであり、純金ファミリー契約の満期にインゴットで償還した時点で初めてインゴット売上を計上していた(対応する借方としてインゴット受入金が計上されている。)。
(以上につき、<書証番号略>)
三導入金獲得のための行為
1 反社会的な勧誘とその対策
(一) 勧誘方法の概要
豊田商事の純金ファミリー商法(以下「豊田商法」ともいう。)の勧誘方法は、以下の三つの過程に分けられる。
(1) 電話での勧誘
豊田商事の各店舗にはテレフォン部門があり、そこに所属するテレフォン嬢が電話帳や老人クラブ名簿等に基づいて無差別に電話をかけ、相手方の住所、氏名、年齢、職業、家族構成、資産状況等を聞き出して面談の約束を取りつけていた。
その際には、例えば「当社は最近よく話題になっています純金を取り扱っている専門商社ですが。」等と豊田商事が金地金の現物を販売する会社であるように説明していた。
なお、電話で話はできるが、訪問となると渋る相手方で面談の取れる可能性のあるものについては、「追客ノート」と称する帳面に相手方の氏名、電話番号等を記入して、面談が取れるまで何回も電話していた。とはいえ、明確に面談の約束をした被害者は少なく、断定的に拒絶せず、強引に出向けば面談可能との感触さえ得られれば、営業社員が訪問していたのが常態であった。
(2) 現物売買の勧誘
営業社員は、テレフォン嬢の電話勧誘によって右感触が得られた顧客宅を訪問し、世間話などを巧みに織り混ぜて顧客の警戒心を解きながら、金地金の現物写真付きのパンフレットを示しつつ、金地金そのものの説明をした後、その資産的価値なり金の三大利点(金は、換金自由で現金と同様であり、税金がかからず、値上がりが確実である)なるものを強調して勧誘した。特に金が値上りの確実なものであることを強調して顧客の興味を引き、金地金を購入するのは銀行に預金するのと同じで、しかも銀行預金との金利差が大きく極めて有利であって、預貯金の目減りを防止する有効な手段であるなどとも説明した。また、今直ぐ契約しないとチャンスを逃がしてしまうといってすぐに契約するよう急がし、更には、顧客の面前で会社の上司に電話をかけ、今金が上がっているなどと芝居を打ち、今すぐ買わないと損だと煽り立てるまでして勧誘していた。
このように、豊田商事のセールス方法は極めてぎまん的であるのみならず、最低五時間は粘るよう指導されていたことから、営業社員は長時間にわたって顧客宅に居座り続けて執拗に前記勧誘を繰り返し、顧客がついに根負けし、また困惑し、時には恐怖感からやむなく契約するまで引き下がらないことがしばしばみられた。
これらの悪質な勧誘は、決して営業社員個々人の暴走ではなく、豊田商事そのものの意思によって実行されていたものである。
(3) 純金ファミリー契約の勧誘
豊田商事の純金ファミリー商法は、前記二2(一)、(二)認定のとおり、詐欺的なものであったが、豊田商法においては、ベテランの営業社員の場合には、顧客が金地金の売買締結の契約に同意すると、すぐさま引き続き顧客宅で純金ファミリー契約を勧誘することもあったが、基本的には、顧客宅では手付金のみを受け取り、残余金は会社で支払って貰うことにして、即日あるいは翌日に顧客を出迎えて会社まで連行して、会社でこれを勧誘していた。
顧客を豪華な応接室に案内し、豊田商事グループの関連会社名を書き連ねた豪華なパンフレットや会社案内ビデオを見せる等して、豊田商事が優良堅実な大会社であるかのように印象づけた上、課長等の管理職が、各店に保管してある見本用の金地金を顧客の手に取らせ、「これが買っていただいた金地金です。」といって、現実に顧客が金地金を買ったかのように装った。そして、更に、安全・確実・有利な純金ファミリー契約などと記載された「純金ファミリー契約ご案内」というパンフレットを示しつつ、これを確実に履行できる見込みは全くなかったにも拘らず、金地金を豊田商事に預ければ銀行等の利息よりもずっと有利な賃借料(一年もので年一〇パーセント、五年もので年一五パーセント)を払うなどと説明した。このように、顧客に対し、満期になれば、一旦豊田商事に預けた金地金が返ってくる上に、高額な利息が得られるから、安全、確実、有利な契約であると誤信させて、純金ファミリー契約に持込んでいた。
契約締結に成功すると、営業社員は、顧客に印鑑と通帳等を出させた上、銀行等に同行して現金を引き出させ、あるいはそれらを預かって社員自らが現金を引き出し、顧客には純金ファミリー契約証券等の書類と計算メモを渡すだけというのが通例であった。そして、一回契約した顧客が、ほかに預金や財産を持っていることがわかると、増契約の形でそれらの財産を根こそぎ奪うまで勧誘を繰り返した。
(4) 現物の裏付けの強調
この現物売買と純金ファミリー契約の一連の勧誘過程で口頭説明(セールストーク)とともに、「金こそ永遠で不滅の価値」などと記載されたパンフレットを用いた上、更に契約締結の際には売買対象物が99.99パーセントの純度の金地金であることや、代金と引換えに金地金を引渡すことを記載した「純金注文書」や金地金の賃貸借であることを記載した「純金ファミリー契約書」を顧客に提示して署名捺印を求め、また金地金を引渡したことを意味する「納品書」を顧客に交付するなど、一貫して豊田商事が勧誘する契約は金地金の現物に裏付けられていること、そしてそれ故に安全・確実・有利であることを強調していた。その極め付けともいえるのが「純金一〇〇グラム券」などと表示された「純金ファミリー契約証券」であった。
(二) 研修
豊田商事では以上のような勧誘方法を全社一体となって遂行するため、その研修に非常に力を入れ、とりわけ営業社員には入社後一週間から一〇日は新入社員研修を行い、セールストークを徹底して暗記させたうえ、豊田商事の営業マン心得等として、「最低五時間粘れ」「うそも方便」「契約するまで絶対帰るな」などと徹底して指導した。
更に、研修終了後も毎朝の朝礼後にセールストークの反復練習を行わせるなど、その徹底を図った。
(三) 勧誘行為の対象
豊田商事は、純金ファミリー商法の顧客として、一人暮らしの老人や家庭の主婦に狙いを定めていた。それは、これらの人たちが、投資知識を持ち合わせていない上に人のいいなりになり易い傾向があるからであり、また、老人はいわゆる老後の生活資金としてお金を持っている可能性が高いからであった。
(以上につき、<書証番号略>、証人大深、同堺、同加藤)
2 導入実績第一主義とノルマ制、高額歩合給
豊田商事は、前記勧誘行為を遂行して多くの導入金を獲得するため、徹底したノルマ制を採用し、一方で高額歩合給の支給等の報奨制を設けていた。そして、高額歩合給に関し、当初は、新規契約については導入金の六パーセント、継続については一パーセントの歩合給を支払っていたが、豊田商事の経営状況がいよいよ悪化し資金獲得の必要性が切迫するにつれ、更に歩合給を増やして違法な資金獲得を奨励した。
即ち、豊田商事が償還の引き延ばしを図って五年ものファミリーを導入した昭和五八年七月一日には、五年ものファミリーの新規契約については導入金の九パーセント、継続については、4.5パーセントとし、償還や経費の支払の遅延が常態化してきた昭和五九年三月一日には、新規契約・継続のいずれについても導入金に対して一五パーセントという異様な高額を歩合給として支給した。
豊田商事では、導入金の獲得に対して、歩合給以外にも各種の賞金等を支払っていた。ノルマ制も厳しいものであり、特に昭和五八年三月には継続ノルマを新設し、同年一〇月には継続率八〇パーセントを目指した継続ノルマすら課していた。純金ファミリー契約の満期償還の恒常的引き延ばしを図ったものであるが、このことが「満期がきても返してくれない。」との顧客の苦情を多発させ、被害申告を増大させたのである。
(以上につき、<書証番号略>)。
3 会社制度の悪用と全国展開
(一) 豊田商事は、昭和五六年四月二二日に資本金を一〇〇〇万円とし、本店を大阪市北区梅田一丁目一番三号大阪駅前第三ビルに置き、取締役に永野一男(代表)、山元博美、石松禎佑、日下晴彦、北本幸弘、安浪喜隆、監査役に米戸千秋が就任する株式会社として設立された。なお、石川洋、藪内博、北村敏裕は昭和五七年一月二六日に取締役に就任し、米戸千秋は同日監査役から取締役となった。
豊田商事とその中心人物である永野の前歴は、金ブラック業者であり、前述したとおり、資金的に行き詰まって破産寸前であった時に豊田商事を設立し、純金ファミリー商法を展開するに至ったものである。
同社には約二〇億円という多額の負債がありこそすれ、自己資本は全くなく、対銀行信用がないため銀行から融資を受けることもできない状態にあり、設立時の資本金一〇〇〇万円はいわゆる「見せ金」であった。
そして、一般大衆から資金を導入するには、巧妙に仕組まれた純金ファミリー商法に加えて、豊田商事が優良・堅実な企業であると見せかけることが不可欠であることから、同社は永野の個人企業や閉鎖的会社でないことを示すため、「株式会社」制度を悪用し、これを標榜することが何としても必要であった。
しかも、一流企業に見せかけるために大阪駅前の一等地の中でも抜きん出た第三ビル内に本店を置き、同所に豪華な事務所、応接室等を仕つらえたのである。
(二) 豊田商事は、当初旧豊田商事時代からの大阪、福岡各支店、岐阜、三重、北大阪各営業所を拠点として純金ファミリー商法を始めたが、すぐに全国制覇と称し、支店を増やして受け皿を大きくすることによって資金の導入を図るという永野の方針で、一県に一支店若しくは一営業所の設置をめざして支店の拡大を行い、高額な給与で従業員を次々と雇い入れた。
昭和五七年一一月には支店・営業所数は三三店舗となり、同五八年七月ころは四六店舗、同五九年三月ころは五二店舗、同年八月は五七店舗、同六〇年三月ころは六〇店舗と増えた。外務員だけで、多い時は六〇〇〇名を超えたとされる。
そして、支店等を設置する際には、「一等地の一等ビルに店を出さんと客は拾えん。如何にして客を信用させるかだ。営業マンは、会社に客さえ連れてくればええんだ。」という永野の方針で、豊田商事の支店は、本店と同様常に一等地の一等ビルに設置され、更にその内装は非常に豪華なものにされた。そして、主たる標的である主婦や老人をそこへ連行し、豊田商事を優良・堅実な一流企業と印象づけるのにいかんなく効果を発揮した。
そのための経費は、非常に高額なものになり、豊田商事の経営を更に悪化させていく要因となった。
(三) また、豊田商事は海外にもロンドンの現地法人「トヨタショージUKリミテッド」やニューヨークの現地法人「トヨタショージUSAリミテッド」等を設立したが、これらはいずれも事業活動を行っていないペーパーカンパニーであった。しかし、これらは、顧客らに豊田商事が海外にも進出している優良会社であることを印象づけるための見せかけとしては大きな効果を発揮した。
(四) 組織的に犯罪行為を行うため、豊田商事の営業活動、管理業務等の全事業活動の基本事項は、株式会社制度の一環である取締役会で討議、決定され、それを頂点として全組織が統制され、運営された。
しかも、永野一男が代表取締役として全体を掌握し、以下の取締役らは取締役会を構成するとともに、藪内博は、永野を補佐し、石川洋は営業部門、山元博美は財務部門、石松禎佑は管理部門、道添憲男は総務部門の各責任者を勤める等の体制にあり、これら業務遂行取締役の下に、各級職制が定められ、必要に応じて各級会議を開催して、会社を統制し専ら導入金の推進を図っていたものである。
このように、豊田商事のあらゆる活動は、株式会社を設立した上、対内的には株式会社制度の組織運営方法によって実行され、対外的には(即ち、顧客を勧誘するに当たっては)一流の株式会社に寄せる一般大衆の信頼感を逆手にとって豊田自動車株式会社の商号に似せ、その系列会社であるかのように装って営業活動を遂行していたのである。
(以上につき、<書証番号略>)
四導入金の運用実態
1 豊田商事の内部組織は、営業、総務、管理監査、関連事業、海外事業の五部門に別れていたが、豊田商事の営業とは純金ファミリー契約を取ること(即ち、借入れ金を導入すること)が仕事であり、総務は純金ファミリー証券や受入金の管理・出金を業務とし、管理監査は、顧客からのクレーム処理や純金ファミリー契約の継続(これは、後に営業の仕事になる。)をさせることが業務であった。また、関連事業部や海外事業部は、殆どが豊田商事を一流かつ世界的な優良企業と装うことを主たる目的として存在していたのであった。
そして、豊田商事には、資金運用を担当する部署は存在せず、資金の運用は、専ら永野の裁量によって行われていた。
永野は、純金ファミリー商法により集めた資金を、(1)商品先物取引、(2)海外事業関係、(3)国内関連会社関係の三つに注ぎ込んでいたが、その実態は、次項以下に述べるようなものであり、資金運用としては全く実体のないものであった。
2 商品先物取引
豊田商事におていは、永野がほぼ自由に豊田商事の資金を使い、商品先物取引に多額の資金を注ぎ込んでは派手な仕手戦を演じていた。このことは、業界誌や雑誌等で話題となり、通商産業省(以下「通産省」という。)及び農林水産省(以下「農林省」という。)の指導もあって、昭和五七年一〇月には豊田商事の商品先物取引市場からの締め出しが図られたが、豊田商事は、関連会社を通じるなどして、昭和六〇年四月ころまで商品先物取引に資金を投入し続けた。
しかし、昭和五七年末ころには約三〇億円の損失を出し、更に、昭和五八年五月には約一一億円の損失、その後は資金不足から小口の相場しか張らなくなったが、昭和六〇年四月ころには約四〇億円の損失を出すまでに至った。
しかも、その手法は、純金ファミリー商法で得た導入金による資金の続く限り買い続けるという危険性の高い博打的なやりかたであり、結果的にも右のとおり膨大な損失を招いたものであった。
昭和五七年後半ころには、豊田商事の他の役員たちが永野に対し、商品相場から手を引くよう進言したのに対し、永野は「他に運用方法があるならいってみろ。あるなら相場を止める。」などと発言し、各役員は誰もこれに答えることができなかったとの経緯がある。
3 海外事業関係
豊田商事は、昭和五六年ころから同五七年一〇月ころまでに、ロンドン、ニューヨーク、香港、台湾、インドネシア、タイなどにおいて現地法人を設立し、又は現地法人を買収したが、それらは全く営業活動を行っていないペーパーカンパニーか、永野が海外で商品先物取引をするためのもので、いずれも大幅な赤字であり、豊田商事の資金を浪費するだけであった。
4 国内関連会社関係
豊田商事は、昭和五七年三月から、鹿島商事、トヨタゴールド、トヨタツーリスト、ベルギーダイヤモンド等の関連会社を次々と設立したが、マルチ商法を行っていたベルギーダイヤモンドが昭和六〇年三月期に初めて多少の営業利益を出した以外はすべて大幅な赤字であり、そのベルギーダイヤモンドにしても、昭和五九年六月からは一八億円もの物品税の滞納が始まり、豊田商事等からの資金投入がなければ運営していけない状態であった。
また、豊田商事は、昭和五九年二月ころに二一のペーパーカンパニーを設立したが、これは、マスコミや弁護士に追い詰められた豊田商事が、多くの関連会社を有して導入金の運用を行っているかのような外観を作るために設立したものであり、更に多くの資金を費消したにすぎなかった。
(以上につき、<書証番号略>)。
五豊田商事の財務状態と豊田商事の破綻の徴憑
1 第一期(昭和五六年四月から同五七年三月まで)
(一) 財務状態
豊田商事は、第一期の決算報告書を添付して確定申告書を昭和五七年六月三〇日、所轄の大阪北税務署に提出しているが、これによると、約八億八〇〇〇万円の当期損失として申告し、財務状態は、資産が約一〇三億円で、負債が約一一〇億円であり、約七億円の債務超過であることを示していた。ところが、昭和五八年九月の税務調査の結果、当期損失が約三五億円であることが判明した。ところで、豊田商事では先払いの賃借金を繰延資産として計上しているが、これらは現実には資産性がなく、同社の経理処理に従っても来期には経費として償却されるものであるので、実質的な当期損失は賃借金約一〇億円を加えた約四五億円となる。
第一期の売り上げ利益は約六億円とあるが、右賃借金は本来売上原価に経費として計上されるものであるから、実質的には第一期は約四億円の売り上げ損失であった。
その上、豊田商事は売り上げ利益が出ていないにも拘らず、売上高に匹敵する販売費・一般管理費を支払っているという異常な事態であり、これらの販売費等は顧客から集めた導入金で賄っていた。
(二) 営業拡大のための資金の費消
このように、会社としては全く利益が上がっていない状態であったにも拘らず、会社の存続・維持を計るためには、導入金を増やす以外に方法はなかった。そのため、更に多額の資金導入をめざして支店の増設等を行ったが、永野の「一等地の一等ビルに店を出さんと客は拾えん。如何にして客を信用させるかだ。」との方針のもとで、一等地にある一流ビルに豪華な内装の店舗を次々と開設していった。このため、多額の敷金・保証金・内装費・什器備品代を要したが、これらも顧客からの導入金で賄っていた。
第一期では、販売費・一般管理費の約四二億円、有形固定資産の約九億円、敷金・保証金の約九億円の合計約六〇億円が、顧客から集めた導入金から費消されたことになる(当期のインゴット受入金等約八三億円)。
(三) 経理担当社員の退社
このような状態であったため、第一期の決算の作業を担当したメンバーの約半数が作業開始一か月少々で豊田商事が早晩倒産することを察知して退社してしまった。
2 第二期(昭和五七年四月から同五八年三月まで)
(一) 財務状態
豊田商事は、第二期の決算を当期損失約三〇億円、当期未処理損失約三九億円として申告していたが、前記税務調査の結果、当期損失約一五八億円、当期未処理損失約一九三億円であることが判明した。
これらに繰延資産約二七億円を加えた約一八五億円が実質的な当期損失、約二二〇億円が実質的な当期未処理損失であった。
また、第二期は約二三億円の売り上げ損失であり、実質は売り上げ原価である賃借金約二四億円(当期の賃借金約二六億円から前期賃借金約一〇億円を控除し、かつ当期賃借金償却約八億円を加えた金額)を加えると、約四七億円の実質的な売り上げ損失になる。
このような状態に拘らず、販売費・一般管理費は約一三六億円と前期の三倍以上に増加し、これらの売り上げ損失及び販売費・一般管理費の合計約一八三億円は顧客から集めた導入金で賄われた。
なお、昭和五八年三月末日時点において、資産は約二一六億円、負債は約四〇六億円であった。
(二) 営業拡大のための資金の浪費
豊田商事は、このように更に巨額の運転資金を獲得するために、更に支店展開を早め、そのため、有形固定資産及び敷金・保証金は前期より約四六億円増加している。
また、豊田商事は、関連会社を次々と設立したが、前記のとおりこれらはいずれも赤字若しくはペーパーカンパニーであり、これらに対する貸付金約六〇億円、出資金約四億円は、全く収益を生んでいなかった上、回収の目途も立たないものであった。
このように、敷金・保証金等約四六億円及び関連会社貸付金等約六四億円の合計約一一〇億円が、収益性のない浪費といってよい投資のために、顧客からの導入金から支払われた。
これらを合計すると、当期は約二九三億円が経費若しくは無益な投資として費消されたことになる(当期のインゴット受入金等は約三六六億円、前期からの増加額は約二八三億円、未払い金・未払い費用の増加額は約一五億円)。
この結果、豊田商事では、顧客から受け入れた導入金等のほぼ全てを経費及び無益な投資に使いきっており、新たに受け入れる導入金をすぐに経費等の運転資金と導入金の償還に使わざるをえない状態であった。
(三) 償還の先送り
このような状態である豊田商事では、償還すべき金額と必要な運転資金の合計金額を常に新たな導入金として受け入れることが必要であったが、そのような高額の導入金を常に獲得することは困難であったので、昭和五八年三月一日から、満期到来額の四〇パーセントを継続ノルマとし、かつ継続金額の三パーセントを歩合給として営業社員に支給することによって、継続率八〇パーセントをめざして、満期償還を先送りにしようとした。
これらの措置によって、豊田商事は当座の破綻は免れたが、これは単に償還すべき時期を遅らせたにすぎず、却ってそのため「満期が来たのに返してくれない。」との苦情を多発させるに至った。
3 第三期(昭和五八年四月から同五九年三月まで)
(一) 財務の状態
この期は売り上げ利益が約四六億円計上され、少しは状態が好転したかのようにみえるが、実質は経費である賃借金約八二億円(当期賃借金約八三億円から前期賃借金約二六億円を控除し、かつ賃借金償却約二五億円を加えた金額)を差し引くと、実質的には約三六億円の売り上げ損失であったことがわかる。
これに販売費・一般管理費約二三一億円を加えた約二六七億円が、顧客からの導入金から費消された。
また、関連会社に対する貸付金が約一〇六億円増加しているが、これらの貸付金は、主に関連会社の赤字の補填や運転資金のために使われたものであり、全くの浪費であった。
当期はインゴット受入金等が約四〇五億円増加したが、それらは豊田商事自身や関連会社の経費及び未払い金・未払い費用の支払(前期に比べて残高が約二四億円減少)に使い切ってしまわれた。
なお、昭和五九年三月末日時点において、資産は約三七四億円、負債は約七八八億円であった。
(二) 償還の先送り
このように、豊田商事は、導入金でなんとか経費を支払っている状態であり、償還せずに継続させたために雪だるま式に増えていく導入金の償還に困り、昭和五八年六月一七日、永野は、役員会議で五年もの純金ファミリー契約の新規導入構想を打出した。これには、副社長であった日下晴彦らが「一年ものでさえ支払いが不安がられているのに、五年では尚更客が不安がって売れないのではないか。」などと反対したにも拘らず、永野は、「五年ものファミリーだと、五年間償還しなくて済む。」「とにかく五年ものにすれば会社が楽になる。」「今この現状ではやっていけへんやないか。ほっといたら、会社の寿命が尽きるのが早くなるだけや。背に腹はかえられん。」といって、これを押えた。その結果、償還の引き延ばしを狙って、同年七月から、契約期間を五年間とし、賃借料を五年間で七五パーセントとし、五分割で契約時及び翌年以降応当月に各一五パーセントずつ分割で支払うという内容の五年ものの純金ファミリー契約証券の勧誘を開始した。
しかも、豊田商事では、それに伴い、五年ものファミリーでは新規導入額の九パーセント、継続額の4.5パーセントを歩合給として支払うことを決定した。
年一五パーセントの賃借金に九パーセントの歩合給を支払えば、客観的にも主観的にも将来の償還が不可能になることは当然に予測できることであったが、法外な賃借料や高額な歩合給をどうして賄うかについては全く議論しないまま、とにかく新しい資金を導入し償還を先延ばしにしなければすぐにも会社が倒産する状態の下で、これを敢えて導入したものである。
(三) 経営の破綻の顕在化
ところが、このような先延ばし行為を行ったにも拘らず、当然のことながら経費の増大により資金繰りが益々悪化した。そのため、昭和五八年秋ころから家賃の支払を遅延したり、社会保険を手形で支払う事態となり、昭和五九年一月から給料日を毎月一五日から二〇日にずらすとともに、対顧客償還用金地金を売却して給料資金を捻出することを余儀なくされ、昭和五八年一二月には継続を拒まれた満期償還分についても全て一か月支払を遅らせることとし、そのため、満期償還が昭和五九年初めころから一か月に止まらず慢性的に二、三か月程度遅れることとなった。
昭和五八年秋ころから昭和五九年初めにかけて、日下晴彦副社長以下幹部社員約三〇名が、豊田商事の倒産と詐欺の共犯としての検挙を恐れ、退社して行った。
4 第四期(昭和五九年四月から同六〇年三月まで)
豊田商事の第四期決算作業は、昭和六〇年四月、永野の指示で財務資料を香港に運んだ上、進められたが、同年六月一八日、永野が殺害されたため一時中断のやむなきに至った。
その後、豊田商事に破産宣告がなされ、破産管財人の下で銀河計画株式会社財務部長らによって決算処理が進められた。右決算報告書によれば、当期損失は約三二七億円、当期未処理損失は約七四四億円に至っており、既にその経営は破綻していた。
5 第五期(昭和六〇年四月から同年七月まで)
第五期の決算報告書は、第四期と同じく昭和六〇年七月一日現在をもって破産管財人の下で作成されたが、右決算報告書によれば、当期損失は約一四二億円で、当期未処理損失は約八八六億円であった。
6 以上のように、豊田商事は、設立当初から自転車操業の状態で、しかも、その経営構造上、営業活動の展開とともに期を追うごとに損失額が急速に増大して行った。
(以上につき、<書証番号略>)
六豊田商法による被害の広範性・深刻性
1 前述のように、豊田商事は、設立当初から大きな赤字を負って自転車操業を繰り返していたものであり、そもそも収益を上げるような行為を行わず、導入金を食い潰すのみの会社であった。
そして、特に昭和五八年夏ころからは、マスコミ・弁護士らによる批判・告発、民事訴訟の続発、国会での追及などの社会的批判は一層厳しくなり、その結果、極めて厳しい状況に追込まれた上、同年秋ころからは経費支払や償還が遅延し幹部社員が大量に退社するなど経営の破綻が顕在化してきていた。
2 ところが、豊田商事は、その後も、「事業活動」を全国的に展開し、高額な歩合給とノルマに駆り立てられたセールスマンによって「導入金」を益々拡大していった。
その結果、その詐欺商法による被害は、豊田商事の破産管財人が把握しただけでも、昭和六二年七月一日現在、実に、一般確定債権数が二万八九五一件、確定債権額が一一五五億二六三〇万八三九六円に達している。右被害者のうち純金ファミリー契約証券によるものは、二万七六六八件、被害額一〇九三億五八一一万三二五九円であり、総被害の約九五パーセントを占めている。
3 被害者は北海道から沖縄まで日本全国にまたがっており、豊田商事が全国五九の本支店で収奪した金員は、総計約二〇二二億円にのぼり、そのうち、幹部社員が詐欺罪で起訴された分についての一人当たりの被害額は、約三四〇万円であった。
被害者全体の六割強が六〇歳以上の老人であり、六〇歳未満の被害者には無職の主婦が多く、このことは、豊田商事が意識的に、善良でどちらかというと世情に疎く騙され易い階層の生活資金を狙い打ちにしたことを物語っている。
一方、永野ら主要役員は、豊田商事が巨額な赤字を抱えていたにも拘らず、こうして獲得した導入金の中から異常ともいえる高額な給与や裏報酬を得続けた上に、セールスマンらに対しては常軌を逸した高額な歩合給に加え、売上げを奨励するための各種の賞金を支給した。
このように、被害者から騙取した「導入金」はその三割以上が、豊田商事の役職員らによって山分けされ費消されてしまった。
(以上につき、<書証番号略>)
第二豊田商事と被告国との係わり
一昭和五〇年代前半から同五六年春ころまで
1 従来、金取引は、被告国の管理下に置かれていたが、昭和四三年四月から国内産金が完全自由販売となった。次いで、被告国は、昭和四八年四月から金の民間輸入を解禁し、更に同五三年四月から輸出も解禁し、金取引を全面的に自由化した。このような金取引についての被告国の政策変更により、一般市民の金に対する関心が年を追って高まり、資産として保有される金の需要が急激に増大した。
2 ところが、金取引が長く統制下にあって馴染みが薄かったことから、一般市民の殆どが、金製品についてはともかく、資産としての金については知識や取引の経験がなかった。却って、安全・確実との一般的イメージを抱いているだけであり、金を自家保管する場合には、盗難や紛失のおそれがあること、鑑定能力のない者にとっては、偽物・粗悪品を掴まされる危険があることなどの金の危険性について全くといってよいほど理解していなかったのである。
ここにつけ込んだのが、旧豊田商事を始めとする金の悪質取引業者であった。彼らは、昭和五〇年代初めころから、いわゆるブラックマーケットを舞台として先物取引の方法を用いて、多数、多額の被害を発生させた。
3 これに対し、被告国は、昭和五一年一〇月一日発行の通産省消費者ニュース二八号を始めとして同三二号(同五二年五月二日発行)、同三八号(同五三年二月二五日発行)、同四六号(同五四年一月一〇日発行)、同四八号(同五四年六月一日発行)、同五一号(同五五年三月発行)、同五三号(同五六年八月発行)に、「金の延べ取引(先物取引)の危険性について」「あいまいな金取引の誘いに御注意を!」「しつこく徘徊する現代の錬金術師たち」「金取引悪質業者に御用心」と題する冊子を作って、悪質な金取引に誘い込まれないよう各地の消費者センター等を通じ消費者に呼びかけた。なお、昭和五四年一月には、通産省と警察庁、公正取引委員会(以下「公取委」という。)、経済企画庁(以下「経企庁」という。)が協力して、「お知らせ あいまいな金取引の誘いに御注意を!」と題するチラシを作成し関係先に配布した。
しかし、これらの政府広報は、殆どその成果を上げていなかったのであり、このことは、被害が拡大する一方であったことをみれば明らかである。
ところで、これら政府広報は、悪質金取引の特徴が、(1)電話勧誘やダイレクトメールで見込客を見つけ、その自宅等に訪問して契約を勧誘する訪問取引の方法をとっていること、(2)安全有利な利殖方法であるとして金の延べ取引(先物取引)を勧誘して契約させることの二点にあるとの認識を示している。そして一旦、取引に参加すると容易に離脱できず、損失が巨額に及ぶ例も多いとして、くれぐれも参加しないよう消費者に強く呼びかけている。
申告、相談の集計、分析から、昭和五五年三月発行の通産省消費者ニュース五一号は、悪質金取引の被害が「主婦や高齢者にまで広がっており、業者は相手を選ばぬ様相さえ呈し始めている。」「(しかも)全国的な広がりをみせ、地方中小都市の近郊からの苦情が急増し始めている。」と極めて深刻な事態に立ち至っている状況を報じている。
また、被告国は、資源エネルギー庁の指導下に昭和五四年一二月、社団法人日本金地金流通協会を設立して、正規の金販売業者の組織化を強め、流通・販売機構の整備と訪問取引を行わないことなどの自主規制の推進を図った。
しかし、この協会に加入しない業者は野放しの状態であった。
4 このように、被告国は、一方で正規業者の自主規制を推進して、一般消費者が金を購入する環境を改善整備しようと図り、他方で一般消費者が悪質取引に誘い込まれないよう啓発活動を実施していたが、悪質業者に対しては格別の規制も指導もしなかったため、その効果は上がらなかった。
5 昭和五六年に入り、ようやく被告国は、金の先物取引についても公設市場を開設する準備を始め、同年九月、金地金を商品取引所法二条の政令指定商品に指定した。ここに至り、私設市場を舞台とする金先物取引は商品取引所法八条によって禁止されることが被告国によって明確に確認され、金の私設市場は消滅した。
しかし、政府のとった右措置は、旧豊田商事を始めとする悪質金取引業者が行っている悪質取引のうち、先物取引のみを規制対象とし、かつ、金のみを政令指定したため、これら悪質業者の一方は金を銀や白金に変え、他方は先物取引を「現物まがい取引」に変えることにより、その生き残りと新たな取引形態へ転進することを許してしまった。
昭和五六年四月に設立された豊田商事は、設立当初より、金地金が商品取引所法二条の政令指定商品に指定されることを見越して、現物まがい取引である純金ファミリー契約の販売を開始していたのである。
(以上につき、<書証番号略>、証人大深)
二昭和五六年春ころから第一五回消費者保護会議まで
1 豊田商事が純金ファミリー契約を始めたことについて、既に昭和五六年九月四日付朝日新聞は、「一割の受益金でつる、金の先物取引………詐欺まがいの新手口」との見出しで「通産省が年内に予定している金の先物取引公設市場開設前に、詐欺まがいの手口で消費者を食い物にする駆け込み勧誘が目立っている折、今度は正当な取引に似せた新手の商法が横行し始めた。被害者団体は、現物取引の仮面をかぶった悪質な新商法と警戒を強めている。」との事実を報道し、その中で通産省は「公設市場が新設されれば、新商法は当然認められなくなる。」とコメントした。
更に、昭和五六年一一月四日付日経新聞は、「現物取引装い契約、値上がり益で釣り、客には証書だけ。これまで私設の先物取引で問題となり通産省がマークしていた業者の『新商法』で、現物取引として契約しても、会社が預る形にしたり、後渡しにするという理由で、実際に客の手元には金地金は届かない。」という豊田商法の手口を紹介しているが、その記事の中で、通産省消費者相談室は「金相場が将来確実に上がる可能性がないのに、なぜ利益金が支払えるのか。」「法外な違約金は客に解約させないための『脅し』の性格が強く正当な取引とはいえない。」「私設の先物取引で問題になりマークしていた業者である。」とコメントしている。
また、昭和五六年一二月五日付読売新聞は、警察庁が昭和五六年一二月に豊田商事の現物まがい商法の被害実態調査に全力を挙げるように、全国都道府県警察本部に指示を出したことを明らかにした。
2 豊田商事の導入金は、月を追うごとにほぼ右上がりで一直線に増加し、昭和五六年一一月には月額一〇億円を突破したが、これに伴って被害者の相談も急増した。昭和五六年度に通産省消費者相談室に寄せられた豊田商事に関する被害相談は一八四件であった。また、昭和五七年一月には国民生活センターが豊田商事の「純金ファミリー証券」の被害相談を初めて受け付けた。同センターの被害相談件数は、昭和五七年度二八件、昭和五八年度六七件、昭和五九年度(九か月間)六一件と増加した。
こうした被害が続出したことから、昭和五七年三月一九日には、豊田商事問題がついに国会において取り上げられ、衆議院商工委員会で、植田守昭通産大臣官房審議官が「現物まがい商法に対しては、資源エネルギー庁の方でも日本金地金流通協会等を通じて色々指導しているが、いずれにしてもそういった手を変え品を変えるということになるといけないので、今後とも厳しく指導していく。」旨答弁するに至った。
同年三月三〇日には、国民生活センターの加藤敬職員が豊田商事大阪本社の石松禎佑取締役・管理本部長に面会し、金の存在、事業の成立について問い質した。また、代表取締役永野の住民票や住居の不動産登記簿を調査した。これらの質問、質問結果から加藤職員は豊田商事の商法はおかしいと感じていた。
このころ、警視庁生活課特別捜査隊の捜査官が国民生活センターに月一回くらいの割合で、出資法の問題で内偵に出向き右加藤職員らから情報を収集していた。但し、昭和五八年に入ると、そのようなことは殆どなくなった。
3 大蔵省は、昭和五六年七月から信託銀行に、同五七年四月からは都市銀行にも、金の取り扱いを認めた。即ち、信託銀行は信託業法四条に基づく金信託若しくは同法五条に基づく金の代理売買を、銀行は改正銀行法一〇条に規定された付随業務として金売買をそれぞれ開始したのである。
これに伴い、大蔵省は、昭和五七年三月二五日に事務連絡を発し、金融機関における、金の取り扱いに関する準則を通知した。右事務連絡は、金は値動きが激しいので慎重に取り扱うよう要請した上、具体的取扱方法として、店頭現物売買の原則を掲げて先物取引を禁じ、預託取引を認めるも現物保有義務を課し、過当不当な顧客勧誘を禁止した。
4 通産省は、昭和五七年四月、新聞紙上で豊田商事に関し、「この商法が成り立つには膨大な量の金の手持ちが必要だが、そうした形跡は見られない。」と指摘し、「警察庁とも相談しており、何とか取り締まりたいのだが、契約が巧みにできていて、なかなか有効な対策がとれない。」とコメントし、また、同月二七、二八日の衆議院商工委員会において、豊田商事の行っている「現物まがい取引」が取り上げられた際、植田守昭通産大臣官房審議官は「現物まがい取引の被害として一二月に三八件、一月に二五件の相談が通産省に寄せられている。」との事実を明らかにし、「今後ともこれについての指導なり監視の目を強めていく。」「今後は流通協会の指導並びに取締当局との機動的なタイアップを通じて一層の防止に努力していく。」などと答弁し、警察との協力を含む積極的な規制を約束した。
更に、同年八月、通産省産業政策局消費経済課(以下単に「消費経済課」ともいう。)消費者相談室は、新聞紙上で豊田商法について「一般常識からいえば成立しえない商法だ。」とコメントしている。
5 このような認識に立って、通産省の消費経済課消費者相談室及び資源エネルギー庁長官官房鉱業課(以下単に「鉱業課」ともいう。)は、同年六月に北村敏裕豊田商事東京支店長を呼び出し、金地金の保有の有無、仕入先、仕入量、運用方法について問い質した。しかし、金地金の保有量等については答がなく、仕入先として唯一オリエンタルゴールドという名前が出たので、資源エネルギー庁からこれを確認したところ、オリエンタルゴールドは豊田商事との取引はないという結果を得た。
更に、資源エネルギー庁は、日本金地金流通協会が、昭和五七年当時、協会の正会員及び協会の傘下にない銀行・証券会社を含む者らの行う金地金の売買を全体として掌握していたので、同協会を調査することにより、(1)金地金商は豊田商事と取引がないこと、(2)豊田商事が当時年商三〇〇億とか三五〇億といわれていが、同協会の統計資料による私的保有に係る金の数字からして、豊田商事が売ったという分はそこには入っていないことを確認した。
また、資源エネルギー庁の鉱業課は、金の供給量と需要量、価格等のデータを日常的に集めることを職務としているところ、右データ等からして、豊田商事にはおそらく契約高に見合う金地金が保有されていないであろうと推測していた。
6 一方、警察庁は、既に昭和五七年四月段階で通産省と豊田商事問題について連絡を取っており、また、大阪府警堺北署が豊田商事のセールスマンを傷害罪で逮捕して取り調べたことについての情報を入手するなど、豊田商事についての情報収集や法令の検討に着手した。
また、警察庁保安課長は、同年六月の全国防犯担当課長会議において、「金の現物取引契約をしながら、売買した金は預っておくということにして現実には金を渡さないという方法で顧客を勧誘しているものがいる。これらの手口にかかるのは老人、主婦などであり、関係機関に苦情、相談が寄せられている。」と発言し、豊田商事の「現物まがい商法」を問題にしてその実態把握と悪質事犯の検挙を督励した。
更に、同年七月六日の参議院商工委員会において、仲村規雄警察庁保安課長は金の現物まがい商法として問題の豊田商事についてどのように掌握しているかとの質問に対し、「大変関心を持ちまして、現在会社の実態なりあるいは個々の行為の態様、中身内容等について慎重に調査をしている。」といいながら、同時に「何分にもやり方が非常に巧妙なので、直ちに犯罪に該当するというわけにはいかない。」などと答弁した。
この答弁は、豊田商事内部では、顧問弁護士によって豊田商法が正当な業務であることの論証として利用され、更に、後に全国の弁護士が豊田商事に対して行った公開質問状に回答する際に引用され、国会答弁でも犯罪に該当しないとされていると居直らせる結果を招いた。
7 国民生活センターでは、現物まがい取引に係る相談の件数が五七年度に二八件あった。前述のとおり豊田商法の調査を進めていた同センター相談部の加藤職員は、民間誌「ミドル」に豊田商法について注意を促す記事を載せたり、九月にはラジオニッポンに出演して、豊田商事の実名を出して、消費者に注意を促した。
更に、同年九月に、同センター発行の「あなたのくらし」に悪徳商法被害者対策委員会の堺次夫会長に豊田商法を告発する論稿の寄稿を求めて掲載し、経企庁始め各省庁に配布した。
同センターでの相談処理は、(1)契約してもまだお金を払っていない者には、絶対にお金を出さないよう助言する、(2)満期になった者には絶対に更新しないように勧め、豊田商事に対しては、早期に金の現物の返還をなすように請求する、(3)契約をしてお金も払ったが、満期までまだ期間がある者については、返金要求のアクションをとるよう勧め、あるいはセンターが斡旋して返金要求を行うというものであった。
8 豊田商事は、その資金を商品取引投機に投入していたが、昭和五七年一〇月、通産省は、農林省とともに、商品取引所、全国取引員協会連合会(以下「全協連」という。)に豊田玉排除の行政指導を行い、商品取引業界の防衛を図ったものの、一般消費者保護については何ら有効な手段を講じなかった。なお、この件に関し、通産省商務サービス産業室の細川総括課長補佐は、「金の現物取引と称して大衆をぎまんする問題業者から商品取引員が玉を受託関与することはゆゆしき問題である。」と訓示した。
9 以上のような状況下にあった昭和五七年一一月一二日、内閣総理大臣以下、警察庁(国家公安委員会)、通産省、経企庁、大蔵省、公取委等の大臣・長官が出席して第一五回消費者保護会議が開催され、同日同会議において、消費者安全の徹底、規格・表示の適正化等、消費者取引の適正化及び消費者志向体制の強化との四つの分野ごとに、向こう一年間における重点施策が決定されたが、右重点施策の一つとして、消費者取引の適正化の分野において、勧誘行為の適正化との項目の下に、「金の現物取引等と称する悪質な商品取引による消費者被害を防止するため、消費者啓発に努めるとともに、悪質事犯の取締りを強化する」ことが決定された。
(以上につき、<書証番号略>、証人加藤、同高木、同清島、同太良木、同村田)
三昭和五七年秋ころから第一六回消費者保護会議まで
1 右消費者保護会議の決定を受けて、警察庁は、昭和五七年一一月、豊田商法について、何らかの法律に基づいて取締りを図る目的で、警察庁、大阪府警の担当者を集め、豊田商事事件についての対策会議を開催した。
右会議において、大阪府警は、豊田商事の顧客や同社の退職者から事情聴取するなどして収集した資料に基づき、出資法違反若しくは信託業法の無許可営業等で刑事摘発できないかと考え、大阪府警防犯部生活課の決裁も取った上で、警察庁の判断を仰いだところ、警察庁刑事局保安部清島傅生経済調査官(以下「清島経済調査官」あるいは「清島」ともいう。)は、大蔵省、法務省との間で出資法、信託業法の解釈を相談した結果であるとして、直ちに両法律を適用することは困難であるとの結論を示した。
また、この会議では詐欺罪についても一応検討したものの、清島経済調査官ら警察庁の幹部は、詐欺罪を適用するについては導入金の流れや使途を解明する必要があるが、これまでに得ている情報は断片的で不十分であるとの判断を示した。そのため、大阪府警などは、その後も引続き詐欺等の容疑を解明するための情報収集に努めることになった。
2 昭和五八年三月、通産省は「かしこい消費生活へのしおり」を発行して、「金の現物まがいの悪質取引について」という表題の下に「この取引は、昭和五六年春ころから徐々に行われてきており、ここ一年くらいは極めて大規模に行っているようである。この種の取引は、この業者には取引に見合う大量の金地金の現物の裏付けがあるとは考えられないこと、金という相場商品を運用して利益を上げ、確実に顧客に一割の配当を行うには、家賃、人件費等の莫大な必要経費を考えると成り立ちにくいこと、大勢の顧客が一度に解約を申し出た場合に倒産するおそれが強いことから極めて不明朗な取引といわざるをえない。」などと、取引に見合う金の不保有、運用方法の不存在、倒産の必然性(危険性)などを指摘した。
これを作成した通産省では、「T商事とは豊田商事のことであり、一目でわかるようにわざわざ書いた。豊田商事の営業実態は世の中の一般常識であると認識していた。あらゆるマスコミ、あらゆる社会的メディアで非常に社会的に問題のある企業といわれており、これは常識という状況であったと認識していた。作成に当たり、資源エネルギー庁にも問い合わせている。」と、その内情を明らかにした。
また、資源エネルギー庁は、同年六月に「金取引の悪質商法にご注意を」と題し、豊田商法を「金取引の悪質商法」と断じ、その「追放に努力しています。」といい切ったポスターを作成し、消費者啓発用に地方自治体へ配布した。
3 豊田商事が昭和五八年三月に「継続ノルマ」を新設し満期を迎えた顧客に金地金を返還せずに契約を継続することをセールスマンに強制し、このため、以前にも増して返還をめぐるトラブルが増加したが、大阪府警は、そのことを内部協力者の情報によって把握していた。そのことは、当然に警察庁へ報告され、同時期に警視庁は、豊田商事の導入金受入状況、消費状況、その損益分岐試算の報告書を警察庁へ提出した。
4 豊田商事は、昭和五八年五月に第二期(昭和五七年四月から同五八年三月までの決算期)分の確定申告書を大阪北税務署に提出した。
これに添付された決算報告書は、当期損失約三〇億円、当期未処理損失約三九億円であり、約二三億円の営業損失を出していること、販売費、一般管理費が約一三六億円と前期の三倍以上に脹れ上がっていること、これらの支出は顧客から集めた導入金で賄われていることを示していた。
5 右のような大幅赤字の中で豊田商事において、期間が一年の純金ファミリー契約では、満期が一年で到来し、契約の上では金地金ないしはその時価に相当する金銭をその時点で顧客に返還しなければならないことになる。しかし、豊田商事では、右契約どおり顧客に対し金地金等を返還することは困難であったから、これを先延ばしにするため契約の継続を顧客に強引に勧めていたが、この継続をめぐるトラブルが多発するに至ったため、昭和五八年六月には、五年もの純金ファミリー契約を導入して償還の先送りを図った。
右事実は、大阪府警でも内部協力者から直ちに情報として入手し、そのことは、警察庁にも直ちに報告され、また、通産省や国民生活センターでは被害者の相談を通じて把握していた。五年もの純金ファミリー契約は、一年で一五パーセント、五年で七五パーセントを賃借料名目で支払うというものであり、他の金融商品と比較すると常識では考えられない利率であって、収益もないのにこのような高額な賃借料や更にセールスマンに対する高額の歩合給を支払ってまで五年もの純金ファミリー契約を導入する目的が、償還の先送りを意味していることは誰が考えてもすぐわかる筈のものであった。警察庁、通産省、経企庁は、豊田商事が、五年もの純金ファミリー契約の償還の見通しについての危険性を十分認識していながら、それでも敢えてこれを導入せざるを得ないところまで追い込まれていることを察知していた。
既に一年もの純金ファミリー契約の継続等をめぐるトラブルが急増していたことは、昭和五七年度「消費者相談報告書」(通産省発行)にも現物まがい取引の相談件数一、四八四件という数字で示されているが、五年もの発売後は、更にこれが増加し、昭和五八年四月から一年間で、通産省消費者相談室に実に七六〇件という多数の被害者から金の現物まがい取引の相談が寄せられている。
なお、豊田商事の幹部社員の詐欺被告事件について大阪地方裁判所が平成元年三月二九日に言渡した判決(同庁昭和六二年(わ)第一三八九号)(以下「本件刑事判決」という。)によれば、五年もの純金ファミリー契約は、償還の先送りはできるものの、「賃借料」を約定どおり支払い、かつ、導入金の約四四パーセントにものぼる販売費及び一般管理費を賄っていくには、初年度に導入金の五五ないし五九パーセント、二年目以降は導入金の約六一パーセントの運用利益を上げる必要があることになると分析されているのであるが、豊田商事が導入金の運用によってそのような高収益を上げ続けることは到底不可能であった。
6 国民生活センター加藤職員は、相談事例や入手情報により、(1)豊田商事が純金ファミリー契約は、満期になってなお商売を維持していくためには、その次にもっと多くの顧客をとっていかなければならないというような雪だるま式構造である、(2)永野は、、集めた金を高給を始め高額の経費に費消し、更に商品取引の仕手戦に注ぎ込んで損をした。(3)資源エネルギー庁が豊田商事に対し金地金保有状況について事情聴取をしたところ、オリエンタルゴールドから金地金を仕入れているという回答であったが、同社に対し照会をした結果その事実のないことが判明した、(4)豊田商事はねずみ講と同様早晩行詰まり、被害者が極大となったところで倒産すると予想される、などと豊田商事の問題点を分析し、それを昭和五八年九月三〇日の東海・北陸ブロック消費生活センター所長会議で報告した。
7 そうした中で、国税庁は、昭和五八年九月から豊田商事の立入調査を開始した。立入調査前には確定申告の分析がなされており、前記4で述べたことは調査開始時点で既に把握されていた。
立入調査においては、金の在庫調査、仕入先調査、純金ファミリー契約の内容の検討あるいは顧客の反面調査等が行われており、殆ど九月中に実際の事務的なことは終えている。この時点において国税庁は、豊田商事には到底売買契約高に見合う金地金の在庫がないこと、導入金の運用方法は極めて危険性の高い先物取引への投入や何ら確実な収益事業をしていないペーパーカンパニーへの貸付けなどに限られていること、導入金の約四四パーセントが販売費・一般管理費として費消されていること、大幅な赤字会社であるにも拘らず、異常ともいえる高額な役員報酬や従業員に対する給料、それに法外な歩合給を支払っていること等を確知するに至った。
8 昭和五八年夏ころから、豊田商法の被害の広がりと深刻化のため、国民世論の批判と被害防止対策を求める声が高まり、マスコミは豊田商事を実名で報道することを開始し、被害事例や疑惑を度々報道していた。被告国の関係省庁の担当者は、これを知る立場にあった。
9 公取委は、昭和五八年九月末ころから豊田商法に関し、新聞記事などの情報の収集に努めていたが、同月三〇日、市民運動家の堺次夫悪徳商法被害者対策委員会会長が公取委を訪問した際、右堺次夫から豊田商事の発行しているパンフレット等を見せられた上、豊田商法の実態について説明を受けた。そして、独禁法・景表法での規制の可能性について同日から同年一〇月初旬にかけて検討を行ったが、その結果、豊田商法は不公正な取引方法の問題でなく警察の問題であることなどを理由に、両法の適用は不可能と判断した。
10 豊田商法に対する批判的な世論が強まる中で、昭和五八年一〇月四日、国会において長時間にわたって豊田商法対策に関する質疑が行われた。
そして、通産大臣も出席した同日の衆議院商工委員会において、山田勝久通産大臣官房審議官は、「昭和五七年度の通産省関係の相談件数六四三八件中、金の取引に係わるものが、六六七件、金額にして一七億七四八九万円で、その中には金の現物まがい商法に係わるものがかなり含まれている。」と述べ、議員が「豊田商事の対策、そうしたまがい商法の対策については、おれは通産省だ、おれは農林省だといわないで、お互いに連絡をとって、そこに警察庁もちゃんと入れて、どうやったらこれをきちんと取締まれるかという対策をぜひ早急に立てて貰いたい。その検討に入って貰いたい。」と要請したのに対し、同審議官は、「関係各省と連絡をより一層密にして参る所存でございます。」と述べ、宇野宗佑通産大臣も「今後それにどういうふうに対処するか、いま色々ご意見を拝聴いたしておりましたが、成る程と頷いておるところも多々あるわけでございます。従いまして、検討させて貰います。」と答弁した。
また、警察庁の仲村保安課長は同じ商工委員会で「警察庁といたしましてはこういった金の取引を始めといたします商品取引をめぐる不法事案につきましては、消費者保護の観点から非常な関心を持っておりまして、的確な取締まりに努めております。」と答弁している。
11 この商工委員会の二日後、全国の有志弁護士が、豊田商事に第一次公開質問状を提出した。これに対し、豊田商事は、金の保有量に触れずに、「昭和五七年七月の参議院商工委員会で警察庁の仲村課長が犯罪に該当しないと答弁している。」と回答して来た。これを各新聞は一斉に報じ、警察庁もその内容を知ったが、「牽強付会」というだけで、これを放置した。
12 その後、一〇月二四日付読売新聞では、資源エネルギー庁の鉱業課は、「年間何百億円もの金を扱う会社はわかる。年商三〇〇億円という豊田商事は、その中に入っていない。年間一〇トンもの金を動かせばわかる。」とコメントした。
一方、警察庁は、昭和五八年六月に全国防犯保安担当課長会議を、同年夏に各管区警察局研究会をそれぞれ開催して豊田商法対策を協議あるいは研究した。更に、同年一一月には防犯保安担当部長会議を開催したが、この部長会議の場で、清島経済調査官は、純金ファミリー契約の内容、営業員の悪質な勧誘手口等を説明した上で、「この商法については出資法上の預り金、信託業法上の無許可営業に当たらないかと検討し、法務省とも打ち合わせしたが、今のところ積極的な判断は示されていない。詐欺の可能性があるが、現在その確証が得られていない。」などと述べてこの時点での強制捜査に消極的な見解を示した。
13 このように、被害の全国的急増を受けて、豊田商法による被害防止対策が政府や国会の内外の強い関心事となった状況の下で、同年一一月八日に第一六回消費者保護会議が開催され、同日同会議において、前回同様四つの分野ごとに向こう一年間における重点施策が決定されたが、消費者取引の適正化の分野において、悪質な勧誘行為の防止等との項目の下に、「金の現物取引等と称する悪質な商品取引や海外商品先物取引を利用した悪質行為による消費者被害を防止するため、不法事犯の取締りの強化等各種法令の厳格な運用を行う。また、消費者被害の発生状況に対応して随時迅速な消費者啓発を行う等消費者被害の拡大防止に努める。」との決定がなされた。
(以上につき、<書証番号略>、証人太良木、同牧野、同河盛、同清島、同藤木、同和泉澤)
四昭和五八年秋ころから警察庁主催第二回対策会議まで
1 第一六回消費者保護会議の直後である昭和五八年一二月には福岡県警が、豊田商事福岡支店の「年金トーク事件」についての詐欺容疑で内偵を開始した。
2 昭和五八年一二月ころには、豊田商事は益々資金繰りが悪化し、倒産必至と見た日下副社長ら幹部約三〇名が相次いで退社した。
大阪府警は右事実を把握しており、警察庁としても、大阪府警からその情報を入手していた。
また、大阪府警は、豊田商事が昭和五九年初めころから満期償還を遅延し、家賃の支払も遅れがちとなり、給料の支払いが繰り延べられるという事実を把握し、豊田商事は大変な事態になっていると理解し、更に、同社が昭和五九年三月からセールスの歩合給を一五パーセントもの高額に引き上げて導入金の増大を図った事実も掴んでいた。これらの事実は、当然に警察庁にも報告された。
昭和五九年に入ると、豊田商事では、純金ファミリー契約の満期償還の遅滞が二か月近くなるのが常態化する一方で、高額歩合給を餌にした労務管理により、導入金額は同年三月約五六億五〇〇〇万円、同年四月約五八億八〇〇〇万円、同年五月約六〇億円、同年六月約七九億八〇〇〇万円、同年七月約八九億円と上昇したが、それは、詐欺的で執拗かつ強引な勧誘の度合いを強めた結果であり、そのことによって益々大きな社会問題を惹き起こして行った。
3 そのような状況の中で、政府は、昭和五九年一月二二、二三日、全国主要新聞五七紙上に、一般消費者に向けて、豊田商法への注意を呼びかける小さな政府広報を一斉に掲載した。
警察庁は、前述のとおり国会において「今後ともこの種事案についての厳正な取締りに努める。」と答弁しており、昭和五九年三月には愛知県警が豊田類似商法のエンテルジャパン社に対し強制捜査に入ったものの、豊田商事については、これが事実上倒産するまでいずれの都道府県警察においても強制捜査に踏切れなかった。
4 昭和五九年三、四月には、国会の場で豊田商法対策の集中的な審議がそれぞれ長時間にわたって行われた。
昭和五九年三月一〇日の衆議院予算委員会では、通産省の山田勝久審議官が、「昭和五八年四月から一二月までの相談件数五七九三件のうち、金の取引に係わるものが八四二件で全体の一五パーセントを占めている。そのトータルの金額は約一七億四〇〇〇万円である。相談の具体例としては金の現物を要求しても渡してくれない、解約に応じてくれない、三〇パーセントの違約金は高すぎるというものである。」と答弁し、小此木彦三郎通産大臣は、「国会でも度々議論されておりますこのような社会悪を追い払うためには、色々な対策を考えまして、早急に処置いたしましょう。」と答弁した。
しかし、現実には、昭和五九年三月一二日の衆議院予算委員会で、資源エネルギー庁の高木俊毅鉱業課長が「立入検査権がないので掌握していない。」「注意喚起に努めている。」と答弁するように、有効な対策を講じるに至らなかった。そうした状況の中で、三月二四日に、全国各地の弁護士が連名で、豊田商法を詐欺罪・出資法違反に問う刑事告訴を大阪地方検察庁へ提出して、被害拡大防止のため行政機関の規制権限の発動を求めたが、いずれも動かなかった。
5 通産省は、「豊田商事は非常に社会的問題を生じておる企業である。」という認識に立って、前記のとおり「かしこい消費生活のしおり」や「金取引の悪質商法にご注意を」のポスター等で消費者啓発を行ってきたが、被害は減少するどころか益々拡大していく中で、更に、昭和五九年四月一日に「消費者行政ニュース第三号」を発行し、この中で、相談事例として豊田商事の被害例を挙げた上、消費者相談業務における一般的留意事項として、(1)勧誘時点のものは契約しないように示唆し、きっぱり断るよう助言する、(2)契約したが代金未払いの時点では契約内容が自分の意思と異なる時は契約の無効を訴えるよう助言する、(3)契約締結して代金も支払っている場合には内容証明郵便で解約するよう助言する、(4)契約期間満了後のものは、直ちに返還請求を行い、更新はしない、との異例の相談処理基準を示した。
6 更に、国会では、昭和五九年四月一二日の衆議院物価問題等に関する特別委員会(以下「衆議院物特委」という。)において、河本敏夫経企庁長官は、宮地議員が「いわゆる現物まがいの悪徳商法が増えてきている。」「特に、大阪に本社のある豊田商事等が最近は悪辣な商法をしておる。」「現在急激なスピードで発生してきておる先物取引による悪徳商法、なかんずく現物まがいの悪徳商法について大変ゆゆしき事態である。本格的に政府としてもこの問題に取り組んでいかなくては大変な社会問題になるのではないか。」と質問したのに対し、「ご指摘の事実はまさにそのとおりだと思います。」「国民生活、それから消費者の立場を守るという政府の政策から考えましてもゆゆしき事態だと思いますし、しかも、その傾向が益々顕著になりつつあるということでございますから、政府といたしましても、この問題を何らかの形で至急前向きに解決をしなければならぬ、対処しなければならぬ、このように考えておりまして、関係省庁と至急相談をしたい。」と答弁した。更に、経企庁及川昭伍国民生活局長は「昭和五八年一一月八日に開いた消費者会議では、特に金の現物まがい取引について一項目取り上げ、関係法令の厳格な運用を行うことによって事業者の規制を一方で行うとともに、他方消費者啓発を行うことが必要だということを決めた。関係省庁と協力して更に進めていく。」旨を答弁した。また、大蔵省の福田誠大蔵大臣官房企画官は、「非常に社会問題となっていることは承知しており、今後情報の収集を積極的に行い、必要に応じて関係当局とも十分相談する。」と答弁した。
同じ委員会の中で、通産省の牧野経済課長は、「消費者トラブルが生じました場合に、私どもの相談所におきましては、特別に裁定の権限とかそういうものがあるわけではございませんが、当事者を呼びまして色々アドバイスをいたしましたり、もう少し消費者のことをよく考えて態度を改めるようにとかいうような一般的な指導はしております。」と述べ、そういう一環として、過去豊田商事に対しその内情等について色々尋ねたが、「答えが殆ど返ってこない。」ことを明らかにした。
更に、同じ衆議院物特委で、警察庁の清島経済調査官は、議員が福岡で発生した年金トーク事件を取り上げて質問したのに対し、「お尋ねの件は、企業年金支払いを口実に、買うつもりのない金を結果的に買わされたという被害届が出ておる事案でございますが、その件だろうと思います。この件につきましては、現在、届け出のあった者などから事情を聞くなどしております。具体的な状況については答弁を差し控えさせていただきたいと思います。」と答弁した。
7 そして、昭和五九年四月二六日、消費者行政担当課長会議(この会議の性格は、後期第三編第六章第一の二認定説示のとおり)が開かれたが、これは、前記6の河本長官の「関係省庁と至急相談したい。」という答弁を受けて開催されたものである。しかしながら、右関係省庁として特に具体的にどの省庁というのは各担当者の頭にはなく、「担当課長会議のメンバーそれぞれがそれぞれの所管に従って判断していく。」ということを決めただけで何ら具体的な対策を講じなかった。
一方、資源エネルギー庁鉱業課では、同年春ころ出資法の適用について課内で検討した後、同法の所管官庁である大蔵省に二、三人の課員を出向かせた。同課員は、資料として新聞の切り抜き一枚を持参しただけであったが、相談に応じた大蔵省菊池豊彦銀行局総務課長補佐は、これを見た限りでは出資法に違反すると考えるのは難しいと答えた。同課員は、その後自らあるいは関係省庁へ照会して資料を集めようとはしなかった。
8 昭和五九年五月には、警察庁が主催して、豊田商事事件についての第二回目の対策会議が開かれた。警察庁の招集を受けて、八都道府県から保安課長、捜査第二課長が出席した。会議の目的は、「福岡県警が調査を始めた年金トーク事件、兵庫県警が調査を始めた外国為替及び外国貿易管理法(以下「外為法」という。)違反事件、警視庁が検挙した北村敏裕元東京支店長の業務上横領事件等により、情報収集が活発に行われており、詐欺の可能性、容疑性があったことから、保安部門と刑事部門との合同会議を開き、その調査、捜査過程で得られた情報を交換し、更に実態把握を推進して容疑が固まればこれを刑事摘発するため」であった。
右会議において、大阪府警は、昭和五八年一月の売上高が全国で約四〇億円であること、経費等につき人件費は毎月一三億五〇〇〇万円、その他の必要経費は一三億円で、償還金、金仕入代金等を含め毎月会社を維持するためには四七億円が必要であること、昭和五七年四月から同五八年三月までの決算は前期決算に倍する赤字になっていること、純金の保有の点は、同五八年三月時点で三三三キログラムとなっていたが、同五九年一月の段階では八〇キログラムしか保有していない模様であることも報告した。
一方、警視庁は、元東京支店長北村敏裕が、純金の売買という名目であれば出資法違反にならないと判断して、この商法を考案した、純金は客との契約の時の見本があるだけである、現在の契約状況は一日で二億円、毎月五〇億円位あり、簡単に倒産するような状況ではない、導入金は、昭和五七年中、商品相場に一〇〇億円位の投機をした、期限の到来した客には、説得して純金ファミリー契約を更新させるか、その都度純金を買って渡している旨の供述をしたことを報告した。
また、福岡県警は、「老人を対象に、豊田商事の年金制度のクジに当たったので手続をするから通帳、印鑑をもってきてくれといっては、無理矢理に純金ファミリー契約をさせる手口」の紹介があり、「詐欺にならないか調査中である。」と福岡支店での「年金トーク事件」の具体的内容と福岡県警がこれを詐欺罪で内偵捜査中であることを報告した。
兵庫県警は、「銀行捜査の結果、豊田商事の幹部が小切手を海外に不正に持ち出していることを掴み、外為法違反容疑で内偵を始めた。」と報告した。
会議で報告を受け、検討の結果、警察庁の判断としては、未だ全体の会社犯罪、組織犯罪として刑事摘発できるような資料というものはなく、強制捜査に踏み切れないと結論づけ、今後とも実態解明のための内偵捜査を強化していくようにとの指示を出した。
また、福岡県警の「年金トーク事件」については、償還不能詐欺としての立件を重視する立場から、独立採算制を採用しているわけでもない福岡支店だけの詐欺を認定するのは困難であろうとの結論となり、兵庫県警の外為法違反事件についても、金額が少額であることから、直ちに刑事摘発に着手することについては消極的な態度を取り、更に余罪等について捜査を進めるように求めた。
兵庫県警は、同年五月の右会議の直前ころには外為法違反容疑で豊田商事の海外事業部長であった米戸千秋から事情聴取を行い、また、警視庁は、同年四月、五月に豊田商事の営業社員不退去事件を検挙した。更に、同年七月に警視庁が暴力等防止条例違反罪、石川県警が迷惑防止条例違反罪、同年八月六日に兵庫県警が迷惑防止条例違反罪、同年九月三日に警視庁が不退去罪で、それぞれ営業社員に対する個別刑事事件での刑事摘発を行ったが、豊田商事ないしはその幹部らに対する刑事摘発には至らなかった。
(以上につき、<書証番号略>、証人河盛、同牧野、同村田、同菊池、同高木、同清島)
五昭和五九年六月ころから豊田商事倒産まで
1 昭和五九年六月、加藤職員は、国民生活センター相談部が各地の消費者センター向けに発行している部内情報「消費生活相談緊急情報」に豊田商事について執筆し、国民生活センターでの相談件数、相談処理の仕方、商法への疑惑、各方面の動きなどを報告したが、右部内情報は、経企庁等にも送付されている。
また、このころ、通産省は、昭和五八年度版「消費者相談報告書」を発行したが、同書中には、「現物まがい取引が二二九六件と前年度(一四八四件)に比べ54.7パーセントの急増となっている。」との指摘がある。
2 昭和五九年七月ころ、豊田商事は、第三期決算において、当期損失が三七八億円であるにも拘らず当期利益五五二九万九〇六〇円と計上した粉飾決算書を作成し、民間大手信用調査機関である株式会社帝国データバンク、株式会社東京商工リサーチなどに配布した。警察庁清島経済調査官は、これらの資料を被害救済に当たっていた弁護士から入手していた。
その後、豊田商事は、同年八月一〇日には鹿島商事を、同月二五日には豊田ゴルフクラブをそれぞれ設立し、同ゴルフクラブの全国共通会員権(システムⅡ)の販売を開始した。その内容は、「売り切り」では施設の利用権が対象なので老人や主婦には売りにくいことから、年間一二パーセントの賃借料を支払う「オーナーズ契約」を中心とするものであった。実際には、このゴルフ会員権は資産的な裏付けのない紙切れ同然のものであり、純金ファミリー商法と軌を一にするペーパー商法そのものであった。
なお、純金ファミリー契約の償還の遅れから生じる破綻を回避するため、豊田商事は、純金ファミリー契約からゴルフ会員権への切り替えを進め、これは、最終的には約七億円に達した。
3 昭和五九年秋ころから、豊田商事の資金繰りは極度に悪化した。そこで、永野らは、同年九月二八日の銀河計画株式会社役員会議で、同年一〇月に九〇億円の導入額が達成できなければ歩合報酬を従前新規、増契約、継続の全てにつき一五パーセントだったのを一二パーセントに切り下げる旨決定したが、同年一〇月の導入額は結局七九億円に止まり、同年一一月一日、営業社員の歩合給は一二パーセントに切り下げられた。また、同年一〇月二九日には、営業本部通達六二号を出して、管理職手当の支給対象を従前は総合ノルマ達成率四〇パーセント以上だったのを五〇パーセント以上に限る旨変更し、実質的な管理者職手当の切り下げを行った。
このような破綻状況は、関連会社についても同様であった。
4 高木鉱業課長は、金の現物まがい商法について、昭和五九年七月二日号の日経ゴールドレポート紙に「出資法との関係でかなり問題があると思う。」旨の談話を掲載した。
5 昭和五九年一一月二〇日の第一七回消費者保護会議は、豊田商法につき、「不法事犯の取締りの強化等関係法令の厳格な運用を行う。」旨の決定をした。
6 同年一一月二四日には、愛知県警は、前出のエンテルジャパンの代表取締役を逮捕したが、警察庁は、都道府県警察に対し、豊田商事事件についての格別の指導は行わず、ただ、同年一二月二〇日の衆議院物特委において、重点的に取り締まるということを全国に再三指示していると答弁した。
7 同年一二月ころ、国民生活センターが豊田商事の被害者に高齢者が多いことから同社の苦情担当者を呼び出したところ、同社東京支社次長桐山巌が来所して「お年寄りを勧誘するというのを止めろということは豊田商事に商売を止めろ、人間に向かっておまえ死ねというのと同じなんです。」と述べた。
また、そのころ、国民生活センター加藤職員は、経企庁の要請を受けて、「資産形成に関するトラブル」の原稿を書いた。この原稿は、昭和五九年六月全国の消費者センター向けに前出「消費者生活相談緊急情報」に執筆した原稿を元にして書いたものであり、そこに掲げられている事例は例外的な事例ではなく、いわば豊田商事の手口を象徴するような事例として出したものだというのが当時の加藤職員の認識だった。
8 昭和六〇年一月三〇日、豊田商事は、検察庁へ豊田商事グループの事業計画書を提出した。しかしながら、豊田商事及び銀河計画株式会社の役員会議で純金ファミリー契約の償還計画を検討したことは一度もなく、その計画書の記載内容も適当に数字を並べただけの何ら合理的根拠のないものであった。
同年二月八日、衆議院予算委員会において、村田敬次郎通産大臣は、豊田商事問題について、消費者へのPRでトラブルを防止したいと答弁した。
また、同日、警察庁中山好雄刑事局保安課長は、各法令を多角的かつ厳正に適用するという方針を今度とも一層強化していくと答弁した。同年二月九日付朝日新聞報道によれば、「金などの取引に絡む苦情相談は、通産省消費者相談室に寄せられたものだけで、昭和五七年度六六七件、昭和五八年度一一一一件、昭和五九年度上半期(四月から九月まで)七四四件とうなぎ登りである。」とされている。
9 昭和六〇年二月一三日には、豊田商事の元社員による、本物の第三期法人税確定申告書写し等の秘密書類をネタにした恐喝事件が発生し、豊田商事は同年二月一三日にこれを警察に届け出て、同月二五日から同年三月八日にかけて元社員全員が逮捕された。
10 右のような事態の中で、昭和六〇年三月には、豊田商事の月間導入金額はそれでも最高の九八億円に達した。啓発が何ら役立たず、国会での質疑など無関係に、それだけの被害が発生したことになる。
11 このころ、国民生活センター加藤職員は、経企庁より説明を求められて経企庁に赴き、豊田商法への対応状況について口頭で説明した。これに対する経企庁の対応は、例えば、国民生活センターでの相談例として新聞報道されたことについて、これで取りつけ騒ぎが起きて豊田商事が潰れた場合に、国民生活センターに批判が集まりかねないのではないかとか、その処理方法について、お金が未払いであれば、たとえ契約していようともお金は絶対に払うなどと助言しているのは法律的に高度な問題でちょっと単純にそのようなことで回答するのは乱暴すぎないかとか、深入りしないで弁護士に解決を依頼するなどの処理で終結させた方がいいなどという意見が出されるなど、被害救済に積極的な国民生活センターに対して批判的なものであった。
他方、同年三月二六日の衆議院物特委では、経企庁及川昭伍国民生活局長は、第一七回消費者保護会議の決定について、「各省庁が挙げて関係の法令を運用し、あるいは警察庁の協力等を得ながら不法事案の取締の強化等も行うことを決めた。」と述べるとともに、「国税庁当局、警察庁当局、それぞれ関係する法令に従って厳正に対処するように、消費者行政担当課長会議の場等を通じて協議している。」と答弁した。
(以上につき、<書証番号略>、証人加藤、同清島)
六昭和六〇年六月以降
1 昭和六〇年六月五日には衆議院法務委員会において、同月六日には衆議院物特委において、同月七日には衆議院商工委員会において、それぞれ豊田商法対策問題が集中審議された。
2 警察庁は、同月豊田商事に関する対策会議を開いた。この会議において、兵庫県警が外為法違反について裏付け捜査をほぼ終了した旨を報告した。そして、同県警は、同会議の結果を踏まえて、外為法違反の容疑で捜索に着手した。
3 昭和六〇年六月一〇日、経企庁は、豊田商事問題について、関係省庁に呼びかけ、六省庁担当課長会議を開催した。
4 同年六月一二日には、衆議院決算委員会で、村田敬次郎通産大臣は、「関係省庁と連絡を取りつつ、場合によれば職員が会社に乗り込むことを含めて強い指導をする決心である。」と答弁し、また「営業停止の指導をすべきではないか。」との質問に対し「そういう指導も含めて最大限の努力をしたい。」とも答弁していた。
5 通産省は、同年六月一九日発出の文書をもって、豊田商事に「新規の勧誘及び契約締結を停止されたい。」との行政指導を行ったが、これに対し、豊田商事は、「既に営業を停止している。」旨の回答をし、以後営業を再開することはなかった。
6 これより先、同月一八日には永野会長が刺殺され、同月二〇日には豊田商事に対する破産申立てがなされ、同年七月一日大阪地方裁判所は破産を宣告し、豊田商事は崩壊した。
破産手続における被害者債権は約二万九〇〇〇件(人)、約一一五五億円であった。
7 大阪地方検察庁と大阪府警は協同で捜査を開始し、昭和六二年三月二一日、豊田商事の幹部職員(石川洋他)を詐欺罪の容疑で逮捕し、同年四月一二日に起訴した。
8 二年の審理の結果、大阪地方裁判所は、平成元年三月二九日、石川洋外四名の被告人に懲役一〇年から一三年の実刑判決(本件刑事判決)を言い渡した。
(以上につき、<書証番号略>、証人村田)
第三原告らの本件被害の発生
原告らは、いずれも、昭和五九年四月以降において、前期第一の二2説示の純金ファミリー商法(現物まがい商法)を行っていた豊田商事の、別紙被害状況一覧表兼請求目録(以下「別紙一覧表」という。)の「支店・営業所、担当販売員」欄記載の販売員から前期第一の三1認定説示のような勧誘を受け、これを真実と誤信した結果、別紙一覧表「契約日」欄記載の各年月日に、豊田商事との間において、金地金の売買契約及び純金ファミリー契約を締結した上、豊田商事に対し、金地金の代金として、少なくとも別紙一覧表「支払額」欄記載の各金員を支払い、同「支払合計額」記載の金額の損害を受けた(但し、原告番号二―二三五の原告<略>の分については、右損害を受けたのは同原告の母<略>であり、同原告は右<略>の死亡によりその損害賠償請求権を相続により承継したものである。また、原告番号一―三四の原告<略>の損害額は三七一万四五二九円、同一―三〇六の原告<略>のそれは七三一万八八七五円、同一―三一一の原告<略>のそれは一二六万七五三五円、同一―五一六の原告<略>のそれは一八八万七一七五円、同一―六三九の原告<略>のそれは二一万九八四五円、同一―六九二の原告<略>のそれは五七六万四一五五円、同一―七一四の原告<略>のそれは五七七万七一二〇円、同一―七一九の原告<略>のそれは二二万六三九五円、同二―六二の原告<略>のそれは八六一万七二四五円、同二―七八の原告<略>のそれは五三九万九七九〇円、同二―三〇二の原告<略>のそれは二八三万八六九〇円、同二―三四二の原告<略>のそれは四九一万六八八〇円、同二―四四三の原告<略>のそれは二六二万二五〇〇円、同二―五一六の原告<略>のそれは三九七万七九四〇円である。)。
(以上につき、<書証番号略>、原告<省略>)
第二章争点
本件における争点は、原告らが豊田商法により被った本件被害について、被告国が国家賠償責任を負うかどうかである。
第三章争点に関する当事者の主張
(原告ら)
第一総論
一不作為による国家賠償責任の本質
1 本件訴訟は、被告国の公務員の違法な権限行使の不作為について被告国に国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条一項の賠償責任を問うものである(なお、後述の大阪府警、福岡県警及び兵庫県警による刑事摘発の抑止についての警察庁の責任は権限行使の積極的な過誤というべきである)。
国賠法に基づく公務員の損害賠償責任は、法理論あるいは法体系上も特別の責任ではなく、民法の規定する不法行為責任の一態様であることは今日ではあまり異論をみない。
2 ところで、ある者の不作為が民法上の不法行為を構成するためには、その者に一定の行為をなすべき義務(作為義務)があることが前提となるが、このような「作為義務」が発生する根拠となる事象は、法律に明記されている義務あるいは実定法上の義務である必要は全くないし、契約、慣習ないし条理は勿論、いわゆる「先行行為」に基づく作為義務のように、作為に出なかった者と被害者が不作為の当時置かれていた地位や立場あるいは生活関係(事務管理)等からも作為義務が肯定されることもある。
3 国家賠償責任も一般の不法行為責任の一態様である以上は、公務員の不作為の違法性の有無を判断する場合、基本的には民法の不法行為一般の場合と変わるところはない。
従って、国家賠償責任の有無を判断する場合であっても、具体的な被害状況、被害態様ごとに、個別具体的に作為義務が認められるような状況にあったか否かを判断すべきであって、行政作用のもつ特殊性を踏まえる必要があるとしても、被告国が主張するように「反射的利益論」や「行政裁量権」という抽象的議論を持ち出して、画一的に国家賠償責任を否定することは許されない。
二不作為による国家賠償責任否定論批判
1 はじめに
被告国は、一九世紀的な「自由主義法思想」から派生した「法律による行政の原則」や「反射的利益論」や「行政裁量論(行政便宜主義)」を振りかざし、不作為による国家賠償責任が肯定される場合を極めて例外的、限定的な場面に追いやろうとしている。
被告国が「反射的利益論」や「行政裁量論(行政便宜主義)」を主張する意図は、原田尚彦教授が指摘されるように、これらの法理が「紛争の内容や具体的な利益状況をいっさい考慮することなく、一片の形式論理によってア・プリオリィに国民の請求を切り捨てるのに役立つ」ものであり、「そしてまさにそれゆえに、これらの法理は、裁判所の審査の頬を省くのに便利な教義として裁判官によって好んで利用されもしたし、また、行政の側にとっても、国民の関与を排して行政庁に公益判断を独占させるための法理として好都合のものであ」るところにある。
このような被告国の立論は、現代社会における法制度や法思想を踏まえれば、「不作為による国家賠償責任否定論」といっても過言ではない。
2 現代社会における行政の役割の変質
(一) 自由主義法思想の変質
(1) 自由主義法思想と行政の役割
一九世紀の遺産である近代自由主義の法思想は、国家権力から国民や市民の利益が不当に侵害されることにならないようにすること、即ち「国家権力からの自由」がその中核を占めていた。
そのため、国家権力の源泉とその権限行使の要件や効果等を扱う行政法理論においては、市民や国民の自由を如何に確保していくかという目的のために法理論が構築されていった。
このような法理論では、市民社会の自主自立が強調され、「自己責任の原則」が強調された。
他方、権力の行使の主体である行政権の役割や守備範囲についても、国家権力は社会の必要悪とみなされ、行政の任務は治安の維持や市民社会にとって誰が見ても有害と考えられるような害悪の排除や取締りという消極的警察規制に限定されるべきものと考えられていた。
ここでは、公的権力が恣意的に行使されたり、濫用されたり、逸脱したりすることによって市民の自由が制限されることがないようにするために、行政権の行使が厳格な法的根拠や法的拘束の下におかれた。
このような意味で、公的権力の覇束のための原則として「法律による行政の原則」が強調されたのである。
(2) 行政の役割の変質
しかし、現代社会における産業の発展と国家の経済的、社会的構造の変化とそれに伴う市民の生活様式の変化は、行政の役割を質的に変遷させ、その結果、右のような意味での「自由主義法思想」を貫徹することの矛盾や不都合が露呈することになった。
現代社会では、多種多様な行政需要を喚起させ、行政による積極的な介入、調整なくしては社会や経済、更には市民の生活も安全、円滑に運営されない事態に至っている。
ここに至っては、消極的・警察的規制による市民的自由の保護だけでは、市民生活を守ることができないだけでなく、法によって行政機関に付託された責任を確実に履行できない結果となり、市民生活に対する重大な支障にすらなる。むしろ、市民の安全、平穏な生活を保障するため行政の市民社会への積極的介入が必要不可欠とすらなっている。
現代の行政法規には、このような意味において行政機関に対し、行政権限を行使すべき方針、指針を与え、その権限行使を積極的に推進、誘導するための規定が数多く存在しており、わが国の「消費者保護基本法」もこのような法規のうちの重要な一つである。
(二) 「自己責任の原則」の変容
被告国の不作為による国家賠償責任否定論の柱の一つは「自己責任の原則」であるが、このような議論がいずれも右に述べたような一九世紀的「自由主義法思想」に裏付けられていることは被告国の主張からも明らかである。
しかし、原田尚彦教授が指摘されるように、「現代の都市化した生活様式、寡占的大企業に支配される経済体制、高度工業化社会のもたらす歪みと危険、こうした現代的諸様相の中で、市民が健康で文化的な生活を維持するには、もはや自由主義と自己責任の原理を純粋に貫徹させるだけでは十分でない。市民は行政を味方とし、行政機関を生活の守護者として位置づけ、これを利用しない限り、各自の生活を防衛することは不可能である」し、「現代行政に課された社会管理の責任は、極めて重い」ものであり、「こうした背景のもとでは人びとが行政への依存心を強め、行政の適正な運営に多大の関心と期待を寄せるのは、むしろ当然の成り行きであり、現代人の『甘え』として単純に片付けきれないもの」である以上は、現代社会では「自己責任の原則」も当然それにあわせて修正されており、個々の事柄や場面に応じて、行政が直接加害者による侵害から市民の利益や権利を保護することについて如何なる役割を負わされていたのかの検討をすることなくして、「自己責任の原則」を盾に一律に行政の無問責を導き出す根拠にはできない。
3 反射的利益論批判
(一) 被告国は、「反射的利益論」を展開し、これを、不作為に基づく国家賠償責任否定論の法理論上の根拠としている。
被告国の主張する反射的利益論とは、行政庁の不作為に基づき国賠法一条一項の責任が発生するためには、個々の国民に対して行政庁に職務上の法的義務が存在していることを前提として、行政上の規制は専ら公益一般を保護するものであるから、それによって国民の一部が利益を受けることがあっても、それは行政庁が公益の実現を図る過程でたまたま発生した法の予定していない利益であって、法律上保護された利益あるいは権利ではないのであり、行政庁が権限の行使を怠った結果国民が損害を被ったとしても、行政庁は右の法的義務を怠ったことにはならないから国家賠償責任を負うことはない、というものである。
(二) しかし、このような被告国の主張は、次の二つの点で誤ったものである。
(1) まず、第一は、行政庁が実現すべき「公益」について、国民の具体的利益はあるいは個別的権利と全く掛離れた独立のものと捉らえている誤りである。
このような「公益」の捉らえ方は、明治憲法下の天皇主権国家であれば格別、国民主権主義を基本とする日本国憲法下では到底理論として成り立つものではない。
日本国憲法では、総ての国家機関の権力の源泉は国民にあり、国民から付託された権限に基づき行政庁が国民の福利を増進することが行政庁の責務である。
ここでは、行政庁が実現すべき「公益」は、国民から超越したり国民から乖離した抽象的な実体ではなく、「個々の国民の利益の総和」あるいは「国民共通の利益」という内容をもつものである。
だとすれば、法が「公益」の実現を目的として行政庁に権限行使を命じている場合には、そもそも極めて例外的な場合を除いて、個々の国民の利益と無関係にこのような規制権限行使を命じていることはないのである。
(2) 第二に、「反射的利益論」は、そもそも抗告訴訟における原告適格を画する概念として論じられていたものであるにも拘らず、これを国家賠償における違法性を画する概念として論じている誤りである。
そもそも抗告訴訟における原告適格の問題は、抗告訴訟とは行政庁がある個人に対して行政処分を行った場合にその処分の適法性を争うものであるから、行政庁の処分によって当該個人の個別具体的な利益が侵害されているのか否かが問題となる。
この場合には、関連する法規も判断の上で考慮されるとしても、あくまで当該法律が定めている行政処分の要件が直接対象としている利益は何であるかが問題とされている。
これに対して、国賠法一条一項に基づく損害賠償責任の場合には、前述したとおり、民法上の不法行為責任と同じ本質をもつものである以上は、そこにおける違法性の判断基準としては、不法行為制度の根本原理である「損害の公平な負担」という観点から、制定法令だけでなく、契約や慣習、条理あるいは事実上の地位、立場、生活関係等も個々の国民に対する公務員の職務上の作為義務の発生根拠たりうるものであり、違法性の基準は法規の趣旨から観念的、一般的に導き出すのではなくて、個々の具体的な事情を総て取り込んだ上で、発生した損害の公平な負担を図るという観点から公務員の職務上の義務の範囲を画する必要があるのである。
従って、あるべき救済の理念も異なっており、また妥当すべき規範も異なっているにも拘らず、抗告訴訟における原告適格を画する概念として論じられているような「反射的利益論」を根拠として、そこでいわれている「法律上の利益を有する者」以外の者に対しては公務員の作為義務が発生する余地がないとする被告の立論は全くの誤りである。
4 行政便宜主義の変質と被告国の「行政裁量論」批判
(一) 被告国の責任否定論のもう一つの法理論上の根拠は、「行政裁量論」あるいは「行政便宜主義」である。
この法理は、法が行政機関に行政権限の行使を認めている場合であっても、その権限行使の要件や権限を行使すべき場合を一義的に定めていない場合には、法によって与えられた権限を行使するか否かについては行政機関の裁量に任されており、行政機関が裁量に従って権限発動をしなかったからといって、当不当の問題は別にして違法となるものではなく、そのような行政機関の不作為は司法審査の対象とはならないとするものである。
(二) ところで、「行政便宜主義」は、もととも一九世紀のドイツにおいて警察権の発動に関する警察法の一般原則として発展したものであり、警察権のような市民の自由を制約する権力の行使はできるだけ控えるに越したことはないという考え方が基本になっており、伝統的、歴史的意義における「自由主義法思想」を背景とするものである。
しかし、このような意味における「行政便宜主義」を強調することは、行政機関の任務の懈怠に対する司法審査を排除し、行政機関の法的無問責を承認することになる。
特に、前述のとおりの現代社会における行政の役割の変質を踏まえれば、むしろ行政庁が権限を積極的に行使することが期待される場面が多いことからすれば、なおさら「行政便宜主義」を貫くことの不合理や矛盾が明らかになってくる。
従って、現代行政法では、一応は「行政便宜主義」を承認するとしても、後述するとおり常にその裁量の範囲あるいは裁量の限界が検証されなければならない。
5 被告国の「裁量権消極的濫用論」批判
(一) 行政庁の裁量権を承認した上で行政庁の権限不行使の違法性が問題となるのは、行政庁の裁量権の行使には一定の「限界」や「枠」があるということが前提となっている。
従って、自由裁量でも一定の「限界」や「枠」があることを承認する以上は、その「限界」や「枠」がどの辺りにあるのかが当然吟味されなければならない。
しかし、被告国は、このような「限界」や「枠」が実際にどの辺りに存するのかという問題については、「裁量権消極的濫用論」と称する珍奇な「理屈」を盾に、ありとあらゆる事情や要素を充足しなければ裁量の「限界」や「枠」の境界にまで到達できない結果となる主張を展開している。
被告国の右主張は、裁量の「限界」や「枠」がどの辺りにあるのかの問題としては、「伸縮自在」の全くのご都合主義の主張であり、結局のところ、自由裁量の場合には行政庁の権限不行使が違法となることはないといっているのと全く同一である。
(二) ところで、行政庁に裁量権がある場合における不作為の違法の問題は、行政庁の不作為が如何なる場合に「著しく合理性を欠くか」という問題であり、裁量権収縮論は「著しく合理性を欠く場合」の判断基準(前述の「限界」や「枠」)を客観的かつ明確にしようという理論である。
これに対して、被告国が新たに主張している裁量権消極的濫用論なるものは「如何なる場合に著しく合理性を欠くか」という問いに対し、それは「裁量権を濫用した場合」即ち「裁量権の不行使が著しく合理性を欠く場合」であるといっているのに過ぎず、いわば「問い」に対し「問いを以って答えている」ものである。
被告国の裁量権消極的濫用論は、結局、「濫用」か否かの明確な基準の定立を放棄しているのと同一である。従って、このような立場での権限不行使の違法性判断は極めて「主観的」であり「流動的」であり、「恣意的」なものとならざるをえない。
被告国は、裁量権消極的濫用論に立った場合の行政庁の権限不行使の「違法性判断」において考慮すべき事情を種々上げており、例えば、同種事例での行政の対処とか、行政が外に取った措置とか、豊田商事の営業、経理実態等が(行政側にとって)十分に解明されていなかった事情なども考慮しなければならないとしているが、これらの事情を考慮しろということは、とりも直さず行政庁の「お家の事情」を考慮しなければならないといっているのにほかならない。
(三) 「違法性」の判断というものは、故意、過失の判断と異なり、そもそも客観的、全体的な法秩序や法規範からみて排斥・排除されるべきもの、非難、批判されるべきものという法的無価値判断なのであって、本来は客観的判断である。
従って、「違法性」の判断は、もともと「事後的」判断であり「代置的」判断がその本質である。
そのため、違法性の判断においては、事の性質上できる限り「客観化」「要件化」が要請されるものであり、裁量権収縮論はそもそもこのような「違法性判断」の本質的要請に適うものとして登場し、発展してきた。
違法性の判断を客観化することは、違法判断を受ける者にとっても、如何なる場合に自己の行為が「違法」と判断されるのかを予め予期、予見しておくことができるという点において、また、違法判断を求める者にとっても、加害者の非難可能性の基準が明確になり、その基準を超えていることを立証すれば賠償責任を問うことができるという意味において、被害救済に資するという点で合理的であり、また有意義でもある。
三規制権限行使義務の根拠と要件
1 作為義務の根拠並びに要件の合目的性
現代社会における行政の役割は、現代社会の利害の調整役にこそあるのであり、そうだとすれば、国家賠償責任において公務員の作為義務違反の判断において求められる基準は、行政庁が国民から付託された「利害の調整役」として果たすべき役割を怠ったか否かという、極めて合目的的見地から検討されるべきものである。
2 被告国の規制権限行使義務―裁量権収縮論
(一) 裁量権収縮論の根拠
(1) 裁量権収縮の根拠は、現代社会における行政の役割の変質を前提として、不法行為の本質を持つ国家賠償責任における「損害の公平な負担」という見地から、優れて合目的的なところから導き出されるものである。
(2) その場合、原田尚彦教授が指摘されるように、「常識的に考えても、社会的に危険の発生することが明らかに予見できる状況にあり、しかも行政庁が取締りに乗り出してくれるならば、その危険が容易に防止できるのに、行政が権限行使をしないで漫然と打ち過ごすような場合にまで、行政庁の行為が違法でないとすれば、素朴に考えても何のために法律で行政庁に命令や強制の権限が与えられたのかという疑問が生じてくる」ことは当然である以上は、かかる状況下における行政庁の不作為は、「損害の公平な負担」という不法行為法の理念を著しく損なうことになることも明らかであるから、これが右の「常識的判断」や「素朴な考え」に照らして不合理な場合には、行政庁の裁量権は零に収縮し、規制権限行使が義務に転化するものというべきである。
(二) 作為義務発生―裁量権収縮の要件
(1) 以上を前提にすれば、各種の法令上、行政庁に規制権限を与えているが、その権限を行使するか否かについて、行政庁の裁量に委ねられている場合であっても、その裁量権は決して無制限ではなく、右の「常識的判断」「素朴な考え」からすれば、少なくとも、
Ⅰ 国民の生命、健康、自由、財産、名誉に対する大きな危険や危害が切迫している状況であって―「危険の切迫性」
Ⅱ 行政庁が右危険や危害を知っているか又は知りうる状態にあり―「危険の認識又は予見可能性」
Ⅲ 行政庁において規制権限を行使すれば、結果の発生を防止することができる場合―「回避可能性」
には、裁量の余地がなくなって規制権限の行使が義務となり、行政庁が何らの規制にも出ない場合には、そのような不作為は違法性を持つものとなる。
(2) ところで、行政庁が国民に迫っている危険や危害を排除し予防することを国民に言明している場合には、言明の前提として行政庁としては、危害や危険が切迫していることを認識して、自らの地位と責務に照らして権限行使を行うことによって国民に対する右危害や危険を回避したり、予防したり、排除でき、また、そのような権限行使が適切かつ合理的であり、必要であると判断したからこそ、右のような言明がなされたものとみるべきである。
従って、かかる言明はいわゆる「裁量権収縮論」で言われている裁量権収縮要件の大部分を事実上その内部に取り込んだ独立した裁量権収縮の積極要件であり、このような意味での言明がなされているにも拘らず、行政庁が何らの権限行使にも出ずに漫然と打ち過ごし、国民を危険や危害に曝したような場合には、それこそ法律が行政庁に規制権限を与えた趣旨を全く没却するものであり、法的にも違法と評されるべきものである。
(3) 次に、被告国は裁量権が収縮する要件について、右の三要件以外に
Ⅳ 行政庁が権限を行使しなければ結果発生を回避できないこと―「補充性」
Ⅴ 国民が権限行使を要請し、期待している場合又はそれが容認される場合―「国民の期待・容認」
という要件を満たす必要があると主張している。
しかし、前記三要件については、行政庁の規制権限の行使と国民の被る損害とを結び付ける事情として最低限必要なものであるとしても、右Ⅳ、Ⅴの要件については、そもそも裁量権収縮論自体が初めから収縮要件が与えられていたり、論理必然的に要件が導き出される性質のものではなく優れて合目的的価値判断であることからすれば、本来は要件的に分類、分化させることすら必要でないともいえるし、また、いずれかの要件が必要条件であるとか十分条件であるというような問題でもない。
むしろ、論者がそれぞれ指摘しているような要件は、右のⅠないしⅢの要件も含めて、いずれについてもその要件自体が独立して裁量権を漸次的に零に収縮する方向に向かわせる事情、根拠なのであり、ある場合には一つの要件として分類されているような事情だけで零に収縮してしまうこともあるし、また、ある時にはいくつかの要件として分類されている事情が重複して作用することによって零に収縮することもあるのである。
従って、裁量権を収縮させる要件としては別途右ⅣやⅤのような要件を立てる必要はないし、右(2)で述べた規制権限行使の言明のように右ⅠないしⅤ以外の事情でも裁量権を零に収縮させる根拠となるものもあるのである。
3 裁量権収縮の要件の該当性判断
ところで、裁量収縮の要件がひとまず右ⅠないしⅢでよいとすれば、具体的に裁量を収縮させるに足りる根拠となる事情が存在していたか否かを判断していく場合には、当然前述の合目的的判断が必要となる。
(一) これに対し、被告国は、右の裁量収縮要件の該当性の判断について、以下の各事情、即ち、行政による規制権限の行使は権限行使の対象たる国民にとっては権利侵害となるから謙抑的でなければならないこと、直接加害者がいる場合の国の責任は二次的、後見的、限定的であることをマイナス要因として考慮すべきであると主張し、また、規制対象が「営業の自由」の保障される取引行為であること、及び規制権限の行使によって守られるべき法益について、財産的被害には代替性があるので国の規制権限行使の必要はないことを理由として、調査権限がなかったから豊田商事の危険についての認識も予見も欠けていた、危険の重大性に欠ける、補充性に欠ける、期待可能性もなかった等と、本件の豊田商事による被害についてはそもそも類型的に裁量収縮の要件に該当していないかのような主張を展開しているが、かかる主張は、裁量権収縮の法理の本質を全く見失ったものである。
(二) 前述のとおり、裁量権収縮論においては「行政庁に規制権限が与えられている趣旨からして何らの作為にも出ないことが社会的に大きな非難を受けるような事情」があることが国の損害賠償責任の場面における裁量権収縮の根拠なのであり、ここでは規制対象や被侵害利益の面からの限定は所与のものとしては初めから入っていない。
あくまで、規制権限が与えられている趣旨からして権限行使が求められていたにも拘らず裁量権を言い訳にして権限を行使しない行政の怠慢を許容させないだけの具体的な事情があったか否かという問題なのである。
従って、被告国の右のような主張は、個別の検討に入らずに行政の怠慢に対する国民の非難を排斥するものであり、それこそ行政が法律に従わずに勝手になんでもしておきながら責任を問われない結果を求めているのと同じである。
(三) 特に、本件被害の場合には、豊田商事の金銭収奪の手口からすれば、一般の取引行為のように顧客の自由意思が介在してなされるようなものではなかったと評価しうるものが大多数であるし、また、多少なりとも顧客の意思が介在していたとしても欺罔やぎまん的勧誘による錯誤や誤解、脅迫や威迫あるいは困惑による瑕疵ある意思表示を余儀なくされたものであり、到底、正常な取引行為とはみなしえないものであった。
従って、豊田商事の商法や営業活動は、そもそも「営業の自由」の範疇に入らないものであったのである。
(四) また、本件の被害は、被告国の規制権限行使がなければ防御が著しく困難なものであったのであり、このような本件の被害の本質や実態を具体的に検討することなく、事象の表層や形式面だけを捉らえて「直接加害者がいる場合の国の責任は副次的である。」とか「財産的被害には代替性があるから国の規制権限行使は必要ない。」等の議論をすること自体が、裁量権を隠れ蓑にして行政の怠慢を正当化するものであって不当である。
第二警察庁の責任
一はじめに
豊田商法による被害の発生を防止するため、以下のとおり、警察庁が調整権限を行使し各都道府県警察を適切に指示・指導することによって、昭和五八年一一月(遅くとも同五九年五月)までに、詐欺罪、出資法違反、又は外為法違反容疑で豊田商事を刑事摘発すべきであった。ところが、経済調査官である清島傳生始め警察庁幹部が詐欺罪、出資法、外為法についての解釈・運用を誤り、あるいは各都道府県警察に不適切な指示を与えたため、豊田商法の継続を許し、原告らの本件被害を発生させたものであり、被告国の責任は明らかである。
二消費者行政における警察の役割
1 警察活動と消費者保護
警察は、「個人の生命、身体及び財産の保護」を使命とし、そのために「犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当たること」が責務であるとされている(警察法二条一項)。
警察庁では、昭和三三年四月、「一般市民の生活の安全と秩序を害するおそれのある行為を取締り、安穏にして平静な市民の生活を確保する」ことを目指して新たに保安局を設置し、後に刑事局保安部保安課が出資法等の経済関係法令違反の取締りをつかさどることとされた(警察法二三条二項、警察庁組織令一三条の三)。そして、同四三年五月以降、わが国消費者行政の最高意思決定機関である消費者保護会議の委員として、国家公安委員会委員長が、同会議幹事会の委員として警察庁長官が、消費者行政担当課長会議の委員として警察庁刑事局保安部生活経済課長が、それぞれ任命されている(消費者保護基本法一八条二項)。
保安警察の眼目は「犯罪の予防」であり、更に消費者保護という観点から各種の特別法の取締りという任務をもっているが、多発する経済事犯に対応するため、昭和五四年六月、総理府令により警察庁刑事局保安部保安課に経済調査官一人を置くことが定められた。
経済調査官は、右警察庁保安部の中にあって、悪質商法などによる消費者被害を予防、鎮圧するために、経済関係法令違反の検挙、取締り状況を分析したり、全国的、国家的な視野での経済関係法令違反取締りの重点をしたため、更には経済関係法令の取締りを効果的に行うための企画を立て、必要な場合には捜査の分担まで定めるなど、各都道府県警察を調整してこれを実施させることを任務としており、昭和五七年八月二三日から同五九年八月五日までは清島傳生がその職にあった。
2 悪質商法と早期摘発の必要性
(一) 警察庁は昭和四九年一〇月三〇日、「後を絶たない悪質セールスの徹底取締り」を全国に通達し、悪質業者の訪問行為によって消費者の生活の安全と秩序が脅かされることのないよう、各都道府県警察に対して積極的に取締るよう指示した。
(二) 商取引を装いつつ組織的に反覆継続して行われる悪質商法が、益々知能化、巧妙化、広域化する中で、深刻な消費者被害の発生を防止するためには、個々人の注意などではおのずと限界があり、早い段階で徹底的にこれを取締ることが何よりも肝要である。早期に規制せずにこれを放置することは、悪質業者を勢いづかせ、更に類似商法を誘発するなど犠牲者を増大させるばかりか、金の流れや共謀関係など組織の実態解明を益々難しくし、詐欺罪などでの立件を一層困難にすることになる。
3 「生きている社会」に対する刑事摘発
昭和四〇年代に入り保安警察は、「市民生活侵害事犯の取締り」「消費者の保護」「悪質業者の取締り」を特に重点として打ち出し、その取締りに力を注ぐことが強く求められた。
昭和六一年に警察庁保安部に設置された生活経済課では、「悪質商法会社に関する限り、いわゆる『生きている会社』であっても、早期検挙着手に入り、被害の拡大防止、未然防止に努めるべきである。」という方針を示した。
4 早期摘発の必要な事案
(一) 正当な営業活動であれば、その自由が保障されなければならないことは当然である。しかしながら、会社組織を利用して営業活動を仮装しつつ、ただ単に一般消費者を喰い物にしているような場合には、警察としては、仮りにそれが「生きている会社」であっても、早期にこれを検挙し、被害の拡大防止、未然防止に努めなければならないとされている。
(二) 警察の責務として、犯罪の予防は大きな任務であることに着目し、警察庁経済調査官の立場からは「可能な限り犯罪の予防策を実施するという配慮、例えば被害拡大防止のため、早期に指導、警告することも重要である。」と指摘されている。とりわけ「国民生活に著しく支障をきたすような実害の大きいもの、実害の発生の危険性の高いもの、実害の及ぶ範囲の広いもの」など反社会性の強い事犯や、「被害を受けている人の苦情が著しく、社会的に強く処罰を求められるもの」こそ重点的に検挙すべき事犯であるとされている。
右のような事犯には、「情報の早期入手と組織的管理、運営」が必要であり、しかもこれを放置しておくことは被害を拡大させ、あるいは模倣した事犯をも発生させることになることから、「『小さな芽のうちに叩く』ことが基本であって、多角的視点からありとあらゆる法令を駆使し、条例の適用等も考慮した取締りが必要」であるとされ、「この情報の早期収集体制の確立と法令の多角的研究、活用を有機的に行う」ことによって、始めて「的確な捜査」が行われ得ると指摘されている。
右の指摘からみても、本件豊田商事事件がまさに早期摘発の必要な事案であり、しかも重点的に検挙すべき悪質な事犯であったことは明らかである。
5 重要知能犯罪についての捜査体制と捜査方法
(一) 捜査体制の強化と内偵等の活用の必要性
警察庁は既に昭和五五年に、重要知能犯・広域犯罪に対する捜査力の強化等を主眼として、「刑事警察強化総合対策要綱」を制定し、(1)重要知能犯捜査体制の強化、(2)告訴・告発事件処理体制の強化、(3)組織的情報収集機能の強化、(4)捜査能力の向上、(5)特殊知能暴力事犯捜査の推進について刑事警察全体の問題として取組むことを決定した。
そして、この要綱に基づいて、二以上の管区警察局の区域にわたり組織捜査を行う必要があると認められるときには、登録事件とし、警察庁に広域捜査指導官を、各都道府県警察には、「知能犯罪捜査指導官」や「情報収集管理官」をそれぞれ設置することとされている。また、「重要知能犯登録内偵制度」というものを設け、重要知能犯についての情報収集・管理体制を強化するとともに、各警察間における情報交換体制を整備した。
これによれば、悪質巧妙な知能犯に対しては、内偵が最も重要な活動であるとされている。内偵は捜査の密行性を損わない範囲内で、最大限の容疑情報及び証拠資料を収集し、その事件化を図ることを目的とするものであり、捜査幹部は平素から捜査員の捜査技術の練磨に意を用いるほか、内偵に際しては「内偵計画」を作成して、最良の手段方法を用いた合理的・組織的な活動を行なわせるようにしなければならないとされている。
(二) 知能犯罪に対する具体的な方法
知能犯罪の捜査をどう進めるかについても、豊田商事事件の起きるはるか以前から、警察当局によってさまざまな提言がなされ、実行が試みられてきた。
大型の詐欺罪など知能犯罪を解明するには、端緒としてもたらされた情報の事実関係を更に具体的に確定し、それを裏付ける証拠資料等を収集し、犯人の動向等を把握し、検挙に着手するための内偵が特に重要である。
内偵の方法としては、聞込み、尾行、張込み、各種照会、調査など、種々のものがあるが、通常は内偵の目的に応じてそれぞれの方法が併用される。
(三) 帳簿捜査の重要性とそのための事前準備
特に詐欺罪や出資法などに抵触すると思われる会社制度を悪用しての組織犯罪を解明するには、商業帳簿の捜査が不可欠である。内偵すべき事項として登記簿や登記申請書の閲覧、会社年鑑等書籍の調査、税務申告書の入手、金融機関の調査などによって会社の事業内容や実態を解明すること等が重要であるとされている。
このように警察では、内偵の段階で、税務署及び金融機関から、必要な資料を入手しようとすれば入手が可能であり、また事前準備としてそのようにすべきことが指導されている。
(四) 銀行捜査とその方法
銀行照会をすることによって事案の全貌を把握するきっかけになる可能性は極めて大きい。そこで、「知能犯事件の捜査においては銀行捜査は不可欠」であり、「告訴、告発、投書あるいは認知などによって、捜査の端緒を得た場合には、被疑者の身柄を拘束するなどして強制捜査に移行する前に、徹底した銀行捜査を実施して、可能な限り事案に関係のある資金の動きや使途不明金の追及などをなすべきである。」とされている。
(五) 入口事件の早期把握と捜査の実施
生活経済警察の基本である被害の未然防止、拡大防止の観点に立ち可能な限り早期に、先制的に捜査を開始、着手すべきことが強調されている。
先制的捜査を行う場合に、最も効果的な手段は、入りやすい事件(入口事件)の情報を把握することである。もちろん、本件となるべき詐欺で着手することも可能であるが、その容疑を固めて捜査を実施するには、ある程度長期にわたる内偵が必要であることが多い。従って、その間被害は拡大し続けることになる。そこで、比較的立証が容易で確実な入口事件を早期に把握して、事件に着手することが望まれる。また、各種法令の研究、適用の運用面として具体的事件に着手するに当たっては、形式犯から入った方が効果的な場合が多い。そこで、企業ぐるみ・計画的な事案に対しては、取り敢えず形式犯を入口事件として見つけて捜索差押えを実施し、押収した資料を分析・検討して実質犯の検挙に入るという手法を取るのが一般的であるとされている。
(六) 保安警察と捜査二課等との連携強化の必要性
悪徳商法事犯は種々の態様があるが、検挙例の多くは詐欺を最終目標として着手している。悪徳業者が、一般市民から詐欺まがいの手法により資金を巻き上げている以上、捜査によりその手口が解明されればその実態は詐欺であるということになるのは、ある意味では当然である。
その点で、捜査が知能犯担当部門と重なってくることから、捜査二課との情報交換、共同捜査の必要があり、既に昭和五五年に策定さた「刑事警察強化総合対策要綱」の中には、知能犯捜査強化の立場から防犯保安部門との連携をより緊密化することがうたわれている。悪徳商法事案が知能化、巧妙化、企業ぐるみ化している状況の下では、防犯保安部門と知能犯部門との連携強化は必要不可欠である。
6 警察庁の各都道府県警察に対する調整権限
(一) 警察庁の調整権限とその範囲
警察庁長官は、警察庁の所掌事務の遂行に必要な範囲内で都道府県警察を指揮・監督できるとされている(警察法一六条二項)。警察庁はこれに基づき、一般的に都道府県警察が主体的に実施すべき事務についても、一定の水準を保持する、あるいはその円滑な遂行に資するために、国家的な、あるいは全国的な観点から各都道府県警察間の不揃いを是正したり、あるいは指導し、調整することができるものとされている。
そして、犯罪捜査に対する調整として、警察庁は関係法令の統一的解釈や運用についての見解を示したり、特別の違反行為、例えば暴力団の取締りとか違法駐車の取締りといった一定の違法行為についての取締りの強化を指示したり、あるいは広域にわたる事件ないしは各府県にまたがる事件について、都道府県警察の連絡窓口となって各府県間を調整し、その捜査の分担さえも定めることができるとされている。
特に、警察庁は、犯罪が広域にわたる場合、あるいは事件の重要性、秘匿性というものを考慮して、捜査がスムーズに進展するように調整し、警察庁に設けられている広域指導官を必要に応じ各都道府県警察に派遣し、あるいは各都道府県警察の捜査員の編成とか運用についても指導・調整することができるとされている。
更に、警察庁は、調整等の必要があれば、個別具体的な事件について都道府県警察に対して逮捕などの個々の捜査手続を進めるように指導したり、あるいはこれを止めるよう指示することすらできるとされており、現にこれを行っている。
(二) 全国防犯保安担当部長会議等の主催
警察庁長官は、警察庁の所掌事務について都道府県警察を指揮・監督することができるとされていることから、その指揮・監督の一つの手段として都道府県警察の各級幹部を招致して、必要な指示・協議を行っている。
犯罪の予防と消費者保護という観点から、経済事犯に対する各種特別法を駆使した取締りを任務とする防犯保安警察の強化のため、警察庁主催の下に、全国防犯担当部長会議と同課長会議が原則としてそれぞれ年一回定期的に開かれ、実務レベルではテーマごとに必要に応じて、色々の会議が警察庁主催の下にもたれている。
全国防犯担当部長会議などの会議の内容としては、警察庁長官訓示、保安部長説示、保安部各課長等指示が行われ、保安警察運営上の当面の問題点と対策について指示・協議が行われるが、警察庁からのこの種の会議での指示は、各都道府県警察にとっては捜査上の大方針と受止められている。
警察庁が全国防犯保安担当部長会議等で指示・指導したことが各都道府県警察において徹底せず、あるいは捜査手続等についての実務レベルでの会議の決定が不十分ないし不完全にしか実行されない場合には、これを主催した警察庁としては、これを更に徹底させ、あるいは会議で決定したことを実行するように積極的に促し、その実現を図るべきことになる。
(三) 警察庁の指示・指導の誤りと警察庁の責任
以上のとおり、警察庁は、具体的個別的な事件に関しても、各都道府県警察を指示・指導し、調整する権限を有するが、具体的事件について対策会議等を主催して一定の指示・指導を行い、とりわけ警察庁の方から事件の取扱い方について判断が示された場合には、各都道府県警察はその指示・指導ないし判断に従うのが当然とされることから、これについての警察庁の指示・指導が不的確であったり、あるいはその判断が誤っていたために刑事摘発が遅れた場合には、警察庁は直接その責任を負うべきである。
三豊田商法の実態と刑事摘発の必要性についての認識
1 永野の前歴及び豊田商事の前身に関する認識
(一) 永野は、現物まがい商法を開始する以前の昭和五三年七月、東京都中央区に本店を置く旧豊田商事を設立し、東京貴金属市場などのブラックマーケットにおいて金先物取引を行っていた。昭和五三年ないし同五五年ころは、金の輸出入完全自由化を背景に金投資ブームが生じていたころであるが、流通機構の未整備及び取引方法に関する知識不足などのために、ブラックマーケットにおける金取引被害が全国的に激増していた。
被告国は、昭和五六年九月二四日に至り、金を商品取引所法二条二項の政令指定商品としたが、悪徳業者らは、規制を受けない類似の取引へと転身を図った。即ち、国内ブラックマーケットにおいては取扱い商品を金からプラチナ等へ変更して活動を続け、別のグループは香港など海外商品市場に舞台を移して取引を開始し、一方、豊田商事は金の現物取引を仮装した豊田商法へと転身した。
そのため、昭和五六年以降もこのような悪徳業者らによる被害は拡大の一途を辿ったが、その中にあって金の持つ「魅力」を最大限に利用した豊田商法が、一つの組織として、最大・最悪の被害をもたらすに至ったものである。
(二) 昭和五七年八月二三日に警視長に昇格するとともに、警察庁刑事局保安部保安課経済調査官に就任した清島傳生は、右就任直後に「商品取引をめぐる犯罪の動向」について警察学論集に論文をまとめるなど、こうした動向について警察庁内部でも最も通じており、右のような悪質商品取引業界の実態についてはもとより、豊田商事が右のようなブラックマーケットでノミ行為をやっていた永野らが中心になって作っていた会社であり、豊田商事が最初は純金信託受益証券というものを売り出したことを認識していた。
(三) 清島は、警察庁経済調査官に就任した当初から、豊田商法がマスコミ報道あるいは国会等でも問題となっており、「契約の際、顧客に対する強引な勧誘の仕方から問題があり、また当時の市場金利に比較しまして賃借料が高い、これが満期到来時に金地金の返還の可能性というものを考えた場合に、大変困難な面があるのではないかという点で、問題のある会社」であるとの認識を有していた。そして、警察庁の調整権限を行使し、豊田商事の商法に犯罪が介在していないかどうかの実態把握について、各都道府県警察に対して指導し、各種の報告を求め、それを分析し、検討しようと考え、また、具体的明白な違法行為が判明した場合には、適正な刑罰法規を適用して刑事摘発していくように指示をしたり、各都道府県警察の担当者を集めるなどして会議も開催して、検討する必要性を強く認識し、理解していたものである。
2 国会審議を通じての認識と警察庁答弁の内容
(一) 国会では、昭和五七年三月一九日の衆議院商工委員会において、「金の現物まがい商法」が非常に横行しているとして、始めて取り上げられ問題とされたが、更に、同年四月二七、二八日に引続き、七月六日の衆議院商工委員会において、豊田商事と日本貴金属の二社が特に悪質な業者として取り上げられた。その際、清島経済調査官の上司であった仲村規雄警察庁刑事局保安部保安課長は、「二つの会社につきましては、大変私ども関心を持ちまして現在会社の実態なりあるいは個々の行為の態様、中味、内容等につきまして慎重に調査をしておるというところでございます。」などと答弁した。
清島経済調査官は、右国会での質疑、特に仲村保安課長の国会答弁の内容を承知していたのであるから、経済調査官に就任した以上、右二社につき会社の実態や個々の行為の態様を早急に調査すべき立場にあった。
(二) また、昭和五八年五月一八日の衆議院商工委員会では、豊田商事の悪徳商法に関し警察庁が内部告発に基づいて会社側についても取調べを行っているとの報道を基に、右悪徳商法により今後大変な被害が発生するのではないかとして、質問がなされた際、清島経済調査官は、「豊田商事につきましては、私どもも重大な関心を持っておるところでありますが、ただいまの事案についても多少報告は聞いております。」などと答えた。
(三) 更に、昭和五八年一〇月四日の衆議院商工委員会では、豊田商事の件が長時間にわたって審議されたが、その中で、仲村保安課長は、「警察庁といたしましてはこういった金の取引を初めといたします商品取引をめぐる不法事案につきましては、消費者保護の観点から非常な関心をもっておりまして、的確な取締りに努めております。」などと答弁した。
(四) また、昭和五九年三月一二日の衆議院予算委員会で、清島経済調査官は、「お尋ねの豊田商事につきましては、警察としても関心をもって調査をしているところであります。」「今後ともこの種事案についての厳正な取締りに努めてまいりたい。」などと答弁した。
同じ委員会で、これを受けた形で、筧栄一法務省刑事局長は、「第一次捜査機関でございます警察当局で関心を持って調査を進めておられるということでございますので、検察といたしましてもその推移に応じまして適宜適切な対処をするものと考えております。」と答えた。
(五) 更に、昭和五九年四月一二日の衆議院物価問題特別委員会では、福岡で起きた支店ぐるみのいわゆる「年金トーク事件」が取り上げられたが、これに対し、清島経済調査官は、「この件につきましては、現在、届け出のあった者などから事情を聞くなどしております。」などと、如何にも捜査が進展しつつあるかの如き答弁を行った。
右委員会には、河本俊夫経企庁長官も出席しており、大阪地検に出された豊田商事に対する集団告訴などの状況を踏まえて、議員の方から、「本格的に政府としてもこの問題に取り組んでいかなくては大変な社会問題になるのではないか。」と指摘され、最高責任者としての決意と今後の見解を求められた。これに対し、河本経企庁長官は、「政府といたしまてもこの問題を何らかの形で至急前向きに解決をしなければならぬ、対応しなければならぬ、このように考えておりまして、関係省庁と至急相談をしたい、このように思っておるところでございます。」などとの決意を示した。
河本長官の右答弁の最中、清島経済調査官は説明員として答弁席に控えてこれを聞いており、右決意を最も重い責任をもって受けとめるべき立場にあったことはいうまでもない。
(六) 国会では、この他にも、昭和五九年三月一〇日の衆議院予算委員会、同年一二月二〇日の衆議院物特委でも審議されるなど、昭和六〇年になるまで豊田商事問題が一〇回にもわたって取り上げられた。五九年三月一〇日の審議では、小此木彦三郎通産大臣からも、「国会でも度々論議されておりますこのような社会悪を追い払うためには、委員ご指摘のような色々な対策を考えまして、早急に処置いたしましょう。」との答弁がなされるなど、官僚だけでなく大臣からも、この前後に早急とか至急とかいう言葉が入った答弁が繰り返された。
(七) 以上のとおり、国会という国権の最高機関において、豊田商事という一つの組織の悪質商法が、度々取り上げられたが、それだけこれによる被害の発生が深刻かつ広範なものであり、その刑事摘発が一刻の猶予もなく求められていたことの表われといってよい。当時豊田商事を取締るべき最高責任者であった清島経済調査官としては、これらの質疑については、自らが答弁に立った時はもとより、常に関心をもち、直接国会において、あるいは国会議事録を通じて逐一その内容を認識していた。
四対策会議等を通じての指示及び指導
1 経済事犯捜査ブロック研究会
清島傳生が経済調査官に就任する直前の昭和五七年八月一四日、警察庁は、金の先物取引から締め出された豊田商事を始めとする悪質業者が、新たに始めた現物まがい商法などに客を誘い込み、全国各地で多額の被害を出していることから、全国各警察本部に対し、詐欺罪を中心に、出資法、信託業法、外為法など、適用法令を多角的に活用して取締りを強化するよう指示した。
これは、昭和五六年六月から同五七年五月までの一年間に、警察庁がまとめた苦情相談や被害申告の内、豊田商事に関するものだけでも一〇一件にも及び、被害者が欲にかられ投資に走ったケースより、業者の悪質巧妙な手口による被害が多発しているため、管区警察局単位で経済事犯捜査ブロック研究会を開くことにしたものである。更に、警察庁では、昭和五七年下半期を、特に商品取引をめぐる悪質事犯の捜査に重点を置く期間とし、八月一八日には近畿、中部、八月二六日には九州、八月三〇日には関東の各管区警察局で右研究会を開き、相談業務を積極的に行って情報を収集し、業者の実態把握に努め、あらゆる法令を適用して悪質業者を刑事摘発していくよう指導することにした。
清島経済調査官は、豊田商事に関する苦情相談について報告を受けたことにより、豊田商事による被害の具体的内容やその手口等について情報を得ていたものであり、また、右研究会を通じて、豊田商事については詐欺罪を中心に、出資法、外為法などにより取締る必要があることを認識していた。
2 全国防犯保安担当部長会議等
(一) 警察庁長官は都道府県警察に対する指揮監督の一つの手段として、都道府県警察の各級幹部を召還して、定期的に協議し、あるいは随時必要な指示を行っている。その一つとして、春、秋に定期的に全国防犯保安担当部長会議、同課長会議が開催されている。この会議の重要性や各都道府県警察の現場捜査員への影響力は前述したとおりである。
清島経済調査官が就任する直前の昭和五七年六月にもたれた全国防犯保安担当課長会議では、警察庁保安課長から、「商品取引にからむ悪質事犯の取締り強化について」と題して、「金の現物取引契約をしながら売買した金を預かっておくということにして、現実には金を渡さないという方法で顧客を勧誘しているものがいる。これらの手口にかかるのは、老人、主婦などであり、関係機関に苦情、相談が寄せられている。問題業者の実態把握と悪質事犯の検挙に努めて頂きたい。」との指示がなされた。
(二) ところが、昭和五八年一一月の全国防犯保安担当部長会議では、清島経済調査官は、純金ファミリー契約の内容、営業員の悪質な勧誘手口等を説明し、「この商法については出資法上の預り金、信託業法上の無許可営業に当たらないかと検討し、法務省とも打ち合わせたが、今のところ積極的な判断は示されていない。詐欺の可能性があるが、現在その確証が得られていない。」との見解を示した。
(三) 更に、昭和五九年六月の全国防犯保安担当部長会議において、同じく清島経済調査官は、「会社の金の保有量が少ないと思われること、金の運用方法でそんなに儲ける方法はありえないこと、金を集めて会社の経費に費消してしまっていると思われることから詐欺の可能性がある。」との判断を示したが、同時に「先月、関係都道府県の保安課長と捜査二課長の会議をもったが、経理関係が把握できない等で擬律が難しい状況にある。」という見解を述べた。
このように、警察庁の清島経済調査官は、全国防犯保安担当者会議では、詐欺の可能性を指摘しながら、確証が得られていない、経理関係が把握できないという一般的・抽象的な理由を示すだけで、詐欺罪で検挙に着手することについて常に消極的な意見を述べ、同時に、出資法の適用については法務省との打ち合わせを引合いに出して、今のところという条件付きではあるが、暗にその可能性すらないことを示した。
3 昭和五七年一一月開催の豊田商事事件対策会議
(一) 昭和五七年一一月には、豊田商事の純金ファミリー商法について何らかの法律に基づいて取締れないかを検討するために、警察庁保安課は、豊田商事事件についての対策会議を開催した。
この会議は、現場の捜査員にとって、豊田商事の検挙に向けた捜査会議であり、これについての警察庁の指示・指導を仰ぐ会議であった。
この対策会議では、清島経済調査官を始めとする警察庁の幹部と大阪府警、警視庁の各担当者が出席し、大阪府警が作成した「豊田商事の本支店等の所在地や役員会の構成を記した組織図」「純金ファミリー商法の概要」「同商法が出資法、信託業法等に該当するか否かの擬律判断をするための一覧表」などの資料が提出され、これを参考に検討がなされた。
(二) 会議の内容として、警視庁からは、豊田商事について、次のような説明がなされた。
(1) 東京では昨年七、八月ころから本格的営業を開始している。
(2) サンシャインビルの賃借料等施設費が、月に九〇〇万円となっている。
(3) 昨年一一月の実績は、二〇〇人の客に対し約二億円の売上をしており、本年一〇月は五億円の売上をしていると、見込まれる。
(4) しかし、金の運用の詳細は不明であり、解明できていない。
(5) いずれにしても、豊田商事については、詐欺の容疑があると考えているが、それを会社犯罪と解明するまでには至っていない。
(三) 更に、大阪府警からは、豊田商事について、次のような報告がなされた。
(1) 推定では、月一三億円の売上をしている。売上のうち三分の一は人件費に消え、三分の一は営業資金で、残りの内の半分を商品相場等に突っ込んでいる。
(2) 昭和五六年以降同五七年九月までに二三〇億円の総売上があったが、最近は新規顧客を集めるのは困難化しており、再契約という形となっている。
(3) 社内会議の状況は、役員会週一回、支店長会月一回、ブロック支店長会週一回等を開いているようである。
(4) 辞めた従業員の話では、金の保有量は少ないのではないかという推定である。
(5) 従業員は、全国で二五〇〇人位の見込である。
(四) 右報告の内、大阪府警のものは、経理できちっと数値を見ている人間から聞き取ったものであり、極めて実態に近いものであった。しかも、大阪府警では、この段階で、出資法ないし信託業法で立件すべく捜索、差押えを目指して、豊田商事の内部協力者や被害者からの供述調書も作成ずみであった。清島経済調査官は、右のような大阪府警の取組みや意気込みを当然に認識しており、右会議で同人らが否定的な意見を出さない限り、大阪府警から強制捜査に踏み切ることであろうことを十分に理解していた。
(五) ところが、警察庁からは、大蔵省、法務省に対して出資法、信託業法の解釈を相談した結果を説明し、その後に出資法、信託業法等の特別法の適用については、(1)顧客が契約時に金銭を預けた意識であるか、金を預けた意識であるかが判然としない、(2)期限到来時における払戻し条件が「金地金」又は「そのときの相場による金銭」となっているため、預り金の構成要件の一つと解されている元本保証がなされているといえないのではないか、(3)年一〇パーセントなりの賃借料を先払いで差引くという契約が、信託を受けて財産を運用し、利益が出れば配当するという本来の信託の形態と異なるのではないかなどといった問題点が指摘され、この時点では営業実態の把握が十分でなく、直ちに特別法を適用することは困難であるとの結論となった。
また、詐欺についても検討したが、詐欺罪を適用するには導入金の流れ、その使途の解明が必要だが、これまで得ている情報は断片的な情報でしかなく、情報不足であることが指摘された。
このようにして、詐欺罪、出資法違反罪による刑事摘発については、昭和五七年一一月の対策会議において、清島経済調査官らの意見により、これが困難であり無理であるとの結論が下されてしまった。
4 昭和五九年五月開催の豊田商事事件対策会議。
(一) 五七年一一月の対策会議から一年半も経過した後の昭和五九年五月に、ようやく警察庁の招集の下に、豊田商事事件についての対策会議がもたれた。これは、福岡県警が調査を始めた年金トーク事件、兵庫県警が調査を始めた外為法違反事件、警視庁が検挙した北村元東京支店長の業務上横領事件等により、情報収集が活発に行なわれており、詐欺の可能性、容疑性があったことから、保安部門と刑事部門との合同会議を開き、その調査、捜査過程で得られた情報を交換し、更に実態把握を推進して容疑が固まればこれを刑事摘発するために開催したものであるとされている。
(二) この対策会議には、説明資料として、警察庁が作成した次のような資料が提出された。
(1) 日本金地金流通協会の作成に係る昭和五七年度の日本国内における金地金の供給状況、消費状況を数値で表した実績表
(2) 豊田商事の業務内容、役員、沿革等を記した一覧表
(3) 純金ファミリー証券、純金ファミリー契約約款、契約書、純金注文書の各写し
(4) 豊田商事関連事件の検挙状況一覧表
(5) 昭和五八年一〇月六日付弁護士岩本雅郎等作成名義による豊田商事に対する「公開質問状」写し、右に対する「回答書」写し
(6) 現物まがいの悪質取引を行う会社(ブラック業者)の一覧表
(三) 右各資料は、現場の捜査員にとり、金地金流通協会の作成した実績表以外、殆ど目新しいものではなく、会議に出席してこれは重要だというような情報はなかった。
(四) この会議では、この他に、(1)北海道、宮城、愛知県警などが作成した各支店の営業概況の説明資料、(2)大阪府警が作成した豊田商事全体の営業概況の説明資料、(3)京都府警が作成した告訴状の説明用チャート、(4)兵庫県警が作成した外為法違反事案の説明資料、(5)福岡県警が作成した年金トーク事案の説明資料等が提出された。そして、大阪府警からは、売上高の推計、必要経費の推計、純金の保有状況の推計等の営業実態、経理実態の説明が行われ、その具体的内容としては、協力者からの情報として、以下のような報告がなされた。
(1) 昭和五八年一月は全国で約四〇億円の売上になっていると予想される。
(2) 経費等については、人件費は毎月一三億五〇〇〇万円、その他の経費は一三億円で、償還金、金仕入れ代金等を含め、毎月会社を維持するためには四七億円が必要である。
(3) 昭和五七年四月から昭和五八年三月までの第二期の決算時損金は三九億円で、今期決算は前記決算に倍する赤字になっているらしい。
(4) 純金の保有状況については、五八年三月時点で三三三キログラムとなっていたが、五九年一月の段階では八〇キログラムしか保有していない模様である。
(五) 警視庁からは、元東京支店長北村敏裕の供述状況要旨として、以下のような発表がなされた。
(1) 純金の売買という名目であれば出資法違反にならないと判断し、この商法を考案したようだ。
(2) 純金は、客の契約の時の見本の純金があるだけのようだ。
(3) 現在の契約状況は、一日で二億円位、毎月五〇億円位あり、簡単に倒産するような状況ではない。
(4) 導入金については、昭和五七年中、商品相場に一〇〇億円位の投機をしたらしい。
(5) 期限の到来した客には、客を説得して純金ファミリー契約を更新するか、その都度純金を買って渡している。
(六) 福岡県警からは、福岡支店にあって、老人を対象に、豊田商事の年金制度のクジに当たったので手続をするから通帳、印鑑を持ってきてくれといっては無理矢理に純金ファミリー契約をさせる手口の紹介があり、詐欺にならないか調査中である、この報告があった。
(七) 兵庫県警からは、銀行捜査の結果、豊田商事幹部が小切手を海外に不正に持ち出していることを掴み、内偵を始めたとの説明がなされた。
(八) 警視庁において北村敏裕について供述調書が作成されたことは当然であるが、右大阪府警、福岡県警、兵庫県警からの報告や説明に関しては、その裏付けとして被害者や内部協力者の供述調書が作られており、当日会議の席では、これらの資料に基づいて細かい説明がなされ、清島経済調査官ら警察庁幹部がこれを全て理解したことは、当然である。特に大阪府警では、昭和五八年三月以降は継続ノルマの新設により「(満期になっても)返してくれない。」という被害が非常に増えていることは分っており、同年秋ごろからは家賃の支払、その他の業者に対する支払が遅れがちとなり、同年一二月には従業員の給料の支払日が繰り延べられ、昭和五九年初めには満期の償還が遅れていることを掴んでいたことから、「昭和五九年の初めごろには、豊田商事は大変な事態になる。」という認識をもっていた。
昭和五九年五月の対策会議は、現場の捜査員らが、こうした詐欺の容疑性が深まってきている状態で、何とか出資法で切り込むことはできないかという意識を強くしている中で、調査、捜査過程で得られた情報を交換し、実態把握を推進して容疑が固まればこれを刑事摘発するために開催されたものであるが、現場の捜査員からはそうした状況が具体的に報告されたことはいうまでもない。
(九) こうした各県警の報告の後、昭和五七年一一月の対策会議の時と同様に、純金ファミリー商法について出資法、信託業法等の特別法の適用ができないかを先ず検討したが、個々のケースによっては金地金を現実に償還されている顧客もいるという報告もあったことを理由に、出資法、信託業法の適用は困難との結論が下された。
次いで、詐欺の立証はできないかの検討を行ったが、「金地金の保有量が少ないからといって、預った金地金を回転させている形態を考えると、部分部分を捉えても詐欺にもっていきにくい。」「むしろ、導入金をどう使っているかを解明するのが先決であるが、現時点の情報では内部協力者から聞いた範囲だけで裏付けのないものであって、詐欺を認定できない。」「豊田商事全体の入出金の状況を含め実態解明が十分でなく確証が得られない。」という結論が出された。
また、福岡の年金トークについては、「福岡支店のみが独立採算制を採り、支店長の独断で営業員に年金トークの勧誘方法を指示していたのならば支店独自の事件としては捉えられるが、支店だけを詐欺と認定するのは困難である。」との判断が下された。
このように出資法の適用は困難であり、詐欺罪については、福岡の年金トーク事件についても、これを認定するのは困難であるという結論が、警察庁(特に清島経済調査官ら)の判断であり見解であった。
(一〇) 右のような結論を下した後に、清島経済調査官を始め警察庁の各幹部から、(1)生きている会社の詐欺での刑事摘発は困難な状況下にあるといえるが、詐欺が困難なら、むしろ裏から外為法でなら直に入れるかもしれない、(2)外為法違反はありうると思われるので、兵庫県警は特に頑張って貰いたい、(3)福岡県警にあって豊田商事本社への実態解明に向けて頑張って貰いたい等の指示がなされた。清島経済調査官らが出資法については入口事件としても全く立件に否定的な見解であったことは、右指示内容からも明らかである。
五詐欺罪による刑事摘発を抑止したことの誤り
豊田商事は、昭和五六年春から「純金ファミリー証券商法」を開始し、高齢者や主婦を主たる対象に強引かつ執拗な訪問セールスを展開したが、これは、いわゆる金の三大利点を強調しつつ、結局は多額の代金と引換えに「純金ファミリー証券」を交付するだけの「現物まがい商法」であったことから、早くから社会問題化し、国会でも度々取り上げられ、その取締りが求められた。
ところが、豊田商事は、結局は詐欺罪で処断される行為を四年余もの間全国にまたがって組織的に展開し、この間に、二〇一三億円もの金銭を六万余人から騙取した。本件原告らもその一部であるが、このようなことが許されたのは、警察庁の清島経済調査官らが、以下に述べるとおり、豊田商事に対する刑罰法令の適用についていたずらに「困難である」との誤った判断を示して、その時点における刑事摘発を抑止したため、豊田商事に対する刑事摘発が遅れたからである。
1 「現物まがい商法」自体の詐欺罪該当性を否定したことの誤り
(一) 豊田商事の本質は、金の現物を売ると見せかけてこれを所有することの有利性を強調し、その結果、顧客が購入する意思を示すと純金注文書に署名・捺印させ、代金を受取るのと引き換えに「納品書」を交付して、あたかも顧客の購入した金地金が存在するかのように装うところにあった。
顧客は、こうした手続の中で、自分の購入した金地金が豊田商事に現実に存在しその所有権が自分に移転したと考えるのは当然である。金が豊田商事に存在しないことを知っていたら、顧客が金を購入しようとは考えず、従ってまた、その代金を支払わなかったことは明らかだからである。
(二) ところが、豊田商事にはその顧客に売却した筈の金地金は存在せず、これを引渡すことができないことから、これを豊田商事に預けることの有利性を説いて「純金ファミリー契約書」に署名・捺印させることになるが、この場合にも、契約書やセールストークに「賃貸借」とか「賃料」という言葉を使うことにより、あくまで顧客が購入した金地金が存在しているように見せかけている。
純金ファミリー契約書に署名・捺印した者の殆どが、最後は豊田商事に金銭を預ける意思であったとしても、その前提として豊田商事には金地金があり、これを運用して賃借料名下に高利の利息を支払って貰えるという錯誤に陥り、その結果、多額の金銭を豊田商事の営業社員に引渡したのである。誰も、担保(この場合には金地金)もなく信用もない者に多額の金銭を預けることはしないであろう。これが、豊田商事のいわば真髄であり手口であるといってよい。
(三) 昭和五七年六月の全国防犯担当課長会議において、警察庁保安課長が、「金の現物取引契約をしながら売買した金は預かっておくということにして、現実には金を渡さないという方法で、顧客を勧誘しているものがいる。これらの手口にかかるのは老人、主婦などであり、関係機関に苦情、相談が寄せられている。」と発言し、豊田商事の「現物まがい商法」を問題にしている。そうであるとすれば、警察庁としては、そのような認識を得、これを裏付ける資料を入手した段階で豊田商法が詐欺罪に該当するとの判断を示すべきであった。
(四) ところが、清島経済調査官は、右のような豊田商事の「現物まがい商法」の実態を知りながら、昭和五七年一一月の対策会議及び同五九年五月の対策会議においてそうした検討を一応したものの、それ自体では詐欺には当たらないとの判断を示し、あくまでも「詐欺罪を適用するには導入金の流れ、その使途の解明が必要」であるとの判断を示した。
(五) このように、清島経済調査官ら警察庁幹部は、昭和五七年一一月の対策会議及び同五九年五月の対策会議の席上、都道府県警察の担当者らに対し、現物まがい商法自体の詐欺罪適用に否定的見解を示し、このことにより、都道府県警察による早期の刑事摘発を阻止する結果となった。
2 セールストークの詐欺罪該当性を否定したことの誤り
(一) 豊田商事のセールストークの要点は、同社が金地金の現物取引をしている信用ある会社であることを強調するとともに、金の三大利点を強調してまず最初に金の購入意図を抱かせることであった。
金の三大利点として、豊田商事の営業社員は、「金は換金自由で現金と同じであること」「無税であること」「値上がりが確実で、財産的価値として絶対的であり、他の利殖よりも安全、確実、有利であること」を強調するよう教育・指導され、事実顧客に対しそのような説明が一貫してなされた。このことは、清島経済調査官ら警察庁幹部も十分認識していたところである。
(二) ところが、右セールストークの内容は、それ自体ぎまんに満ちたものである。即ち、純金現物取引の会社であるとの点については、豊田商事が金地金の現物取引をしているのは、極めて例外的場合に止まり、実態は純金ファミリー契約による金銭の受入れ会社であり、しかも、自転車操業を繰返している慢性的赤字会社であるというのが豊田商事の実態であった。
また、換金が自由で現金と同じとの点は、現実には純金現物を入手できないうえに、純金ファミリー契約の解約は原則として認められず、解約できたとしても高率の解約金を徴される。更に、無税との点は、全くの虚言で課税要件を満たす限り課税される。最も重要な点は、値上がりが大きいとのセールストークは全く実態と異なり、金相場は、昭和五五年一月に最高値をつけて以来、右セールスがなされていた期間中、下落を続けていたということである。以上のことは、清島経済調査官らは当然に知っていたことである。
(三) 原告ら豊田商事の被害者は、右のようなセールストークを中心とした説明により、値上り確実等の金の三大利点が真実であるように誤信して、これを購入してもよいと考え、金銭を出捐していたものであり、結局このセールストークによる一連の説明は、こうした客に対する誤信を植え付けるための欺罔手段に他ならないものである。この点だけでも、詐欺であることは明らかであるのに、清島経済調査官らは前記対策会議等においてあくまでも返還可能性を問題にし、強制捜査に踏み切るだけの実態が解明されておらず、確証が得られていないとして、セールストークによる詐欺罪の立件を認めなかった。そのために、右のような虚偽のセールスがそのまま行われ、これにより、原告らが本件被害に遭ったものである。
3 「福岡年金トーク事件」の詐欺罪該当性等を否定したことの誤り
以下に述べるとおり、「福岡年金トーク事件」を詐欺罪で刑事摘発すべきであったのに、清島経済調査官ら警察庁幹部は、この点についての判断を誤り、福岡県警に誤った指示を与え、福岡県警による刑事摘発を妨害した。このため、豊田商事の継続を許し、原告らの本件被害が発生する結果となったのである。
(一) 「福岡年金トーク事件」の実態
「福岡年金トーク事件」とは、昭和五八年一〇月ころより昭和五九年一月初旬にかけて、福岡県内において多数発生した事件であり、豊田商事福岡支店の従業員らが、老人に対し、「何万人かに一人の企業年金に当たった。」旨虚偽の事実を告げ、その旨誤信した老人から、その受給手続に必要だと称して、老人に純金ファミリー契約書等に署名捺印させるとともに、預貯金通帳と印鑑を交付させ、これを使用して銀行や郵便局から預貯金の払い戻しを受け、右払戻金を騙取したという事件である。
(二) 「福岡年金トーク事件」の詐欺罪構成要件該当性
純金ファミリー契約は年金でなく、また、その契約締結が、年金の受給手続でないことはもちろんであるから、豊田商事福岡支店従業員らが行った組織的な欺罔行為、被害者の錯誤、被害者の財物交付(処分行為)、因果関係といった詐欺罪の構成要件は、「福岡年金トーク事件」に関しては余すところなく充足されており、この事件の全ての被害者との関係で、豊田商事福岡支店の従業員らに詐欺罪が成立することは明らかである。
この「福岡年金トーク事件」に関しては、豊田商事が純金ファミリー契約の契約条件を履行できたか否か(償還可能性の有無)などは、詐欺罪の構成要件該当性を判断するに当たっていささかの影響も与えるものではない。
(三) 「福岡年金トーク事件」の捜査状況と警察庁の認識
福岡県警は、遅くとも昭和五九年五月ころまでに、「福岡年金トーク事件」の実態を把握していたものであり、また、清島経済調査官ら警察庁幹部も、そのころ同県警からの報告により同事件の実態を認識していた。
(四) 「福岡年金トーク事件」に対する刑事摘発、公判維持の容易性
「福岡年金トーク事件」については、前述のとおり豊田商事の償還可能性の有無など全く問題とする必要はなく、また、豊田商事が一般大衆を相手に年金制度などを設けている筈がないことから、これを詐欺罪で刑事摘発し、かつ公判を維持することは極めて容易であった。
(五) 清島経済調査官の判断と福岡県警への指示
(1) 昭和五九年五月の対策会議において、警察庁幹部は、「福岡年金トーク事件」については、福岡支店のみが独立採算性を取り、支店長の独断で営業員に年金トークの勧誘方法を指示していたのならば支店独自の事件としては捉えられるが、支店だけを詐欺と認定するのは困難であるとの判断を示した。
(2) その上で、清島経済調査官ら警察庁幹部は、「福岡県警にあっては豊田商事本社への実態解明に向けて頑張って貰いたい。」等という、「福岡年金トーク事件」の刑事摘発には必要のない事項の捜査を勧めるよう指示した。
(六) 福岡県警への捜査抑止
前述のように、「福岡年金トーク事件」については、詐欺罪による刑事摘発ができたのであり、かつ、これは極めて容易であったし、福岡県警も、刑事摘発しようとの意欲の下に被害者の事情聴取を進めていたのである。
ところが、清島経済調査官ら警察庁幹部は、昭和五九年五月の対策会議において、「福岡年金トーク事件」を詐欺罪として立件することは困難であるとの誤った判断をし、この誤った判断を福岡県警に示して、福岡県警による詐欺罪の刑事摘発を抑止した。
当時、豊田商事による深刻な被害を防止するため、豊田商法を刑事摘発せねばならないということは、警視庁はもとより各都道府県警察の捜査員らの共通認識であった。そして、これができなかったのは、導入金の入出金状況等豊田商事内部の実態把握が不十分であるというのが唯一の理由であった。仮にそうであるとすれば、「福岡年金トーク事件」を入口事件として位置付け、これによって直ちに捜索差押を実施し、その後に実質犯で検挙し、被害を極力少ない段階で食い止めるというのは、悪質商法に対する捜査の常道より考えても当然であり、「福岡年金トーク事件」は豊田商事内部の実態を余すところなく解明し被害を防止できる、まさに千載一遇のチャンスだった筈である。
(七) 「福岡年金トーク事件」の刑事摘発と被害防止
福岡県警が「福岡年金トーク事件」を刑事摘発しておれば、原告らが本件被害に遭わなかったことも明らかである。
「福岡年金トーク事件」を刑事摘発すれば、同事件を解明する必要が生じ、豊田商事に年金制度が存在するのか否か、また、騙取して豊田商事に入金した金員はその後どうなったかを解明するために、豊田商事福岡支店はもとより豊田商事本社の経理帳簿等の捜索・差押が必要となり、同事件ではそれが当然のことながらできたものである。その結果、豊田商事に老人など一般大衆を対象とした年金制度が存在しないことはもとより導入金の流れや金保有の有無、それに純金ファミリー契約の実態は何なのかをも合わせて解明することができ、そのことによって豊田商事の内部実態は完全に把握でき、償還不能等豊田商法自体の詐欺性も余すところなく解明されたのである。
また、豊田商法自体の詐欺罪による刑事摘発まで行かなくとも「福岡年金トーク事件」が刑事摘発され、豊田商事福岡支店及び豊田商事本社について捜索が実施され、関係帳簿が差押押収されれば、それだけで豊田商事の営業活動が停止することは、容易に予想されることであった。
4 償還不能による詐欺罪該当性を否定したことの誤り
(一) 清島経済調査官ら警察庁の幹部は、前述のとおり、昭和五七年一一月の対策会議において、大阪府警から、顧客や豊田商事の内部協力者によってもたらされた情報として、「推定では月一三億円の売上をしている。売上のうち三分の一は人件費に消え、三分の一は営業資金で、残りの内の半分を商品相場等に突っ込んでいる。」「昭和五六年以降、同五七年九月までに二三〇億円の総売上で、最近は、新規顧客を集めるのは困難化しており、再契約という形をとっている。」といった極めて具体的な報告を受けた。
右協力者等の情報は「経理できちっと数値を見ている人間から聞きとったもの」であり、今日からみても、当時の実態をほぼ正確に伝えていることは明らかである。
(二) ところが、右対策会議では、これだけの数字をあげた具体的な情報があるにも拘らず、前述のとおり「詐欺罪を適用するには、導入金の流れ、その使途の解明が必要であるが、これまでに得ている情報は断片的な情報でしかなく、情報不足である。」との否定的な判断が示されてしまった。右のような否定的な判断は清島経済調査官の見解に基づくものであった。
このように、警察庁は、大阪府警がもたらした極めて具体的で確度の高い情報を、断片的であり情報が不足であると決めつけることによって、この時点での同府警などによる刑事摘発を阻止する役割を果した。
(三) 更に昭和五九年五月の対策会議においても、前述のとおり、大阪府警から「売上高の推計」「必要経費の推計」等の営業実態、経営実態の説明が行なわれ、協力者からの話として「経費等については人件費は毎月一三億五〇〇〇万円、その他の経費は一三億円で、償還金、金仕入代金等を含め、毎月会社を維持するためには四七億円が必要である。」「昭和五七年四月から昭和五八年三月までの第二期の決算時損金は三九億円で、今期決算は前期決算に倍する赤字になっているらしい。」という極めて具体的かつ明解な報告がなされた。これは経理関係に詳しい内部協力者からの情報であり、その内部協力者は相当経理知識もあり、地位も豊田商事でそこそこの地位の人であった。また、大阪府警は、右情報に関し経理関係書類なども一部は筆記ないしコピーして入手していた。
(四) 事実、豊田商事が大阪北税務署に提出した第二期の貸借対照表には、当期未処理損失として三九億一七四二万一三〇〇円という数字が記載されている。当時、永野らは、豊田商事の決算書類が外部に漏れることを極度に警戒し、ひた隠しにしていたが、右大阪府警の報告はこれを閲覧しうる、財務部門の中枢ないし役員級の立場の内部協力者によってもたらされた正確な情報であった。
(五) ところが、清島経済調査官は、昭和五九年五月の対策会議において、右(四)記載の豊田商事の第二期貸借対照表等が豊田商事の組織的犯罪を解明するうえで決定的ともいえる重要な証拠的価値を有するにも拘らず、「これだけをもって詐欺を認定するという資料ではない。」としてこれを軽視する態度を示し、その結果として、「金地金の保有料が少ないからといって、預かった金地金を回転させている形態を考えると、部分部分を捉えても詐欺にもっていきにくいのではないか。むしろ導入金をどう使っているかを解明するのが先決であるが、現時点の情報では内部協力者から聞いた範囲だけで裏付けのないものであって、詐欺を認定できない。豊田商事全体の入出金の状況を含め実態解明が十分でなく確証が得られない。」との結論を導き、大阪府警等がこれを基に会計帳簿類の押収等に着手することにブレーキをかけ、その結果、豊田商法を存続させ、原告らを本件被害に遭わせたのである。
六出資法違反罪による刑事摘発を抑止したことの誤り
1 純金ファミリー商法の本質と出資法
純金ファミリー商法は、純金売買契約とその賃貸借契約とを組合わせた取引形態をとっているが、その本質は純金の取引を仮装した「金銭の受け入れ」であり、その経済的性質は出資法二条の「預り金」にほかならない。
のみならず、出資法八条一項二号は、「預り金」の脱法行為処罰規定として、「何らの名義をもってするを問わず、また、如何なる方法をもってするを問わず、二条一項…の規定に係る禁止を免れる行為をした者」についても、同様の罰則の対象としているが、純金ファミリー商法は、少なくとも右脱法行為処罰規定に該当する。
2 出資法の立法趣旨
出資法は、昭和二〇年代後半の保全経済会事件を初めとして問題になった当時の不正利殖機関について、既存法令ないし詐欺罪による刑事摘発が困難で後手に回ったことの反省に立って、昭和二九年五月に制定された。
出資法は、後述のとおり、顧客から集めた資金の運用状況、返済可能性及びこれに関する故意などを解明するまでもなく、「預り金」の受け入れ業務であることを把握すれば、直ちに取り締まることができる点に最大の意義がある。豊田商事の純金ファミリー商法は、この出資法によって刑事摘発されるべき事件であった。
とりわけ、詐欺罪による刑事摘発については、「断片的情報しかなく情報不足である。」とか「豊田商事全体の入出金の状況を含め実態解明が十分でなく確証が得られない。」と指摘せざるをえない状況の中で、経理実態の解明に難航していたというのであれば、なおさら入口事件としてでも、出資法による刑事摘発に踏み切るべきであった。
3 「預り金」該当性
「預り金」とは、「不特定かつ多数の者からの金銭の受け入れで、預金、貯金又は定期積金の受け入れ及び借入金その他何らの名義をもってするを問わず、これらと同様の経済的性質を有するものをいう」(出資法二条二項)と定められている。また、判例によれば、預金等の受け入れと同様の経済的性質とは、金銭の受け入れであること、元本額又はそれ以上の額を返済期に返済することを約すること、主として預け主のために保管することを目的とした取引であると解されている。
(一) 不特定多数
豊田商事は、全国に多数の支店を設け、多数の従業員を使用して次々と顧客を勧誘していたことは周知のとおりである。こうした営業活動が不特定多数の者を相手とした業務に当たることは、異論がない。
(二) 金銭の受け入れ
(1) 純金ファミリー商法とは、純金売買契約とその純金を賃借して賃借料を支払う純金ファミリー契約とを組合わせた契約形態をとっている。しかしながら、豊田商事においては、金の取引はあくまでも仮装に過ぎず、その実態は「金銭の受け入れ」にほかならない。このことは、次の事実等からも明らかである。
即ち、豊田商事は、顧客との取引において金地金の売買だけで終わらせることは当初から全く考えておらず、売買と賃貸借とを組み合わせた一体の取引として販売活動を展開していた。従って、顧客には金地金の現物が引き渡されることは、ごく例外的な場合を別にして、全くといってよいほどなく、代金支払いと引き換えに純金ファミリー契約証券が交付されるだけであった。
(2) 次に、豊田商事には僅かの見本を除いては金地金を殆ど調達保管していなかったのであるから、客観的取引実態において金地金の売買及び賃貸借が成立する余地はない。
(3) 豊田商事の作成した契約書によれば、契約期間が満了し償還すべき時点では、必要量を仕入れて償還することになっているが、実際には、満期償還分のうち契約の継続に持ち込む割合が高く、更に、償還方法も必ずしも金地金ではなく金銭により分割返済することが多かった。
(4) なお、豊田商事は、契約書どおり満期に返還していたのでは中間の賃借料が高く経費が莫大にかかっており、経営として成り立たないことから、純金ファミリー契約の満期には契約の継続を強く勧めており、後になるほど金地金又は金銭の返還を極力回避することが図られるようになった。
もっとも、契約者の中には満期に金地金を現実に償還された例もあるが、それはあくまでも例外現象にすぎない。むしろ、弁護士や消費生活センターが介入して満期償還を求めた事案に対し、出資法違反を湖塗するため金地金の現物返還の体裁をとっていたものである。
(5) 判例によれば、商品の売買と賃貸借を組み合わせる契約形式をとったものでも、その取引実態がその商品を目的としているとは認められない場合は、商品の販売を仮装した「金銭の受け入れ」に該当するものと解されている(東京高判昭五八・四・二八、いわゆるマンション共同経営事件)。
(6) ところが、清島経済調査官らは、純金ファミリー商法について、「顧客が契約時に金銭を預けた認識であるか、金を預けた認識であるかが判然としない。」という理由で、出資法の適用に消極的見解をとっていた。
しかしながら、純金ファミリー商法では、契約高に見合う金地金をそもそも調達・保管していないこと、取引形態としても金地金を保管するだけでは運用益が生じないため、金を預ってその賃料を支払うということが経済的に両立しえないことなどから考えれば、客観的に金地金の預託と評価される余地がおよそ存しないのであるから、仮に顧客の中に金地金を預託していると理解している者があるとしても、これは客観的取引実態に符号しない騙された認識(錯誤)にすぎず、こうした認識の存否によって「金銭の預託」たる性質が左右されるものではないことは明らかである。
従って、純金ファミリー商法においては、顧客の認識を問題とするまでもなく、「金銭の受け入れ」に該当すると解すべきである。
(7) 仮に顧客の認識を考慮するとしても、純金ファミリー商法における契約者らの認識内容を正しく把握すれば、「金銭の受け入れ」と判断されたものである。
即ち、豊田商事のセールストークでは、「金の三大利点」を強調する現物トークと、金地金を預かり運用して賃借料を支払うことを勧誘するファミリートークとが、常に組み合わされているのであるが、このうち、現物トークでは、純金ファミリー契約に引き込むための動機付けとして純金が現金(預金)と同じ通用性と有利性を有することを、また、ファミリートークでは、純金の値上がり益と賃借料の二重の利益を取得でき、銀行預金よりも有利な利殖手段であることをそれぞれ強調している。そのため、大半の契約者は、老後の生活資金として大切に保管していた預貯金を解約して、銀行から豊田商事に預け換えたつもりでいたのである。
こうした認識内容は、純金ファミリー契約が預金と同質の取引だと理解していたことにほかならず、「金銭の預け入れ」と評価されるものである。もちろん、顧客の中には、自己が購入した金地金が豊田商事で保管されていると理解している者もあったであろうが、こうした認識も、「金の現物を取り扱う会社だから安心だろう。」という意味で重要な動機となっているとしても、「預金と同様の利殖手段」だという認識を排除する趣旨ではないのである。
以上によれば、清島経済調査官が被害者の認識が不明だと指摘したことの誤りは明らかといえよう。
(三) 元本保証
(1) 純金ファミリー契約約款九条は、「契約期間満了時に、同種、同銘柄、同数量の純金を返還する。」と規定する一方、同一〇条は、「純金ファミリー契約期間が終了したときは、受注者は純金ファミリー契約の純金を純金ファミリー契約証券と引き換えに金銭でお支払いすることもあります。但し、この場合は、満了日の純金ファミリー契約取引価格により換算します。」と規定していた。
(2) 清島経済調査官ら警察庁幹部は、右条項をとらえて、金地金が値下がりすることもありうるから、「元本保証」がなされているとはいえないのではないかという見解を示している。
しかしながら、そもそも判例が「元本保証」を「預り金」の要件としたのは、「出資金」と「預り金」との経済的性質を区別するためである。「出資金」は、投資先の運用実績によって大きな利益配当を受けられる可能性もあれば、元本割れを起こす場合もある。そこで、出資法一条は、元本の返済を約した出資の受け入れを規制した。これに対し、「預り金」は、運用実績の如何に拘らず受け入れ元本をそのまま返還するのが約定内容であるから、これを全面的に規制しているのである。
純金ファミリー契約は、満期に同種・同数量の金地金又はこれに相当する金銭の返還を約す内容であるが、その経済的性質は、運用実績の如何に拘らず受け入れ元本はそのまま返還するものであるから、その意味でも元本保証による「預り金」に該当するものと解される。
しかも、純金ファミリー契約約款七条には、元本返還とは別に確定利率(五年ものは一五パーセント、一年ものは一〇パーセント)による賃借料の前払いを約しており、特に確実な預金の性格を有するといえる。同種のものとして、「ドル建て預金」があるが、これについては、為替レートの変動によっては満期に返還される元金が数字上預け入れ金額よりも減少する可能性もあるが、預り金としての性質が変わるものでないことは異論がないであろう。
(3) 仮に厳格な「元本保証」を要すると解しても、純金ファミリー商法における勧誘実態を踏まえれば、「元本保証」を約した取引を行っていたことが明らかである。
即ち、豊田商事の勧誘方法では、金の三大利点の第一として、金はインフレでも目減りせず値上がり確実であることを強調している。これは、当時の一般消費者の純金に対するイメージに符合するものであり、値下がりの可能性などは一切示されず説明もされなかった。しかも、ファミリートークにおいて、年一〇ないし一五パーセントの賃借料を前払いすることを説明するなどしていた。
こうした勧誘を受けた被害者らは、純金ファミリー契約が銀行預金よりも安全・確実・有利な利殖手段であると信じて契約に応じたのである。
(四) 預け主のための保管
判例が「主として預け主のための保管」を要件としたのは、「借入金」と「預り金」との経済的性格を区別するためである。もっとも、名称が借入金であっても、その取引の趣旨が主として預け主のための保管と認められるならば、「預り金」と認定される(出資法二条)。
純金ファミリー商法の場合には、銀行預金よりも有利で安全・確実な利殖手段であることを強調しており、借り入れる側(豊田商事)のための取引というよりも、顧客側の利殖手段として取引されていたことは明らかである。
4 出資法違反罪による刑事摘発に向けた大阪府警の捜査と警察庁の認識
以上検討したとおり、純金ファミリー商法が「預り金」の受け入れに該当することは明らかであり、現に、以下に述べるとおり、大阪府警は、昭和五七年秋ごろ出資法違反罪による強制捜査に向け、具体的な内偵活動に着手していた。
(一) 昭和五七年一一月の対策会議までの捜査
大阪府警防犯部生活課は、昭和五七年一一月の対策会議以前に、独自に豊田商事に対して出資法違反罪で刑事摘発しようと考えており、これは課の決裁を得た方針となっていた。しかも、顧客の中から一〇名程度の被害者調書を作成していたほか、豊田商事を退職した従業員等の協力者からも事情聴取を行っており、豊田商事は金の保有量が少ないという情報も把握していた。更にこれらに加えて、参考文献を調査した上で適用要件を検討し、純金ファミリー商法が出資法の「預り金」に該当するかどうかを法律解釈と事実関係を対比して擬律判断出来る状態にあった。
このように、大阪府警が行っていた捜査は、内容的にも的確でありかつ相当程度に解明が進んでいたものと考えられる。大阪府警は、こうした捜査実績を踏まえ、出資法違反罪で強制捜査に入るという姿勢で昭和五七年一一月の対策会議に臨んだのである。
ところが、前期四の3で述べたとおり、昭和五七年一一月の対策会議で示された警察庁の方針は出資法違反罪による刑事摘発について否定的であり、そのために、大阪府警は、出資法違反罪による早期摘発の当初の方針をトーンダウンさせ、経理実態の解明に力を注ぐこととなったのである。
(二) 昭和五九年五月の対策会議までの捜査
大阪府警は、昭和五七年一一月の対策会議で示された警察庁の見解により、出資法違反罪独自の早期摘発という方針は変更せざるをえなかったものの、出資法の適用に向けて顧客の認識や元本保証の勧誘実態を更に継続捜査していた。
(1) 即ち、大阪府警は、昭和五九年五月までに二五通の被害者調書を録取しており、その結果、金は値上がり確実で換金自由であるという現物トークが共通に用いられていたこと、被害者の動機は利息の高さということがポイントであり、銀行預金の預け換えだという理解であったことなどを把握していた。こうした実態把握により、先の対策会議で指摘された「被害者の認識」も「元本保証」も十分にクリアできる状態にあった。
更に、金地金の保有量に関しては、内部協力者から「昭和五八年三月時点で三三三キログラムとなっていたが、昭和五九年一月の段階では八〇キログラムしか保有していない模様である。」という情報を得ていた。この数字は豊田商事の貸借対照表記載の棚卸商品の実情に照らしても極めて正確な情報であった。
大阪府警は、こうした実態把握を踏まえて、警察に相談に来た契約者の中ではその後純金を現実に返還されたものが半分くらいあるが、豊田商事全体の顧客の中では一部分であり、例外であると見極めていた。大阪府警としては、豊田商事の経理実態の解明を進めつつも、「なんとしても出資法でやりたい。」という意欲を持っていたのである。
(2) 昭和五九年五月の対策会議において、大阪府警は、以上のような捜査結果に基づき、二五通の被害者調書の内容や金地金保有量の内部情報を報告し、パンフレットなどの資料もこの対策会議に提出していた。
それに加えて、警察庁からは、「日本金地金流通協会の作成に係る昭和五七年度の日本国内における金地金の供給状況、消費状況を数値で表した実績表」が提出された。この資料は、資源エネルギー庁が作成していた「金の需給推移の一覧表」とほぼ同一の内容であり、これを分析すれば、豊田商事が到底取引高に見合うだけの金地金を保有していないことを十分に確認できたのである。
(3) また、昭和五九年五月の対策会議では、マンション共同経営事件についても紹介され、議論している。従って、前述の勧誘実態の報告を併せて検討すれば、純金ファミリー商法による金銭の受入れが「預り金」に該当することは十分判断できた筈である。
5 出資法違反罪による刑事摘発を抑止した警察庁の判断の誤り
(一) 昭和五七年一一月の対策会議における刑事摘発の抑止
(1) 警察庁は、昭和五七年一一月の対策会議において、大阪府警の報告に対し、「顧客が契約時に金銭を預けた認識であるか、金を預けた認識であるかが判然としない。」「元本保証がなされているといえないのではないか。」という二点を指摘し、「更に経理実態の解明に努力せよ。」という指示を行った。
(2) このうち「顧客の認識」及び「元本保証」の問題点については、大蔵省及び法務省との相談によって指摘されたというものであるが、実際の内容は「大蔵省の方は、実態把握不足で何とも判断できないという感じの回答だった。」というものであり、法務省の見解も、あくまでも資料が不足していることを前提に、一般的な要件解釈上の論点を示したにすぎない。従って、警察庁は、その見解を安易に繰り返しその結論を押し付けるのではなく、昭和五七年一一月の対策会議で提出された大阪府警などが実態解明した情報に基づいて、改めて出資法適用の可能性を前向きに検討すべきであった。
ところが、清島経済調査官ら警察庁の幹部は、大阪府警が対策会議での了解があれば出資法で強制捜査に踏み切ろうとしていたのに対し、「大蔵省なり法務省に問い合わせた結果出資法については、いわゆる顧客の認識なり元本保証の点において非常に問題がある。」と述べ、出資法の適用について否定的な見解を示した。
大阪府警としては、法令の統一的解釈、運用を示すなどの調整権限を有する警察庁から右のような見解が示されたため、それ以上は反論することができず、諦めざるを得なかったのである。
(3) 更に、清島経済調査官らは、前述のとおり「経理実態の解明」という出資法違反罪の立件には必要のない事項までも捜査を要求しており、この点でも出資法違反独自で早期に強制捜査に入ろうとする動きを抑止したことが明らかである。
(二) 昭和五九年五月の対策会議における刑事摘発の抑止
(1) その後、大阪府警は、脱法行為処罰規定についても独自に検討し、警察庁に連絡していたが、警察庁はこれをも適用しようとせず、五九年五月の対策会議では議論にすら付されていない。
(2) 昭和五九年五月の対策会議における出資法関係の検討結果は、「個々のケースによっては金地金を現実に償還されている顧客もいるという報告もあって、やはり出資法・信託業法の適用は困難であろうとの結論でした。」というものであった。
これは極めて不合理な議論であり、明らかに判断を誤るものである。
(3) 即ち、満期に金地金を償還する例は、豊田商事の金地金保有量の実情からすれば、あくまでも例外的事実でしかなく、預り金業務の性格を否定するほどの事情ではないことが明白である。
前述のとおり、この対策会議には、日本金地金流通協会の金地金流通量に関するデータが提出されており、更に、大阪府警や警視庁からも金地金保有量に関する豊田商事の内部情報が紹介されていたのであるから、金地金の現物を償還することが例外的なものでしかありえないことを、容易に判定できた筈である。
(4) それにも拘らず、清島経済調査官ら警察庁の幹部は、こうした例外的事象に拘泥して前述のような結論を導き、その結果、出資法違反罪による刑事摘発の途を封じたのであり、その誤りは決定的といわざるをえない。
七外為法違反罪による刑事摘発を抑止したことの誤り
1 あまりにも遅い外為法違反罪による強制捜査
兵庫県警は、昭和五九年五月の対策会議において、豊田商事幹部が小切手を海外に不正に持ち出していることを銀行捜査の過程で掴み、内偵を始めたことを報告した。しかしながら、右外為法違反事件に対する強制捜査は右会議から一年も経過した、しかも、豊田商事が自然崩壊を始めた昭和六〇年六月に至りようやく実施された。そして、同年一〇月一五日には、米戸千秋が罰金二〇万円の略式命令を受けて事件は終了した。
2 外為法違反罪の要件
外為法(昭和六一年法律第七〇号による改正前のもの、以下同じ)一八条一項は、小切手・手形等の支払い手段を輸出し又は輸入しようとする者に対し、政令で定めるところにより、許可を受ける義務を課することができると規定する。外国為替管理令一八条は、告示をもって指定した支払い手段の輸出又は輸入について、大蔵大臣の許可を受ける義務を定める。そして、昭和五五年一一月二八日大蔵省告示第一一七号によれば、その輸出入について許可を受けなければならない支払い手段等としては、「五〇〇万円を超える本邦通貨」及び「本邦通貨をもって表示される小切手又は約束手形」が指定されている。但し、原因関係たる対外取引について予め許可若しくは承諾を受けたところに従って支払い手段等の輸出入をする場合は、重ねて許可を受けることを要しない(外国為替管理令(当時のもの、以下同じ)八条四項)。
従って、外為法違反となる支払い手段等の輸出入の要件は、(1)「五〇〇万円を超える本邦通貨」又は「本邦通貨をもって表示された小切手・約束手形」の持ち出しないし持ち込みであること、(2)当該支払い手段等の輸出入につき大蔵大臣の許可を受けていないことであり、(3)原因関係たる対外取引についても許可を受けていないことであり、右構成要件に該当する行為を行えばそれだけで外為法違反となる。
また、外為法二二条は、国内と外国との資金の移動のうち、金銭の貸付け(同条一項一号)、証券の発行・募集・取得(同二、三、五、六号)、対外直接投資(同四号)、非居住者による不動産の取得(同七号)など、大きな資金の移動を伴う一定の取引を届出制として規制している。このうち、対外直接投資とは、国内の法人が子会社関係にある外国法人に対して資金を貸付けるものをいう(同二項、外国為替管理令一二条六項)。
従って、外為法違反罪の対外直接投資の要件としては、(1)大蔵省への届出なく、(2)海外へ送金した事実があること、(3)送金先が子会社関係にあること、(4)資金の性質が、商品やサービスの提供に伴う代金の支払(経常取引)ではなく、金銭の貸付であること、以上に集約される。
従って、右事実が判明すれば、直ちに強制捜査を開始できるのである。
3 違反事実の解明
兵庫県警は、昭和五九年三月ころ、銀行調査の結果、豊田商事が小切手を無届け又は届出内容に相違して不正に持ち出した事実を発見した。この送金先は、香港のエバーウェルシーインターナショナルであり、同社が豊田商事の一〇〇パーセント子会社であることは、昭和五九年五月の対策会議までには解明していた。
しかも、兵庫県警は、昭和五九年四、五月ころ、豊田商事の海外事業部長の地位にあった米戸千秋に対し事情聴取を実施している。
そして、米戸千秋が兵庫県警から取調べを受けた被疑事実とは、「昭和五七年暮ころ額面金額一億円の銀行小切手を大蔵大臣に届出ずに不法持出し、持込みした。」というものであり、米戸自身が「そのころ、台湾で急ぐ資金が必要とのことで、香港経由で私自身がそれを持出しました。」と自認している事実である。
ところで、昭和五九年四月にこの件で兵庫県警水上署から呼び出しを受けた米戸千秋は、取り調べに対し違反の事実を何ら隠すことなく認め、供述調書も作成している。従って、この時点で右不正送金が外為法違反の支払い手段の輸出ないし対外直接投資であることが明白になったのであるから、昭和五九年五月の対策会議でこれによる刑事摘発が許されれば外為法違反罪による強制捜査は、そのころ間違いなく実行できた筈である。
なお、証拠(<書証番号略>、証人河盛)によれば、昭和五九年五月当時兵庫県警は、豊田商事の外為法違反被疑事実としては、同年同月の対策会議において報告した事実のみならず、前述した米戸の大和銀行堂島支店振出の額面合計一億円の円貨表示自己宛小切手を無許可で輸出入した事実をも把握していたことが明らかであり、また、<書証番号略>(豊田商事が外部に公表していた会社概要)には、豊田商事が同支店を取引銀行としていたことが記載されていたのであるから、兵庫県警が、昭和五九年五月当時、豊田商事の取引銀行として同支店を把握していたことは明らかである。従って、同県警は、同支店における豊田商事の口座を調査することにより、豊田商事のそれ以外の外為法違反被疑事実をも容易に把握することができた筈である。
4 警察庁による刑事摘発の抑止
(一) ところが、兵庫県警が実際に強制捜査を開始したのは、前述のとおり昭和六〇年六月である。
昭和五九年五月の対策会議では、清島経済調査官ら警察庁幹部は、兵庫県警から右のような報告を受けたにも拘らず、報告された一件だけでは、外為法違反罪の容疑で直ちに刑事摘発に踏み切るべきでないと判断した上、「ほかにもそういうものがないかどうかということについて調べて行け。」という指示を出した。そのため、兵庫県警としては、「ほかにも同じような不正持ち出しの小切手がないかどうか内偵して行く」捜査方針をとらざるをえず、その結果これによる刑事摘発が結局一年延ばされてしまった。
(二) 結局、警察庁は、外為法違反罪についても、前述の出資法違反罪と同様、強制捜査に入れるだけの裏付け捜査は進めておくが、強制捜査の開始は豊田商事が自然崩壊するまで待つという姿勢で、兵庫県警に対して指示を与えたとしか考えられず、ここでも警察庁による捜査の抑止があったと解せざるをえない。
八警察庁の作為義務とその違反
1 調整権限行使による刑事摘発の可能性
(一) 仮りに昭和五七年一一月の対策会議及び昭和五九年五月の対策会議における検討の結果、被告国が主張するように、その時点での情報では情報不足のため詐欺を認定できない、などという結論になり、その結果、刑事摘発に着手できなかったものであるとすれば、以下に述べるように、そのことこそが、警察庁の各都道府県警察に対する豊田商事の実態解明についての指示・指導が不適切かつ不十分であったために生じた結果であるというべきである。
(二) 清島経済調査官らは、全国防犯保安担当部課長会議や各都道府県警察の担当者を集めた会議の際、あるいは豊田商事関連の事件報告がある都度、豊田商事の実態を把握するよう指示していたのであるが、その把握すべき豊田商事の実態というのは、「具体的にいえば豊田商事の組織構成状況、あるいは営業方針、営業の内容、支店からの本店への、顧客から集めた導入金の流れ、その導入金の使途、運用状況、またこれらの状況についての豊田商事の役職員や営業員の認識状況など」であった。
(三) 右のような事項について豊田商事の実態を把握するには、当時、豊田商事が全国にわたり、組織的に詐欺の容疑性の高い悪質商法を日夜大々的に展開し、これによる深刻な被害が発生して早急な取締りが求められていた状況からすれば、警察庁は、昭和五五年に制定した「刑事警察強化総合対策要綱」に基づき、警察庁自からが組織的に豊田商事に対する情報収集機能等を強化することはもとより、豊田商事の右悪質商法を重要知能犯罪と位置付け、積極的に各都道府県警察を調整して、実態解明に必要な的確な内偵計画を作成するよう指導するとともに、豊田商事の実態について把握すべき事項を具体的に指示した上で、知能犯罪に対する捜査方法を駆使してこれを解明するよう指導すべきであったというべきである。
(四) ところで、豊田商事役員に対する詐欺被告事件において、検察官は、豊田商事の貸借対照表を分析した結果、「豊田商事は、第一期から支払不能の状態にあった連続拡大型の欠損会社であって、第一期中から早晩破綻することが明らかな経営状態に陥っており、会社が存続しえたのは、ひとえに純金ファミリー契約による導入金の継続的取込みをなしえたことにあり」「第二期以降の状態は、仮に正常な経済活動をしている会社であっても、多額の負債を負ったまま倒産する運命にあるとして、その会社経営を阻止すべき状態に立ち至っていた」とし、また、豊田商事破産事件の破産管財人も、昭和六〇年七月一日管財人就任後同年九月二四日の第一回債権者集会までの間に、豊田商事の決算書類(修正申告前のもの)を分析した結果、「右損益計算書自体において、破産会社が全く企業収益をあげ得るような企業体質でなかったことが明白となる」としているのであるが、このことに照らせば、警察庁ないし大阪府警が、税務署から豊田商事の第一期及び第二期決算報告書を入手した上、これを適切に分析していたとすれば、大阪府警において、昭和五九年春ころまでに、豊田商事の償還不能性を十分解明し、豊田商事に対する強制捜査に着手することができたのである。
この点に関し、被告国は、税務職員の守秘義務を理由に、警察庁ないし大阪府警は右各決算書類を税務署から公務所間の協力という任意の形では入手することはできない旨主張するが、株式会社の決算書類は、本来公開が義務づけられているものであり、ましてや、他の公務所からの照会というのであれば、税務署としても守秘義務を理由にこれを拒むことはない筈であり、現に、犯罪捜査に関する警察庁教養課推薦図書には、警察は税務署(国税局)から決算報告書とその添付書類を入手することができる旨の記載があり、現に税務署が捜査機関の照会に対し会社の法人税の確定申告書及び付属書類を添付して回答した明治不動産事件の例などに照せば、警察からの照会があれば、税務署は決算書類の内容を報告するという実務の運用がなされているということができるから、警察庁ないし大阪府警は、税務署に照会することにより、容易に豊田商事の決算書類を入手しえたのであるから、被告国の右主張は理由がない。
2 調整権限行使義務の発生
(一) 豊田商法は、その営業開始後まもないころから、マスコミ等によって、金地金の裏付けのないぎまん的商法であり、次々と被害者を拡大したすえ破綻することが必至の商法であることが指摘され、通産省や資源エネルギー庁は、被害防止策として消費者啓発活動を行っていたが、何らその効果がなく、むしろ被害拡大のペースは早まるばかりであった。
このような中にあって、昭和五八年夏ころからはマスコミ各社が豊田商事問題を実名で連続的に報道し、大きな社会問題となった。加えて、同年一〇月四日には国会審議の場において豊田商事問題を集中的に取り上げ、政府も積極的な対処を約束した。同年一〇月六日には弁護士グループによる公開質問状が発せられ、豊田商事が金地金を保有しておらず資金を運用していないことの疑惑を社会的に問題提起した。
(二) こうした被害の全国的な広がりと豊田商法の取り締まりに向けた社会的要請を受けて、昭和五八年一一月八日の第一六回消費者保護会議においては、現物まがい商法に関して「消費者被害を防止するため、不法事犯の取締りの強化等各種法令の厳格な運用を行う。」ことを決定した。
(三) しかし、「各種法令の厳格な運用」の具体的実施に関しては、通産省・資源エネルギー庁は規制権限を有しないとして動こうとせず、公正取引委員会は豊田商事の問題は独禁法や景表法による規制の対象ではないとして審査(調査)すら開始しなかった。結局、警察当局による刑事摘発が最も期待されるものとなっていたのである。
(四) しかも、豊田商事事件については、都道府県警察が強制捜査に入るには、事前に警察庁に報告し許可を受けることが了解事項となっていた。
(五) 加えて、昭和五七年一一月の対策会議以降、警視庁が同年一二月と昭和五八年四月に北村敏裕東京支店長の事情聴取を行い、同年三月には導入金の受入状況、費消状況及び損益分岐点を試算した報告書を提出し、大阪府警はより多くの被害者からの調書の作成を進め、有力な内部協力者から経理状態を含む重要な情報を時々刻々入手しており、このうち非常に大事な部分については警察庁に報告する等、各都道府県警察の捜査も一定程度前進していたのである。
(六) 従って、清島経済調査官ら警察庁幹部は、その調整権限を行使して、第一六回消費者保護会議の直後即ち昭和五八年一一月には改めて豊田商事対策会議を開催し、豊田商法が出資法違反であり、詐欺罪に該当するとの判断を示し、例えば、大阪府警に対し右1で述べた決算書類の入手及び分析を指示するなど、都道府県警察が豊田商法を出資法違反罪、詐欺罪によって刑事摘発するよう具体的積極的に調整すべきであった。
(七) また、その後も、被害が益々増大し、昭和五九年三、四月に再び国会で豊田商事に対する規制が議論され、関係省庁が交々他省庁と連携し規制に努める旨約束していたのであるから、遅くとも昭和五九年五月の対策会議においては、前同様、都道府県警察が出資法違反罪、詐欺罪、外為法違反罪によって豊田商事を刑事摘発するよう具体的積極的に調整すべきであったことは明らかである。
3 警察庁の義務違反
にも拘らず、清島経済調査官ら警察庁幹部は、昭和五八年一一月に都道府県警察の捜査員を招集して豊田商事対策会議を開催することなく、同五七年一一月の対策会議での誤った結論を維持したまま、漫然と定例の全国防犯保安担当部長会議において、「出資法上の預り金に当たらないかと検討し、法務省とも打ち合わせたが、今のところ積極的な判断は示されていない。」「詐欺の可能性があるが現在その確証が得られていない。」「各都道府県警察におかれては、支店、営業所の実態把握とその報告連絡に努めるように指導いただきたい。」と極めて一般的・抽象的な指示を繰り返しただけで、何ら都道府県警察による豊田商事の刑事摘発に向けて調整を行うことがなかった。
そして、その結果、豊田商法の継続を許し、原告らの本件被害を発生させたのである。
第三公取委の責任
一はじめに
公取委は、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)並びに不当景品類及び不当表示防止法(以下「景表法」という。)に基づいてぎまん的顧客誘引・不当表示による消費者被害を防止する権限を有する。そして、豊田商法における誘引・表示がぎまん的顧客誘引・不当表示に該当することを認識していた。そうでないとしても、その重要かつ明白な端緒を得たのであるから調査を進めることにより容易にこれを認識することが可能であった。しかも、被害の多発という急迫した状況があり、消費者保護会議の第一六回会議の決定でも豊田商事の「現物まがい商法」を「法令の厳格な運用」によって規制することを命じていたのであるから、公取委は、昭和五八年一一月(遅くとも同五九年春)ころまでには排除勧告、排除命令の行政措置を講ずべきであった。にも拘らず、公取委は、以下に述べるとおり、これを怠り、何らの審査(調査)も開始せず、何らの排除勧告、排除命令等の行政措置をも講じず、漫然と豊田商法の継続、拡大を放置した。その結果、原告らの本件被害をもたらしたのであって、被告国はこの点でも責任を免れない。
二消費者行政における公取委の役割
1 公取委は、独禁法・景表法等の違反行為に対する規制を担当することにより消費者行政に関与している。
(一) 独禁法は、「私的独占、不当な取引制限及び不公正な取引方法を禁止し、事業支配力の過度の集中を防止して、結合、協定等の方法による生産、販売、価格、技術等の不当な制限その他一切の事業活動の不当な拘束を排除することにより、公正且つ自由な競争を促進し、事業者の創意を発揮させ、事業活動を盛んにし、雇傭及び国民実所得の水準を高め、もって、一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進すること」(同法一条)を目的としている。
ここにいう「一般消費者の利益の確保」と「国民経済の民主的で健全な発達を促進すること」こそ独禁法の窮極目的であり、「公正且つ自由な競争を促進する」ことは、窮極目的達成の手段であるといえるのであって、「公正且つ自由な競争の促進」が直接目的であり、「一般消費者の利益」が前者の達成によってもたらされる間接目的という関係にあると考えるべきではなく、両者を一体として独禁法の目的と考えるべきである。
(二) 市場経済が発達した現代社会においては、消費者は取引を通じて提供される財貨の品質・安全性・耐久性を判断し、選択しうる能力に乏しく、この面において生産者・販売者に従属せざるをえない状況にある上、生産者としての企業は、生産販売活動における利潤の巨大化を企図し、企業間競争を回避するため、カルテルの締結等の競争制限的活動に従事するなどして、市場における支配的活動を確立した。その結果、生産活動における競争相手ばかりでなく、消費者に対しても安全な生産者主権を行使しうる状態が生まれた。
独禁法は、「公正且つ自由な競争」を確保、促進することによって、かような市場構造における消費者の従属的地位を高め、消費者主権を回復するための重要な政策手段なのである。
(三) 更に、景表法は、「商品及び役務の取引に関連する不当な景品類及び表示による顧客の誘引を防止するため、独禁法の特例を定めることにより、公正な競争を確保し、もって一般消費者の利益を保護すること」を目的として掲げるとともに、対象となる景品表示の一部を政令で指定できること、審判手続を経ずして排除命令を行うことができることなど、消費者の適正かつ合理的な商品選択の機会を侵害する不当表示等を迅速に規制できるように配慮されており、独禁法の特別法として一層消費者保護機能が強化されている。
2 このように、今日では、独禁法及び景表法が消費者保護法として重要な機能を果している事実は争う余地がなく、これらの法律を運用する公取委が、消費者行政において果すべき役割の重要性もまた同様である。
また、公取委は、消費者保護会議の一員として、他の構成省庁とともに、「消費者の保護に関する基本的な施策の企画に関して審議し、及びその施策の実施を推進する」(消費者保護基本法一条・一八条二項)責任を分担している。
3 公取委は、右に述べたような役割を果たすため、独禁法、景表法により以下のような権限を与えられている。
(一) 審査(調査)権限
公取委は、事件の申告を受け、あるいは職権で事件の端緒を把握した場合には、審査(景表法違反事実については調査、以下も同じ。)手続を開始し、独禁法、景表法違反事実の有無について必要な調査を行うことができる(独禁法四五条、四六条)。
右審査(調査)の際に行われる調査の方法は、特に限定がなく、必要があれば強制処分を伴う審査(調査)を行うこともできる(同法四六条)。
(二) 規制権限
公取委は、審査により独禁法違反事実の存在が認められたときには、以下の規制を行うことができる。
(1) 当該事件につき、審判開始決定を行い、審判手続により違反事実の存否を確保し審決(排除命令)により違反行為に対する排除措置を行う(独禁法四九条、五四条)。
(2) 違反者に対して、違反行為の排除・停止その他適当な措置をとるべきことを勧告し、違反者が右勧告に応諾した場合には、勧告審決を行う(同法四八条一項、二項、四項)。
(3) 違反者に対して、違反行為の排除・停止その他適当な措置をとるべきことを警告する。
(4) 以上のほか、特に緊急の必要性があると認められたときには、裁判所に対して緊急停止命令の申立を行うことができる(同法六七条)。
(三) 公取委は、調査手続きにより景表法違反事実の存在が認められたときには、以下の規制を行うことが可能である。
(1) 違反者に対して違反事実につき聴聞を行った上で、排除命令により排除・措置を行う(景表法六条、九条)。
(2) 違反者に対して、違反行為の排除停止その他適当な措置をとるべきことを警告する。
三豊田商法の独禁法、景表法違反性
1 豊田商法における誘引・表示の内容
(一) 豊田商事は、大略以下のような誘引・表示を行って、顧客に対して純金ファミリー契約の締結を行なわせていた。
同社のセールスマンは、顧客の自宅を訪問すると純金インゴットの実物大の写真入りパンフレットを示し、「これが、純金一キログラムの実物大の写真です。」と説明し、顧客にあたかも金の現物の売買を行うが如き印象を与えながら、「金は、現金と同じで無税であり、値上がりが大きいということです。純金イコール現金というのは、換金性に優れているということで、純金は世界中いつでもどこでもその日の時価で現金化できるわけです。」と、いわゆる三大利点を強調して、金の購入を勧める。そして、顧客が一旦金の購入を承諾すると、実際には金の現物を顧客に引き渡さず、引き続いて、必ず、「買ってもらった純金をただ持っているだけでは盗難のおそれもありますし、利息もつきません。しかし、それを当社に預けておけば安全ですし、保管料もいりません。そのうえ当社では預けて頂いた純金を運用して高い収益をあげていますから、一般金融商品よりもはるかに高い、一年もので年一〇パーセント、五年もので年一五パーセントの賃借料を前払でお支払いします。」などと、純金ファミリー契約による取引の安全性、確実性、有利性を強調して、顧客に純金ファミリー契約を締結させ、金の現物を顧客に引き渡すことなく、「純金ファミリー契約証券」と引換えに金の購入代金として顧客から金銭の支払を受けていた。
(二) 豊田商事では右セールスを行うに当たって、次のようなパンフレット類、契約関係文書を作成し、これを顧客に示したり交付していた。
(1) 「GOLD」と題するパンフレット
これには、「金の価値と将来性」の表題の下で「世界に通用する刻印」との小見出しを付し、「金は世界中どこでも値打が下がらない『物』といわれていますが、……ちょっとした本物選びのポイントさえ知っておれば金ほど『確かな物』はないのも事実です。」などと記載して、金地金が値上がり確実な商品である旨を表示し、「金投資と税金」の見出しの下では、「金地金の場合、売買に際して税金はかからないし、名義書換をする必要もないので財産隠しにはもってこいといえます。」と記載して、金地金とその売買には如何なる場合であっても課税されない旨表示し、「お取引していただくには……」の項では、取引条件として「(お売りになる場合)いつでもお買取りします。」と記載し、顧客が金地金を持っている場合であると、純金ファミリー契約によって豊田商事に金地金を預託した場合であるとを問わず、無条件で換金が可能であると誤認するおそれのある表示をしている。
(2) 「純金注文書」
これには、五条「履行日の履行方法」に、「甲(注文者)は履行日に買注文の場合、現金を乙(受注者)に支払うのと引替に対象物を受領し、売注文の場合、現物を乙に交付するのと引換えに代金を受領するものとする。」と記載するなどして、あたかも「現物の引渡し」をするかの如き誤認を与える表示をしている。
(3) 「納品書」
納品書というものの存在自体が、これにより、一旦は顧客に現物が引渡され、金地金の所有権が移転したように誤認させるものである。
(4) 「GOLD FAMILY純金ファミリー契約ご案内」
これには、冒頭部分に「純金ファミリー契約証券は、安全で有利。そして何よりお得です。」と大書した上で、「この証券は純金にかわるものですから大切に保管して下さい。」などと純金現物の存在を前提とする記載をしている。
更に、一九七三年から一九八一年の過去九年間の金小売価格指数をグラフで示すなどして、一見金の過去の相場変動を客観的に説明しているかの如き記述を用いながら、全体として「金が今後とも値上がりすることが確実である」が如き表示をし、また、「金は買う時も持っていても税金はかからない。」「売りたい時、当日の国際価格で簡単に売ることができる。」などと記載して、顧客が金地金を持っている場合であると、あるいは純金ファミリー契約により豊田商事に金を預託した場合とを問わず、無条件で換金が可能であるかの如き表示をしている。
(5) 「純金ファミリー契約書」
これには、一条に、「純金ファミリー契約とは注文者、受注者間においての純金賃貸借契約です。」と記載するなど、あくまでも純金現物の存在を前提にした「賃貸借契約」であることを示す取引条件を表示している。
(6) 「純金ファミリー契約証券」
これは、顧客が代金を支払うのと引換えに交付されたものであるが、黄金色の上質紙にスカシ彫をいれあたかも国債などの有価証券に似せており、それ自体ぎまん的な証券であるうえに、「純金五〇〇グラム券」「純金一〇〇〇グラム券」などの表示とともに「純金ファミリー契約純金返還の時期」などを明示することによって、あたかも、顧客が純金の現物の引渡しを受け、その所有権を取得した上で、その特定物を豊田商事に賃貸するかの如く誤認させる表示をしている。
2 右誘引・表示の独禁法一九条及びこれを受けた昭和五七年六月一八日公取委告示第一五号「不公正な取引方法」(以下「一般指定」という。)八項、景表法四条一、二号該当性
(一) 金の現物の存在を前提とした取引の安全性、有利性に関する誤認的表示
豊田商事が、前述のとおり、実際には顧客の注文書に見合う金を保有していないにも拘らず、「現物取引が原則です。」「お支払いと同時に現物をお渡しします。」等々の勧誘文言を用いその取引が金の現物売買ないしその存在を前提とした金の現物の預託取引であることを繰り返し強調した誘引表示を行っているのは、顧客に自己の投下した資金が「金」現物に形をかえて存在し、金の換金容易性によっていつでも現金化が可能であると誤信させることによって、同社の提供する役務の内容あるいはその取引条件が、投下資本の回収あるいは元本の返還が確実な銀行預金同様の価値があるかの如き誤認を生ぜしめようとする意図によるものにほかならない。
また、純金ファミリー契約書の約款一条で「純金ファミリー契約とは注文者、受注者間においての純金賃貸借契約です。」と表示し、同九条では、「純金ファミリー契約の純金の返還については同種、同銘柄、同数量の純金をもって返還します。」と表示しているのも、かような約款を設けることによって、純金ファミリー契約が現物の存在を前提とした金の預託取引であることを強調し、顧客に、解約時には常に預託時と同じ金地金の返還を受けることで投下資本の回収が図れる、安全確実な取引であるが如き誤認を与えるべく作出されたぎまん的顧客誘引・不当表示にほかならない。
即ち、豊田商事が行った前期各誘引・表示は、個々の顧客の注文に対応する金地金を豊田商事が保有しているという事実を直接又は間接に表示することによって、顧客に前述のような投入資金の回収ないし元本の返還が保障されているかの如き誤認を与えており、それ自体が独禁法一九条(一般指定八項)のぎまん的顧客誘引及び景表法四条一、二号の不当表示に該当する。
更に、セールストーク及び純金ファミリー契約書等における年一〇パーセントないし一五パーセントの支払約束の表示により、右取引が銀行預金などよりも高率の安定した運用利益の支払を顧客に保障しているとの誤認を与え、更に、金が値上がり確実な商品であるかの如き表示を通じて、将来における値上がり益の還元を保障された取引であるかの如き誤認(利殖条件の有利性に関する誤認)をも与えて、全体として本件取引の提供役務の内容ないし取引条件が実際のもの又は競争者に係るものより著しく優良又は有利であるかの如き誤認を顧客に与えており、右のような誘引・表示は、独禁法一九条(一般指定八項)及び景表法四条一、二号に該当する。
(二) 三大利点の強調による金の商品属性に関する誤認的表示
更に、豊田商法は、その手段として用いられた金の売買勧誘における誘引・表示の点でもまた、ぎまん的顧客誘因、不当表示に該当する。
即ち、豊田商法においては、顧客を純金ファミリー契約に誘引する前提として、まず顧客に金の購入を勧めるのであるが、その際に、セールストーク及び前記パンフレット等において強調するのは、金が以下のような利点を有する商品であるとの説明である。
(1) 金の値上がりが確実であること
前述のように、「純金ファミリー契約ご案内」や「GOLD」に記載されている価額上昇に関する記載の表現は、それ自体から金が今後も少なくとも五ないし一〇年のサイクルで確実に値上がりする商品であるかの如き誤認を与えているのであるが、豊田商事のセルースマンは、右パンフレットの記載等を巧みに引用しながら、金が値上がり確実な商品であるかの如き前述のようなセールストーク(訪問広告)を行っていた。
このように、豊田商事では、実際には金が相場商品であり、長期的にも種々の自然的社会的要因によって価格変動を起こす可能性が高いにも拘らず、今後ともほぼ確実に値上がりが期待できる商品であるかの如き誤認を与える誘引・表示を行い、顧客に金の購入を勧めていたのである。
(2) 金が課税されないこと
金を売買する際、物品税の対象とならないことは明らかであるが、課税要件を満たす限り、相続の際には相続税が、転売によって所得を得れば所得税がかかることは明らかであって、前述のようなパンフレットの「金は買うときも持っていても税金はかからない。」等々の誘引・表示は、金の取引及び所得に関して一切税金がかからないとの誤認を与えるものであって、投資商品としての金の属性に関するぎまん的顧客誘引及び不当表示に該当する。
(3) 換金が容易であること
豊田商事は、金が市場性を有し換金が容易である事実を巧みに利用し、前述のパンフレットにおける表示及びセールストークを用いて、自社が顧客に売買した金についても、いつでも容易に現金に換えることができる旨の誘引・表示を行っていた。
しかし、顧客が純金ファミリー契約を締結し、購入した金を豊田商事に預託した場合には、原則として純金ファミリー契約の中途解約が禁止されている結果、預託した金の換金ができなくなり、敢えて純金ファミリー契約を中途解約して金の換金を図ろうとすれば、三〇パーセントを違約金として支払わなければならないため、事実上換金の自由は著しく制限されることになる。
従って、前述のパンフレットの各表示及びセールストークは、取引の対象である金の将来における換金可能性の有無という取引条件について、実際のものより著しく有利・優良であるかの如き誤認を与える誘引・表示であり、独禁法一九条(一般指定八項)及び景表法四条一、二号に該当する。
四豊田商法についての実態認識
1 堺次夫の情報等による実態認識
(一) 公取委は、独禁法・景表法に基づく表示規制、その他の消費者行政活動を行う上で、他省庁の消費者行政担当部局が出している出版物からの情報収集も重視しており、特に、国民生活センターの「生活行政情報」や通産省の「かしこい消費生活のしおり」などは必ず公取委に寄贈されていた。
(二) 更に、昭和五八年九月三〇日には、悪徳商法被害者対策委員会の会長である堺次夫が公取委を訪ね、取引部景品表示監視課長である鈴木満外二名の職員に面会の上、豊田商事が現に使用している純金ファミリー契約証券やパンフレット及び新聞記事を提示して、豊田商法の実態について詳細に説明を行うとともに、右豊田商法は独禁法一九条の不公正取引(ぎまん的顧客誘引)や景表法四条一号、二号の不当表示に該当すると思われるから、それによって規制して欲しい旨申出た。
堺次夫が提示した豊田商事作成の書類は、(1)純金ファミリー契約証券(以下「堺資料(1)」ともいう。)、(2)「GOLD」という表題のパンフレット(以下「堺資料(2)」ともいう。)、(3)「純金ファミリー契約ご案内」という表題のパンフレット(以下「堺資料(3)」ともいう。)及び(4)豊田商法に関する新聞記事(以下「堺資料(4)」ともいう。)であった。
堺資料(1)ないし(3)は、当時豊田商事がセールスに使っていたパンフレットそのものであり、口頭による豊田商法の実態に関する説明は、同人が多数の豊田商事の被害者から直接聞き取りした具体的なものであり、豊田商法における誘引・表示の実態を示す重要な生資料であった。
(三) 公取委は、他省庁から入手が可能な刊行物及び堺次夫が持参した前記各資料のみによっても豊田商事の行っていたぎまん的顧客誘引・不当表示につき以下のような認識を得ることができた。
(1) 金の現物の存在を前提とした取引の安全性、有利性に関する誤認的表示の存在
堺資料(1)は、前述のとおり純金ファミリー契約の内容として「純金ファミリー契約とは、注文者、受注者間においての純金賃貸借契約です。」(一条)等々の表示を行っており、同契約証券において、純金ファミリー契約が金の預託取引であるとの表示が行われている。
更に、堺資料(3)においても、「安全・確実・有利なファミリー」との見出しの下に、「お手持ちの純金を一定期間弊社にお預け頂くことにより、お客様にはその期間に見合った賃貸料をお支払するものです。賃貸料は、ご契約して頂いた日の純金お預かり価格から別表の率にて算出した額を純金お預かりと同時にお支払いたします。」と記述し、「契約期間 一年…(率)一〇パーセント、二年…一七パーセント、三年…二二パーセント」との賃貸料率表を掲げ、「銀行預金やその他の投資を比べて大変有利で確実です。」と表記して、純金ファミリー契約が単なる保護預かりではなく顧客が豊田商事に純金を預託して運用を委託し豊田商事が顧客に対して「賃貸料」名下に確定した配当の支払を保証する契約関係であるかの如き表示が行われている。
堺資料(4)には、以上のような表示が実態に符合しないぎまん的顧客誘引・不当表示であることが指摘されている。
加えて「消費者ニュース」や「かしこい消費生活のしおり」においては、豊田商事が「取引に見合う大量の金地金の現物の裏付けがあるとは考えられない。」「大勢の顧客が一度に解約を申し出た場合に倒産するおそれが強い。」と指摘されているが、公取委は、昭和五八年九月当時に当然右書類を入手していたと考えられる。
従って、同月三〇日には、公取委は、右表示がぎまん的顧客誘引・不当表示の構成要件に該当性することを認識することができた。
(2) 金の三大利点の強調によるその商品属性に関する誤認的表示
堺資料(2)では、「金が常に物価上昇率を上回る値上がりをするため」投資価値がある商品であることや「金の売買に際して税金がかからない。」こと等の表示がなされ、更に、堺資料(3)も、前記三1(二)(4)記載の如き表現を用いて金が一般の物価指数に比較して著しく高い上昇率を示しており長期的に価額の上昇が認められることを強調している。
従って、公取委は、堺資料(1)ないし(3)の記載に基づき金の商品属性に関する誤認的表示の実態を認識することができた。
(四) 以上のことから、公取委が、昭和五八年九月三〇日に豊田商事の行っていたぎまん的顧客誘引・不当表示の実態を認識していたことは明らかである。
2 公取委の審査(調査)を通じての実態認識の可能性
仮に公取委として、堺資料(1)ないし(4)及び説明だけではぎまん的顧客誘引・不当表示の実態を十分に認識できなかったとしても、少なくとも右各資料及び説明は独禁法違反、景表法違反事実の存在を示す重要かつ明白な端緒となりうるものであるから、公取委が、これにより次に述べるような審査(調査)を開始すれば、容易に次のような事実及び資料を入手することができ、豊田商法のぎまん的顧客誘引・不当表示について明確な実態認識を得られたことが明らかである。
(一) 誘引・表示の実態について
豊田商事が行っていた誘引・表示の実態については、堺資料(1)ないし(4)に加えて、任意審査(調査)の方法として直接被害者から事情聴取を行うことを通じて、豊田商事のセールスマンが行ったセールストークの実態を明らかにするとともに、豊田商事から被害者に交付されたパンフレット、契約文書その他の表示物件を入手することができた。
また、通産省の消費者相談室、経企庁の国民生活センターに対して調査嘱託を行い、これらの省庁が収集した被害実例や調査資料の提供を受けることもできた。
(二) 豊田商事の金地金保有量
豊田商事が顧客との契約高に見合う金地金を保有していないという事実は、右の誘引・表示のぎまん性、不当性を基礎づける重要な事実である。
公取委は、右の点に関して、以下に述べるような審査(調査)を行うことによって、豊田商事についての事実の解明及び立件資料の収集を行うことができた。
(1) 任意審査(調査)
公取委は、任意に、豊田商事が公表していた貸借対照表、損益計算書類を入手することによって、顧客からの導入金の額、同社の人件費、事務所賃料等の経費の総額の大要を把握できた。更に、これらの資料の外、各支店の電話料・事務所賃料などの調査を行い、同社の導入金に占める経費割合を分析すれば、導入資金の大部分が経費に費消され、金の購入代金に充てられていないことも容易に把握できた。
また、有力な金地金商や流通業者に対する審査(調査)によって、豊田商事が国内で契約相当量の金の調達を行っている可能性がないことにつき、裏付けを得ることができ、更に、従業員や中途退職者等に対する審査(調査)により、同社が各支店に見本として一定数量の金地金を置いているだけで、在庫が殆どない実態をも容易に把握できた。
(2) 他省庁・事業者団体に対する照会・調査嘱託
資源エネルギー庁では、豊田商事が国内及び国外の金市場から到底契約高に見合う金を調達していない事実を正確に把握していたのであるから、公取委は資源エネルギー庁に対して、独禁法四一条に基づいて調査嘱託を行うことによって、豊田商事が到底契約高に見合う金を保有していないことを容易に把握することができた。
(3) 強制審査(調査)
以上のような任意の方法による審査(調査)によってもなお、立件するに足りる実態の解明及び証拠の収集ができなければ、豊田商事に対して会計帳簿及び顧客との取引関係を記載した契約書類、顧客勘定元帳等の書類の提出を命じるなどの強制審査(独禁法四六条一項各号)を行うことにより、豊田商事につき的確な実態の解明を行うこともできた。
五公取委の規制措置及び規制義務
1 豊田商法に対して取りうる具体的排除措置
公取委は前述した規制権限に基づき、豊田商事の行っていたぎまん的顧客誘引・不当表示に対して、以下のような具体的排除措置を行うべきであった。そして、公取委が右具体的排除措置を行えば、豊田商事の純金ファミリー商法による被害の発生を防止することができた。
(一) 金の現物売買及びこれを前提とした金地金の預託取引である旨の誘引・表示の排除
(1) 豊田商事が顧客に勧誘のため交付していたパンプレット(広告書類)から「(金の)現物取引が原則です。」「お支払と同時に現物をお渡しします。」「証券は純金と同じです。」「この証券は純金にかわるものですから、大切に保管して下さい。」「安全・確実・有利な純金ファミリー」「お手持ちの純金を、一定期間弊社にお預け頂くことにより、お客様にはその期間に見合った賃貸料をお支払いするものです。賃貸料は、ご契約頂いた日の純金国内価格から別表の率にて算出した額を純金お預かりと同時にお支払いたします。」等の記述の削除
(2) 純金ファミリー契約締結の際顧客に交付される「純金ファミリー契約書」から、「純金ファミリー契約書」なる表題の「純金」部分、同契約一条の「純金ファミリー契約は、注文者、受注者間においての純金賃貸借契約です。」との記述部分、「純金ファミリー契約の対象たる『純金』は天然の金属物質としての金(純金99.99パーセント)をもって板状に形成された国際規格銘柄の純金地金で国際的に流通することを保証されたものをいいます。」との記述部分、同契約九条の「純金ファミリー契約の純金の返還については、同種、同銘柄、同数量の純金を以て返還します。」との記述部分などの金地金の預託を表示する記述部分及び純金ファミリー契約証券の同様の記述の削除
(3) 豊田商事の社員であるテレホン嬢が行っている「当社は、純金を取り扱っている専門商社ですが、金をお買いになりませんか。」等々の文言を使用した電話勧誘の禁止
(4) 豊田商事のセールスマンが顧客勧誘のために、常用している、「金を購入しませんか。」「これが純金一キログラムです。今契約をしていただければ、これがあなたのものになります。」「買ってもらった純金をただ持っているだけでは盗難のおそれもありますし、利息もつきません。しかしそれを当社に預けておけば安全ですし、高い収益を上げていますから、一般金融商品よりもはるかに高い、一年もので年一〇パーセント、五年もので年一五パーセントの賃借料をお支払いしますし、純金はお客さんにお返ししますから、賃借料と純金の値上がりの二重の儲けとなります。」等の純金ファミリー契約の安全性、有利性に関するセールストークの使用禁止
(二) 金の三大利点に関する誤認的誘引・表示の排除
(1) 豊田商事が、顧客に勧誘のため交付又は提示していたパンフレット(広告書類)における、金の価額変動に関する「金にインフレはない。」「信頼できる資産『金』」「上昇する産金価格」「多岐に渡る金の用途」等の見出、「金が長期的には確実に値上がりし、物価上昇を越える価額が見込まれる。」旨の記述の削除
金の課税に関する「金は買う時も持っていても税金はかからない。」「一番気になる問題点の税金においても金地金の場合売買として税金がかからないし、名義書換する必要もないので財産隠しにもってこいといえます。」等々の記述の削除
換金自由性に関する「(金は)売りたい時は、当日の国際価額で簡単に売ることができる。」「(お売りになる場合)いつでもお買取りします。」との記述の削除
(2) 豊田商事セールスマンが顧客誘引のため常用していた、「金は、現金と同じで無税であり、値上がりが大きいということです。純金イコール現金というのは、換金性に優れているということで、純金は世界中どこでもその日の時価で現金化できるわけです。」等々の金の三大利点に関する一切のセールストークの禁止
2 公取委の規制義務
公取委は、独禁法等違反行為に対して排除措置を行う権限を有する唯一の行政官庁として、独禁法等違反事実を把握したときには、速やかに審査(調査)を行い、的確かつ迅速な排除措置をなすべき義務がある。
ところで、豊田商事に関しては、昭和五八年一一月の第一六回消費者保護会議において、「金の現物取引等と称する悪質な商品取引や海外先物取引を利用した悪質行為による消費者被害を防止するため、不法事犯の取締りの強化等各種法令の厳格な適用を行う。」との決議がなされている。
しかも、公取委は、堺資料(1)ないし(4)により、豊田商事のぎまん的顧客誘引・不当表示の実態を十分認識していたのであり、また、同時期の新聞報道等から豊田商法の被害が拡大しており深刻な社会問題となっている状況にあることも十分認識していた。
また、当時豊田商法に対して規制権限を有する他省庁、とりわけ警察の詐欺罪、出資法違反等による捜査摘発活動が開始されるといった具体的状況もなく、各省庁がこぞって規制活動を行っている状況ではなかったのであるから、公取委が誘引・表示の規制によって豊田商法に対する規制活動を行う社会的必要は極めて大きかったのである。
以上の事実に加えて、独禁法等に基づく誘引・表示の規制が構成要件妥当性の面からも明確であって、しかも規制手段としても迅速・容易である事情をも勘案すれば、公取委は、昭和五八年一一月には豊田商事の行っているぎまん的顧客誘引・不当表示につき直ちに排除措置を行うべき法的義務があった。
六公取委の義務違反
1 公取委の判断
しかるに、公取委では、堺次夫の来訪時の昭和五八年九月三〇日及びその直後から一、二週間の間に、取引部取引課の課長補佐和泉澤衛(以下「和泉澤課長補佐」という。)、同部景品表示監視課の鈴木課長らが豊田商法における誘引・表示に対して、独禁法等の適用を検討したが、以下の各理由により右豊田商法の誘因表示に対し、独禁法等を適用することができないと判断した。
(一) ぎまん的顧客誘引・不当表示の構成要件該当性について
和泉澤課長補佐は、豊田商事の行為は金の売買の部分と純金の賃貸借の部分から構成されていると考えた上、(1)金の売買については、金地金を金地金として売買しているのであって、例えば二四金よりも価値が落ちるような合金を純金と称して販売しているというものではないし、金地金の賃貸借ということは、耳慣れた話ではないとしても、賃貸借そのもの自体は不当ではないと判断し、(2)豊田商事が契約終了時に金地金を返還しない点については、いわゆる当事者間のトラブル、債務不履行の問題であると判断し、いずれも独禁法等の問題ではないとの結論づけを行った。
(二) 独禁法等の規制対象と豊田商法について
和泉澤課長補佐・鈴木課長は、豊田商法は金地金を手段に使って、消費者から金員を騙取するというその本質存在自体が許されない商法であることから、独禁法等の規制対象外の問題であると判断した。
以上のような和泉澤課長補佐・鈴木課長らの判断により、公取委は豊田商法の誘引・表示につき、独禁法等によって規制することはおろか、審査(調査)を開始することすらしなかったのである。
2 右公取委の判断の誤り
右のような和泉澤課長補佐・鈴木課長の判断は、以下に述べるように、明らかに独禁法等の解釈及び運用を誤っている。
(一) 「ぎまん的顧客誘引・不当表示の構成要件に該当しない。」と判断した誤り
前記三2で論証したとおり、豊田商事が顧客の勧誘手段として行っていた誘引・表示は、そのいずれの部分を捉えても独禁法一九条(一般指定八項)(ぎまん的顧客誘引)、景表法四条一、二号(不当表示)の構成要件に該当することは疑いなく、これらの誘引・表示がぎまん的顧客誘引・不当表示に該当しないとする判断が豊田商法の誘引・表示の実態を正確に理解せず、またこれに対する法的評価を誤ったものであることは明らかである。
また、前記三2で詳述したように、純金ファミリー契約証書の「契約終了時には同種、同銘柄、同数量の純金をもって返還します。」旨の契約文言は、純金ファミリー契約が金地金の預託取引であって契約終了時には投下資本が金地金の形で確実に返還されるかの如き誤認を生ぜしめることを意図したぎまん的顧客誘引・不当表示である。しかるに、これに単なる契約約款としての意味しか認めず、「履行されなくても債務不履行の問題」と考えた和泉澤課長補佐の判断の誤りは、明らかである。
仮に、豊田商法の誘引・表示が、ぎまん的顧客誘引・不当表示の構成要件に該当するか否かを判断するにつき、実態把握が未だ十分でないのであれば、直ちに独禁法等に基づく審査(調査)を行い、誘引・表示の具体的内容や取引における実際の機能等の実態を十分に解明するべきであり、そのうえで判断すべきであった。ところが、和泉澤課長補佐・鈴木課長らは、何らの審査(調査)を開始することなく、非該当との判断を下したのである。
(二) 「豊田商事の行為が独禁法等の規制の対象ではない。」と判断した誤り
(1) 独禁法一九条の不公正な取引方法(特に一般指定八項のぎまん的顧客誘引)及び景表法四条一、二号の不当表示に対する規制は、消費者が商品につき正確な情報を得てその選択権を行使する際に、消費者に誤認を生ぜしめるような誘引および表示行為を規制することによって、結果的に競争を促進する機能がある。その意味で、ぎまん的顧客誘引及び不当表示は、その行為自体に公正競争阻害性があるといわねばならない。
(2) 確かに、豊田商法はその本質において詐欺罪に該当する犯罪行為であるが、そうであるからといって、少なくともこれに付随するぎまん的顧客誘引や不当表示が独禁法・景表法の規制を受けないというものではない。
(3) なお、被告国は、独禁法一九条、景表法四条一、二号は「企業性の承認を前提とした企業の能率、商品の価格・品質などをめぐって行われる競争」が可能になるような企業の行為のみを適用対象とするとの前提の下に、豊田商事の如き「会社とは名ばかりの巨大で組織的な詐欺機構」に対しては独禁法は適用されない旨主張するが、かような見解は誤りである。
即ち、豊田商事は、表向きは正常な取引事業者としての外観のもとに事業活動を行っていたのであり、これに対し、当時の警察庁としても、豊田商法をもって詐欺罪等に該当するとは断定できないと考えていたのである。従って、豊田商事は、少なくとも外観上は、金地金の販売及び預り受け・運用を業とする営業活動を行っていたことは明らかであり、このような事実を前提にすれば、豊田商事は、「その事業内容が独禁法一条の目的に合致する事業者」あるいは「独禁法一条の公正且つ自由な競争が期待できる事業者」に該当するから、これに対し、独禁法が適用されることは当然である。
(4) のみならず、公取委は、以前から当該行為自体が詐欺罪に該当し公序良俗に反し、しかもその行為者自体が「企業性の承認を前提とした企業の能率、商品の価額、品質などをめぐって行われる競争」が可能になるような企業には到底当たらないような事例についても独禁法や景表法をもって調査・規制を行ってきたのであり、その点からも和泉澤課長補佐、鈴木課長の判断の誤りは明らかである。
3 まとめ
以上要するに、公取委(和泉澤課長補佐・鈴木課長)は、昭和五八年一一月(遅くとも同五九年春)ころまでには、豊田商法の実態、即ち、ぎまん的顧客誘引・不当表示の事実を認識しており、かつ、豊田商法による被害が増大し、第一六回消費者保護会議決定が「各種法令の厳格な運用」によって豊田商法を規制することを命じていたから、直ちに前述のとおり適切な排除措置をとるべき作為義務を負っていたのである。ところが、公取委は、前述のように独禁法・景表法の適用判断を誤った結果、右作為義務を怠り、右排除措置を講ずることなく、違反行為を放置した。
第四法務省の責任
一はじめに
豊田商事は、純金ファミリー商法という「虚業」によって一般大衆から金地金の売買代金名下に金員を収奪し、構成員で分配するという、会社とは名ばかりの犯罪組織であって、その遂行のために商法で認められた会社制度を徹底して悪用したものであった。豊田商法による被害の発生・拡大を防止するため、法務大臣は、以下のとおり商法五八条により、昭和五八年一一月(遅くとも、昭和五九年春)ころには、警告の発出や会社解散命令の申立てをしてその違法行為の継続を停止させるべきであった。
ところが、同大臣がこれを怠ったため、豊田商法の継続を許し、原告らの本件被害を発生させたものであって、この点でも被告国の責任は免れない。
二消費者行政における会社解散命令制度の役割
1 準則主義と会社解散命令制度
商法五八条の会社解散命令制度は、会社の設立に準則主義を採用したことによる弊害を除去するために設けられたものである。わが国の会社法制において、設立時の準則主義と設立後の会社解散命令制度とは、いわば車の両輪の如く位置付けられているというべきであり、会社制度が健全に機能するには、会社解散命令制度の積極的な活用が必要不可欠である。
2 消費者行政と会社解散命令制度
(一) 現代の消費者被害の特質として、被害の広域性、深刻性、原因の共通性と類型性という点が指摘されているが、その原因の一つとして、加害事業者が個人ではなく、会社制度を利用して組織的、広域的に営業活動を展開していることを指摘できる。
このように加害事業者が会社制度を悪用して組織的な違法営業を継続する場合には、その被害防止のため会社解散命令制度が有効かつ不可欠といえる。
(二) 消費者保護会議が設置され、法務大臣がその構成員となっている現在、法務大臣は、消費者行政を担う者として消費者保護に関する積極的責務を負っているのであるから、前述のような消費者被害が発生・継続した場合には、その責務を果たすため、会社解散命令制度を積極的に活用すべきである。
三豊田商法と商法五八条一項一号該当性
1 「不法目的」の意義
商法五八条一項一号は、会社の設立が不法目的をもってなされたことを会社解散命令の要件としている。
刑罰法令に違反する行為が、不法に当たることは疑いがないが、法が同条一項三号にわざわざ「刑罰法令に違反する行為」と区別して規定していることに照らせば、ここにいう不法とは、刑罰法令違反に止まらず、広く私法秩序に反することを指し、その内容は、前項に指摘した解散命令制度の趣旨と役割から合目的的に決せられるものである。
従って、解散命令の要件である「不法目的」とは、刑罰法規に違反する行為に加えて、業法等各種法令違反及びその脱法行為、更には信義則違反、公序良俗に反する行為を含むと解すべきである。
2 豊田商事と不法目的
豊田商事は、以下のとおり、一般大衆から金銭を不法に収奪するために設立された会社であって、その設立が商法五八条一項一号の「不法目的」に該当することは明らかである。
(一) 会社設立自体の不法性
豊田商事は、昭和五六年四月二二日に設立され、設立当初は従前の金地金の私設先物取引と純金ファミリー商法を行っていたが、同年九月に政令指定により金の私設先物取引が禁止された以降は専ら純金ファミリー商法を行い、これは破産に至るまで続いた。
豊田商事が旧豊田商事から引き継いだ約二〇億円の負債の返済や莫大な経費の支出、永野が行う先物取引の巨額の資金獲得のためにまともな取引行為によって金銭を集めることは不可能であり、必然的にブラックマーケットにおける「呑み行為」に代るような一般大衆からの集金システムを開発して金銭を集めるしかないという必然性に迫られていたのである。そのような経過と必然性から株式会社制度を用いて設立されたのであるから、豊田商事は、まともな営利事業など行う予定は当初から全くなく、本件刑事判決のいう「虚業」を行うために設立されたものである。
(二) 純金ファミリー商法の不法性
豊田商法及びその根幹をなす純金ファミリー商法の実態は、前記第二で詳しく論証したとおり、詐欺罪、出資法違反(預り金禁止違反若しくは脱法行為禁止違反)に該当するものである。
(三) 勧誘方法の不法性
豊田商事の勧誘方法は公序良俗に反する著しく不法なものであった。
即ち、勧誘の対象は、主として一人暮らしで資産を有する老人や家庭の主婦であって、これらを狙い撃ちにするという卑劣なものであった。セールスの手法としては、まずテレホン嬢の無差別電話によりセールスマンの訪問の了解を取り付けると、次いでセールスマンが戸別訪問の上、豊田商事が金の現物取引を行っている信用のある会社であること、金の三大利点である換金自由、無税、値上がり確実であることなどを強調して客の興味をそそり、そしてクロージングと呼ばれる追い込み段階に入り、時にはキャッチボールと呼ばれる煽りトークという手法を用いながら契約の締結に持ち込むというものである。これらが「五時間トーク」と呼ばれる執拗なセールス手法であるが、その間肩をもんだり、食事を作ったり、手みやげを持参したり、泣き落としたりするなどありとあらゆる手段を尽くして契約を締結させるという極めて巧妙に仕組まれたものであり、執拗かつ悪質なものであった。このファミリートークこそが、純金の売買代金を豊田商事の借金に擦り替え、現物の引き渡しを純金ファミリー契約証券なる紙片の交付に擦り替え、一般大衆のもつ金地金のイメージや信用を豊田商事の信用等に擦り替えるという詐欺の中心をなすものであった。
3 公益維持
商法五八条一項には、更に「公益を維持するために会社の存立を許すべからざるものと認めるとき」との要件がある。
ここにいう「公益維持」とは、まず刑罰法令に違反する行為を防止することがそれに当たることは疑いがない。また、公序良俗に違反するような行為を防止することもまた公益を維持することに当たる。
従って、豊田商法の被害を防止することが公益維持に当たることは明らかである。
四豊田商法と商法五八条一項三号該当性
1 権限踰越、濫用行為
商法五八条一項三号にいう「法令若しくは定款に定めた会社の権限」とは、会社の能力の範囲を意味するとされ、そして、「踰越する行為」とは、その範囲外の行為、「濫用する行為」とは、形式的には権限の範囲内の行為ではあるがその精神から見てなすべからざる行為をそれぞれ意味するとされている。
豊田商法の本質は、大衆からの金銭の受入れであって、豊田商事は借金の受入れ組織、集金システムである。
そして、この借金を有効に運用して、顧客に返済する方法を講じなければならないのに、専ら役員や営業社員への高額の報酬や歩合給に費消し、残りは投機性の高い商品先物取引に注ぎ込んでいたのであり、これらが権限踰越、濫用になることはいうまでもない。
2 刑罰法令違反行為
商法五八条一項三号にいう「刑罰法令」とは、刑法や商法はもちろんのこと、違反に対する制裁として刑罰が定められている法令であれば統制法令や税法など全てを含むとされている。
問題は、「刑罰法令に違反する行為」とは裁判で有罪が認定されたものである必要があるか否かであるが、規定の文言上そのことは要件とされていないことなどからすれば、必ずしも有罪判決が下されることは必要ではなく、事実として、刑罰法令に違反している行為を行っているような場合であれば足りるというべきである。
そして、その判断は法務大臣が行い、その結果、警告を発出し、もしこれに従わない場合、法務大臣は、会社解散命令を申立てうることになる。
ところで、豊田商法は、前述のように、永野ら豊田商事の取締役が会社制度を悪用して実行した、詐欺罪、出資法違反罪に該当する犯罪行為である。また、それによって集めた金銭を先物取引に注ぎ込むことは、商法四八九条の会社財産危胎罪に該当する。
3 まとめ
以上のとおり、永野ら豊田商事の取締役は、継続、反復して法令等で定められた会社の権限を踰越、濫用し、また、詐欺、出資法違反などの刑罰法令に違反する行為を行っていたものであり、これらは、いずれも商法五八条一項三号に該当する。
五豊田商法の実態に関する認識及び認識可能性
1 消費者保護会議による実態認識
(一) 法務大臣は、消費者保護会議の委員であり、自ら同会議に出席するとともに、これを実効あらしめるために設置された消費者行政担当課長会議に担当職員を出席させ、その中で、前回の会議以降約一年間の施策の実施状況を踏まえて当面の消費者行政の基本方針及び重点項目を決定するに際しては、経企庁その他の省庁から事実報告を受け、その内容を検討の上、これを了承しているのであり、消費者保護会議で決定がなされた事項については、自らの行政権限を行使してこれを実施する立場にある。
(二) 昭和五七年一一月一二日に開催された第一五回消費者保護会議において「金の現物取引等と称する悪質な商法取引による消費者被害を防止するため消費者啓発に努めるとともに悪質事犯の取締を強化する。」との決定がなされた。右決定の対象が専ら豊田商事の行っている「現物まがい商法」であったことは前述のとおりであり、坂田道太法務大臣あるいはその部下の担当職員は、右会議において豊田商事が悪質業者であると断じるに足る資料の提供と報告を受けていた。
(三) 昭和五八年一一月八日開催の第一六回消費者保護会議は、秦野章法務大臣も出席し、賛同した結果、「金の現物取引等と称する悪質な商品取引による消費者被害を防止するため、不法事犯の取締の強化等各種法令の厳格な運用を行う。」などと決定した。豊田商法が「悪質な商品取引」であり、そうした「不法事犯の取締の強化等各種法令の厳格な運用」を実施して規制しなければならない対象であることが明確にされている。
ここにおいて、秦野法務大臣は、前年の第一五回会議の決定以降も豊田商法が継続しており、その反復・拡大のため被害もまた拡大・深刻化していること、商法五八条を含む各種法令の厳格な適用によって規制する必要性があることを認識するに至った。
豊田商法の実態、換言すれば豊田商事の設立及び経営の不法性に関する具体的情報や資料は、消費者保護会議決定の内容を確定する過程である消費者行政担当課長会議の席上、通産省、経企庁、警察庁等から法務省職員に知らされていた。
従って、秦野法務大臣は、経企庁、通産省、警察庁が保有する情報、特に、豊田商事の前歴及び設立の経過、豊田商法の取引の仕組み、セールス方法などはもちろんのこと、到底契約高に見合うだけの金を保有してはいないこと、集めた導入金を高額の歩合給や役員報酬で分けあい、残りについても何ら有効に運用せず、専ら投機取引に注ぎ込み、途中からは豊田玉として排除されていること等の情報を入手するに至っていたのである。
2 警察庁との協議による実態認識
法務省は、警察庁と刑事事件についての法解釈の統一や犯罪防止の方策等につき、常時協議を行う関係にあり、現に豊田商事について具体的協議を行っていた。
(一) 昭和五七年一一月、警察庁は大阪府警、警視庁の捜査担当者を集めて豊田商法対策会議を開催し同社の営業を取締るための法的検討を行ったが、警察庁は、これに先立ち、法務省刑事局担当官の許に警察庁がそれまでに入手していた豊田商事に関する資料を持参して、右担当官と豊田商法が詐欺や出資法、信託業法に該当するか否かを検討するため、右各法律の解釈と適用について協議を行った。
その際には、警察庁担当官は、前述のような豊田商事の概要、前歴の情報を提供し、豊田商法が前述のような悪質なものであることなどを説明したことはいうまでもない。
(二) 警察庁の説明による豊田商法の実態は、詐欺、出資法に抵触する違法商法ないし反社会的営業であり、出資法の脱法商法だったのであり、先に前記三、四において論証したとおり、商法五八条一項一、三号該当性を基礎づける諸事実があったのである。従って、法務省刑事局担当官は、昭和五七年七月ころには豊田商法が商法五八条一項一、三号に該当する事実を認識するに至っていたのであり、そして、右事実は、消費者保護会議決定案を確定する過程で、秦野法務大臣にも報告され、同大臣も右事実につき認識するに至った。
3 多岐にわたる調査権限による実態認識の可能性
秦野法務大臣及びその後任者である住法務大臣は、次のような調査権限を行使すれば、豊田商法が商法五八条一項一、三号に該当することを認識することができた。
(一) 法務省設置法は「民事に関する法令案の作成その他民事に関する事項」等を法務省の所掌事務としているが、法務省がこれらの所管事務を適切に遂行するためには、その前提として、法務省独自の権限として必要事項に対する職権調査や情報収集権限が認められなければならないことはいうまでもない。従って、法務大臣は、右権限を行使して大臣独自の各種調査や情報収集をなしうる地位にある。
(二) 同様に、法務省組織令は、「民事に関する事項で他の所管に属しないもの」を法務省民事局のつかさどる事務と定め、「商事に関する事項」「非訟事件に関する事項」をそれぞれ民事局四課の事務としている。また、「犯罪の予防その他刑事に関する事項で他の所管に属さないもの」を法務省刑事局のつかさどる事務と定め、「一般刑事事件(少年の一般刑事事件を除く)の検察及び犯罪の予防に関する事項」「財政経済関係事件の検察及び犯罪の予防に関する事項」をそれぞれ刑事課の事務としている。そして、右事務を遂行するための前提として、各局に独自の調査権限が付与されなければならず、法務大臣は、右権限を行使して独自に各種調査や情報収集をなしうる地位にある。
(三) 非訟事件手続法一三四条ノ四は、商法五八条の請求、警告をなすべき事由があるときは同法一六条に規定する者(裁判所その他の官庁、検察官、公吏)に法務大臣への通知義務を課している。そして、法務大臣が右の通知を受けたときは、理由があると認められる限り、会社解散命令の請求をなすべきものとされている。このことからすれば、同法は法務大臣に対し他省庁からの通知が「理由あるものか否か」を確認し調査する権限を付与したものと解される。けだし、そうでなければ、法務大臣は、他の省庁からの右通知に無条件で拘束され解散命令の請求をするしかないことになり、法務大臣としての責任ある行政をつかさどれなくなるからである。
(四) 人権侵犯事件調査処理規程は、法務省設置法に基づき、法務省が人権侵犯事件の調査及び情報収集並びに処理に関し、進んで新聞、雑誌等の出版物の記事、放送その他のものから情報の収集に当たり、その結果に基づき、告発、勧告、通告、説示、援助、排除措置をとりうることを明示する。右規程は、法務大臣に具体的かつ詳細な調査権限と調査方法を認めているばかりか、必要な規範を打ち立てたり局長の通達や課長らの依命通知等で具体的かつ詳細な調査権限の行使や排除措置等の措置を行える権限を付与しているものであり、右規程からも、法務大臣に具体的事件に最も適した各種措置をなしうる権限と地位が付与されていることが明らかである。
(五) 以上のとおり、法務大臣は、個々具体的事案の詳細事実を把握するにつき各種の調査権限を保有しており、更には検察・警察から直接に具体的事案の報告を受けることができる地位にもある。
六法務省の作為義務とその違反
1 以上の次第で、豊田商事は商法上の会社制度を悪用し、あたかも正常な営利行為を営む商社の外観を装って組織的な犯罪行為、反社会的な行為を行うために設立され、これを現に大々的に行っていたもので、商法上の会社制度の存在意義という視点から絶対に放置しえないものであった。しかも、その商法の悪質さ巧妙さ故に、主たる標的とされた老人・主婦層はその個人的努力で被害を防ぐことができず、そのために被害は日を追って増大し、全国化しており、一刻も放置できない状態であった。マスコミの批判報道、国会審議も繰り返し行われ、豊田商法の規制は極めて強い国民の期待となっていたのである。
2 そこで、昭和五八年一一月八日に開催された第一六回消費者保護会議が「不法事犯の取締りの強化等各種法令の厳格な運用」によってこれを規制することを決定した。この各種法令に商法五八条が含まれることは明らかであるから、秦野法務大臣は、その直後に(仮にそうでないとしても、後任者の住法務大臣は、遅くとも昭和五九年春ころには)、豊田商事に対し同条一項三号により新規勧誘及び契約の締結を停止するよう警告を発出するか、同条同項一号により裁判所へ会社解散命令を申し立てる義務があったというべきである。
警告が発出され、若しくは会社解散命令が申立てられていたとすれば、後記第五で論証するように、豊田商事がそれに従い、あるいは当時の諸状況からして営業の継続が不可能となって被害の発生が止んだことは明らかである。
3 ところが、秦野・住両法務大臣は、漫然とこれを怠り、警告を発出せず、会社解散命令を申立てることもしなかった。
第五通産省の責任
一はじめに
豊田商法による被害の発生を防止するためには、消費者保護を図るべき責務を負っている通産省が、以下のとおり、昭和五八年一一月ころには豊田商事に対しその営業活動を是正させるための行政指導をすべきであった。ところが、消費経済課長牧野力、鉱業課長高木俊毅らがこれを怠ったため、豊田商法の継続を許し、原告らの本件被害を発生させたものであって、この点でも被告国の責任は明らかである。
二消費者行政における通産省の役割と責務
1 通産省は、「鉱産物及び工業品の生産、流通及び消費の増進、改善及び調整並びに検査」「商鉱工業の合理化及び適正化に関する事務」などを一体的に遂行する責任を負う行政機関であり(同省設置法三条二、三号)、その所掌事務として、「一般消費者の利益の保護に関する事務」を担当している(同法四条三五号)。
2 従って、通産省は、率先して消費者保護を図るべき責務を負うものであるが、このうち、消費経済課は「一般消費者の利益の保護に関する事務を総括」しているものであり(同省組織令五五条)、一般消費者の利益の保護の一環として訪問販売等に関する法律(以下「訪問販売法」という。)に関する事項を所掌している。訪問販売法は、訪問販売に係る取引を公正にし、購入者等が受けることのある損害の防止を図ることにより、購入者等の利益を保護することなどを目的とする(同法一条)。消費経済課は、右訪問販売法の目的を達成するため、後述のとおり必要に応じて行政指導も行っているが、それは訪問販売法適用領域に留まらず、例えば訪問販売法の適用がなかったシーボン化粧品のキャッチセールスに対しても一〇数回にわたる行政指導を実施してその商法を改善是正させている。
また、消費経済課は、現在は豊田商事事件を契機として制定された「特定商品等の預託等取引契約に関する法律」の施行事務を所掌している。
3 一方、鉱業課は、前述の通産省の所掌事務のうち、金属鉱物に関する事務を所掌しており(同省組織令一三三条)、右所掌事務における「一般消費者の利益の保護に関する事務」を率先して行うものとされている。
4 そして、通産省は、「海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律」の施行を所掌するなど、広く消費者を悪徳商法から保護する責務を負っている。従って、金の現物売買を名目とする極めて悪質な訪問販売によって被害が続出していた豊田商法に対しては、消費経済課及び鉱業課が率先して規制を行うべき役割を担っていたというべきである。
三通産省の行政指導権限とその発動の必要性
1 行政指導権限の存在
通産省及びその外局たる資源エネルギー庁(以下「通産省等」という。)が、関係事業者に対して行政指導を実施する行政権限を有していることは、既に被告国が自白するところでもある。
また、事実、通産省は、昭和六〇年六月一九日付で、産業政策局商政課長山下弘文及び鉱業課長林暉連名で、豊田商事に対し、「新規の勧誘など契約締結を停止する」ようにとの文書の発出による行政指導を実施し、同時にこの行政指導に対する回答を求めているが、これに対し、豊田商事は「既にその業務を停止している。」旨を通産省に回答し、以後それに反して業務を再開することはなかった。
2 消費者行政を実施推進するための行政指導の必要性
以下のとおり、消費者保護基本法の下で迅速かつ的確に消費者行政を実施推進するために、法治主義の原理を補完するものとして、通産省に対し同省設置法に基づく行政指導をすることが積極的に求められている。
(一) 消費者保護基本法が宣明するとおり、消費者保護施策の策定、実施は現代国家の重要な役割であり、被告国の責務とされている(同法二条)。具体的には、被告国は同法七条に基づいて「国民の消費生活において商品及び役務が国民の生命・身体・財産に対して及ぼす危害を防止するため、必要な方策を講ずる」責務を負い、また同法一〇条に基づいて「消費者が商品の購入若しくは使用又は役務の利用に際しその選択を誤ることがないようにするため、品質その他の内容に関する表示制度を整備し、虚偽又は誇大な表示を規制する等必要な施策を講ずる」責務をも負っているのである。
とりわけ、消費者保護施策の企画、実施に当たる行政の役割は大きく責任も重い。消費者行政の各分野のうち、近年は消費者取引被害の急増が顕著なことから、その被害の防止、取引の適正化が重点課題とされている。中でも悪徳商法は、事業者の営業活動がぎまん的、執拗かつ強引でその違法性・不当性が極めて強く、片や被害に遇う消費者は高齢者や主婦といった取引の知識・経験に乏しく自衛能力が不十分な社会的弱者層であるだけに、その被害を防止するための行政措置には迅速性が必要不可欠である。
この被害防止に当たって、本来は関係行政法令・刑罰法令が明文で規定する規制権限を行使すべきであるが、そのような規制権限を定める法令は、なお不備や不統一を免れない。この事情のもとで、時に直接的な行政作用法の根拠に基づかない行政指導によって、臨機応変の措置を迅速に講じ、悪徳商法の防止と規制を図ることは、現下の消費者行政に対する不可避の要請であるということができる。
(二) 従って、事業活動に伴う形で重大かつ深刻な消費者被害が現に大量に発生しており、これを防止する必要性が高い場合には、通産省は、直截に規制する既存の法令がないからといって、これを放置することは許されない。そのような場合には消費者の利益を害する度合い(不当性の程度)に応じ、これを除去するに必要で、妥当な措置を講ずるよう行政指導すべきである。
3 行政指導の実績と効果
(一) 消費経済課は、昭和五七、五八年度の消費者相談報告書に掲載された事例だけ取り上げても、以下のとおり、改善要請など数多くの行政指導を行っている。
(1) 「日赤の推奨を得ています。」「来月になると値上げされます。」などと申し向けて、衛生用品を一〇グロスも購入させたという事案について、過量販売を規制する法律はなく、家庭訪販振興協会の倫理綱領中に過量販売を自粛する旨の規定はあったが、当該業者は同協会の会員ではなかった上、当該業者が前記セールストークを用いたことを強く否定しているという状況において、通産省は、当該業者に対して過量販売を慎むよう要請するとともに、他の同種トラブルから当該業者がぎまん的なセールストークを用いていると推定し、虚偽のセールストークを用いないよう指導し、実際に改善させている。
(2) 友人から勧められてカーワックス等を販売するマルチ組織に加入した者が脱会を望んでいるという事案について、通産省は、同種の相談が八件寄せられたことに鑑み、当該業者に対し、勧誘に際しては事実を告げること、クーリングオフには速やかに応じることを要請するとともに、経験の未熟な未成年者等を勧誘しないよう指導し、実際に改善させている。
(3) 自動販売機の販売に関し、設置してしまったらクーリングオフの対象にならないといって解約を拒否したという事案について、通産省は、当該業者に対して、虚偽のセールストークを使用しないことなどの指導を行い、当該業者から契約の解除の要因が虚偽のセールストークに基づく場合には契約を無条件で解除するなどの回答を得ている。
(4) 更に、消費経済課は、昭和五七年、シーボン化粧品に対して、当時キャッチセールスは訪問販売法の適対象用外であったが、執拗・悪質なキャッチセールスを行って通産省にも多くの消費者から苦情が申告されたため、一〇数回に及ぶ行政指導を実施して、この勧誘方法を是正させている。
(二) また、消費経済課は、昭和五二年からは「マルチ商法苦情状況公表制度」、同六〇年からは(但し、同五八年中に課内検討を開始済)「訪問販売トラブル情報提供制度」を設け、訪問販売法の適用の有無に拘らずマルチ商法や訪問販売による消費者被害を防止するため、事実調査、行政指導、手口や社名の公表の行政措置を定めて、それらを実施している。
(三) このように、消費者保護基本法の下で、悪質な訪問販売を行う事業者に対し、通産省が訪問販売法の適用の有無を問わず、同省設置法に基づき消費者利益を保護するために必要な行政指導を実施することは、いわば行政慣行となっている。
4 行政指導の必要性及び有用性
更に、行政指導は、前述のとおり、現代社会における行政責任を全うするために必要性が大きいうえに、有用性の極めて高いものである。
この点、通産省は、昭和五六年二月、公取委が「独占禁止法と行政指導との関係についての考え方」と題する書面を公表したのに対し、「行政指導についての考え方」と題する書面を公表し、その中で、通商産業政策と行政指導についての見解を表明した。その要旨は、「産業における競争を促進し、民間活力の維持、発揮を図ることは重要である。しかし、経済をめぐる内外の環境変化は目まぐるしく、時々刻々の変化に対応して行くためには、機動的弾力的な措置を臨機応変に講じて行かなければならない。行政指導は、臨機応変かつ柔軟に実施でき、過度の介入となることもなく、相手方の納得と協力を得て行うので、目的達成の上でも有効であるなどの利点を有しており、これまでもわが国経済の発展過程で重要な役割を演じてきたのであり、今後ともその有用性は変わることはない。従って、今後とも必要な行政指導は行っていく。」とするものであり、通産省自身、行政指導の必要性と有用性を力説している。
四豊田商法についての実態認識
1 消費経済課消費者相談室は、豊田商法に関し、昭和五六年度に一九六件、昭和五六年四月から翌五七年一二月までには二四五件にも及ぶ苦情相談を受け付けた。
牧野消費経済課長は、これら数多くの相談事例から豊田商事のぎまん的で執拗かつ強引な勧誘実態などを十分認識していた。
2 昭和五七年六月に、消費経済課と鉱業課は、豊田商事東京支店長北村敏裕を呼出し、豊田商法の実態調査、とりわけ金地金保有の有無、仕入先、仕入量、仕入価格、運用方法等に関する調査を行った。北村支店長は、金地金を住友商事系列のオリエンタルゴールド社から仕入れていると説明したものの、全体としては意味ある回答を避け、後程資料を持って説明に来ると約したが、結局はその約束を反故にして通産省を再訪しなかった。
そこで、鉱業課は、同年夏に、金地金商、商社に対し豊田商事との金地金の取引の有無を問い合わせて調査し、取引がないとの回答を得、更に北村支店長の説明にかかるオリエンタルゴールド社に対しても同様の問い合わせをし、「一グラムの金も取引していない。」との回答を得た。この調査結果は消費経済課にも通知された。
右経緯の下に、牧野消費経済課長や高木鉱業課長は、豊田商事が到底契約高に見合うだけの金地金を保有していないことを認識するに至った。
3 昭和五七年一〇月二〇日ころ通産省商務サービス産業室が農林省とともに全国商品取引所連合会、全国商品取引員協会連合会に「豊田玉排除」の行政指導をした際、細川昌彦同室総括課長補佐は、豊田商事を「金の現物取引と称して大衆をぎまんする問題業者」と断じた。
このことは、通産省商務サービス産業室が、豊田商事が被害者から巻き上げた金銭を商品取引という極めて危険性の高い投機取引に資金投入している事実を熟知していたことを示しているのであるが、豊田商事の動向に関し、同じ省内の商務サービス産業室と消費経済課及び鉱業課はよく連絡を取り合っていたことから、牧野消費経済課長もまた右事実を認識していた。
4 昭和五七年一一月一二日には第一五回消費者保護会議が開催され、通産大臣も参加、賛同の上、「金の現物取引等と称する悪質な商品取引による消費者被害を防止するため、消費者啓発に努めるとともに、悪質事犯の取締りを強化する。」と決定された。
この決定案は、同年一〇月二二日に消費者行政担当課長会議に付議され、牧野消費経済課長(あるいはその意を体した代理職員)も出席して、同案に賛成した。
右経緯の下に、牧野消費経済課長は、右決定のとおり豊田商法の反消費者性及び取締り強化の必要性を認識した。
5 消費経済課は、昭和五八年三月に発行した「かしこい消費生活へのしおり」の中で、豊田商事について、「この種の取引は、この業者には取引に見合う大量の金地金の現物の裏付けがあるとは考えられないこと、金という相場商品を運用して利益をあげ、顧客に一割の配当を行うというのは、家賃、人件費等の莫大な必要経費を考えると成り立ちにくいこと、大勢の顧客が一度に解約を申し出た場合に倒産するおそれが強いことから極めて不明朗な取引といわざるをえない。」などと問題点を具体的に指摘し、注意を呼びかけている。
6 鉱業課は、昭和五八年四月に雑誌「主婦の友」に啓発文書を掲載し、同年六月には地方自治体にポスターを配布して、消費者が豊田商法被害に遭わないよう呼び掛けた。
それらの内容は「『金取引の悪質商法にご注意を!』最近、金購入の話を家庭などに電話で勧誘し、引き続きセールスマンが訪れ強引に金購入契約を迫り、一旦承諾すると、なかなか解約に応じなかったり、たとえ解約に応じたとしても法外な解約料金を請求されたという苦情が当省等に多数寄せられています。当省では、このような悪徳業者の追放に努力していますが、購入者の方の注意が最善の防止策です。金をお買いになるときは、信頼できる店舗で代金と引き換えに金地金を受け取るようにして下さい。」というものである。
7 更に、消費経済課への相談は、昭和五六年度は一九六件、五億二七八一万円、同五七年度は三八四件、七億八五六九万円、同五八年度は七六〇件、一七億〇一〇三万円となっている。
牧野消費経済課長自身も、そのような相談件数の多さや、それが年を追って増加していることを認識していた。
8 昭和五八年一一月八日には、第一六回消費者保護会議が開催され、通産大臣も出席、賛同の上、豊田商法につき、「金の現物取引等と称する悪質な商品取引(中略)による消費者被害を防止するため、不法事犯の取締りの強化等各種法令の厳格な運用を行う。」などと決定された。
この決定案は、同年一〇月二一日に消費者行政担当課長会議に付議され、牧野消費経済課長(あるいはその意を体した代理職員)も出席して、同案に賛成した。
そして、前回は「消費者啓発に努めるとともに、悪質事犯の取締りを強化する。」との決定であったが、消費者啓発では一向に被害防止を図れないことに鑑み、規制の必要が切迫した状態にあるとの認識の下に、その優先順位を変更し、まず第一に「不法事犯の取締りの強化等各種法令の厳格な運用を行う。」旨決定された。
9 昭和五八年秋ごろには、牧野消費経済課長や高木鉱業課長は、豊田商法の虚構性(金地金の不保有、運用の不存在)、執拗で強引な勧誘実態、破綻の必然性(危険性)及び被害が主婦、高齢者を中心に、日を追って全国的に拡大していることを益々明確に理解するとともに、これを規制する必要があることを十分に認識していた。
10 消費経済課と鉱業課は、昭和五八年一二月二〇日ころに「金取引・悪質業者にご用心」と題する政府広報資料を作成し、マスコミや関係省庁へ配布した。
消費経済課は、他に、「今週の日本」等でも実態認識の一端を示している。
11 消費経済課は豊田商法を最大とする現物まがい商法の苦情相談を昭和五八年四月から一二月までで八四二件受けており、これは、通産省受付の消費者相談の一五パーセントにものぼり、金額で一七億四〇〇〇万円にもなること、昭和五八年一月二四件、二月三六件、三月七九件と増加し、その後もこういった具合に増加して右の件数に至っているものであり、高木鉱業課長らは、このことを明確に認識していた。
このような状況の中で、高木鉱業課長は、昭和五九年春ころ、豊田商法がその実質において金地金でなく金銭の受け入れであるとの認識から、これを規制するにつき出資法を適用できないかと考え、課員を大蔵省銀行局総務課へ相談に行かせたこともあった。
また、牧野消費経済課長は、昭和五九年四月一二日の衆議院物価問題等に関する特別委員会(以下「衆議院物特委」という。)に出席して、豊田商法につき、「私どもでできることにつきましてはなお一層これを充実する。」などと答弁した。
五通産省等の作為義務とその内容
1 通産省等は、以上のとおりの豊田商法の悪質性・巨大性及びそれによる深刻な被害実態を認識し、更にその被害が益々増大していることの認識を深めていったのであるが、専ら消費者啓発に努めてきたのみであった。しかしながら、遅くとも前述の第一六回消費者保護会議決定のなされた昭和五八年一一月には、消費者啓発によってはいささかも被害を防止することができず、むしろ日を追って被害が増大してきていることを明確に認識していたのであるから、そのころまでには通産省としては豊田商法による被害を防止するためにはより直截な事業者規制を行う必要があることを認識するに至っていた。
しかも、警察庁を初めとする他の各省庁は、前述のとおり、具体的法令に基づく規制権限を有するにも拘らず、実際には豊田商法に対する規制に乗り出しておらず、一方、国会審議で豊田商事問題が集中的に審議され、マスコミにおいても規制の必要性について大々的に報道される状況にあったのであるから、通産省等としては、その責務である消費者保護責任を果たし、豊田商法による被害の発生を防止するために、これまで数多くの実績を有する行政指導によって豊田商法を規制すべきであった。
2 この場合の行政指導の内容としては、通産省等が社団法人金地金流通協会を通し、日ごろ金地金の購入、販売について一般消費者及び金地金業者に勧奨していた「店舗で代金と引き換えに金地金を受け取る。」との指導方針に則り、豊田商事に対し、訪問販売の方法による新規の勧誘及び金地金を引き渡さないまま契約を締結することを停止するよう求めるか、ないしは金の現物を引渡さないのであれば、「預り証(金証書、金通帳その他何らの名義をもってするを問わない。)又は信託受益証書の発行に当たっては、発行量に見合う金の現物の手当を行うものとする。」との大蔵省銀行局の通達に則り「契約高に見合う金の現物の手当を行う。」よう求めることで足り、それで十分であった。
3 問題は、通産省が右のような行政指導を行った場合、当時の豊田商事がこれに従ったか否かであるが、後に述べるとおり、豊田商事は、刑事摘発や世論の動向を極度に警戒しており、国の諸機関からの指示や指導には一貫して従っており、当時の社会情勢からすれば、これに従わざるをえなかったものと思われる。
仮にこれに従わない事態が生じた場合には、豊田商事が、少なくとも金地金を保有していないにも拘らず、金地金の販売と称して一般大衆から金銭を受け入れていることがより明確になったとして、最終的には公務員の告発義務(刑事訴訟法二三九条二項)に基づく出資法ないし詐欺罪による告発も辞さないとの態度を示し、これに従うよう指導すれば、刑事摘発を何よりも恐れている豊田商事はこれに従わざるをえなかったものと思われる。
4 以上のとおり、牧野消費経済課長と高木鉱業課長は、昭和五八年一一月八日の第一六回消費者保護会議の直後には、豊田商事に対し、訪問販売による新規の勧誘及び金地金を引渡さないままの契約締結を停止するようにとの行政指導を実施すべきであったものであり、如何に遅くとも、牧野消費経済課長が国会において答弁に立ち、最後に「関係省庁とも連絡をして明確な対処をしたい。」と言明した、昭和五九年春ころには、同課長と高木鉱業課長は、豊田商事に対し右に述べた行政指導を行うべきであった。
六通産省が行政指導をしなかったことの違法
1(一) 前述のとおり、高木鉱業課長は、昭和五八年一一月ないしは遅くとも翌五九年四月に、訪問勧誘停止などの行政指導を実施すべき作為義務を負っていたものであるが、高木鉱業課長の場合は、一旦行政指導の実施を検討したにも拘らず、豊田商事はこれに同意しない可能性があると即断し、結局その検討を中止し、この作為義務の履行を怠った。
(二) 当時の具体的状況からして、高木鉱業課長が行政指導を行っても豊田商事がこれに応じない可能性があると即断し、被害の発生を放置したことは、余りにも軽率であったといわざるをえない。
なぜならば、豊田商事は、対外的には優良な事業会社、正当な活動を標榜、宣伝していただけに、被告国から悪質業者との烙印を押されることを極度に嫌い、被告国の諸機関の指導や指示等に対しては、以下のとおり従っていたからである。
(1) 政府が昭和五六年九月に金地金を商品取引所法の上場商品に政令指定し、私設先物市場における金先物取引禁止を明確にした時、豊田商事は、これを事前に察知して金先物取引を中止し、その後も再開しなかった。
(2) 通産省が昭和五七年六月に、北村東京支店長に対し事情聴取のため任意の出頭を求めた時、豊田商事は、これに応じた。
(3) 国税庁が昭和五八年から同五九年春ころにかけて任意の立入り調査を実施した時、豊田商事は、これに応じた。
(4) 兵庫県警が昭和五九年四月、米戸千秋海外事業部長に対し事情聴取のために任意の出頭を求めた時、豊田商事は、これに応じた。
(5) 検察庁が昭和五九年春ないし夏ごろに事情聴取のため担当者の任意の出頭、書類の提出を求めた時、豊田商事は、これに応じた。
(6) 裁判所が昭和六〇年六月下旬に債権者申立てによる破産手続において任意の陳述を求めた時、豊田商事は、これに応じて陳述書を作成提出するとともに、取締役に口頭陳述をさせた。
(7) 国会(衆議院物特委)が昭和六〇年七月四日に審議のため、参考人として出頭するよう求めた時、豊田商事は、これに応じて、代表取締役石川洋らを出頭させ、必要事項を供述させた。
(8) 更に最も注目すべきは、豊田商事が昭和六〇年六月一九日の通産省による営業停止の行政指導に従ったことである。右行政指導を受けた豊田商事は通産省に対して既に営業を停止している旨回答し、以後それに反して営業を再開することはなかった。
2(一) 牧野消費経済課長は、高木鉱業課長同様、前述(前記五の1、2)の行政指導を実施すべき作為義務を負っていたのであるが、同課長の場合には、営業停止の勧告の可否を一応検討したものの、現在の経済、社会体制の下では営業停止というのは企業に対する一種の死刑宣告のようなものであるから、行政指導として営業停止の勧告をするのは現在の社会、経済体制、あるいは行政の常識からみて全く問題外であるとし、それ以外の行政指導については、これを全く検討しなかった。
(二) このように、牧野消費経済課長は、金の現物取引等と称する悪質な商品取引による消費者被害を防止することが国の方針として決定され、通産省として豊田商事のような悪徳業者の追放に努力している中で、前述の行政指導をする必要性があるにも拘らず、営業停止の行政指導は全く問題外であるとしたのみならず、前述の行政指導も実施すべきでないと即断し、漫然とこの作為義務の履行を怠ったものである。
3 以上のとおり、両課長の誤った思い込み、即断のために、豊田商事に対して何らの行政指導をせず、これを放置し、その結果、豊田商法の継続をそのまま許すことになった。
第六経企庁の責任
一はじめに
わが国消費者行政の最高意思決定機関である消費者保護会議は、昭和五七年一一月に開催された第一五回会議において、豊田商事の行っている現物まがい商法を取り上げ、「悪徳商法による被害を防止するため」「悪質事犯の取締強化」を決定し、翌五八年一一月の第一六回会議では同じくこれによる「不法事犯の取締りの強化等各種法令の厳格な運用を行う」ことを決定した。
消費者保護会議の決定を実施・推進すべき責務を負っていた経企庁としては、右各決定がなされたにも拘らず、いずれの省庁も所管する法令を適用して豊田商法による被害を防止するための権限を発動せず、そのために豊田商事による深刻かつ広範な被害が発生し続けたのであるから、第一六回会議直後の昭和五八年一一月(遅くとも、昭和五九年春)ころには、消費者保護会議決定の実施を推進するため関係省庁の担当者を招集して会議を開催し、各省庁間で必要な情報を交換する機会を設けるとともに、各省庁が所管する法令を用いて規制できない理由を明確にし、その上でどの省庁が如何なる法令を活用して豊田商事の如何なる行為を規制するかを調整すべきであった。
ところが、以下のとおり、その担当者であった経企庁国民生活局消費者行政第一課長村田憲壽(以下「村田課長」ともいう。)がこれを怠ったため、各省庁とも責任回避的姿勢に終始し、その結果、豊田商法の継続を許し、原告らの本件被害を発生させたものであり、この点でも被告国の責任は明らかである。
二消費者行政における消費者保護会議及び経企庁の役割
1 消費者保護基本法
(一) 昭和四三年に制定された消費者保護基本法は、昭和三〇年代からの消費者被害の構造的多発を背景に、それをもたらした立法・行政上の不備・欠陥を克服し、今後、消費者被害を未然に防止するため、消費者行政の基本的方向を明示したものである。
とりわけ、同法が、消費者保護の施策の策定と実施の重要性を指摘し、これを国の責務として明確に位置づけていること(一条)、国民の消費生活において身体及び財産に対して及ぼす危害を防止するため、必要な危害防止の基準を整備し、その確保を図ること(七条)、あるいはまた消費者の選択等を誤らせることのないようにするため、商品及び役務について、品質その他の内容に関する表示制度を整備し、虚偽又は誇大な表示を規制すること(一〇条)等々、必要な施策を講ずるものとして、積極的な行政施策の実施を義務づけていること、更には消費者の保護に関する施策を講ずるにつき、総合的見地に立った行政組織の整備、及び行政運営の改善に努めなければならないとしていることなど(一六条)、わが国における消費者行政の内容と組織運営のあり方を明確に規定していることは極めて重要である。
(二) 消費者保護基本法がこのような内容をもったものであることから、消費者保護に関連する諸法令の解釈・運用に際しては、それが第一義的に消費者保護を目的とするものでない場合においても、消費者保護の指導理念を生かした積極的な解釈運用を行うべきことを義務づけており、消費者保護の観点からして、不十分な法制である場合には、その是正(制定、改正)をも含めて的確、迅速に対処すべきことを国に対して義務づけていると解すべきである。
また、消費者行政のあり方についても、従来行政規制の分野において主流であった夜警国家的消極行政の考え方を脱して、消費者利益の侵害を未然に防止するための積極行政を遂行すべきことを明確に宣言しているのであって、そのための行政姿勢の転換と、法制度の運用の改善が強く求められている。
2 消費者保護会議の役割
(一) 消費者保護基本法は、前述のとおり、被告国に対し、消費者の保護に関する施策を実施するにつき、総合的見地に立った行政組織の整備及び行政運営の改善への努力義務を規定しているが、同時に消費者保護施策の実施の重要性に鑑み、内閣総理大臣を会長とし、経企庁長官を始めとする関係一八省庁(大蔵省、通産省、法務省、国家公安委員会、公取委等を含む。)の長を構成委員とする消費者保護会議を設置することにし、そこで消費者保護に関する各種の立法、制度の運営その他重要な施策に関する企画、推進を行うことにしている(同法一八条二項)。
このことは、消費者保護の施策が、種々の商品・役務に関する問題を取り扱っており、広範な行政分野に関連をもち、各省庁の所管にまたがるものが多いこと、もともと国の行政機関は、内閣の統括のもとに、行政機関相互の連絡を図り、全て一体として行政機能を発揮するようにすべきこととされているが、わが国においては、従来から縦割り行政の弊害が著しいため、消費者行政のような新たな分野への対応に際しては、相互の緊密な連絡調整に基づく効率的な運営が要請されていることの表われであり、消費者保護会議の構成が内閣の閣議にも準ずるようなものになっている点は、それだけ現代における消費者行政の統一的、総合的推進の課題を重要視したことの結果とみることができる。
(二) 消費者保護会議は、わが国消費者行政の最高意思決定機関であり(同法一八条)、昭和四三年以降毎年一回宛の割合で開催されており、平成三年に至るまで二四回を数え、毎回関係各省庁より提出される資料に基づき、多数項目にわたる具体的施策の実施が決定されてきている。消費者保護会議の前日には、消費者保護会議を構成する各省庁の次官によって幹事会がもたれ、更に、消費者保護会議における施策の審議、決定を効率化し、その実施を実効あらしめるため、昭和四三年にその下部機構として毎月一回定期的に開催される関係各省庁の消費者行政担当官をメンバーとする消費者行政担当課長会議(以下「担当課長会議」ともいう。)が設置運営されている。また、昭和四六年からは、特定の問題に機動的に対応するため、経企庁長官が消費者保護会議の関係委員からなる関係委員会議を随時開催できるようにされており、その機能強化が図られている。
このように、体制としては、(1)定期的な消費者行政担当課長会議レベルでの相互の連絡調整、(2)必要に応じた関係委員会議、消費者保護会議での施策の審議決定、(3)その後担当課長会議を通じて連絡調整を行った上での各省庁による施策の実施、(4)更に消費者保護会議における施策の実施の事後点検(フォローアップ)というように整備されている。
即ち、各省庁は、行政機能の効率的な運営を図るためそれぞれが管轄領域を持ち、行政権限、規制権限が分配されてはいるが、こと消費者行政の実施に関する限り、消費者保護基本法の下、関係各省庁はそれぞれの持つ情報収集機能を消費者保護会議に集中し、相互に連絡調整をした上、事態に対応する施策を検討し、それぞれの持つ規制権限を最大限に活用して、その実現を図るという統一的な行政運営構造が採られているのである。
3 経企庁の役割
その中にあって、経企庁は、同庁設置法が明定するとおり、国の消費者保護施策において、関係各省庁の消費者行政を総合調整する立場にあり、消費者保護会議決定を頂点とするわが国の消費者行政において、同会議の組織運営を一身に担い、経企庁なくして消費者保護会議は機能しえず、わが国消費者行政の「扇の要」に位置している。
経企庁は、関係各省庁の収集情報を消費者保護会議へ集中させ、相互に連絡交流させて、事態に対応する施策を立案し、各省庁にわたる事態が生じた場合には、それぞれの行政権限、規制権限を最大限に活用させて施策の実施を推進し、複数の省庁にわたる問題についていずれの省庁もこれに対応しない状況がある場合には、どの省庁が如何なる権限を行使してこれを実施するかについて省庁間を調整するなど、消費者行政の中でとりわけ重要な役割を負っているのである。
三消費者保護会議決定の実施を推進する権限
1 消費者保護会議は、消費者保護に関する基本的施策を決定し、その実施を推進する行政機関である(消費者保護基本法一八条二項)。その組織・運営に関する事項は、同法一九条一ないし七項の外、政令で定められることとされるのに加えて、消費者保護会議決定、同幹事会申合せによっても定められる。
経企庁の権限は、同法一九条七項で消費者保護会議の庶務を担当することとされ、また、同庁設置法で消費者保護施策について他省庁の所掌事務の総合調整を行うこととされており(同法四条、五条)、同庁国民生活局消費者行政第一課が実際にこの事務をつかさどっている。なお、国民生活センターに関することは、同局消費者行政第二課がつかさどっている(経企庁組織令七条、二五条、二六条)。
昭和四六年一〇月一二日第四回消費者保護会議において、同会議が特定の問題について機動的に対応できるようにするため、消費者保護会議運営規程が定められたが、同規程によれば、経企庁長官は、一条各号所定の同会議の審議事項のうち特に必要と認めたものについて審議するため、関係委員会議の開催を要請することができ、関係委員会議は、右の事項に関係ある委員及び経企庁長官である委員をもって構成するとされていることや、昭和四三年八月五日消費者保護会議幹事会申合せによって、同会議幹事会の運営を円滑にするための消費者行政担当課長会議が経企庁に設置され、国民生活局長がこの会議の議長を務めるものとされていること、経企庁消費者行政第一課長、同第二課長、厚生省生活衛生局食品衛生課長、農林水産省食品流通局消費経済課長及び公取委事務局取引部景品表示指導課長をもって構成される食品行政連絡協議会でも国民生活局審議官が座長を務めるものとされていること等に見られるように、経企庁は、各省庁に呼びかけて被告国の消費者保護会議自体とその下部機構を運営する権限を有しているのである。
2 村田課長は、経企庁が実際にその権限をどう行使しているかについての行政慣行を次のとおり明らかにしている。
(一) 消費者保護会議の決定に至る手続
(1) 毎年七月ころ、担当課長会議の場で、経企庁が各省庁に、次年度実施予定の施策に関する資料の提出を求める。
(2) 毎年八月ころ、経企庁が各省庁からヒアリングを行い、それを基に、経企庁が消費者保護会議決定(前文と具体的方策)を起案する。
(3) 毎年九月ころ、担当課長会議の場で、経企庁から各省庁へ、この消費者保護会議決定(前同)案を配布し、各省庁での検討を促す。
(4) 右案文につき、経企庁が各省庁との間で調整を行い、消費者保護会議決定(前同)最終案をまとめる。
(5) 毎年一〇月ころ(消費者保護会議の直近)の担当課長会議の場で、右最終案を確定する。
(6) その後、消費者保護会議の幹事会で承認を受け、毎年一一月ころに開催される消費者保護会議で決定される。
(二) 消費者保護会議決定の実施状況の事後点検(フォローアップ)
(1) 消費者保護会議決定に基づき、各省庁はその消費者保護施策を実施することになるが、経企庁は各省庁にその実施状況及び実施予定に関する資料の提出を求め、各省庁は毎年四月ころの担当課長会議の場にそれを提出する。
(2) 経企庁は、それら各省庁提出資料をとりまとめ、毎年七月ころの担当課長会議の場に配布して、確認する。
(3) この実施状況のまとめは、必要に応じて公表され、次年度消費者保護会議決定作成の基礎資料ともされる。
(三) 各省庁への施策要請、調整作業
消費者保護会議決定に至る手続において、次のようなことを行っている。
(1) 各省庁が提出した施策に関し、経企庁が当該省庁と個別に協議する。
(2) 期待される施策が各省庁から提出されてこない場合には、経企庁がもっと施策を出すように要請する。
(3) 各省庁の施策が対立する場合には、経企庁が対立省庁間に介入し調整する。
これらは、経企庁設置法が定める経企庁の「関係行政機関の事務の総合調整」権限の行使として行なわれる。
(四) 担当課長会議の役割と権限
(1) 消費者行政において、各省庁間の情報交換、連絡調整を緊密なものとするため、昭和四三年八月五日消費者保護会議幹事会の申合せにより経企庁に担当課長会議が設置されている。
(2) 担当課長会議は、経企庁国民生活局長が議長を務めるとともに、同庁同局消費者行政第一課、同第二課及び国民生活政策課並びに同庁物価局物価政策課の四課長がそろって参加することとされている。
なお、公取委からは取引課(取引部の筆頭課)、警察庁からは生活経済課(旧称保安課)、通産省からは消費経済課、大蔵省からは官房調査企画課、法務省からは官房秘書課の各課長が出席することとされている。
(3) 課長会議では、次の四つの事務を行っている。
① 消費者保護会議幹事会に付議する事項についての打合せ
② 消費者行政に関する関係各省庁の所管事項についての情報連絡
③ 消費者行政の推進についての意見の交換及び行政の統一的運営の打合せ
④ 国民各層及び関係団体からの消費者行政に関する要望についての情報交換並びに対策の打合せ
(五) 問題別関係省庁連絡会議の役割と権限
ある特定の分野・問題に関して、担当課長会議を補完するものとして、関係省庁の連絡会議が設置、開催されることがある。
経企庁が消費者行政における特定の分野・問題に関して、それが重要かつ必要であれば、関係省庁の課長あるいは課長補佐レベルの連絡会議を招集・開催して、適切な行政施策の立案と実施に当たっているのである。
3 以上のとおり、経企庁国民生活局消費者行政第一課が、消費者保護会議の決定施策に関して、実施状況を事後点検(フォローアップ)し、必要に応じて分野・問題別の関係省庁課長会議等を招集・開催して、具体的方策を協議する等の方法によって、これを推進する行政権限を有していたことは明らかである。
これを本件に則していえば、同庁同課が、「金の現物取引等と称する悪質な商品取引による消費者被害を防止するため、(中略)不法事犯の取締りの強化等各種法令の厳格な運用を行う。」との昭和五八年一一月の第一六回消費者保護会議決定に基づき、豊田商法の規制に関係する公取委、警察庁、法務省、通産省、大蔵省を招集して、豊田商法に関する対策会議を開催し、具体的な法令適用の判断と方針に関する協議を行い、その決定をもって各関係省庁に所管法令の適用による豊田商法規制を推進させる権限を有していたのである。
なお、昭和五八年秋ころから翌五九年春ころにかけて、同庁同課の責任者の地位に就いており、右権限を具体的に行使し得たのは、同課課長村田憲寿であった。
四豊田商法の実態及び規制の必要性についての認識
1 経企庁は、同庁国民生活局の監督下に国民生活センターを有しており、その保有情報・資料によって豊田商法の実態を認識していた。
(一) 国民生活センターの豊田商法に関する実態認識
国民生活センターでは、被害者の申告を受付けて被害実情を把握するとともに、担当職員が豊田商事へ単身乗込む等の方法をも採って豊田商法の実態把握に努力していた。その努力により、同センターが昭和五八年秋ころまでに把握した豊田商法の実態は、次のとおりであった。
(1) 豊田商法は、金地金の現物の「売買契約」と「賃貸借契約」とをワンセットにして契約するという仕組みであり、顧客に対して現物を売り渡すこととするが、同時に、顧客から売った現物を賃借する形をとることによって、現物の取引としながら、実際には、顧客に現物を渡さない。
賃貸借については、一般に、預貯金の利息よりも有利な賃借料(年利率にして、売買代金の一〇ないし一五パーセント程度)が賃貸人である顧客に支払われることとなっているが、相殺計算により、顧客が代金等から初回分の賃借料を差し引いた金額を支払う。しかし、現物は渡されず、代わって「純金ファミリー契約証券」と銘打った紙片だけが渡される。
(2) 登場の背景と現状
豊田商事は、かつての国内私設市場(ブラック・マーケット)で金先物取引をしていた。昭和五〇年代に入って、私設市場での金先物取引の被害苦情が多発して社会問題となり、政府は、昭和五六年九月に金を商品取引所法の指定商品に追加し、私設市場での金取引を禁止した。豊田商事は、私設市場での金取引の禁止を察知して、金先物取引自体を止め、代わって現物取引と称する金の取引を始めたのであるが、これが、豊田商法の発端である。豊田商事は、各地に次々と支店等を設置し、全国に支店網をめぐらせ、また、各地で新聞折込み公告を配布して、日常的かつ頻繁に社員募集を行った。
(3) 豊田商法の問題点
豊田商法については、当初から取引された金が存在するのか等の疑惑があり、出資法に違反する問題点として、次のことが指摘されている。
① 顧客への賃借料、社員への高給及び営業所設置等の事実からみて、豊田商事は多額の経費を費消してしまっている筈であるから、契約高に見合う金が調達されているとは思われない。
② 昭和五七年秋ころ、生糸相場に大量の資金を注ぎ込んで仕手戦を演じ、損をして撤退した。
③ 同五七年夏、資源エネルギー庁(鉱業課)に対して、豊田商事は、「金は貴金属商のオリエンタルゴールド社から調達している。」と回答したが、同庁がオリエンタルゴールド社に問い合わせたところ、「豊田商事とは一グラムの金も取引していない。」とのことであった。
④ 同五八年一〇月、全国各地の弁護士約二五〇名が連名で、公開質問状を提出したが、豊田商事は何ら納得のできる回答をしない。
この豊田商法の基本は、ねずみ講的に顧客を増やしては、借金を後の顧客へと先送りにするもので、ねずみ講と同様、早晩行き詰まり、顧客即ち被害者が極大になったところで倒産するとの事態が予想される。
(4) 被害件数、被害者の年齢層
国民生活センターにおける豊田商法に係る相談件数は、昭和五七年度が二八件で、被害金額は計五三九四万円である。同五八年度に入って相談件数が急増している。
契約者は、殆ど全てが在宅老人か主婦であって、特に六〇歳以上の老人が大半である。豊田商事は、最近益々老人を重点的に狙っている傾向にある。
豊田商事が各地に支店を設けるとともに、各地消費生活センターにも、豊田商事に係る被害苦情相談が激増している。
(5) 被害の態様、相談の内容
豊田商法における契約獲得のプロセスは、まず電話で顧客を物色する専門の女性スタッフがおり、彼女らが片っ端から電話をかけて、業者の訪問に応じてくれる顧客を探す。電話で了解を取りつけると、すぐにセールスマンが顧客宅に参上する。一旦訪問すると、業者の勧誘は非常に執拗で、長時間にわたる例が多い。一〇時間を越える勧誘例さえ見られる。
こうして契約を取ると、顧客を銀行等金融機関へ自動車で連れ出し、又は、セールスマンが預金通帳や印鑑を預かって、預金等を引出しお金を受け取る。契約が容易に取れそうにもないとき、又は、現物売買契約は取れたが賃貸借契約に至らないとき等は、「当社を見てください。」等といって、ともかく顧客を業者事務所へ連れて行く(その途上銀行や郵便局に寄って預貯金を引き出させるようにする。)。事務所へ連れて来ると、上司が入れ替わりで顧客に迫って賃貸借契約まで取りつけ、そのままお金を取り込んでしまう。
(二) 国民生活センターの豊田商法に関する右のような実態認識とその根拠情報は、経企庁へ伝達されていた。
経企庁が消費者保護会議決定を起案するに当たって、豊田商法に関する部分の基礎情報を国民生活センターから得る際、前記(一)(1)ないし(5)の国民生活センターの豊田商法に関する実態認識とその根拠情報が、同庁に伝達されていた筈であり、少なくとも、前記第一五回、第一六回消費者保護会議決定とその経企庁の解説を根拠づけるに足るだけの国民生活センターの実態認識と根拠情報が伝達されたことはいうまでもない。
2 経企庁は、昭和五七年九月ころに第一五回消費者保護会議決定(前文と具体的方策)の原案を作成して各省庁へ配布した。
このころ、経企庁は、豊田商法につき、「最近悪質業者の中には、金の現物取引等と称して代金と引き換えに顧客に契約証書まがいのものを手渡し、後日、顧客が現物の引渡しを求めても、これに応じないなどの行為を行う者がみられる。」と認識し、このため、このような悪質行為による被害を防止するため、消費者啓発に努めるとともに、悪質事犯の取締りを強化する必要があることを被告国の方針にしていたことを明らかにした。
経企庁の実態に関する認識と規制の必要性に関する理解は、通産省、大蔵省、公取委、法務省、警察庁の関係省庁の認識、理解とも一致し、その結果、昭和五七年一一月一二日の第一五回消費者保護会議で、「金の現物取引等と称する悪質な商品取引による消費者被害を防止するため、消費者啓発に努めるとともに、悪質事犯の取締りを強化する。」との決定がなされた。
3 経企庁は、昭和五八年九月ころに第一六回消費者保護会議決定(前文と具体的方策)の原案を作成して各省庁へ配布した。
このころ、経企庁は、豊田商法につき、前年同様の実態認識に立ちつつ、被害が増大・深刻化してきた情勢を踏まえ、消費者行政の二本柱である消費者啓発と事業者規制のうち、事業者規制を前面に押し出して、「このため、不法事犯の取締りの強化等各種法令の厳格な運用を行う。」とその必要性を強調し、併せて「消費者被害の発生状況に対応して随時迅速な消費者啓発を行う等消費者被害の拡大防止に努める」ことを明らかにした。
この経企庁の実態認識と規制の必要性についての理解は、やはり前記関係省庁の認識、理解とも一致し、その結果、昭和五八年一一月八日の第一六回消費者保護会議で、「金の現物取引等と称する悪質な商品取引(中略)による消費者被害を防止するため、不法事犯の取締りの強化等各種法令の厳格な運用を行う。また、消費者被害の発生状況に対応して随時迅速な消費者啓発を行う等消費者被害の拡大防止に努める。」と決定された。
4 消費者保護会議は、前述のとおり消費者行政の企画・実施に関する被告国の最高意思決定機関であり、その決定の前文たる「消費者行政の推進について」は、当面の消費者行政の重点課題を明示したものとされている。
加えて、昭和五七、八年ころは、消費者取引の複雑化、多様化が急激に進んで、契約や販売方法をめぐる消費者トラブルが多発してきた時期であり、その実状を踏まえ、経企庁は、特に、「消費者取引の適正化を図ることが最近における消費者行政の最も重要かつ今日的課題となっているこ」とを強調し、消費者保護会議が、「悪質な勧誘行為による消費者被害が後を絶たない状況に鑑み」、敢えて「『悪質な勧誘行為の防止等』の項目を設けている」ことの意義を力説している。
当時、経企庁は、豊田商法について第一六回消費者保護会議の決定の内容に沿って、各種法令の厳格な運用によって取締るとの施策の実施を推進する役割を負い、その権限を適切に行使して、この施策を実現すべき立場にあると認識し理解していた。
五経企庁の作為義務
1 昭和五八年秋ころ及び同五九年春ころの豊田商法規制に関する状況
(一) 消費者保護会議が昭和五七年一一月の第一五回決定において、豊田商事を悪質業者と断じ、被害防止のため消費者啓発と悪質事犯の取締り強化を決定して以降、例えば、通産省は、昭和五八年三月に豊田商事を金地金を保有せず破綻必至の会社とまで指摘した「かしこい消費生活のしおり」を発行して消費者啓発を行い、警察庁は、大阪府警、警視庁など各都道府県警察に豊田商事刑事摘発に向けての捜査を進めさせる等していたが、その成果は上がらず、却って、豊田商法による被害は拡大し続け、通産省、国民生活センター、警察庁等の消費者被害相談窓口あるいは弁護士への相談・申告は、急増かつ全国化していた。
加えて、高齢者の生活資金を強奪する悪質さと被害の深刻さは、国民多数の憤激と非難を惹き起こし、昭和五八年夏ころからマスコミが豊田商法を実名を上げて批判報道するとともに、全国各地で被害救済に当たっていた弁護士グループが豊田商法のぎまん性を追求する公開質問状を発し、これがまたマスコミで広く報道されるという大きな社会問題に発展していった。
このような豊田商法に関する消費者行政内外の状況の下で、同年一〇月四日の国会(衆議院商工委員会)で豊田商法の実態と対策が審議され、同年一一月八日には第一六回消費者保護会議が開催されて、既に前記四で指摘したとおり、豊田商法に対して、消費者啓発では足りず積極的に事業者規制を実施するために、各種法令の厳格な運用を行うことが決定された。
(二) それ以後も、豊田商事は、九州において福岡支店ぐるみの「年金トーク事件」を惹き起こすまでに悪質の度を深めており、全国各地で豊田商法による被害は増え続け、事態は益々深刻化していった。
前記弁護士グループは、昭和五九年三月二四日に豊田商法を詐欺罪、出資法違反で大阪地方検察庁に告訴するに至った。
それと相前後して、国会は、同年三月一〇、一二日の衆議院予算委員会、四月一二日の衆議院物特委で改めて豊田商法の実態と対策を審議した。その席上、経企庁を始め関係各省庁が他の関係省庁と協力して規制を推進すると答弁し、四月二六日の担当課長会議でこの国会審議を受けて、関係省庁による豊田商法規制の強化を申し合せた。
(三) にも拘らず、関係各省庁は、その所管法令を適用して豊田商法を規制することを開始していなかった。
即ち、公取委は、豊田商法は犯罪行為であって独禁法・景表法の適用対象外であり、警察が取り締まるべき対象である等と判断し、独禁法・景表法による規制の実施、あるいはそれに向けての具体的調査を開始しようとはしていなかった。
警察庁は、出資法二条違反罪の適用については、未だ実態把握が十分でない、法務省も積極的な判断を示していないとして、また、詐欺罪の適用についても、未だ情報不足である、詐欺の可能性があるが現在その確証が得られていないとして、共に否定的・消極的な判断を採り、大阪府警が豊田商法を出資法違反で刑事摘発するのを抑止する捜査妨害を行い、加えて実態解明を唱えるもそのための的確な指示・指導を懈怠していた。
法務省は、消費者保護会議決定や警察庁との協議により、豊田商法の実態を認識しながら、商法五八条の解散命令の申立て及び警告の発出の実施はもとより、それに向けての調査を開始しようともしていなかった。
通産省は、豊田商事を悪徳業者と断じ、その追放に努力しているとし、「一般消費者は、こうした悪質取引には絶対に関与しないよう注意しましょう。」とまで呼びかけながら、事業者規制に関しては何も行わないままであり、後日である昭和六〇年六月一九日に行ったような行政指導を実施しようとはしていなかった。
2 作為義務の発生時期とその具体的内容
(一) 以上のような状況下において、経企庁は、昭和五八年一一月八日の第一六回消費者保護会議で各種法令の厳格な運用を行うという決定がなされた直後に、豊田商法規制に向けて、同決定に係る施策の実施を推進する権限を行使し、公取委、警察庁、法務省、通産省、大蔵省を招集して関係六省庁会議を開催した上、豊田商法の実態に関し各省庁が有している情報、資料を相互に開示し、かつ各省庁がそれぞれどのような規制権限を検討しているのか(あるいは検討していないのか)、規制権限の発動において何が障害になっているのかなどの問題点を協議して、豊田商法に対し適切かつ迅速に法的規制を加える方針を調整し確立すべき義務(この第六において、以下「本件作為義務」という)があった。
この六省庁会議を招集・開催することについては、マルチ商法・ネズミ講対策一〇省庁会議、ネズミ講対策七省庁会議、金先物取引被害対策五省庁会議等に先例があることなどからすれば、経企庁が当然にとるべき措置であり、しかも、そのことは、容易にできることであった。
(二) そして、六省庁会議において情報を交流し方針を調整することについて、その内容を指摘すると、以下のとおりである。
(1) 警察庁関連
消費者保護会議の決定においては、各種法令の厳格な運用の例示として、不法事犯の取締の強化が強調されており、村田課長自身も、主として警察庁が刑法を活用して規制することを考えており、しかも、警察庁が関心を持って豊田商法に取り組んでいると理解していた。
これに対し、警察庁は、五七年一一月の対策会議において、詐欺罪及び出資法違反の適用について検討したが、詐欺罪については導入金の流れ及び使途につき経理実態の解明が不十分であると判断し、出資法については法務省・大蔵省と協議した結果、顧客の認識が判然としない、元本保証がなされているといえないのではないかという理由で、適用は困難であると判断していた。更に、昭和五九年五月の対策会議においても、詐欺罪については、なお経理実態の解明が不十分で確証が得られないという結論であり、出資法については、個々のケースによっては金地金を現実に償還されている顧客もいるという理由で適用は困難であるという結論であった。
このような場合にこそ、経企庁は、以下に述べるとおり、警察庁の取り組みが行き詰まっていることを確認した上、不足している情報を提供し、適切な協議を行い、権限を発動するよう申し合わせるなどの調整をしなければならなかったものである。
① 警察庁が詐欺罪につき経理実態の解明が不十分であり、決算書類等の入手ができないために強制捜査に踏み切れないというのであれば、六省庁会議においてこれを明らかにし、大蔵省に豊田商事が税務署に毎期提出していた決算書類を警察当局へ提供するよう促し、これを活用して取締りに着手するよう申し合わせをすべきであった。
② また、出資法については、法務省・大蔵省の前記見解は、昭和五七年一一月の対策会議以前の実態解明が不十分な時点での協議結果に止まるものであるから、その後大阪府警などが捜査を進め実態解明が深化した段階で、改めて出資法の適用について検討し直すよう、六省庁会議を開催し、警察庁・大蔵省・法務省に対し働きかけて調整を行うべきであった。大蔵省は、昭和五九年四月ころ資源エネルギー庁職員の訪問を受けた際も、「実態把握が不十分で出資法に該当するとは断定し難い。」旨回答しているが、警察庁が昭和五九年春ころまでの実態解明に基づいて協議を行っていれば、出資法の適用が肯定されるだけの事実がそろっていたのである。従って、経企庁は、マルチ商法に対する一〇省庁対策会議において現に決定したと同様に、豊田商事に対し出資法による取締りを強化する旨の方針を決定し、その実施に向け施策を推進すべきであった。
③ なお、警察庁が、被害者の認識や元本保証の勧誘実態も不明確であるとしている点は、その後の大阪府警の捜査のみをもってしても十分に解明できたところであるが、なお経企庁の調整によって通産省・国民生活センターの相談事例をも提供しておれば、勧誘実態と被害者の認識はより明確になった筈である。
(2) 公取委関連
「厳格な運用」が行なわれるべき「各種法令」に独禁法・景表法が含まれることは、既に前記第三で論証したところである。
ところが、公取委は、堺次夫が昭和五八年九月三〇日に豊田商法について独禁法・景表法による規制を求めたにも拘らず、豊田商法は不公正な取引方法の規制の問題ではなく警察の問題である等との判断を下し、審査(調査)を開始することすら回避していたが、当時の警察当局の捜査の実情を踏まえれば、公取委は、経企庁の連絡調整によって改めて独禁法・景表法の適用を検討すべき段階であったといえる。
即ち、警察庁は、前述のとおり昭和五七年一一月の対策会議、昭和五八年一一月の全国防犯保安担当部長会議、昭和五九年五月の対策会議などで、いずれも出資法の適用については否定的見解を示し、詐欺罪についても未だ確証が得られていないと述べていたのであるから、経企庁としては、六省庁会議において警察当局の判断が現にこのような段階に止まっていることを明らかにした上で、公取委の前記判断の誤りを指摘し、改めて独禁法・景表法の適用に向け審査を開始するよう検討を促すべきであった。そして、マルチ商法に対する一〇省庁対策会議で現に決定したと同様に、豊田商事に対し独禁法・景表法による取締りを強化・徹底する旨の方針を決定し、その実施に向け施策を推進すべきであった。
他省庁の取締りを当てにして自らの規制権限を行使しようとしない縦割り消費者行政の消極姿勢を見出したとき、これを調整し的確な権限行使に導くことこそ、経企庁に与えられた最大の使命である。その意味で、経企庁には、豊田商事事件に関しその中心的使命を放棄していたに等しい重大な義務懈怠がある。
(3) 法務省関連
第一六回消費者保護会議において、豊田商法に対し各種法令の厳格な運用を行うことが決定されており、村田課長自身、豊田商法を悪質行為と明確に認識し、それが反復・継続されていることを知っていた。
しかも、非訟事件手続法一三四条ノ四は、公務員が職務上、商法五八条一項の解散命令又は警告をなすべき事由があることを知った場合は、法務大臣にその旨通知すべきことを規定している。にも拘らず、関係各省庁はいずれもこの通知を行っておらず、法務省も商法五八条を適用しようとしていなかったのであるから、その理由を問い質すとともに、経企庁及び他省庁が保有する関係情報・資料や他省庁の所管法令の適用に関する判断を直接間接に伝達し、協議することによって、同省による商法五八条の適用を推進すべきであった。
とりわけ、法務省には独自の情報収集・調査権限が本来存する筈であるが、現実にこれを実行する人的体制が不十分であったとするならば、経企庁としては、豊田商法の実態把握に必要な、たとえば、通産省(消費者相談室)、国民生活センター、警察庁が保有する被害相談事例、及び豊田商事の前歴に関する情報、通産省(資源エネルギー庁)、警察庁が保有する金地金保有状況に関する情報、国税庁が保有する豊田商事の決算書類などの情報を法務省に伝達するよう関係省庁に促すべきであった。
これらの情報・資料は、豊田商事が当初から多額の負債を抱えて、償還のあて無く不特定多数の者から金銭を集める目的で設立された会社であり、役員を先頭に出資法違反や詐欺罪あるいはその他の犯罪を会社ぐるみで実行していることを示すものであったから、これらの情報・資料の伝達によって、法務省が商法五八条の適用に関する調査を開始し遂行することを容易にしたであろうことは明らかである。
(4) 通産省関連
消費者行政では通産省(消費経済課)が大きな役割を果たすべき立場にあり、特に、訪問販売や金地金流通に関する事柄が同省の所管事項であること、また、事業者に対する行政指導にも豊富な経験を有し熟達していることはいうまでもない。その通産省消費者相談室には、国民生活センターと同様に多数の豊田商法の被害相談(申告)が寄せられていた。
また、通産省(資源エネルギー庁も含めて)は、昭和五八年三月には既に「かしこい消費生活のしおり」記載の実態認識に至るとともに早急に悪徳業者の追放を実施したいとの意識も有していた。
しかも、村田課長自身が豊田商法の特徴を悪質な訪問販売行為と把握していたのである。にも拘らず、通産省は、単に消費者啓発の措置を講ずるにとどまり、訪問販売及び金地金販売における悪質行為に対して事業者規制の行政指導を実施しようとしていなかった。
そこで、経企庁としては、六省庁会議において以下のような情報を伝達し、協議することによって、通産省による行政指導の実施を推進すべきであった。
① 国民生活センター、警察庁が保有する被害者の相談内容と件数を紹介し、これに通産省(消費者相談室)の相談件数も総合すれば、消費者啓発によっては到底被害を防止できない程に深刻な事態にあることが明らかにされる。
② このような被害実情を踏まえ、第一六回消費者保護会議の決定は不法事犯の取締りの強化等各種法令の厳格な運用を行うことを第一に据えており、これを受けた通産省としても消費者啓発に止まることなく事業者規制に踏み出すべき局面であることが明らかにされる。
③ これに加えて、警察庁は、詐欺罪については未だ確証が得られていないという見解であり、出資法の適用についても否定的見解を示したこと、更に公取委は、独禁法・景表法の対象外の問題であるとして審査(調査)を開始していなかったことなどの情報を交換することにより、豊田商事に対しては直ちに法令上の規制権限を行使することが困難な状況にあることが明らかにされる。
こうした情報交換と協議の結果、通産省が行政指導を行わなければならない局面であることが明らかになった筈であるから、経企庁としては、行政指導の活用を方針として決定し、推進すべきであった。
④ そして、現に昭和六〇年六月一〇日開催の豊田商事対策六省庁会議において豊田商法に対する適用法令等を協議し、直ちに適用できる法令を見出すことが困難であるということになり、その直後の六月一九日に通産省が新規勧誘停止の行政指導を行ったという経過がある。このことからすれば、経企庁が昭和五八年一一月の第一六回消費者保護会議の決定を受けて、直ちに六省庁会議を開催しておれば、少なくともそのころに通産省の行政指導が実施されたであろうことは明らかである。
(三) このように、六省庁会議において情報を交流し、各省庁所管の法令の適用に関する協議を徹底して行なえば、仮に各省庁が個々別々に権限を行使するのでは規制の実施が困難であった場合でも、互いの不十分な点を十分に補完することができ、豊富な情報に基づいて、適時適切な規制の実施に向けての方針の調整を図ることができる。そうすれば、公取委による独禁法・景表法での規制、警察庁による出資法・詐欺罪での規制、法務省による商法五八条による規制、通産省の行政指導による規制が実行されえた筈である。
(四) 経企庁は、遅くとも、昭和五九年三、四月の国会審議において、河本経企庁長官が豊田商法につき「関係省庁と至急相談したい。」と答弁し、更に、経企庁及川国民生活局長が「関係省庁と協力しながら更に進めて参りたい。」と答弁した直後に、本件作為義務を負うに至ったものというべきである。
六義務違反行為
以上のとおり、経企庁(村田課長ら)は、遅くとも昭和五九年四月には本件作為義務を負っていたにも拘らず、これを怠り、第一六回消費者保護会議決定に係る各種法令の厳格な運用につき、該当する法令は刑法だけであり、従って規制を実行する省庁は警察庁だけであるとの誤った判断を行い、かつ、豊田商法は消費者苦情も多くなく、新しい問題ではあっても大きく深刻な問題ではないとの誤った判断を重ねて、そのため六省庁会議を招集・開催する必要性があるとの認識をもたず、その結果、昭和五八年一一月の第一六回消費者保護会議直後に六省庁会議を招集・開催せず、同五九年春ころに至っても、国会審議直後の担当課長会議の席上、抽象的に対策強化を唱えるだけで、その機会に、あるいはその直後に六省庁会議を招集・開催することをしなかった。
(被告国)
第一総論
一国賠法における違法性
1 国賠法一条一項の違法性
国賠法一条一項は、「国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」と規定している。同条項にいう「違法」を如何に解するかについては、最高裁判所の判例上、国賠法一条一項にいう違法を「公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背すること」と解釈すべきことが明確にされている。これによれば、公権力の行使に当たる公務員の行為が国賠法一条一項の適用上違法であると評価されるためには、当該公務員が損害賠償を求めている国民に対して個別具体的な職務上の法的義務を負担し、かつ、当該行為が右職務上の法的義務に違反してされた場合でなければならない。即ち、右職務上の法的義務は、単なる内部的な職務規律上の義務では足りず、行為規範として個別の国民に対して負う職務上の義務でなければならないということになる。
国賠法上の違法をこのように捉えるべきものとすると、規制権限の行使・不行使に係る当該公務員の職務上の法的義務は、基本的にその規制権限を規定する根拠法規に求められるべきであるから、本件で問題となっている公務員の規制権限の不行使が国賠法上違法となるかどうかは、当該公務員の右規制権限の不行使の過程における行為(作為と不作為)が規制権限の根拠となる法令の定めに違背しているかどうかの問題ということができ、従って、違法性判断の第一次的基準は当該行為の根拠法規ということになる。
2 不作為の違法
不法行為に違法性があって不法行為が成立するためには、民法上の不法行為についても、その前提として作為義務がある場合に限られると解されている。
この点は国賠法上においても同様であり、当該公務員の不作為が国賠法一条一項にいう違法となるためには、当該公務員に当該職務行為を行うべき作為義務が存し、かつ、その作為義務に違反してその職務行為を行なわなかったことが必要である。そして、当然のことながら、右作為義務は違法を問われている権限不行使の時点において存することを要するのである。
二規制権限の不行使と国賠法上の違法性
1 規制権限の存否
(一) 右のとおり、不作為が違法となるためには作為義務の存在が必要であるが、更に、行政庁に作為義務があるというためには、その前提として、行政庁に当該作為についての権限が認められなければならない。そして、行政庁の規制権限を問題とするときには、その行使は多かれ少なかれ規制を受ける側の国民の権利を侵害するものであるから、法律による行政の原理からして、その存在については、法律上の明文の根拠を要する。また、抽象的に規制権限の存在が認められたとしても、具体的な場合において右権限を行使できるか否かは、当該規制権限の根拠法規、権限根拠規定の趣旨、目的、性格を十分検討し、かつ、具体的権限発生の要件は何かを各法規に沿って検討の上判断しなければならない。
そして、以上の検討の結果、当該公務員に規制権限が発生する余地がない場合には、立法の不作為か、行政指導の不作為の問題が残るだけである。法令上の根拠に基づかない行政指導を適法になしうる根拠は、それに応ずるか否かが相手方の任意に委ねられているという行政指導の本質に求められているのであるから、規制権限の行使とは明確に区別することが必要である。
(二) 原告らは、「各種法規が国に規制権限を与えているが、権限を行使するか否かにつき国の裁量に委ねられているときであっても、その裁量権は決して無制限のものではなく、(1)国民の生命、健康、自由、財産に対する重大で具体的な危険が切迫しており、(2)国が右危険を知っているか又は知りうる状態にあり、(3)国において、規制権限を行使すれば、結果の発生を防止することができる場合には、権限の行使、不行使につき裁量の余地がなくなり、規制権限の不行使は作為義務違反になるといわなければならない。」と主張している。このような裁量権の収縮論といわれている議論にあっても、その対象たる公務員が規制権限を有し、かつ、これを行使しうる要件も完全に充足されていることは当然の前提となっているのである。従って、本件においては、原告らが被告国の公務員においてとるべきであったと主張する規制措置について、原告らが指摘する法条が果たして規制権限の根拠規定たりうるのか、更にそれを行使する要件が当時の具体的事実関係の下で充足されていたのか、ということがまず検討されなければならない。
原告らは、被告国において種々の規制をすべきであったとし、その規制の根拠として幾つかの法規を挙げているが、後記第二以下において明らかにするとおり、原告らの挙げる法規は、いずれも、被告国の公務員に原告らの主張に係るような規制をなしうる権限を付与するものではないか、あるいは、その権限は当時判明していた事実関係の下では行使の要件を充足していなかったものである。従って、被告国の公務員に右主張に係るような規制権限を行使すべき作為義務が生ずる余地はなく、その不作為が国賠法上違法と評価される余地もないのである。
(三) 更に、ここで注意すべきことは、被告国の公務員が、如何なる要件の下に、如何なる権限を有していたか、という権限の存否及び行使の要件の問題と、これらの権限を行使するか否かの裁量の問題とは明らかに別個の問題であって、明確に区別して検討されなければならないということである。
もともと、行政機関が如何なる要件の下に如何なる規制権限を有しているかということは、本来的には法律上明確に規定され、あるいは当該法規の解釈上客観的に導き出されるべきものであって、具体的状況いかんによって権限の内容が変動したり、あるいは、行使の要件が厳格になったり、緩和されたりするといった性質のものではない。いわゆる裁量収縮のための要件として論じられている事項は、規制権限それ自体の発生根拠となるものではない。
2 反射的利益論
(一) 次に、規制権限が法令上明文をもって規定されているが、法令の客観的解釈によって定まるときでも、当該規制権限の根拠法規の趣旨、目的が、原告らが侵害されたと主張する具体的権利利益の保護を目的としていない場合には、そもそも当該根拠法規の趣旨、目的を離れて公務員が権限を行使する義務はないのであるから、原告らに対する作為義務を措定することはできず、権限不行使の違法が問題となる余地はない。
(二) 反射的利益論は、行政訴訟における原告適格の問題として、行政事件訴訟法九条の「当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」の範囲をめぐり、具体的には「法的に保護された利益」か否かという形で議論されることが多い問題であるが、この問題は、国賠法一条の違法性を考えるに当たっても、重要な意義を有している。国賠法一条に基づく請求において反射的利益とされている事例には、大別して次の二つの場合がある。
一つは、当該公権力の行使における保護法益ではないという趣旨で用いられている場合であり、他の一つは、原告に対する作為義務がないという趣旨で用いられている場合である。
(三) これを本件の場合に当てはめると、原告らの主張する行政庁の規制権限が法令上明文をもって規定され、又は法令の客観的解釈によって定まる場合であっても、規制権限の根拠法規の趣旨・目的が原告ら個別の国民の権利利益の保護を目的としていない場合、あるいは、原告らの主張する被侵害利益が根拠法規の保護目的の範囲外である場合には、原告らの主張は反射的利益論により排斥されざるをえないのである。
3 自由裁量行為の作為義務及びその司法審査方式
(一) ある規制権限について、それを行使するための要件が完全に充足されているとしても、その規制権限を行使するか否かが行政庁の裁量に委ねられている場合は、行政庁にその行使の義務がある、即ち作為義務があるとは、当然にはいえないのである。従って、不行使の当・不当が問題とされることはあってもそれが違法とされることは原則的にはありえないものであり、被害者救済に急な余り、いわゆる結果論に基づいて原則と例外を逆転させる立論は、法が裁量権を付与した趣旨を没却するものであって、失当というべきである。
(二) また、ある規制権限について、その権限を行使すべき要件が充足されているか否かの判断につき行政の専門性・技術性という観点から行政庁に一定の裁量の余地が認められている場合には、第一次的には右行政庁の専門的判断を尊重すべきであって、事後的にその判断の当否を論ずるに当たっても、第三者が自ら行政庁の立場に立って判断し、その結果と行政庁のした判断との不一致を問題とするといったような、行政庁の裁量を無視した判断代置方式によるべきではなく、行政庁のした判断を前提として、それが右裁量の範囲を逸脱しているか否かという観点から慎重に検討されるべきである。
三裁量行為に係る規制権限行使の義務化の判断枠組み
右二で述べたとおり、行政庁の裁量行為については、その権限の行使の要件が充足されている場合であっても、当然にその行使の義務があるということはできない。従って、如何なる場合に権限の行使が行政庁の義務となるかを次に検討しなければならない。この点につき、原告らは、前述(右二1(二))のとおり、いわゆる裁量権収縮論に立脚する主張をしている。
そこで本項では、まず右裁量権収縮論につき検討を加えてその問題点を指摘し、次いで裁量行為に係る規制権限行使の義務化の判断枠組みとしては、いわゆる裁量権限消極的濫用論が正当であることを明らかにする。
1 裁量権収縮論の沿革
裁量権収縮論は、ドイツにおいて行政便宜主義の例外ないし克服の理論として生まれたといわれている。行政便宜主義とは、行政庁が法を執行して公権力を発動する場合、特段の規定のない限り行政庁は行政法規の適用を義務づけられるものではなく、行政法規を適用するかどうか、これを如何に適用するかについては、原則として公益上の合目的性の配慮に基づき決することができる、とする原則をいうものと理解されている。
このような行政便宜主義の原理に対し、ドイツでは一部の学説で、一定の警察違反の状態に対しては警察は法律上介入を義務付けられるとする警察介入義務の法理が説かれるようになり、ライヒ最高法院一九二一年一一月一五日判決(いわゆる「雪そり事件」判決)を始めとして幾つかの同様の判例が積み重ねられ、戦後に至ってドイツ連邦行政裁判所一九六〇年八月一八日判決(いわゆる帯鋸判決)で始めて国民の行政庁に対する取締権限発動請求権が承認されるところとなったといわれている。
2 裁量権収縮論を採用した裁判例の問題点
現在のわが国においては、規制権限の不行使の違法に係る下級審判例は相当数に及んでおり、その一部に、警察法規以外の行政法規の規制権限不行使において裁量権収縮論を採用しているものがある。これらの裁量権収縮論を採用していると思われるわが国裁判例において、規制権限の行使の裁量権が収縮すべき要件として具体的に挙げられているものを大まかに抽出すると、国民の生命、身体、健康に対し具体的危険が切迫していること(危険の切迫・第一要件)、行政庁が具体的危険の切迫を知り、又は容易に予見しうる状況にあること(予見可能性・第二要件)、行政庁が権限を行使すれば容易に結果発生を防止することができること(回避可能性・第三要件)、行政庁が権限を行使しなければ結果発生を回避できないこと(補充性・第四要件)、国民が権限行使を要請し、期待している場合又はそれが容認される場合であること(国民の期待、容認・第五要件)の各要件となる。
しかし、その具体的な事案への適用に当たって、これらの要件が備われば、それだけで直ちに規制権限行使の裁量権が零に収縮し、その行使が義務化するというように固定的、定型的に考えることは正当ではないというべきである。けだし、規制権限不行使の違法の有無を決するには、規制権限の行使を行政庁の裁量に委ねた法の趣旨・目的、裁量の幅の大小、規制の相手方及び方法についての法の定め方を前提として、規制権限不行使の前後にわたる一切の事情を評価対象とし、規制権限行使が義務化する上で積極的に作用する事情のみならず、消極的に作用する事情、例えば、規制権限行使に支障となる事情の存否、従前の同種事例において行政庁がとった措置との均衡、当該事案における規制権限を行使しない代わりにその前後にわたり具体的にとられた行政措置の有無とその内容、直接の加害者、被害者側の個別具体的な事情等諸般の事情を総合考慮して、規制権限行使の義務化とその義務違反の有無が判断されなければならないからである。
以上のとおり、裁量権収縮論に立つ裁判例のいう五要件は、作為義務の発生に消極的に作用する必要条件としては考慮しうるが、右義務の発生を認めるための十分条件とはいえないのである。
3 裁量権消極的濫用論
前述のとおり、規制権限不行使の違法性を問題とし、権限行使の義務化の有無を判断するときには、まず当該規制権限の根拠法規、権限根拠規定の趣旨、目的、性格等を十分に検討し、前記2で述べたような諸事情を総合考慮して判断すべきである。けだし、国賠法一条一項における違法の判断は、総合的な法的価値判断であるとはいえ、それが実定法の解釈である以上、まず第一に評価の対象となる行政作用を規律する根拠法規や権限根拠規定の趣旨・目的等を十分に参酌してされなければならないことは当然のことであって、このことは、権利侵害的行政行為である規制権限の不行使に係る違法の問題を検討するについては、より一層妥当するものだからである。
従って、規制権限行使の義務が肯定され、その不行使が国賠法上違法と評価されるための判断枠組みは、具体的諸事情の下において、権限行使を行政庁に委ねた根拠規定の趣旨、目的、性格等に照らし、その不行使が著しく不合理と認められるか否かを基準とすべきであると考えられる(以下、これを「裁量権消極的濫用論」という。)。
4 裁量権消極的濫用論の正当性
(一) わが国の国賠訴訟における裁量権収縮論と裁量権消極的濫用論を上述のように理解すると、両者は明らかに異なった理論というべきであり、その根本的な相違点は、前者が権限行使が義務化し、その不行使が違法となる場合についてア・ブリオリに一定の要件を定立し、その要件充足によって直ちに規制権限の不行使を違法とするのに対して、後者は特定の要件にこだわることなく諸事情を総合考慮して右不行使が著しく不合理といえるか否かを判断するという点にあるといえる。この点をより具体的に検討してみる。
(1) 法の趣旨・目的・性質
裁量権収縮論において権限根拠規定あるいは根拠法規の趣旨・目的がその収縮を論じるについて如何に考慮されるのかは必ずしも明らかではないが、少なくともその定立する要件からはこの点を考慮するとの趣旨は読み取れない。もともと裁量権収縮論は、行政便宜主義のみならず、反射的利益論をも否定する理論と考えられるところであり、裁量権収縮論によるときは、法の趣旨、目的を無視ないし軽視した結論になり易いといえる。
他方、裁量権消極的濫用論は、もともと行政の不作為について、事後的に、右不作為が裁量権を付与した法の趣旨・目的に照らしてその裁量の範囲を逸脱したか否かを問題とするものであるから、その判断においては、右裁量権を付与した法の趣旨・目的、それと被侵害利益との関係、裁量の幅、更には当該法規が積極的に権限行使を位置づけているか、それとも消極的、二次的、補完的なものと位置づけているかといったことが重要な考慮要素となるであろう。もちろん、裁量権消極的濫用論を採りながら前記反射的利益論については消極的立場を唱える見解も存するが、そのような立場にあっても、もともと当該権限が如何なる法益保護のために付与されているのかといったことが当然考慮すべき要素となることは否定できない筈である。
以上のとおり、裁量権収縮論と裁量権消極的濫用論とは、権限不行使が違法となる場合について当該権限の根拠規定の趣旨・目的を如何に考慮すべきかという点において相違点がある。
(2) 考慮事項
裁量権収縮論における考慮事項がその定立する要件に限定されることは前述のとおりである。これに対し、裁量権消極的濫用論においては、抽象的には裁量権収縮論が掲げる要件以外にも裁量権行使に積極・消極に作用する、以下のような諸事情を広く参酌しうるということになる。
① 従前からの経緯
② 他にとった措置の有無・内容
③ 規制される側の事情
④ その他、権限行使に消極的に作用する事情
(3) 司法審査方式
裁量権行使に関する司法審査方式については、行政訴訟においてはもとより国賠訴訟の分野においても、判断代置方式によるべきでないことが既に実務上定着していることは既述したところであるが、裁量権収縮論においては、そのような正当な判断手法がとられないこととなる。他方、裁量権消極的濫用論によって違法性の有無を判断する場合は、通常の(積極的)裁量権の逸脱・濫用の場合と同様の判断手法によるものと考えられ、判断代置方式にはならないものと考えられる。
また、裁量権収縮論においては、要件が充足されているか否かという、いわばオール・オア・ナッシングの判断になりがちであるが、裁量権消極的濫用論においては、考慮事項についてその程度を含め柔軟な判断となる点も相違点として挙げられよう。
(二) 以上のように、裁量権収縮論は、ドイツにおいて反射的利益論及び行政便宜主義を克服する理論として提唱され、わが国の国賠訴訟において一定の変容を遂げた(少なくとも、そのように運用されてきた)ものと理解できる。同理論が権限不行使をめぐる国賠訴訟において活用され、被害者の救済という面で一定の功績があったことは否定できないであろうし、特定の要件の充足の有無を判断するという判断手法が、法の趣旨・目的を始めとする関係諸事情を総合考慮するという裁量権消極的濫用論よりも簡明であり、主張・立証の対象が明確となるという利点があることも事実であろう。
しかしながら、裁量権収縮論については、何故にその定立する要件を充足するというだけで法が与えた裁量の幅が零に収縮し、その不行使が違法となるのかといった点についての理論的根拠を何ら説明しえないという根本的な問題点があるといわざるをえない。本来、違法性の判断は、あらゆる事情を総合した判断である筈であるにも拘らず、このことがより必要と思われる不作為の違法をめぐる局面において、その理論的根拠を示しえないのは致命的な欠陥であるというべきであろう。
従って、権限不行使の違法の判断枠組みとしては、法の趣旨・目的を始めとする諸事情を柔軟に参酌しうるという意味で、裁量権消極的濫用論が正当であり、裁量権の収縮という新奇な法概念を持ち込むことは誤りであるというべきである。
四本件における規制権限不行使の違法性
1 原告らの被害法益
行政庁の規制権限不行使の違法の対象となる被害法益については、例えば、「差し迫った生命、身体、財産に対する危険」と並列的に記載されることが多く、従来、特に区別されて議論されていたわけではない。
しかし、われわれの社会生活において、生命、身体、健康と財産とを比較した場合、その保護の態様には、価値的な相違があることは自明のことである。即ち、人の生命、身体、健康に対する被害と財産権の被害とを比較すると、被侵害法益として前者の方が価値が高く、従って、公権力の介入による保護の必要性も高いといえよう。
また、被害の性質という面からみても、生命、身体、健康は、その性質上代替性がなく、一旦これらが侵害されると、侵害がなかったのと同様の状態に回復される可能性というのはまずない。これに対し、財産権の場合は、その性質上代替性があり、その被害回復は十分に可能である。このように、代替性及び被害回復の可能性の点において、被害が財産権についての場合と生命、身体、健康についての場合とでは重大な相違が認められるのである。
特に強調すべきは、財産権に対する侵害の場合は、生命、身体、健康に対する侵害に比べ、行政庁の規制権限行使を待たずとも、被害者自身が相当の注意を払うことによって、通常は被害の発生を防止することが可能であるということである。
以上のとおり、本件のような経済取引に伴う消費者らの財産権に対する被害を被侵害法益とする規制権限不行使の違法が認められるのは、国民の生命、身体、健康に対する被害を被侵害法益とする場合に比べ、極めて限られた場合であることが明らかである。
2 私人間の経済取引関係への介入の問題性
本件は、本来自由が保障されている私人間の経済取引の過程において発生した被害に係る被告国の規制権限不行使の違法性を問題とする事案である。個人の営業の自由、経済活動の自由は、現在の自由主義経済体制の大前提となるものであり、憲法が保障しているところである(憲法二二条一項、二九条)。このような社会経済制度の下においては、自由な競争によるべき経済活動の過程に行政が過度に介入するときは、企業間の自由な競争に基づく創意工夫を抑制し、最終的には活力のない統制経済に陥り、国民全体の利益に反する結果となってしまう。
3 まとめ
以上検討を加えてきた被害法益の性質、国民の側における被害回避の可能性、本来的に自由な経済取引分野への行政権力の介入の当否等の諸事情に鑑みると、本件において被告国の規制権限の不行使なるものが、原告らとの関係で違法となる余地は殆どないというべきである。
五被告国の公務員の過失
国賠法一条一項は、「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」と規定している。従って、被告国の公務員の不作為が違法であるとして被告国に国賠法一条の賠償責任が肯定されるためには、当然、当該公務員に右不作為につき故意又は過失が認められなければならない。しかしながら、本件においては、以下のとおり、関係公務員の故意、過失を肯認する余地は全くないというべきである。
法令の解釈適用の誤りについての過失の有無に関して、最高裁判所昭和四六年六月二四日第三小法廷判決(民集二五巻四号五七四ページ)は、「ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し、実務上の取扱いも分かれていて、そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に、公務員がその一方の見解を正当と解しこれに立脚して公務を執行したときは、後にその執行が違法と判断されたからといって、直ちに右公務員に過失があったものとすることは相当でない。」と判示している。
これを本件についてみると、例えば、豊田商事の純金ファミリー契約への出資法の適用について、仮に現在においてこれを積極に解する余地があるとしても、後に述べるように、警察庁の公務員は、当時知り得た事実関係及び当時の一般的な法的見解に従って解釈し、その結果適用はできないとの判断に達したものであるから、当該公務員には過失がなかったものといわなければならない。このことは、公取委の公務員が、独禁法あるいは景表法の適用の可否を検討し、その要件が充足されてはいないと判断したことについても同様であり、当時得られていた知見に基づくものである以上、当該権限を行使しなかったことにつき何らの過失も認められないことは明らかである。
以上のとおり、原告ら主張の規制権限の不行使について担当公務員の故意、過失が存在しないことは明らかである。
六行政指導の不作為の違法性及び因果関係
原告らは、通産省の公務員については明示的に行政指導の不作為の違法を主張しているが、本件において豊田商事に対し法律上の根拠に基づかない行政指導を実施することが個々の国民に対する関係において公務員の職務上の法的義務になることはありえないというべきであり、また、被告と豊田商事との間において営業活動の停止を求めることを内容とする行政指導が受け入れられる関係は一切存しなかったのであるから、行政指導の不作為の違法性及び右不作為と原告らの損害の発生との間の因果関係が認められないことは明らかである。
第二警察庁の責任
一原告らの警察庁関係についての主張
原告らは、警察庁の公務員は警察庁長官の都道府県警察に対する指揮監督権(警察法一六条二項)に基づき、個別具体的な事件についての都道府県警察の犯罪捜査に関して、捜査手続の指導、指示及び調整をする権限(以下「調整権限」という。)があるとした上で、警察庁の清島傳生経済調査官らは、(1)第一六回消費者保護会議の直後である昭和五八年一一月には、豊田商事対策会議(以下「対策会議」という。)を開催し、豊田商法が出資法違反であり、あるいは詐欺罪に該当するとの判断を示して、都道府県警察が豊田商事を出資法違反または詐欺罪によって刑事摘発するような具体的積極的に調整すべき作為義務があったにも拘わらず、対策会議を開催せず、昭和五七年一一月の対策会議における、豊田商法に出資法を適用すること及びこれが詐欺罪に該当すると判断することは困難であるとの誤った結論を維持したまま、都道府県警察による豊田商事刑事摘発に向けて調整を行なわなかった義務違反があり、また、(2)昭和五九年五月に開催した対策会議において、都道府県警察が豊田商事を出資法違反、詐欺罪又は外為法違反によって刑事摘発するよう具体的積極的に調整すべき作為義務があったにも拘わらず、出資法違反や詐欺罪の該当性について誤った判断を示し、外為法違反についても的確な指示、指導を与えることなく、むしろ各都道府県警察による刑事摘発を抑止した違法があるから、被告国は国賠法上の責任を免れないと主張する。
しかしながら、前述のとおり、公務員の不作為が国賠法上違法となるには、当該公務員が個別の国民に対して当該職務行為を行うべき法的作為義務を負うことが必要であり、その規制権限の不行使を問題とする場合には、それが法律上の根拠を有し、かつ、適法にそれを行使しうる場合でなければならない(前記第一の二1)。ところが、本件においては、以下に述べるとおり、原告らの主張する警察庁の調整権限が国賠法上の規制権限の根拠となりうるものではないこと、仮に調整権限の行使が都道府県警察の捜査に何らかの影響を与えるものであったとしても、捜査によって原告らが受ける利益は反射的なものにすぎず、その権限行使が原告らとの関係で職務上の法的義務となることはないこと(同二2)、また、右権限行使は警察庁の裁量に委ねられていることから、原則としてその不行使が国賠法上違法となることはなく(同二3)、本件の具体的事情に照らしても、例外的にその不行使が著しく不合理であるとして違法とされる場合に該当しないこと(同三、四)、更に、右権限不行使につき当該公務員に過失は存在しないこと(同五)が明らかであり、従って、原告らの右主張は、失当というべきである。
二警察庁の調整権限の根拠
原告らは、警察庁長官の都道府県警察に対する指揮監督権(警察法一六条二項)を根拠に、警察庁には都道府県警察の犯罪捜査に関して調整権限があり、この権限を行使することによって、都道府県警察に対して逮捕などの個々の捜査手続を進めるよう指導したり、あるいはこれを止めるよう指示できるとした上で、具体的には、警察庁は、各都道府県警察を調整して、豊田商事の実態解明に必要な的確な内偵計画を作成するよう指導した上で、都道府県警察に対して、豊田商事の組織構成状況、営業方針・営業内容、導入金の流れ・使途・運用状況及び役職員の認識等を把握するために、一定の資料の入手、銀行捜査、各種捜査照会、関係者の事情聴取等具体的な捜査事項と捜査手続法を指導、指示し、その捜査結果を集中して分析検討すれば、遅くとも昭和五九年五月の対策会議までに捜索・差押令状の発付を受ける程度の確証が得られたとし、各都道府県警察は、警察庁の指示、指導ないし判断に従うのが当然であるとされるから、前述のように警察庁の指示、指導が不的確であったり、あるいはその判断が誤っていたために刑事摘発が遅れた場合には、警察庁は直接その責任を負うべきである旨主張する。要するに、警察庁が調整権限を行使することによって都道府県警察の捜査権限を行使させ得る、即ち、警察庁の調整権限をもって不作為の違法を問題とする規制権限と主張するようである。
そこで、原告らが主張するような調整権限が規制権限として法規により根拠づけられているかどうかを検討する。
1 警察法の法的性質
原告らは、警察庁の公務員の規制権限の根拠として、警察法一六条二項を挙げる。
しかし、警察法は、いわゆる組織規範と呼ばれるもので、国家行政組織法二条一項に基づき、警察の組織の所掌事務と権限の範囲を規定するものであり、同法の諸規定は、被告国の行政組織の系統的構成を可能ならしめるために、警察組織の権限の事項的限界を明らかにすることを目的としたものである。即ち、警察法は、警察組織と他の行政主体相互間の機能の分担及び警察組織の機関相互間の権限の分配に関する法規であるから、警察組織の内部の規律を対象とするものであって、行政客体、即ち国民に対する行政作用の根拠ないし基準を規定するいわゆる行政作用法とは厳格に区別されなければならないのである。
従って、警察法一六条二項から行政客体に対する権限行使が可能となるものではなく、行政客体に対する権限行使が可能となるためには、個別の行政作用法上の根拠規定を要するのである。即ち、警察庁長官の指揮監督権を定める警察法一六条二項の規定は、それ自体、捜査権限の根拠規定とはなりえず、捜査権限は、刑事訴訟法によって行使すべきことになるのである。
2 警察庁長官の指揮監督権
以上のとおり、豊田商事を刑事摘発するための捜査権限は、刑事訴訟法に規定されており、同法に基づいて行使されるべきことになる。そこで、警察庁長官の指揮監督権及びこれを根拠とする警察庁の調整権限が、刑事訴訟法で規定される犯罪捜査権限にまで及ぶかどうかが検討されなければならない。
(一) 警察法三六条は、都道府県に都道府県警察を設置することとし、都道府県警察官が犯罪の捜査等の警察の責務(同法二条)を行う旨規定し、また、地方自治法二条六項二号は、警察の管理及び運営に関する事務について、これを都道府県の処理すべきものと規定しているのであるから、犯罪捜査を含め、警察職務の執行は、基本的には都道府県警察の権限にほかならないとみるべきである。
そして、都道府県警察は、あくまで都道府県の機関であり、基本的に自治体警察として位置づけられるのであって、被告国から独立した機関であることから、被告国の行政庁である警察庁が指揮監督するには法律の根拠を要し、上級庁と下級庁の間の機関監督の法理は適用されないことになるのである。
(二) このように、警察の組織単位は都道府県とされ、警察職務の執行は基本的には都道府県警察が行うものであるが、他方、国家的、全国的な見地から被告国が運営し、統轄し、又は調整すべき事項もあることから、警察庁の所掌事務の範囲内においては、例外的に警察庁長官に都道府県警察に対する指揮監督権が認められているのである(警察法一六条二項)。そして、右警察庁の所掌事務とは、同法五条二項各号及び同条三項に規定されている事務をいうところ(同法一七条)、同法五条二項各号及び同条三項には、都道府県警察に対し具体的事件の犯罪捜査権限を行使させることを内容とする規定はなく、それは警察庁の所掌事務になってはいないのである。
即ち、都道府県警察の捜査権限に関して、警察庁長官の指揮監督権が問題となりうるとすれば、警察法(昭和六二年法律第九三号による改正前のもの)五条二項一四号の「警察行政に関する調整に関すること」が一応考えられるが、そもそも右の「警察行政に関する調整に関すること」が被告国の機関である警察庁の所掌事務とされたのは、都道府県警察が主体となる事務について、事務処理が統一性を欠いたり、警察活動が都道府県を通じて均質性や効率性を欠いたりするようなことのないよう、これらの点を中央において調整する必要のある場合があると認められるからである。従って、右にいう「警察行政に関する調整」とは、あくまでも都道府県警察の自主的な判断による処理を前提としながら、全国的な活動水準の均質性や効率的な処理の確保という観点から行なわれるべきものであって、例えば、関係法令の統一的適用解釈や運用を示したり、一定の違法行為についての取締りについての強化を指示したり、ある都道府県警察で具体的犯罪事実を捜査している場合において、他の都道府県警察との捜査共助の必要性があれば、他の都道府県警察に対して捜査共助の調整をしたり、全国的ないし広域にまたがる事件について複数の都道府県警察の捜査が競合する場合に、各都道府県警察の相互連絡や相互応援を調整し、あるいは、一斉に強制捜査を行なわなければ証拠隠滅や被疑者逃走のおそれが認められるような場合に、強制捜査を行う時期を統一するよう調整することなどができるにすぎないのである。
従って、個別具体的な事件に関する犯罪捜査自体は、都道府県警察の権限であって、警察庁の所掌事務の範囲を超えるものであるから、警察庁は、都道府県警察が行う捜査活動に関して直接指揮監督することはできないのである。なお、事件が全国的ないし広域にわたるものであって、一斉に強制捜査を行う必要があるような場合においては、都道府県警察に対して個々の捜査手続を進め、又は保留するよう調整することもありうるが、その場合でも警察庁長官は犯罪捜査活動について都道府県警察の上級機関の立場に立って指揮監督できるものではなく、捜査活動それ自体は当該都道府県警察の責任において行うものであることには何ら変わりないものである。
このように、警察庁の権限が限定されるのは、捜査権限が都道府県警察に付与されていることの当然の帰結である。即ち、原告らが主張するように、たとえ全国的に同種事件が多発しているような事情があっても、警察庁が都道府県警察の捜査している具体的事件について、個々具体的な捜査事項、捜査手法の在り方の一つ一つを指示することができるとすれば、まさに捜査の実行そのものに対する指揮監督を認めることになり、実質的には警察庁が都道府県警察を介して自ら捜査するのと同様の効果を生ぜしめることとなってしまい、警察職務の執行を都道府県警察に委ねている現行警察法の建前に反することになるのである。
3 まとめ
以上のとおり、警察法一六条二項自体は、警察庁と都道府県警察の関係を示したものにすぎず、警察庁の規制権限を定めるものではない上、警察庁長官の都道府県警察に対する指揮監督権は、警察庁の所掌事務の範囲内で認められるものであって、都道府県警察の権限である犯罪捜査権限そのものにまでは及ばないから、警察庁長官の指揮監督権に基づき、警察庁の公務員が都道府県警察に対し、直接特定の犯罪の刑事摘発を命ずることができるものではないのである。従って、警察庁の公務員に原告ら主張に係る規制権限を行使すべき作為義務が生じる余地はないから、原告らの主張は既にこの点において、失当である。
三権限行使による反射的利益
なお、仮に、全国的ないし広域にわたる事件における警察庁の調整権限の行使が、強制捜査の着手時期等につき都道府県警察の捜査に何らかの影響を与えるとしても、犯罪の被害者が捜査により受ける利益は、国家及び社会の秩序維持という公益上の見地に立って行われる捜査によって反射的かつ結果的にもたらされる事実上の利益にすぎず、犯罪捜査権限の不行使が原告らにとって違法な法益侵害となることはありえない。従って、警察庁の公務員が右調整権限の行使を怠ったとしても、このことから原告らの法律上の地位に何ら影響するものではなく、右権限の行使が原告らに対して職務上の法的義務となる余地は全くないのである。(前記第一の二2)。原告らの主張は、この点においても、失当である。
四警察庁の調整権限行使の裁量性
警察庁の調整権限の行使が、都道府県警察の捜査権限行使に何らかの影響を与えることがあるとしても、この調整権限の行使については、警察庁の公務員に広い裁量が認められている。即ち、捜査は、犯罪の端緒を契機にして、任意又は強制の方法を用い、資料を収集し、法律的な検討を加え、次第に実態を解明していくものであるが、密行性の要請が強く、人権に及ぼす影響も深刻であり、社会的反響も大きいこと等から、種々の配慮をしながら慎重に進める必要があり、法はこれを捜査機関の広い裁量に委ねているのである。このことは、右調整権限についても当然に妥当するのであり、従って、その行使・不行使については、当、不当の問題は別として、原則として、国賠法上違法の問題は生じない。そして、その不行使をもって、極めて例外的に、国賠法上違法であると評価するためには、右権限を行政庁の裁量に委ねた法の趣旨・目的・性質、被害法益の性質、被害者側の個別具体的な事情及び権限行使に支障となる事情の存否等を総合考慮し、その行使が著しく不合理と認められるか否かを基準とすべきであり(いわゆる裁量権消極的濫用論。前記第一の三)、右の観点から本件の諸事情を総合考慮した場合、以下のとおり、警察庁の調整権限不行使が著しく不合理であったとは到底認められず、原告らとの関係で違法と評価される余地はないというべきである。
1 法の趣旨、目的等
原告らが、警察庁の調整権限の根拠として挙げる警察法は、本来行政組織規範であって、警察組織内部を規律するものであること、及び警察庁長官の都道府県警察に対する指揮監督権ないし警察庁の調整権限は、都道府県警察による自主的な警察活動を前提としながら、各都道府県警察による警察活動の均質性と効率性確保の見地から認められる例外的なものであることは、右に述べたとおりであり、このような法の趣旨、目的、警察庁の有する権限の性質等に鑑みれば、警察庁の調整権限は慎重に行使されるべきであるということはできても、この不行使が裁量権の濫用といえるほど著しく不合理であると認められることは通常ありえないというべきである。他方、都道府県警察の捜査権限の関係をみると、捜査は公益の保護を目的としており原告らの利益を直接保護するものではなく、また、それ自体幅広い裁量権を有するものであるが、更に、警察の捜査権限の行使は、基本的人権に対する最も強い規制となるものであって、ひとたび強制捜査に着手すれば、例えば企業であれば営業の継続が困難となり、ひいては倒産という事態に至ることが優に予想できる。従って、捜査担当者において被疑事実の内容や証拠資料の有無、容疑の程度等を慎重に判断しなければならないのである。特に、本件の豊田商事の場合、顧客への償還が不能になったのは警察が確たる根拠もなく捜査に着手したことから倒産に至ったためであるとの口実を与えるおそれもあったから、ある程度確実な証拠を得ておくことが必要と考えられたのである。このような捜査の目的、性質等に鑑みても、捜査担当者においては慎重な配慮に基づき捜査権限を行使すべき責務を負うことは明らかであり、この不行使が著しく不合理であり国賠法上も違法とされることはおよそありえないのである。
2 被害法益、被害者側の事情等
前記第一の四で述べたとおり、本件の場合、原告らの主張する被害法益は、生命、身体、健康と対比すると代替性のある財産権であり、事後的な被害回復が可能なものである上、本件における豊田商事との取引関係は原告ら個人の意思と選択によってされたもので、原告らにおいて損害を回避しえたものであるから、第一次的には原告ら個人の責任に帰すべきものであり、警察の捜査が行なわれなければ被害を回避できなかったということはできない。そして、本来自由であるべき私人間の経済取引に対する警察権限の行使は抑制的にされるべきことからしても、本件における警察庁の調整権原の不行使が著しく不合理であるということは到底考えられず、国賠法上違法と評価されることはないというべきである。
3 各刑罰規範による強制捜査の可能性及び相当性
原告らは、昭和五七年一一月の対策会議の時点において、詐欺罪又は出資法違反による強制捜査が可能であったこと、また、同五九年五月の対策会議の時点において、詐欺罪、出資法違反又は外為法違反による強制捜査が可能であったことを前提として、警察庁が、いずれの時点においても、これらの刑罰法規の適用は困難であるとの誤った判断を示し、積極的に調整権限を行使しなかったために豊田商事の刑事摘発が遅れた旨主張する。
しかし、豊田商事のように全国に多くの支店を持った大企業による会社組織ぐるみの犯罪を刑事摘発するためには、刑事摘発によって会社幹部を刑罰に処し、豊田商事の一切の活動を阻止することが必要であり、そうでなければ刑事摘発は意味を持たないことになる。豊田商事の社員による個人的犯罪のような個別事案や軽微な事案での刑事摘発では、豊田商事の組織自体の活動を阻止しえないことはもちろん、豊田商事の経理関係等営業実態に関する証拠の押収を可能とするものでもない。豊田商事の刑事摘発は、究極的には、その商法自体を刑罰法令に抵触するものとして立件し、会社幹部を処罰することを目的として行われなければならないのである。
従って、仮に、何らかの形式犯をいわゆる入り口事件として強制捜査に着手し、最終的に詐欺罪の刑事摘発に向かうという捜査方法を採るとしても、その入り口事件となるべき事件は、それ自体立件する価値のある事案であることはもちろん、詐欺罪解明に必要な豊田商事全体の経理関係等営業実態に関する証拠が押収できるような事案でなければならない。また、当然のことであるが、捜索差押令状を得るためには、被疑者が罪を犯したと思料されるべき資料が必要とされるから(刑事訴訟規則一五六条一項)、単なる風評や推測に基づいて強制捜査に着手することはできないのである。
本件の場合、以下に述べるとおり、原告らの主張する時期において、原告ら主張の各種刑罰法規を適用して強制捜査に着手することは、令状を得るための資料不足あるいは事案の個別性、軽微性等からみて不可能あるいは不相当であったというべきである。
(一) 詐欺罪
(1) 現物まがい商法自体の詐欺罪該当性
原告らは、いわゆる豊田商法は、金地金が存在しないにも拘わらず金地金の現物を顧客に売ったとみせかけ、その引渡しを免れるためにこれを賃借するという形式を採ったものであり、顧客の方は、自分の購入した金地金が豊田商事に現実に存在し、その所有権が自己に移転したと考えて代金を支払ったものであるから、このような商法自体、詐欺罪に該当することは明らかである旨主張する。
しかし、右のような豊田商法の虚構性を立証するには、金地金が存在しないことの立証が不可欠であるところ、日本金地金流通協会の資料や都道府県警察が内部協力者から得た情報等から、豊田商事は契約高に見合うだけの金地金を保有していないのではないかと推測できたものの、豊田商事全体の金地金保有量に関する証拠はなかったのである。原告らが、豊田商法の虚構性の根拠とするところは、全て刑事被告事件においての論告あるいは判決であるが、右は、豊田商事に対する全国的な強制捜査の結果押収された証拠や刑事公判の審理を経て判明した事実であり、昭和五七年一一月あるいは同五九年五月の時点において、これらの事実が判明していたわけではないのである。また、仮に金地金の保有料が少なかったとしても、豊田商法は、顧客に売却した金地金を預かって保管しておくというものではなく、これを運用するというものであるから、豊田商事に常に契約高に見合う金地金が保有されていないことが直ちに詐欺罪を構成することにはならないのである。しかも、顧客の中には現実に金地金を償還されている者もいたことから、「金地金の原物がないのにこれがあるように装う」という形の詐欺罪が成立すると断定できなかったのである。
(2) セールストークの詐欺罪該当性
原告らは、豊田商事の社員の顧客に対するセールストークが純金現物取引であることを強調していたにも拘わらず、豊田商事の実態は金銭受入れ会社であって自転車操業を繰り返していた会社であり、また、換金自由、無税及び値上がり確実との金の三大利点を強調していたが、現実には純金ファミリー契約の解約は原則として認められず、無税は全くの虚言であり、値上がり確実というのも実態と異なるとし、このようなぎまんに満ちたセールストークを行っていたこと自体から、詐欺であることが明らかであった旨主張する。
しかし、前述のとおり、豊田商事における金地金の保有量が少なかったことは各対策会議当時、推測はされても、具体的な証拠があったわけではなく、セールストークが現物取引を強調していたからといって、セールストークそのものから直ちに詐欺であると判断するのは困難であるというべきである。
次に、豊田商事の償還能力についても、自転車操業の赤字会社であることは、やはり推測はできたものの、それを裏付ける証拠を得ていたわけではなかった。
また、もともと商品の広告・宣伝には、多少の誇張や虚構が伴うことが予想されるから、例え虚構の事実を告知しても、それが抽象的であるとか取引上重要でない事項に関するものである場合には、虚偽広告、誇大広告の範囲に止まるものであり、取引における重要な事項において具体的事実を偽った場合に初めて虚偽広告、誇大広告の限界を超え、詐欺に当たるものと解されているところ、金地金そのものは、その経済流通機構からみた場合には換金自由であることは間違いなく、また、長期的にみれば値上がりが望めるのであって、財産的価値としての絶対性、安全性、確実性という点もあながち否定できない。更に、右金の三大利点についてのセールストークも、金地金を購入してこれを賃貸借するという豊田商法全体の一部をなすものにすぎないのであって、顧客が金銭を出捐した動機は、右金の三大利点のみによるものではなく、金地金を購入して豊田商事に預けて運用して貰うことで高率の利益が得られるという点による面が大きかったものである。従って、金の利点はともかく、これを豊田商事に預けることで賃借料が支払われる上、償還期には確実に金地金又はこれに見合う現金の返還が受けられる点が真実か否かが欺罔、錯誤の内容として重視されなければならないのである。とすれば、結局、豊田商事にそれだけの償還の意思あるいは能力があったかどうか、即ち、豊田商事の経理実態を解明できなければ、セールストークの真偽の判断ができないというべきである。
(3) 福岡年金トーク事件の詐欺罪該当性
原告らは、いわゆる福岡年金トーク事件については、「企業年金に当たった。年金受給手続に通帳と印鑑が必要だ。」という客観的に虚偽の事実を申し向けて金員を騙取したというものであるから、償還可能性の有無を解明するまでもなく詐欺罪に該当することが明らかであり、かつ、豊田商事に年金制度が存在するのか否か、また、騙取して豊田商事に入金した金員がその後どうなったかを解明するために豊田商事福岡支店はもとより豊田商事本社の経理帳簿等の捜索・差押が必要となり、同事件ではそれができた旨主張する。
① しかし、豊田商事福岡支店の顧客の一人が、純金ファミリー契約締結時に豊田商事社員から受けとったメモには、「ファミリー」「三大利点」「純金」などといった文字が記載されていて、純金ファミリー契約の説明を行ったことがわかるが、このことから明らかなように、年金トーク事件の形態の中には、年金受給手続と偽り、純金ファミリー契約の説明なしに通帳及び印鑑を騙取するケースのみならず、年金トークによって顧客を来社させた上で、純金ファミリー契約の説明を行って契約させたケースがあったのであり、後者の場合には、やはり、顧客の側において金地金を購入して、これを豊田商事に預け、賃借料を得るとともに、満期には金地金又は金銭を返還して貰えるとの認識で契約に応じていることから、豊田商事全体の償還の意思あるいは能力の有無が判明せずして詐欺罪での強制捜査はできないというべきである。
② また、福岡支店において年金トークによる勧誘が行なわれたのは、昭和五八年一〇月ころから同年一二月末までの短期間で、しかも、この間に福岡支店が行った勧誘方法が全部年金トークであったわけではなく、年金トークによって勧誘された顧客は、美奈川弁護士において把握していた者が一〇人前後、地元西日本新聞の記者が把握していた者が一〇人強であり、豊田商事破産管財人への昭和六〇年九月一〇日現在での福岡支店関係の債権届出が七二〇件あることからみれば、年金トークによる勧誘方法が行なわれていたのは、ごく一部にすぎず、昭和五九年一月一日に新聞で報道された直後には、この勧誘方法を中止したことが認められる。更に、豊田商事本社は、福岡支店の年金トークによる勧誘方法を察知するや、問題ある行為として直ちに顧客との示談交渉を進めるとともに、福岡支店社員の処分を行う等事件の表面化防止に努めていたこと、顧客から相談を受けていた弁護士にあっても、金銭の返還を受けたいという顧客側の希望を受けて、右のような豊田商事からの示談の求めに応じ、おおむね弁償を受けていたことが認められる。
このように、ごく少数の顧客を被害者として詐欺罪を構成すると、当時の豊田商事において年金トークによる顧客に対する被害弁償は当初から十分可能であると判断され、実際に被害回復がされて顧客のほうも豊田商事の処罰を望まないとなると、起訴価値のない事件となるのであり、このような起訴価値の乏しい事案であることが分かっていながら強制捜査にはいるのは、正に帳簿を得るためだけの別件捜査とのそしりを免れないというべきである。
③ 更に、本件が、原告のいうように、年金支給手続に必要であるとの虚偽の事実を申し向けて通帳や印鑑を騙取したというものであるとすれば、詐欺罪としては通帳・印鑑の騙取で完結するものであり、しかも、年金トーク事件が発覚した後の豊田商事本社の対応をみれば、この年金トーク事件は、福岡支店社員がごく短期間に行った独自の手口であることが認められるのであって、本社の経理帳簿等の押収はもちろん、福岡支店の経理帳簿等の押収すら必要ではないことになるのである。このように、事件の軽重、起訴可能性をも併せ考慮すると、当時の福岡支店への捜査の実施は時期尚早であると判断せざるを得なかったのである。他方、敢えて福岡支店だけでも捜索に着手した場合、豊田商法全体への波及を恐れて本社の経理帳簿等が隠匿、破棄されるなどのおそれが十分に考えられ、この点からしても、豊田商法を刑事摘発するには豊田商事本社と同時に強制捜査に着手することが必要と判断せざるを得なかったのであり、豊田商事本社の犯罪容疑を見いだすべく慎重に内偵を継続することが必要な状況にあったことは明らかである。
④ 原告らは、豊田商事全体の刑事摘発までできなくとも、年金トーク事件が刑事摘発され、豊田商事福岡支店及び豊田商事本社が捜索され、関係帳簿が押収されれば、それだけで、マスコミによって社会問題化して取り付け騒ぎが発生し、あるいは役職員らの間に動揺が生じて、豊田商事の営業活動が停止するのは明らかであり、その結果本件原告らが被害に遭わずにすんだことは疑いない旨主張する。
しかし、これまで述べた年金トーク事件の個別性及びそれに対する豊田商事の対応からすれば必ずしもそのように考えることはできない上、このような原告らの主張は、被害の拡大防止のためには、会社倒産に追い込む目的での捜索をも行うべきであるということを意味するもので、本来の捜査の目的を逸脱しているといわざるをえない。
(4) 償還不能による詐欺罪該当性
原告らは、昭和五七年、同五九年の対策会議における各報告、説明内容をもって、詐欺の認定及びこれによる刑事摘発が可能であり、警察庁が情報不足であるとの否定的な判断を示したことにより都道府県警察の刑事摘発を阻止する役割を果たしたかの如く主張するので、この点を具体的に検討する。
① 原告らは、昭和五七年一一月の対策会議において、大阪府警が数字を挙げた具体的な情報を報告し、当時の豊田商事の実態をほぼ正確に伝えているのに、警察庁が情報不足と判断し、大阪府警による刑事摘発を阻止した旨主張する。
しかし、昭和五七年一一月の対策会議での報告内容の概要は、「推定では、月一三億円の売上をしている。売上のうち三分の一は人件費に消え、三分の一は営業資金で、残りの内の半分を商品相場等に突っ込んでいる。」「昭和五六年以降、五七年九月までに二三〇億円の総売上げで、最近は新規顧客を集めるのは困難化しており、再契約という形となっている。」といった程度のものであって、それ自体極めて大雑把な情報であることが明らかであるし、その情報も、内部協力者である元従業員三名(元セールスマン二名及び元経理課員一名)の事情聴取のみによって得られたもので、その情報の基になる基礎資料は一切入手できていなかったのである。また、右情報源である内部協力者も、経理課において帳簿の数値を見ていたものであるとはいえ、元従業員であって現社員ではないから、具体的な数字を記憶しておらず、記憶を喚起させた上での事情聴取をしても、正確な数字を得ることはできなかったのである。従って、結局、昭和五七年九月までの総売上げの計算は、月二〇億円掛ける一二か月で二四〇億円ないし二三〇億円などと大まかに計算したにすぎないものなのである。また、右内部協力者のうち、元経理課員については、昭和五七年の対策会議のころ、豊田商事と通謀されるおそれがでてきたことから、同人からの事情聴取を途中で止めるに至ったのであり、このような人物からの情報が正確なものであると断定はできなかったのである。
右の程度の情報によっては、豊田商事は赤字会社で、顧客への償還も自転車操業的に行われているのではないかという推測をすることは格別、直ちに豊田商事に対して強制捜査ができるような証拠とはなり得ないことは明白というべきである。そして、大阪府警としても、右情報を基に詐欺罪で強制捜査に入ることは考えていなかったのであるから、警察庁が、昭和五七年一一月時点での大阪府警による詐欺罪での刑事摘発を阻止したなどということは、ありえないのである。
② 原告らは、昭和五九年五月の対策会議において、大阪府警が、豊田商事の第二期貸借対照表を閲覧しうる内部協力者から得られた具体的で正確な情報を報告しているのに、警察庁が右情報では詐欺罪を認定できないと判断し、大阪府警に対し、この段階での詐欺罪での刑事摘発を断念させた旨主張する。
しかし、昭和五九年の対策会議での報告内容の概要は、「昭和五八年一月は全国で約四〇億円の売上になっていると予想される。」「経費等については、人件費は毎月一三億五〇〇〇万円、その他の経費は一三億円で、償還金、金仕入れ代金等を含め毎月会社を維持するためには四七億円が必要である。」「昭和五七年四月から昭和五八年三月までの決算期における損金は、三九億円で、今期決算は前期決算に倍する赤字になっているらしい。」「現在の契約状況は一日で二億円位、毎月五〇億円位あり、簡単に倒産するような状況ではない。」「導入金については、昭和五七年中、商品相場に一〇〇億円位の投機をしたらしい。」等というものであったが、右情報は、内部協力者であった元経理課員が、現経理課員から伝え聞いた話を供述したという伝聞供述に基づくものであって、右協力者から決算書類、決算報告書等入手しようと強力に働き掛けたものの、右協力者自身の保身ということもあって、豊田商事の第二期決算報告書関係も含め、経理関係書類の一部たりとも入手できなかったのであり、対策会議で報告した右情報の数字の根拠も、一人当たりの平均給与、一店舗当たりの電話代金及び家賃についての協力者の供述を基礎として、これらに一店舗当たりの社員数、店舗数等を乗じて推計していったものにすぎないのである。
このような推測の域を出ない情報をもって詐欺罪に該当すると認定し、強制捜査に着手することができないことは明らかであるから、その旨判断した警察庁の判断は相当であったというべきである。
③ 原告らは、都道府県警察が、刑事訴訟法により、税務署や国税局から、納税申告書、貸借対照表等の決算書類を入手することができることを前提とし、これらを入手すべきであったとか、昭和五九年五月の対策会議の時点では、大阪府警が豊田商事の決算報告書を入手していたかのように述べ、警察庁がこれら決算報告書を軽視して詐欺罪による刑事摘発を阻止した旨主張する。
しかし、大阪府警は、豊田商事の決算書類等は一切入手していなかったのであるから、原告らの主張は、まずこの点で誤っている。
また、都道府県警察がどのような捜査手法によって如何なる証拠を収集するかは、当該都道府県警察の裁量であり、税務当局から証拠書類を得ていないからといって、それが義務違反となるものではないばかりか、そもそも、税務当局は、国家公務員法上のみならず税法上の守秘義務との関係で、差押令状による場合や、国税局査察部が検察庁と共に強制捜査を行うという場合であれば格別、捜査関係事項照会に対して任意に決算書類等を開示するなどの情報提供をすることはないのである。
従って、都道府県警察が、税務当局からは豊田商事に関する決算書類等の提出を受けることはできないと判断して、税務当局に対して照会するなどの捜査を行なわなかったことは、何ら不当なものではない。
(5) 原告ら主張の捜査手法について
原告らは、警察庁が都道府県警察を積極的に調整して、豊田商事の実態について把握すべき事項を具体的指示した上で、知能犯罪に対する捜査手法を駆使してこれを解明するよう指導すべきであった旨主張するが、具体的事件の捜査は都道府県警察の権限に属するところ、都道府県警察は、自らの判断において豊田商事に対する可能な捜査を適切に行っていたものである。なお、以下の事項についての捜査は、以下に述べるように、困難なものであった。
① 豊田商事の営業方針や営業内容、導入金の流れ、役職員の認識等
右事項の捜査方法としては、豊田商事の内部協力者及び中途退職者等から事情聴取をすることが一応考えられる。
しかし、もともと豊田商事に勤務することによって利益を得、又は得ていた者の中から、捜査機関に純粋に協力してくれる者で、しかも、豊田商事に通報する心配のない者を探すこと自体、極めて困難な作業であることはいうまでもない。ようやく見つけた協力者が豊田商事側と通謀するおそれが生じたため、この者からの情報入手を諦めた経過や、豊田商事を退職した元役員でも、自ら豊田商法と類似の商法を現に行っているため協力者にできなかったことがあったことなどからも明かなように、内部協力者から情報を入手することは極めて困難であったのであって、社員あるいは元社員を呼んで事情聴取さえすれば明らかになるというようなものではないのである。
② 豊田商事の営業内容や顧客側の認識等
右事項についての捜査方法としては、通産省関係機関への相談者など、全国の多数の被害者から事情聴取をすることが一応考えられる。
しかし、豊田商事による被害者が膨大な数に上っていたのに対して、昭和五九年当時においても、大阪府警に対して苦情相談のあった顧客数は僅か一〇〇名前後であったことから、警察に届け出る顧客が如何に少数であったかが分かるし、通産省関係機関への相談者については、プライバシー保護の観点から相談者の氏名住所等は警察に対しても知らせない取扱いがされているのであって、都道府県警察が事情聴取できる顧客数は極めて限られていたのである。また、警察へ届け出た者であっても、家族に知られたくないとして事情聴取や調書作成に応じない者、金銭の返還を受けることが目的で警察を利用すべく届け出たというだけの者、豊田商事から償還を受けるや一転して捜査に協力しなくなる者が多数存在し、届出者の供述により事案の実態を把握することは困難なものであったのである。
③ 導入金の流れや使途、経費の額等
右事項についての捜査方法としては、銀行捜査やビルの賃貸人等への照会を行うことが一応考えられる。
しかし、内偵段階において豊田商事の銀行口座についての捜査を行うと、銀行から豊田商事に対して通知されるおそれは高く、如何に捜査上の機密保持の依頼をしても、銀行側が取引先を優先する可能性は十分にあるし、また、賃貸人等への照会についても同様である。従って、秘密保持の観点から、銀行捜査等を行う時期を慎重に検討し、一斉に実施することが必要なのであり、容易に銀行やビルの賃貸人に照会すべきものではないのである。
(二) 出資法違反罪
原告らは、豊田商法は、金地金の売買と賃貸借を仮装した金銭の受入れであり、出資法二条一項で禁止している「預り金」に該当するから、昭和五七年一一月及び同五九年五月の各対策会議の時点において、豊田商事に対し出資法違反による強制捜査に着手できた筈である旨主張する。しかし、原告らの右主張は、以下のとおり、いずれも失当である。
(1) 出資法二条一項の「預り金」該当性
出資法二条一項の「預り金」とは、不特定かつ多数の者からの金銭の受入れで、預金、貯金又は定期積金の受入れ及び借入金その他何らの名義をもってするを問わず、これらと同様の経済的性質を有するものをいい(同法二条二項)、右預金等と同様の経済的性質とは、元本額又はそれ以上の額を弁済期に返還することを約し、主として預け主のために保管することをいう。
ところが、豊田商法は、金地金の売買契約とその金地金の賃貸借契約とが混合した二段階構造を採っており、その契約内容を見る限りでは、豊田商事が顧客から受け入れた金銭は、金地金の売買代金であることになるから、こような金銭の受入れが、出資法で禁止される「預り金」といえるのかが問題となってくるのである。この点については、結局、金銭受入れ行為の経済的実態に即して総合的に判断するほかはなく、その経済的実態を判断する要素として、契約書内容、契約時の勧誘文言及び顧客の認識等を考慮し、元本保証の有無について判断することになる。
① 豊田商法は、まず、金の三大利点を強調して顧客に金地金を購入させ、次に、この金地金を運用して利益を上げるとして金地金を預けさせるものであって、契約書の記載もその形態を備えていたし、顧客の方も、あくまでも金地金の取得を目的として金銭を支払い、現物を取得した上で、その現物を豊田商事に賃貸したものと理解していたのであり、実際に、警察への苦情相談者で事情聴取を受けた顧客のうちの半数近くが、金地金を購入してこれを預けたとの認識を持ち、あるいは金地金を返還されていたのである。右のような取引形態からすると、豊田商事の受け入れた金銭は金地金の代金であり、運用するのは顧客から賃借した右金地金であり、顧客に支払われるのは金地金の賃借料であるという判断がなされうるのは当然であるというべきである。
② 次に、原告らは、豊田商事は常に金地金の売買と賃貸借を組み合わせた一体の取引として販売活動し、金地金の現物が顧客に引き渡させることは例外的な場合以外にはないことなどから、金地金の取引は仮装にすぎず、その実態は預り金にほかならない旨主張する。
しかし、右のような事実については、昭和五七年一一月の対策会議ないし同五九年五月の対策会議当時において推測はできても、強制捜査に着手できるだけの根拠は存在せず、原告らの右主張も豊田商事に関する本件刑事判決を根拠とするものであって、昭和六〇年の強制捜査で押収された証拠によって判明した事実なのである。また、豊田商事においては、例外的とはいえ、金地金の売買のみで取引を終わらせたり、現物を引き渡しているケースもあったし、金地金の売買と賃貸借が組み合わされた取引も法律的に有効と解する余地は十分にあり、その際現物が引き渡されないとしても、現実の引き渡しがなくても売買契約ないし賃貸借契約の有効性に変わりはないから(民法一八三条、一八四条)、原告ら主張の右事実のみで、顧客から豊田商事に対する金銭の支払が、預り金に該当すると認定できるものではないというべきである。
また、原告らは、豊田商事は僅かの見本を除いては金地金の現物を調達保管しておらず、現物がない以上、売買及び賃貸借が成立する余地はなく、従って、顧客の認識は預り金の性質の有無に影響がない旨主張する。
しかし、この点もまた、金の保有量が少ないのではないかとの推測はともかく、豊田商事に契約高に見合う金地金の保有がないことが判明したのは、昭和六〇年の強制捜査により関係証拠品を押収した結果であり、昭和五七年一一月あるいは同五九年五月の時点においては、預り金か否かを判断する一資料として顧客の供述を重視するほかはなく、顧客の認識が如何なるものであったかが取引内容を認定する証拠になるというべきである。
更に、原告らは、顧客の認識を考慮するとしても、豊田商事への金銭支払は、預金と同じ利殖手段であるとの認識であったのであるから、やはり、預り金である旨主張するが、利殖目的であったとしても、それは、現金を預けてこれを運用することで直接利益を上げてこれを取得するとの認識ではなく、あくまでも、購入した金地金を豊田商事に預けてこれを運用することで利益を上げ、利益の一部を賃借料として得るとの認識であったのであるから、これを迷わず預り金と断定することはできないというべきである。
③ 豊田商事の純金ファミリー契約は、契約書において、元本保証を規定していない上、満期償還時には、約定時と同種、同銘柄、同数量の金地金又は顧客の希望によっては、満期日における右金地金の豊田商事店頭価格による金銭をもって返還するという内容の契約であって、金の価格変動により約定時の価格より償還時の価格の方が下がっている場合が当然に予想されるのである。現に、この点を認識した上で契約している顧客や実際に金地金自体の返還を受けたり、契約時の支払額を下回る金額を償還された顧客も存在していたのであるから、結局、元本保証の要件を満たさないと判断せざるを得なかったのである。
原告らは、純金ファミリー契約は、満期に金地金又はこれに相当する金銭の返還を約する内容で、その経済的性質は、運用実績のいかんに拘らず元本をそのまま返還するものである旨主張するが、顧客から金銭を受け取った点を金銭受入れとみなしながら、金地金の返還をもってなぜ元本返還とみることができるのかという点が明らかではないし、金銭での返還の点を捉えても、当初の額を下回ってもなお元本保証があるとする理由も明らかではない。
また、原告らは、純金ファミリー契約は、契約に当たって安全確実である等のセールストークがされていることから、元本を保証した契約である旨主張するが、右のような「安全確実である」などの文言は、取引上の慣用句ともいうべきもので、真実元本保証したものかどうかの判断が困難であるし(証拠としては顧客の供述のみである。)、また、右の「安全確実」は、あくまでも、金の利点を強調した勧誘方法であり、金地金であれば、その価格が変動することは当然のことであるから、結果的に返還時に同量の金地金あるいはその時の価格を返還されたとしても、やはり元本保証とは考えにくいというべきである。
(2) その他
以上のとおり、昭和五七年一一月ないし同五九年五月の時点において、純金ファミリー契約の預り金該当性を消極に解し、豊田商事を出資法違反で強制捜査することは困難であるとの見解を示した警察庁の判断は何ら不当なものではないというべきである。
原告らは、昭和五七年一一月の対策会議までの大阪府警の捜査で、金地金の値上がりや利息が目的で金銭を支払ったとする出資法違反罪に沿う顧客の供述調書が作成されていたとか、同府警では出資法違反罪で刑事摘発することについて課の決裁も得ていたなどと主張し、警察庁が、対策会議において右のような大阪府警の情報に基づいて出資法違反罪の成否を検討した上、出資法違反罪での刑事摘発を承認していさえすれば、直ちに出資法違反罪による強制捜査に着手できていた旨主張する。
しかし、この時点で作成できた顧客の調書は、膨大な顧客数のうちの僅か一〇名分程にすぎず、その他の苦情相談者は、事実関係の説明について非協力的で調書の作成が困難な顧客であったし、大阪府警での課の決裁というのも、対策会議で出資法違反罪についての報告を行うことの決裁にすぎず、出資法違反罪で強制捜査に入るという方針を確定して決裁を受けていたものではないのである。
また、原告らは、昭和五九年五月の対策会議までの大阪府警の捜査で、顧客の事情聴取の結果、顧客が純金ファミリー契約を締結した動機は利息の高さにあることを把握していて、「被害者の認識」も「元本保証」も十分にクリアできる状態にあり、金地金の保有量も八〇キログラムであるという内部協力者からの情報も得ていたから、純金ファミリー契約が預り金に該当すると十分判断できたのに、金地金を現実に償還されている顧客がいるという例外的事象に拘泥して、大阪府警による出資法違反での刑事摘発を抑止した旨主張する。
しかし、昭和五九年五月ころの時点では、大阪府警への苦情相談者約一〇〇名のうち、金地金を預けたとの認識の者及び現実に金地金を返還された者が半数近く存在し、出資法違反に沿う供述調書が作成できたのは、僅か二五名にすぎなかったのであって、実態はともかく、現実に大阪府警が把握していた顧客の中で、金地金を返還された者は決して例外とはいえず、顧客の認識や元本保証の要件は満たされていなかったのである。だからこそ、内部協力者から顧客名簿を入手した上で、警察への苦情相談をためらっている多数の顧客の事情聴取を行い、出資法違反に沿う供述を得るとともに、金地金の返還を受けている者が顧客のうちごく例外であることを裏付けようとしていたのである。
捜査機関が強制捜査に着手する以上、当該法令に違反するとの嫌疑があると判断できるだけの資料が必要であることは当然であり、また、法令の解釈においても、将来予想される被疑者らの弁解を排斥できるだけの理論構成ができることが必要であって、単に、当該法令に違反する可能性があり、ともかく強制捜査さえすればこれに沿った証拠が収集できるであろうとの見込みだけで、強制捜査に着手することは許されないのである。
これまで述べてきたとおり、豊田商法については、当時の証拠関係からは出資法の適用は困難であったというべきであるから、当時の証拠関係の下において、出資法違反の適用を疑問とする解釈を示した警察庁の判断は正当というべきである。
(3) 脱法行為の禁止規定(出資法八条一項二号)の適用について
本条項は、何らの名義、如何なる方法をもってするを問わず、預り金等の禁止を免れる行為を禁止する規定であるが、その具体的適用例としては、例えば二条の金銭の受入れを収入印紙によって行うというような場合が考えうるとされていた。しかし、本規定は、禁止規定の実質的範囲を超え、処罰の範囲を拡張するものではないから、右規定は、「預り金」の要件である金銭受入れや元本保証を拡張したり、緩やかに解釈するものでなく、そもそも証拠上、金銭の預入れと認定できない場合や元本保証が認定できない場合をも脱法行為禁止の範疇に包含するものではないのである。
従って、警察庁が右規定を適用するとの判断をしなかったことは何ら不当ではないというべきである。
(三) 外為法違反罪
原告らは、昭和五九年五月の対策会議の時点において、兵庫県警が外為法違反罪によって豊田商事に対して強制捜査に着手することができたにも拘わらず、右対策会議で警察庁がこれを抑止した旨主張するが、以下のとおり、右時点においては、兵庫県警は外為法違反罪の端緒を得て捜査を推進していた段階であって、いまだ豊田商事の組織ぐるみの事案であるとの解明に至っておらず、その後兵庫県警は引き続き捜査を推進して組織ぐるみの事案であることを解明し、昭和六〇年六月、外為法違反罪の容疑で豊田商事本社等の強制捜査に着手したのであり、原告らの右主張は失当である。
(1) 捜査経緯と捜査状況
兵庫県警は、昭和五九年三月、別件である外為法違反事件の捜査の過程における銀行捜査により、昭和五七年一二月二七日に第一勧業銀行高麗橋支店において、発行依頼人上村征彰名義で、額面一〇〇万円の自己宛小切手五〇通(額面合計五〇〇〇万円)が発行されているのを発見した。この自己宛小切手が発行された経緯を認識するため、右上村征彰の身辺捜査を行ったところ、同名は偽名で、本名は上村嘉彦といい、豊田商事の子会社に勤務していることが判明した。
そこで、昭和五九年四月中旬、右上村に任意出頭を求め、自己宛小切手の発行依頼の目的等を取り調べたところ、同人の供述は、大要、①豊田商事が設立した台北市内所在の香港商恒昇国際有限公司台湾分公司の事務所賃借料等の経費に充当するため、豊田商事海外事業部長米戸千秋に相談して現金五〇〇〇万円を捻出して貰い、昭和五七年一二月二七日、これを台湾に送金しようとして銀行に行ったところ、送金理由の証明がないことから送金を断られたので、その場で現金を額面一〇〇万円ずつの自己宛小切手にして貰い、これを翌昭和五八年一月五日に大阪空港から台湾に持ち出した、②右小切手の一部は台湾で換金し、一部は自分が日本に持ち帰って換金し、四〇〇万円分(小切手四通分)は、台湾に来ていた米戸に依頼して一旦日本に持ち帰って貰い、円現金にして台湾に持って来て貰った、③送金について大蔵大臣の許可は受けていないなどというものであった。
更に、右五〇通の自己宛小切手の裏書に関する事実の捜査の後、同五九年五月中旬、米戸に任意出頭を求め、右村上の小切手無許可輸出事実を確認したところ、同人の供述は、大要①豊田商事が海外現地法人に貸付けをするときは、大蔵大臣に対する届出が必要であることは知っており、通常は、日本銀行大阪支店に対して届出書を提出している、②昭和五七年末に、台湾事務所の経費として、上村に五〇〇〇万円を用立てたが、実際に上村が五〇〇〇万円を受け取っていった場所には自分はいなかったので、どのように上村が送金したかは知らない、③昭和五八年三月に渡台した際、上村から五〇〇〇万円のうちの四〇〇万円分の小切手四通を日本で現金化して欲しいと頼まれたので、上村の要望どおり、これを日本に持ち帰って現金化した上、上村に渡したなどというものであった。
兵庫県警は、その後、関係者の事情聴取や銀行捜査を強力に行い、豊田商事会長永野ら会社役員の共謀による外為法違反の容疑を固め、昭和六〇年六月一五日、豊田商事本社等関係箇所の捜索を実施して関係証拠品を押収し、続いて関係者の取調べを行い、豊田商事が香港等に設立した現地法人に対し、無許可で、又は虚偽の届出等により、昭和五七年から昭和六〇年までの間に総額一九億六〇〇〇万円余りを不正に貸付け等した事犯を解明し、同六〇年一〇月に、一法人一二人を書類送検した。
(2) 外為法違反罪該当性と強制捜査の可否
① 前記昭和五八年一月、上村が総額五〇〇〇万円の自己宛小切手を台湾へ持ち出した事実及び同年三月に米戸が総額四〇〇万円の自己宛小切手を台湾から日本に持ち込んだ事実については、外為法一八条一項(許可を要する支払手段の輸出入)に該当する可能性がある。しかし、上村が小切手を持ち出した事実については、上村の供述によれば、現金の送金ができず上村自身の判断で行ったということであるから、豊田商事との共謀は認められないし、米戸の小切手持込みの事実については、米戸の供述によれば、台湾において上村から五〇〇〇万円を小切手化したことを聞き、自己の判断で日本に持ち帰ったということであるから、やはり、直接豊田商事が関知していると判断できなかったのである。従って、大蔵大臣の許可のない上村による小切手(総額五〇〇〇万円)の持出し及び米戸による小切手(総額四〇〇万円)の持込みの事実は、上村及び米戸個人の外為法違反として捉えざるを得なかったのであって、この時点での証拠資料によって豊田商事全体に対する強制捜査はできなかったのである。
② 他方、昭和五七年一二月二七日ころ、米戸が上村に対し、香港商恒昇国際有限公司の経費として五〇〇〇万円を渡した前記事実については、豊田商事からの金銭の貸付けとして、外為法二二条一項四号(届出を要する資本取引)に該当する可能性がある。
しかし、右事実によって豊田商事全体の捜索を行うためには、米戸や上村の犯行というだけでは足りず、豊田商事が組織ぐるみで無届けの対外直接投資を行っている容疑が明らかでなければならないところ、前記のとおり、米戸は、昭和五九年五月の時点において、海外法人への金銭貸付けの際には通常大蔵大臣への届出をしているが、本件五〇〇〇万円の貸付けに関しては、現金交付の場に自分がいなかったので具体的に上村がどのように送金したかは知らなかったと述べるなど、供述そのものが確定的でなく、右外為法に違反する貸付けの事実について豊田商事全体の共謀の事実の裏付けがなかったのである。これに加え、貸付け期間が一年を超えているか、本支店間における貸付けであるかなど、外為法上の届出除外事由の捜査も未了であった。従って、右時点で無届けによる対外金銭貸付け事実によって豊田商事を捜索することはできなかったのである。
③ 更に、外為法違反事件はいわゆる形式犯であって、関税法違反罪等との併合罪の関係にある事犯であれば格別、金額が五〇〇〇万円程度の外為法違反罪のみでは通常起訴猶予処分あるいは、せいぜい略式起訴に止まることが多く、このような起訴価値の乏しい事案であることが分かっていながら強制捜査に着手するのは、正に帳簿を得るための別件捜査とのそしりを免れないものであった。
④ 以上のように、昭和五九年五月時点で判明していた事実では、豊田商事による会社としての犯行であるとは認定できないことから、右事実に基づいて豊田商事の経理実態の全容解明に至るまでの証拠品の押収を行うことは困難であったというべきであり、仮に上村、米戸の個人の違反事実により部分的な捜索を強行すれば、豊田商法全体への波及を恐れた豊田商事側が、経理帳簿等の証拠品を隠匿、破棄するなどマイナス面の方が大きかったのであって、兵庫県警においては、右時点での外為法違反による捜索の実施は、不相当であると判断したのである。
そこで、豊田商事には同様の違反事実が数多くあるとの推測の下に、これらの解明を積み重ねて行けば、たとえ関税法違反罪等の実質犯を伴っていなくとも、大規模かつ組織ぐるみの悪質な外為法違反罪であることが判明し、広範囲の捜索・差押が可能になるとともに、外為法違反罪だけで立件する価値も出ると考えられたことから、兵庫県警としては、強力な内偵を継続して他にも外為法違反事実がないか捜査することとしたのである。従って、昭和五九年五月の対策会議において、警察庁が右立件のため捜査を続行するよう指示したことは相当であったというべきである。
(3) 原告らの主張の誤り
① 原告らは、米戸の報告書を根拠に、兵庫県警は、昭和五九年四、五月ころ、米戸を取り調べ、同人が昭和五七年暮れころ、大蔵大臣に届け出ずに、額面金額一億円の自己宛小切手を香港に不法持出し及び持ち込みをしたとの事実が判明していたことを前提とし、この一件だけでも立件する価値のある事件であり、昭和五九年五月の対策会議で右事実による刑事摘発が許されれば、このころ、外為法違反罪による強制捜査は、間違いなく実行できた旨主張する。
しかし、兵庫県警が昭和五九年三月に端緒を掴み内偵していた事実は、前述のとおり、昭和五七年一二月二七日ころ無届けによる対外直接投資を行った事実、昭和五八年一月五日、上村が額面合計五〇〇〇万円の小切手を台湾に持ち出した事実及び同年三月、米戸が右額面合計五〇〇〇万円の小切手の一部である額面合計四〇〇万円の小切手を台湾から日本に持ち込んだ事実だけであり、米戸に対する略式命令の罪となるべき事実でいえば、第四、第五の事実のみである。従って、米戸の報告書の内容は事実に反しており、この点において原告らの主張は明らかに失当である。
② また、原告らは、大和銀行堂島支店の口座を調査するだけでも、その他の外為法違反事実を容易に把握でき、直ちに強制捜査に着手できた旨主張する。
しかし、昭和五九年五月の対策会議の時点では、大和銀行堂島支店の口座は判明しておらず、右口座は、右対策会議後の兵庫県警の捜査によってようやく判明したものであるから、やはり、原告らの主張は失当である。
4 まとめ
以上1ないし3で述べたところを総合すれば、警察庁の公務員が原告らの主張する調整権限を行使しなかったことが著しく不合理であったとは到底いえないことは明らかである。
五警察庁の公務員の過失
前述したところから明らかなように、警察庁の公務員は、昭和五八年一一月あるいは同五九年五月の時点において、豊田商事に対する詐欺罪、出資法違反罪又は外為法違反罪による刑事摘発、強制捜査の可能性について、当時得られた情報及び知見に従って適正な判断の下で対応していたものであり、各刑罰法令の適用について誤った判断を行ったり都道府県警察の刑事摘発を抑止したものでない。従って、警察庁の公務員が原告ら主張の調整権限を行使しなかったことについて過失も認められない。
六結論
以上のとおり、警察庁の公務員が、原告ら主張の時期に、原告ら主張の規制権限を行使しなかったことについて、規制権限の存在、被害法益の性格、裁量権の消極的濫用、過失の有無などいずれの点から見ても、被告国が国賠法上の損害賠償責任を負う余地はない。
第三公取委の責任
一原告らの公取委関係についての主張
原告らは、豊田商法における誘引について、これがぎまん的顧客誘引、即ち独禁法一九条(一般指定八項)の規定に該当し、かつ、不当表示、即ち景表法四条一号、二号の各規定に該当するものであるとした上で、公取委は、そのことを認識し、又は認識するための重要かつ明白な端緒を得たことから、調査を進めれば容易にこれを認識することが可能であったとし、独禁法及び景表法に基づきその権限を行使して、豊田商法につき排除勧告、排除命令(独禁法二〇条、景表法六条)を発するなどの行政措置(具体的には金の現物売買及びこれを前提とした金地金の預託取引である旨の誘引・表示の排除措置、金の三大利点に関する誤認的誘引・表示の排除措置)をとるべき作為義務を負っていたにも拘らず、独禁法等の解釈及び運用を誤った結果、何らの審査(調査)も行なわず、排除措置もとることなく漫然と豊田商法の継続、拡大を放置したため、原告らに被害をもたらしたものであるとして、被告国はその責任を免れない旨主張する。
しかしながら、既述のとおり、公務員の不作為が国賠法上違法となるには、当該公務員が個別の国民に対して当該職務行為を行なうべき法的作為義務を負うことが必要であり、規制権限を問題とする場合には、それが法律上の根拠を有し、かつ、適法にそれを行使しうる場合でなければならない(前記第一の二1)。ところが本件においては、以下に述べるとおり、そもそも豊田商事に対し独禁法等を適用することはできず、また、原告らが排除勧告等によって受ける利益は反射的で事実上のものにすぎないから、その権限の行使が原告らに対して職務上の法的義務となる余地はないものである。そして、仮に、右の適用可能性が認められたとしても、右各法律に基づく権限の行使は公取委の裁量に委ねられているものであるから、原則として国賠法上違法とされることはなく、本件は、例外的にその不作為が著しく不合理であるとして違法とされる場合にも該当しない。従って、いずれにしても、原告らの右主張は失当というべきである。
二豊田商事に対する独禁法等の適用可能性
1 独禁法等の目的
原告らは、独禁法一条にいう「一般消費者の利益を確保する」ことと「国民経済の民主的で健全な発達を促進すること」が同法の究極目的であり、「公正且つ自由な競争」を確保することは、究極目的達成の手段と考えるべきであって、両者を一体として考えることが同法の立法趣旨に合致する旨主張する。
しかしながら、以下に述べるとおり、公正且つ自由な競争を確保することを究極目的達成の手段とする原告らの右主張は、理由がない。
(一) 独禁法一条は、「この法律は、私的独占、不当な取引制限及び不公正な取引方法を禁止し、事業支配力の過渡の集中を防止して、結合、協定等の方法による生産、販売、価格、技術等の不当な制限その他一切の事業活動の不当な拘束を排除することにより、公正且つ自由な競争を促進し、事業者の創意を発揮させ、事業活動を盛んにし、雇用及び国民実所得の水準を高め、以て、一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とする。」と規定し、同法の目的と適用上の解釈基準を示している。右規定は、同法の主要な規制方法が、私的独占の禁止、不当な取引制限の禁止及び不公正な取引方法の禁止の三種類であることを明らかにし、右規制方法によって、「結合、協定等の方法による生産、販売、価格、技術等の不当な制限その他一切の事業活動の不当な拘束を排除」し、同法の直接の実現目的である「公正且つ自由な競争」の促進を図り、これにより、「一般消費者の利益を確保する」と同時に「国民経済の民主的で健全な発達を促進する」ことを最終目標とするものである。
(二) ところで、本件で問題とされている「不公正な取引方法」については、更に独禁法の特別法である景表法が定められている。同法一条は、「この法律は、商品及び役務の取引に関連する不当な景品類及び表示による顧客の誘引を防止するため、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律…の特例を定めることにより、公正な競争を確保し、もって一般消費者の利益を保護することを目的とする。」と規定しているが、同法は、独禁法が禁止する不公正な取引方法の一類型である不当顧客誘引行為のうち不当な景品及び表示によるものを適切かつ迅速に規制するため、独禁法に定める規制手続の特例を定めたものであるから、本来、独禁法と同様の目的を持つものと解するのが相当である。従って、景表法一条は、「不公正な取引方法」の一つである顧客の不当誘引行為のうち不当景品類の提供及び不当な表示を定型化してこれを防止し、それによって公正な競争を確保することを直接の目的とし、その目的を達成することによって一般消費者の利益は当然保護されるものと解されるのである。
2 独禁法等の適用対象としての豊田商事の事業者性
(一) 前記のように、独禁法等は、「公正且つ自由な競争」を直接の実現目的とし、「公正且つ自由な競争」の実現を通じて一般消費者の利益の確保等の究極目的の実現を図るものであるが、このことは、同法等の各規定の解釈及び運用の基準として意味を持つとともに、その適用の範囲ないし限界を画する上でも重要な意味を持つものである。即ち、独禁法等は、基本的に「事業者」の行為でなければそもそも適用の余地がないのであるが、およそ同法等の適用対象となる「事業者」というためには、(1)「事業」、即ち何らかの経済的利益の供給に対して、それに対応する経済的利益の反対給付を受ける行為を反復継続して行うばかりでなく、(2)独禁法等の各種規制を通じて、公正且つ自由な「競争」、即ち「企業性の承認を前提とした、企業の能率、商品の価格・品質などをめぐって行われる競争」が可能となるような事業者でなければならない。なぜならば、このような事業者でなければ独禁法等を適用することによって、公正且つ自由な競争を促進し、「事業者の創意を発揮させ、事業活動を盛んにし、雇用及び国民実所得の水準を高め」ることもありえないからである。また、(3)ある一面では、事業者と認められる者の行為であっても、「公正且つ自由な競争」に関係のない行為については、他の理由で非難に値するものであっても、独禁法等の適用対象となるものではなく、この種の行為については、その行為の範囲内で事業者性を否定されるのである。
これを公取委の権限という見地からみると、授権の根拠となる独禁法等の目的によって権限行使の範囲が画されることになるのである。
従って、独禁法等が適用される事業者に当たるかどうかについての判断基準としては、一応、(1)ある目的で同種の行為を反復継続して行っているかどうか、(2)事業者として独立しているかどうか、(3)事業内容が、商品やサービスを供給し、その対価を受けるものであるかどうか、そして、外形的に右の要件を満たすだけでなく、(4)事業内容が独禁法の目的である公正且つ自由な競争の促進を図る余地のあるものであるかどうか等の諸点から考慮されるべきものである。
この事業者の意義については、学説においても、事業者概念の意義とその範囲を確定する場合、独禁法の目的にそって決定することが重要であり、競争秩序維持を目的とする独禁法の立場からは、事業とは、経済取引を行うこと、つまり継続的・反復的に経済的利益の給付に対する経済的利益の反対給付を受けることを指すと定義してよいと指摘されているように、独禁法等の目的である「公正且つ自由な競争」の促進という見地からみて経済事業(活動)を行う者に限られるとされていることに留意すべきである。
(二) ところで、豊田商法の実態は、結果的にみれば豊田商事の従業員によって組織的・集団的な反社会的行為が繰り返されたというものであるから、これが株式会社のような組織形態をとっていたからといって正常な会社法人といえるものでないことになろう。
従って、豊田商事については、前記の独禁法等が適用される事業者に当たるかどうかについての判断基準のうち、その事業内容が、商品やサービスを供給し、その対価を受けるものであるかという点につき、多大な疑問がある上、このような反社会性の強い違法不当な手段を用いた豊田商法には、独禁法の目的である公正且つ自由な競争の促進を図る余地は全くないのであり、同法等が規制の対象とする事業者には該当しないというべきである。
(三) 以上のとおり、豊田商事の実態は、極めて反社会性の強い違法不当な手段を用いて一貫して虚業を営んでいたものであるから、およそ独禁法等が予定する経済事業あるいは経済活動を行っていたものとは認められず、従って、豊田商事が独禁法等が規制の対象とする「事業者」に該当しないことは明らかである。
3 豊田商法の「不公正な取引方法」(ぎまん的取引)及び「不当表示」についての該当可能性
(一) 原告らの主張
原告らは、(1)豊田商事が、実際には顧客の注文書に見合う金を保有していないにも拘らず、個々の顧客の注文に対応する金地金を保有しているという事実を直接又は間接に表示することによって、顧客に投入資金の回収ないし元本の返還が保証されているかの如き誤認を与えており、それ自体が独禁法一九条(一般指定八項)のぎまん的顧客誘引及び景表法四条一、二号の不当表示に該当する、(2)純金ファミリー契約書等の年一〇パーセントないし一五パーセントの賃借料の支払約束の表示が、銀行預金などよりも高率の安定した運用利益の支払を顧客に保証しているとの誤認を与え、また将来における金の値上がり益の還元を保証された取引であるかの如き誤認をも与えており、これが前記各法条に該当する、(3)手段として用いられた金の売買勧誘における誘引・表示自体についても、金の値上がりが確実であること、金に課税されないこと、換金が容易であることなど金の商品属性について誘引・表示しており、これが前記各法条に該当するなどと主張する。
しかし、原告らの右主張は、以下に述べる理由からいずれも失当というべきである。
(二) 独禁法等の適用要件
独禁法は、「不公正な取引方法とは、左の各号の一に該当する行為であって、公正な競争を阻害するおそれのあるもののうち、公取委が指定するものをいう。」として、六つの類型を想定し(同法二条九項)、また「事業者は不公正な取引方法を用いてはならない。」(同法一九条)と規定して、不公正な取引方法を禁止する旨を明らかにしている。この規定の体裁及び列挙された事項の内容から、不公正な取引方法の要件については、行為形式に関する形式的要件として、(1)法律に列挙された事項に該当する行為であること、(2)公取委が指定したものであること、行為の実質的評価に関する要件として、(3)「公正な競争を阻害するおそれ」(いわゆる公正競争阻害性)があることの三つを挙げることができる。
また、この公正競争阻害性が独禁法の特例である景表法が適用されるための要件でもあることは、同法四条一、二号等において、それぞれ条文上「公正な競争を阻害するおそれがある」と規定されていることから明らかである。
(三) 豊田商事の活動と公正競争阻害性
公正競争阻害性における「公正な競争」とは、要するに、能率競争、即ち「良質廉価な商品又は役務の提供を唯一の手段として、顧客を獲得しようとすること」を指し、競争が当該商品又は役務の品質及び価格をめぐって行なわれる場合をいうのである。しかし、豊田商事は、豊田商事の破産管財人作成の第一回調査報告書(書証番号略)において指摘されているとおり、会社自体が利潤の追求を目指す企業形態をとっているものの、その実態は多数の顧客から金員を騙し取る活動組織にほかならなかったのである。このような商法に、市場における能率競争、即ち「良質廉価な商品又は役務の提供を唯一の手段として、顧客を獲得しようとすること」を観念することはできないのである。
従って、豊田商事の活動には、他の事業者との間の公正な競争といったことはおよそ考えられないのであるから、独禁法等が規制の対象とする公正競争阻害性の要件を欠き、この点からも独禁法一九条(一般指定八項)のぎまん的顧客誘引又は景表法四条一号、二号の不当表示に該当しないことは明らかである。
(四) 「不公正な取引方法」及び「不当表示」と豊田商法
独禁法二条九項は、如何なる行為を不公正な取引方法と認めるかについて、定義規定として各号を列挙した上、それに基づく公取委の指定によって、その内容が確定されることとしている(行為形式に関する形式的要件)。そして、「不公正な取引方法」に関する昭和五七年六月一八日公取委告示第一五号(一般指定)八項において「ぎまん的顧客誘引」とは、「自己の供給する商品又は役務の内容又は取引条件その他これらの取引に関する事項について、実際のもの又は競争者に係るものよりも著しく優良又は有利であると顧客に誤認させることにより、競争者の顧客を自己と取引するように不当に誘引すること。」と規定されている。
また、景表法四条は、「事業者は自己の供給する商品又は役務の取引について、次の各号に掲げる表示をしてはならない。」と規定し、「商品又は役務の品質、規格その他の内容について、実際のもの又は当該事業者と競争関係にある他の事業者に係るものよりも著しく優良であると一般消費者に誤認されるため、不当に顧客を誘引し、公正な競争を阻害するおそれがあると認められる表示」(同条一号)、「商品又は役務の価格その他の取引条件について、実際のもの又は当該事業者と競争関係にある他の事業者に係るものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認されるため、不当に顧客を誘引し、公正な競争を阻害するおそれがあるものと認められる表示」(同条二号)などを掲げている。
景表法の右規定は、独禁法二条九項に基づく一般指定八項の「ぎまん的顧客誘引」の規定を受けて、その要件を具体化する趣旨で置かれたものであり、基本的には相違はないが、独禁法の規定が顧客、即ち一般消費者、事業者に対する誘引を対象としているのに対し、景表法の規定は一般消費者に対する表示を対象としているところに相違がある。そして、一般消費者に対する不当表示には専ら独禁法の特例である景表法の規定が適用されることから、独禁法の規定は、事実上事業者に対する誘引及び消費者に対する表示以外の手段による誘引について適用されるものである。
ところで、これらの規定は、実際のもの又は競争者に係るものと比較した商品又は役務の「内容又は取引条件その他これらの取引に関する事項についての著しい優良性又は有利性」を問題としており、商品又は役務が存在することを適用の前提として、それが実際のもの又は競争者に係るものに比べ、著しく優良あるいは有利と誤認させる行為を禁止しているのである。また、これらの規定に違反する者に対しては、排除措置を採ることによって公正な競争をさせ、それによって、これらの法律の目的である事業者間の公正且つ自由な競争の促進を図ることとしているのである。
原告らは、「豊田商事の本質は借金を獲得するための詐欺商法であり、豊田商事は金銭受入れ組織であって、詐欺会社そのものであった。」と主張するが、原告らの主張する豊田商法においては、金地金又は現金の償還という商品又は役務の供給が豊田商事の側において当初から予定されていないのであるから、そもそも供給するべき商品又は役務は存在しないものであり、供給する商品又は役務が著しく優良あるいは有利と誤認させる行為は観念できないのである。結局のところ、これらの規定は豊田商法のような他の事業者との競争とは無縁な詐欺的行為を規制の対象として予定していないことは明らかであり、従って、豊田商法は、独禁法二条九項(一般指定八項)の「ぎまん的顧客誘引」あるいは景表法の「不当表示」の形式的要件にも該当しないものである。
4 まとめ
以上のとおり、原告らの主張を前提とする限り、豊田商事は、独禁法等の規制の対象となる「事業者」に該当せず、また、豊田商法は、同法等に規定する不公正な取引方法としての行為形式に関する形式的要件にも、実質的評価に関する要件としてのいわゆる公正競争阻害性の要件にも該当せず、同法等の適用の余地はないといわざるをえない。
従って、豊田商事及び豊田商法は、公取委の権限根拠規定である独禁法等の規制対象とはならないから、公取委はこれを規制する権限を有せず、そうであれば、原告らに対してその規制権限を行使する義務を負う理由はないといわざるをえず、この点で原告らの主張は既に失当である。
三権限行使による反射的利益
仮に豊田商事に対し独禁法等の適用の余地がありうるとしても、原告らが独禁法等の適用によって受ける利益は反射的利益ないし事実上の利益にすぎないから、独禁法等に基づく規制権限の行使が原告らに対する関係において公取委の公務員の職務上の法的義務となる余地はないというべきである。
即ち、前述したように、独禁法は、公正且つ自由な競争の促進を直接の実現目的とし、これを通じて一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の健全な発達を促進することを最終目的とするものであるから、その保護の対象となるのは、個々の消費者ではなく一般消費者即ち国民一般である。
そして、このことは、独禁法に定める規制手続の特例を定めた景表法についても、同様に解するべきである。
景表法は独禁法の特別法であり、両者はその基本的性格を同じくするもので、右各法律において消費者に付与されている利益は、各法律の適正な運用によって得られるべき反射的な利益ないし事実上の利益とされているのであって、仮に、公取委において独禁法ないし景表法の適用を誤ったとしても、このことから直ちに個々の国民が本来有する法律上の地位に影響を及ぼすものではないから、公取委に認められた各種の権限の行使が個々の国民に対する関係において、職務上の法的義務となることはないというべきである。
そうすると、仮に、豊田商事に対して独禁法及び景表法の適用の余地がありうるとしても、同法上の規制権限の行使が原告らに対する関係において職務上の法的義務となる余地はなく、従って、公取委の権限不行使が国賠法上違法となることは、およそありえない。
四公取委の権限不行使の違法性
1 独禁法上の排除措置及び景表法上の排除命令の裁量性
公取委には、主として独禁法により、種々の規制権限が与えられているが、本件で、原告らが公取委が行使すべきであったと主張する規制権限は、独禁法上の排除措置(同法二〇条)及び景表法上の排除命令(同法六条)である。しかし、以下のとおり、公取委がこれらの規制権限を行使するか否かは、その広い裁量に委ねられており、その不行使が国賠法上の違法を構成することは原則的にありえないことである。
(一) 独禁法上の排除措置は、「審査(調査)」―「勧告又は審判」―「審決」という手続で行なわれる。
(1) 審査(独禁法四五、四六条)
審査は、刑事手続に例えるならば捜査に当たるもので、その端緒は一般人からの違反事実の報告(同法四五条一項)又は公取委の職権探知である(同条四項)。具体的には、まず、事務局の審査部が予備審査活動を行い、審査部長からの事件の端緒、事実の概要等に関する報告に基づき(公取委の審査及び審判に関する規則九条一項)、公取委が事件の審査を必要と認めたときは、同事務局の審査部長及び地方事務所の職員の中から事件ごとに審査官の指定を行い、その者に事件関係人等に対する審訊、帳簿書類の提出命令、立入検査等の処分その他必要な調査を行なわせ、事件の審査に当たらせる(同法四六条二項、前記規則九条三項、同法四六条二項の審査官の指定に関する政令、公取委事務局組織令八条及び公取委事務局組織規程二条の四)。このような審査手続を開始することを「立件」と呼んでいる。
一般人からの報告があった場合には、公取委は必要な調査をしなければならない(同法四五条二項)が、それ以外の場合については、一般的に「公取委は、…職権をもって適当な措置をとることができる。」(同法四五条四項)と規程されており、他に、公取委の調査を具体的に義務づけた規定はない。
従って、公取委は、全ての違反事件を職権探知することを義務づけられていないことはもちろん、これを立件して審査活動を行うことも義務づけられているものではなく(前記規則九条三項)、一般人からの報告の場合を除き具体的事案について審査を開始するか否かは、公取委の裁量に委ねられている。
審査官の審査活動が終了すると、公取委は、審査官からの報告(前記規則一八条)に基づき、違反事実があると認められるときは、次の勧告又は審判の手続をとる。
(2) 勧告(同法四八条)
公取委は違反行為があると認めるときは、行為者に対し、適当な措置をとるべきことを勧告することができる(同条一項、二項)。行為者が勧告を応諾したときは、公取委は審判手続を経ないで、当該勧告と同趣旨の審決(勧告審決)をすることができる(同条四項)。なお、勧告が応諾されなかったときは、次の審判手続となる。
(3) 審判手続(同法四九条)
公取委は、事件を審判手続に付することが公共の利益に適合すると認めるときは、審判手続を開始する。なお、通常はまず勧告が行なわれるが、これを行わないで直接審判開始決定を行う場合もあり、いずれによるかは公取委の自由な裁量に委ねられている。
(4) 審決(同法五四条)
審判手続は、公取委又は公取委が事務局職員のうちから定めた審判官(同法三五条二項、三項、五一条の二)が審判機関となり、これと審査官及び被審人の三者による対審構造で訴訟手続に類似した手続により進められ、最終的に違反行為に対する排除措置等の審決がされる。審決に従わない場合には、過料や刑罰が科される(同法九〇条三号、九七条)。
(二) 景表法による規制措置は、聴聞を経て行う排除命令(同法六条)という簡易な制度が設けられているほかは、独禁法の手続と同様である(同法七条一項)。
(三) 以上のような、独禁法上の排除措置及び景表法上の排除命令に関する規定に照らすと、公取委が社会に客観的に存在する違反行為の全てについて職権探知を義務づけられているものとは到底認められないばかりか、公取委が事件の端緒となる事実に接した場合において、これを事件として立件し審査すべきか否かの判断は、当該行為の公正競争阻害性の程度、独禁法、景表法違反の構成要件該当性及び違反行為を認めるに十分な証拠の収集の可能性並びに公取委の取り扱う他の事件との均衡等の極めて専門的、技術的、政策的な事柄に係わるものであり、また、独禁法等が専ら公正且つ自由な競争の促進という公益保護を目的としていることに鑑みれば、立件すべきか否かの判断基準は、一義的に明確に決められるものではなく、公取委のその時々の状況を踏まえた上での広範な裁量に委ねられているというべきである。このことは、独禁法が、公取委が違反事件を調査するための要件について、「公取委は…該当する事実があると思料するときは、職権をもって適当な措置をとることができる。」(同法四五条四項)とし、また前記規則も、「委員会は…事件の審査を必要と認めたときは…ものとする」(前記規則九条三項)として極めて抽象的に定め、その具体的な内容については公取委の判断に委ねていることからも首肯される。
従って、仮に、豊田商事に対し、独禁法等の適用の余地がありうるとしても、公取委がその権限を行使するか否かは、その広範な裁量に委ねられているから、その権限の行使・不行使について当・不当の問題は生じても、原則として、職務上の法的義務違背という問題が生ずることはなく、その不行使について国賠法上違法ということはありえない。
2 本件における公取委の権限不行使の違法性
前記第一の三で述べたとおり、規制権限の不行使が著しく合理性を欠く場合には、例外的に、裁量に係る規制権限の不行使が国賠法上違法となる余地もありうるが、規制権限の不行使が違法となるか否かの判断に当たっては、前述のとおり、具体的諸事情の下において、権限行使を行政庁に委ねた根拠規定の趣旨、目的、性質等を十分に検討し、規制権限行使に積極的に作用する事情のみならず、消極的に作用する事情等も総合的に考慮した上で、その不行使が著しく不合理と認められるか否かの観点から判断すべきである。
これを本件の公取委関係の権限不行使について検討すると、以下のとおり、その不行使が著しく不合理とは認められず、これが国賠法上違法になるとは到底いえない。
(一) 独禁法等の趣旨、目的等
これまで述べたとおり、独禁法等は、公正な競争秩序の維持、即ち公共の利益の実現を目的とするものであり、これにより個々の消費者が受ける利益は、右公益に完全に包摂されるものであって、独禁法等の規定の適正な運用によって得られる反射的ないし事実上の利益にすぎないのである。また、公取委が独禁法等によって付与された権限の行使は、絶えず変動し複雑多岐にわたる経済事象を対象とし、極めて専門的かつ技術的な判断に基づいてされるのであるから、その裁量権の範囲も広範なものというべきである。このような法の趣旨、目的、規制権限の性質等に鑑みれば、公取委の権限の不行使が裁量権の濫用といえるほど著しく不合理であると認められることは通常ありえない。
(二) 被害法益、被害者側の事情、国民の期待等
(1) 前記第一の四で述べたとおり、本件の場合、原告らの主張する被害法益は、生命、身体、健康と対比すると代替性のある財産権である上、本件における豊田商事との取引は原告ら個人の意思に基づく選択によってされたもので、原告らにおいて損害を回避しえたのであり、公取委の規制権限の行使がなければ右被害を回避できなかったということはできないのである。従って、本件における公取委の規制権限の不行使が著しく不合理であるとして、国賠法上違法と評価されることはない。
(2) また、豊田商事の従業員が行っていた行為は、反社会性の強いものであり、他方、公取委に与えられた権限は、公正な競争秩序を維持するために与えられた審査及び審判権というような限られたものであることに照らせば、仮に、公取委が右権限を行使したからといって、豊田商事の一連の行為、態様等からみて、豊田商事に直ちにその行為を中止させ、原告らが被ったとする損害の発生を防止しえたとは認められないところである。
(3) 更に、本件において、国民の側から公取委に対して権限行使が求められたことは、昭和六〇年六月一三日に京都弁護士会から独禁法に基づく報告(申告)がされたことを除けば全くなく、昭和五八年には悪徳商法被害者対策委員会会長である堺次夫が公取委に豊田商法に関する資料を提供したものの、同人は、近く予定されている関係国会議員の質問に当たり参考となる情報を得たいので独禁法等についての考え方を教えて欲しいと申し出て来庁したにすぎなかったのである。
また、当時の新聞等の報道などによっても豊田商法に公取委が規制を加えるべきであるとの論調は一切見当たらず、これらの事情に鑑みると当時、豊田商法について公取委が規制権限を行使することを国民が期待していた状況になかったことが明らかである。
(三) 公取委の対応等
本件において、公取委が、豊田商法に対する独禁法等の適用可能性につき、どの程度の事実を認識し、また、右認識によりどのような判断をしていたのかについてみると、公取委は、当初新聞報道のみによって豊田商法に関する情報を得ていたにすぎず、その内容からみて、独禁法等の規定に違反する疑いがあるとして審査手続の開始に及ぶまでのことはないと判断しえたのであり、昭和五八年九月三〇日、堺次夫によって純金ファミリー証券と題した証券等が提供されて初めて具体的資料を得たものの、右資料を検討しても、なお公取委が独禁法に規定された職権を発動すべきものであるとは認められなかったのである(もとより、堺次夫は、独禁法四五条一項に基づいて報告(申告)をしたわけではなかった。)。その後も、公取委は、豊田商法について独禁法等の適用の可否を検討したが、当時入手した資料によれば、やはり独禁法の目的である公正且つ自由な競争の維持促進という見地からみて豊田商法に同法を適用することはできないと考えられたのである。即ち、新聞等の報道によると、同商法では、「金はいつでも換金でき、将来も値上がり確実で、銀行預金よりも有利である。」等のセールストークが用いられているとされていたが、金地金の取引は、金の値下がりによるリスクを伴うことが公知である取引行為である一方、右セールストーク中の「金は値上がり確実」との点は、中長期的にみれば必ずしも事実に反するとまではいえないことに鑑みると、右のようなセールストークが景表法四条に規定する「実際のもの又は…他の事業者に係るものよりも著しく有利であると一般消費者に誤認される」との要件を満たすとは認められなかった。また、当時の資料によれば、結局豊田商事と顧客との間の法律関係は、金地金の売買と賃貸借の部分に分けることができ、売買契約の部分についてみても、例えば純金でない物を純金と表示して売りつけるというような商法であるとはいえず、賃貸借の部分についてみても、一定期間の経過後金地金を返還すると約束したにも拘らず豊田商事がこれを履行しないという点に問題があると考えられるに止まり、いずれの部分についても直ちに独禁法等の規定に反するものと断ずることができなかったのである。
従って、公取委は、その権限に係わる事項として、独禁法により保護されるべき法益に対する侵害の危険性について認識していたわけではないし、当時公取委が把握した事実の下では、その認識の可能性もなかったものである。
(四) まとめ
以上のような公取委がその権限を行使しなかった諸事情を総合的に判断すると、豊田商法につき公取委がその権限を行使しなかったことが著しく不合理であるとはいえず、従って、その権限不行使が違法であるとは到底いえない。
五公取委の公務員の過失
これまで述べてきたように、公取委の公務員は、昭和五八年九月以降、豊田商事に対する独禁法等による規制の可否について、各時点において得られていた情報及び知見に従って適正な判断を下していたものである。従って、公取委の公務員が独禁法等に基づく規制権限を行使しなかったことについて過失も認められない。
六結論
以上のとおり、公取委が独禁法等に基づき豊田商事に対し排除勧告等を行わなかったことについて、独禁法等の適用の可否、原告らの受ける利益の性質、裁量権の消極的濫用のいずれの点からみても、被告国が国賠法上の責任を負う余地はないというべきである。
第四法務省
一原告らの法務省関係についての主張
原告らは、豊田商事は、その前身である旧豊田商事の約二〇億円の和解金支払を免れ、一般大衆から金銭を不法に収奪するため公序良俗に反する勧誘方法を用いて営業活動を行うという、商法五八条一項一号に規定する「不法ノ目的」をもって設立された会社であり、かつ、その取締役らは、継続反復して法令等で定められた会社の権限を踰越、濫用し、また、詐欺、出資法などの刑罰法令に違反する行為を行っていたものであるから、同条一項三号に該当するとし、このことを理由に、法務大臣は、昭和五八年一一月(遅くとも昭和五九年春)ころまでには、商法五八条に基づいて豊田商事に対し営業停止をさせるべく書面による警告を発し、裁判所に対し解散命令を求める申立てをし、その違法行為の継続を停止させるべき作為義務があったのに、これを怠ったため豊田商法の継続を許し、原告らの本件被害を発生させたとして、被告国は国賠法上の責任を負うと主張する。
しかしながら、既述のとおり、公務員の不作為が国賠法上違法となるには、当該公務員が個別の国民に対して当該職務行為を行うべき法的作為義務を負うことが必要であり、規制権限を問題とする場合には、それが法律上の根拠を有し、かつ、適法にそれを行使しうる場合でなければならない(前記第一の二1)。ところが、本件においては、以下に述べるとおり、法務大臣は、右警告及び解散命令の請求権限を適法に行使しうるような状況になく、また、原告らが右権限行使によって受ける利益は反射的で事実上のものにすぎないから、その権限の行使が原告らに対して職務上の法的義務となる余地はない。更に、右権限の行使は法務大臣の裁量に委ねられているものであって、原則としてその不行使が国賠法上違法とされることはなく、本件は例外的にその不行使が著しく不合理であるとして違法とされる場合にも該当しない。
二法務大臣が警告の発出・解散命令請求をしうる状況になかったこと
1 会社の解散命令制度
会社の解散命令の制度は、商法が会社の設立につき準則主義を採用し、自由な設立を認めている結果、会社の濫設や設立詐欺などの弊害も生じ易いため、その弊害を除去するための一方法として採用されたものであり、法務大臣又は株主、債権者その他の利害関係人の請求により、裁判所が当該会社が商法五八条一項一号ないし三号に該当し、「公益ヲ維持スル為会社ノ存立ヲ許スベカラザルモノ」と認めたときに、会社の解散を命じうるものとされている。
昭和二五年の商法改正前の規定は、「会社ガ正当ノ事由ナクシテ其ノ成立後一年内ニ開業ヲ為サズ又ハ一年以上営業ヲ休止シタルトキハ裁判所ハ利害関係人若ハ検事ノ請求ニ依リ又ハ職権ヲ以テ其ノ解散ヲ命ズルコトヲ得」(一項)、「会社ノ業務ヲ執行スル社員、取締役又ハ監査役ガ法令又ハ公ノ秩序若ハ善良ノ風俗ニ反スル行為ヲ為シタル場合ニ於テ会社ノ存立ヲ許スベカラザル事由アルトキ亦前項ニ同ジ」(二項)と定められていたものを、右改正により、解散命令は公益維持のためにのみ発しうる旨を明定するとともに、改正前は、取締役らが「公ノ秩序若ハ善良ノ風俗ニ反スル行為」をした場合は直ちに解散を命ずることとなっていたのに対し、解散命令を発しうる場合を明確にして、「不法ノ目的」をもって会社が設立された場合に解散命令をしうる規定を設け(同条一項一号)、また書面による警告を受けたにも拘らず、会社の営業を執行する取締役らが「定款ニ定ムル会社の権限ヲ踰越シ若ハ濫用スル行為又ハ刑罰法令ニ違反スル行為ヲ継続又ハ反復シタ」場合に解散命令を発しうるとの規定に改めた。このような規定に改めた理由は、解散命令が、公益維持の見地からされることを明らかにするとともに、自然人についていえば死刑の宣告にも当たる重大な法的効果を伴うものであり、突然の請求により直ちに解散を命ずることは行き過ぎではないかという考慮から、一旦法務大臣が書面により警告し、会社の理事者等に反省の機会を与えた上、それにも拘らず重ねて違反行為があった場合に法務大臣が会社の解散を裁判所に請求できることとしたものである。
2 商法五八条一項一、三号の要件充足についての法務大臣の認識可能性
法務大臣は、解散命令の請求をするに当たっては、商法五八条一項各号の要件の充足を認定する必要があるが、現行法上、法務大臣には右認定をするための事実調査権限が何ら存在しない。原告らは法務省設置法及び法務省組織令を根拠として法務大臣に解散命令を請求するための独自の調査権限が認められると主張するが、法務省設置法等はいわゆる組織規範と呼ばれるもので、各行政主体間の機能の分担及び各行政主体の機関相互間の権限の分配を規定するものであり、国民に対する行政作用の根拠ないし基準を規定するいわゆる行政作用法とは明確に異なるものである。即ち、法律による行政の原理からして、右のような行政組織法から直接国民に対する行政作用の一つである調査権限を認めることはできないというべきである。そして、法務大臣の右認定に資するものとしては、僅かに非訟事件手続法一三四条ノ四が「第一六条ニ規定スル者ハ其職務上商法第五八条第一項ノ請求又ハ警告ヲ為スベキ事由アルコトヲ知リタルトキハ之ヲ法務大臣ニ通知スベシ」と規定しているだけである。従って、現行法の立場は、同法一六条に規定する者、即ち「裁判所其他ノ官庁、検察官及ヒ公吏」が、法務大臣に対して適切な通知をすることを期待しているものと認められ、この通知に際しては、事実の通知だけでなく事実調査の手段を有しない法務大臣が事実を認定するに足りる証拠も含めて通知をすることを予定しているものと解される。
本件においては、原告らの主張する時期において、法務大臣に対して右の通知は一切されていない。従って、法務大臣は、右法律の要件が充足されていることについての認識を得ることはできなかったから、警告ないし会社解散命令の請求をしうる状況になかった。
以上のように、法務大臣に右権限を行使すべき作為義務を認めることはできず、原告らの主張は失当である。
三権限行使による反射的利益
法務大臣の会社解散命令の請求権限の行使は、右二1で述べた会社解散命令制度の趣旨からも、また、個々の国民には警告を発すべきこと又は会社解散命令の申立てをすべきことを法務大臣に請求する権利が認められていないことからも、一般的な公益維持の目的でされることは明らかである。従って、法務大臣の右権限行使により個々の国民が受ける利益は、反射的にもたらされる事実上の利益にすぎないから、法務大臣の右権限の不行使が原告らにとって違法な法益侵害となることはあり得ず、また、右権限の行使が原告らに対する関係で法務大臣の職務上の法的義務となる余地は全くないのである。この点においても、原告らの主張は失当である。
四法務大臣の権限行使の裁量性
会社解散命令の請求権限の行使に関しては、これが公益維持の観点から判断されること、また、その結果生じる事態が会社の解散という死刑判決に等しいものであることを考慮すると、法務大臣には広範な裁量権が認められると解される。従って、その行使については原則として違法の問題は生じないが、前記第一の三で述べたとおり、権限の不行使が著しく合理性を欠く場合、その不行使が国賠法上違法となる余地がありえないではない。
ところで、権限の不行使が著しく合理性を欠くかどうかの判断のためには、以下に述べる、法の趣旨、目的等、被害法益の性質、被害者側の事情等、更にはその当時明らかになっていた事実関係などの諸事情を総合考慮して、検討すべきである。
1 法の趣旨、目的等
会社の解散命令は公益維持の見地から発出されるものであること、その結果が会社解散という極めて重大な効果を生ずるものであること、法五八条一項三号の場合には、法務大臣からの書面による警告がされてもなお違反行為が継続、反復するときに初めて命令がされること、法務大臣は解散命令の請求につき広い裁量権を有すると考えられることは前述のとおりである。そうすると、法務大臣の右請求権限の行使がなされるのは、むしろ、法定要件を慎重に判断し、他の方法では公益を維持できないと考えられる極めて例外的な場合に限られると解すべきで、その不行使が著しく不合理と評価されることは通常ありえないというべきである。
2 被害法益、被害者側の事情等
前記第二の四2で述べたように、原告らの主張する被害法益は、生命、身体、健康と対比すると代替性のある財産権である上、原告らと豊田商事とは私的な取引関係に立つから、それによる損害についての責任は本来的には自己に帰すべきであり、従って、右取引関係から生ずる損害回避の第一次的責任は原告らにあるから、法務大臣の解散命令請求等が行われなければ、被害を回避することができなかったということはできない。この点を考慮しても、本件において法務大臣の右権限不行使が国賠法上違法とされることはないというべきである。
3 法務大臣の認識
前述のとおり、法務大臣は事実調査権限もなく、他の行政庁からの通知もされておらず、豊田商事の実態についての十分な認識がなかったから、本権限を発動する状況になかった。
また、昭和六〇年六月、衆議院特別委員会で質疑が行なわれた時点においてさえ、いまだ捜査機関において捜査を実施中であって、他の行政庁でも豊田商事の実体を把握しかねていたものである。従って、豊田商事が、実態は不法の目的で設立されたとする原告ら主張の事実についても、法務大臣としては認識しえない事柄であった。
4 まとめ
以上検討したところによれば、法の趣旨、被害者側の事情、法務大臣の当時の認識などからして、法務大臣が豊田商事に対し商法五八条一項の各権限を行使をしなかったことが著しく不合理であったとは到底いえない。
五結論
以上のとおり、法務大臣が原告ら主張の時期に警告の発出や会社解散命令の請求を行わなかったことについて、右権限行使の条件、原告らの受ける利益の性格、裁量権の濫用の有無のいずれの点からみても、被告国が国賠法上の責任を負う余地はない。
第五通産省・資源エネルギー庁の責任
一原告らの通産省等関係についての主張
原告らは、昭和五八年一一月(遅くとも同五九年春)ころ、通産省の牧野消費経済課長や通産省資源エネルギー庁の高木鉱業課長が、豊田商事に対して、訪問販売の方法による新規の勧誘及び金地金を引き渡さないまま契約を締結することを停止するように求めるか、そうでなければ、契約高に見合う金地金を保有するように求める行政指導を実施すべき作為義務を負っていたのに、これを怠ったから、被告国は国賠法上の責任を免れないと主張する。
しかしながら、既述のとおり、公務員の不作為が国賠法上違法となるためには、当該公務員が個別の国民に対して、職務行為を行うべき法的義務を負うことが必要である。ところが、以下に述べるとおり、原告らが主張する各行政指導は、全く法律の根拠に基づくものではなく、その実施は全て通産省等の公務員の全く自由な裁量によるべきものであるから、右各行政指導を実施することが、個別の原告らに対する関係において、右公務員の職務上の法的義務となることはありえない。従って、右公務員が、これらの行政指導をすべき作為義務を法的に負っていることを前提とする原告らの主張は、この点で既に失当であり、仮に極めて限定的に作為義務が発生する場合がありうるとしても、本件は到底これに該当しない事案であることが明らかである(前記第一の六)。
二行政指導の根拠
1 通産省設置法三条二、三号、四条三五号、通産省組織令(平成二年政令第一三一号による改正前のもの)五四条、一三三条の法的性質
これらの規定は、いわゆる組織規範と呼ばれるもので、通産省等の権限の事項的限界を明らかにすることを目的としたものである。即ち、通産省設置法三条は、同省の任務としてその所掌事務を包括的に規定し、同法四条において更にこれを具体的に規定しているものである。そして、同法五条においては、右所掌事務を権限の観点から規定しており、同条が、「但し、その権限の行使は、法律(これに基づく命令を含む。)に従ってなされなければならない。」と規定しているように、右規定から直ちに国民に対する権限行使が可能となるものではない。このように、行政組織法は、各行政主体間の機能の分担及び各行政主体の機関相互間の権限の分配に関する法規であるから、行政主体の内部の規律をその対象とするものであって、行政客体、即ち国民に対する行政作用の根拠ないし基準を規定するいわゆる行政作用法とは明確に異なるものであり、組織規範に権限規定のようにみえるものがあるとしても、個別の行政作用法上の根拠規定がない以上、行政客体に対する権限行使は許されないものである。
従って、これら組織規範から、原告らの主張するような行政指導をすべき作為義務が生ずることはないし、まして、個別の国民との関係において、その義務が発生することはありえない。
2 訪問販売法
訪問販売法は、政令指定商品を規制対象としているものであるから(同法二条三項)、本件について同法が適用されるためには、まず、金が政令で指定された商品であることを要するが、金は政令による指定を受けていない。
その上、豊田商法に係るトラブルは、訪問販売法で規制されている、訪問販売に係る売買契約に関する「書面の交付の義務付け」や「クーリング・オフ」等の問題ではなく、金の賃貸借契約の期間終了後に金地金を返還していないとか、途中解約に容易に応じないとか、金地金をどのように運用しているかという問題であり、もともと訪問販売法の規制体系の範囲外のものである。
従って、豊田商法に対しては、訪問販売法を適用し、同法に基づく行政指導をすることができなかった。
3 海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律
同法は、先物取引を対象にして規定されている(同法二条)ものであり、豊田商法がこのような先物取引を内容とするものでなかった以上、同法に基づく行政指導をすることもできなかった。
4 消費者保護基本法二条、七条、一〇条
消費者保護基本法は、後記第六で詳論するように、消費者行政の根本理念ないし目標、消費者行政における施策の概括的方向、各関係者の基本的責務・役割等を明らかにしたものであり、右規定自体から直ちに何らかの法的効果が生ずるものではなく、いわゆるプログラム規定といわれる性格の法規である。従って、同法の右各規定から、通産省・資源エネルギー庁において原告ら主張の行政指導をすべき作為義務が生ずることはありえない。
5 まとめ
以上から明らかなように、原告らの主張する行政指導は法律に権限の根拠を持たないものであり、個別の国民に対してその作為義務が生じないことが明白であって、原告らの主張は、既にこの点で失当である。
三行政指導の裁量性
また、行政指導は、法的拘束力も強制力も有せず、当該公務員の全く自由な裁量に委ねられているから、この意味でも、その不行使が国賠法上の違法性を帯びることはありえない。しかし、極めて限定された状況においては、当該公務員にその作為義務が生じるとの考え方もあるところから、念のため、本件における通産省等の公務員の行政指導の不作為に関しては、右限定された状況がなかったことはもとより、著しい不合理性もなく、国賠法上違法とされる余地がないことを明らかにする。
1 行政指導の実績
現在の経済社会においては、必ずしも法令の制定、改正を待つことなく、機動的、弾力的な行政の運営を行うことが必要となる場合が少なくないことも事実であり、このような場合には、個別具体的な法的規制権限がない場合においても、通産省等の所掌事務の範囲内において、関係法令に準拠して、通産省設置法に基づき、例外的に行政指導をすることがあるが、このような行政指導は、最低限、関係法令に準拠していることを必要とし、しかも、極めて慎重かつ控え目に行われることを要し、いやしくも法律による行政の原理に悖るものであってはならない。更に、このような行政指導のためには、少なくとも指導の必要性、妥当性を判断するのに必要な事実関係の把握がなされていることが必要であり、かつ、指導の対象となる企業の任意の同意、協力が見込まれる場合でなくてはならない。
原告らが通産省の行った行政指導の実績として主張するものは、以下に述べるとおり、いずれも訪問販売法のカテゴリーに属し、行政指導することに基本的な問題はなかった事例であり、かつ、右に述べた要件を充足しているものであった。
(一) 衛生用品の過量販売に対する業者への改善指導
この衛生用品(コンドーム)は、まず、訪問販売法上の訪問販売の対象となる政令指定商品であり(昭和六三年一一月八日政令第三一九号による改正前の訪問販売等に関する法律施行令一条別表第一の一九号)、次に、この業者の営業活動が訪問販売法上の訪問販売形式で行われていたものである。しかも、問題となったのは、クーリング・オフの点である。
確かに、過量販売を規制する法律はなかったが、この事例では、右のとおり、基本的に訪問販売法の適用される事例であったので、通産省は一部開封済みのもの以外の衛生用品についてクーリング・オフに応ずるように業者を説得するとともに、併せて過量販売やセールストークの改善を申し入れることができたのである。
(二) カーワックス等を販売しているマルチ組織業者への改善指導
カーワックスは、まず、訪問販売法上の規制対象である連鎖販売取引の対象となる物品であり、連鎖販売取引の販売方法に係るものであった。しかも、問題となったのは、クーリング・オフの点(但し、期限が過ぎていた。)である。
右のとおり、この事例でも、訪問販売法の適用される事例であったことは間違いなかったので、一部の返品に応ずることで解決が図られ、通産省としては、連鎖販売取引についての遵守事項を告げるとともに、クーリング・オフ対応についての改善要請をすることができたのである。
(三) 自動販売機の販売
自動販売機自体は、訪問販売法上の訪問販売の対象となる政令指定商品ではないが、この売買契約書には、全国自動販売機協議会監修の標準的約款が使用されており、同約款では消費者保護の見地からクーリング・オフの規定が採用されていたものである。しかも、販売形態は、訪問販売法上の訪問販売形式で行われており、問題となったのは、自動販売機設置後のクーリング・オフの問題であった。
そこで、右約款のクーリング・オフは、訪問販売法及び割賦販売法で規定するクーリング・オフと同義語であったことから、訪問販売法の趣旨をストレートに適用することができたので、通産省は、業者に対し、法令の趣旨を踏まえた運用をするように指導するとともに、虚偽のセールストークについての改善等を要請することができたのである。
(四) シーボン化粧品
シーボン化粧品の販売品は訪問販売法上の訪問販売の対象となる政令指定商品であって(前記別表第一の二一号)、同社の活動形態の大半が訪問販売形式で行われていたものであり、問題となっていたのはやはりクーリング・オフの点であった。従って、同社の事例においても、訪問販売法に基づく指導をすることに基本的な問題はなかったものであり、通産省は、クーリング・オフを実行させるほかキャッチセールスに対する改善要請をすることができたのである。
(五) まとめ
以上のとおり、原告らが主張する行政指導の実績なるものは、結局、訪問販売法上のカテゴリーで問題となる「クーリング・オフ」をめぐる問題を中心として、これに併せて付随する勧誘行為等についても是正を求めた事例に限られるものであり、かつ、行政指導の必要性を判断するに足りる事実関係の把握もされ、対象企業の同意も見込まれた事案であった。これに対し、豊田商法の問題点は、前述のとおり、訪問販売法上のクーリング・オフの問題ではなく、訪問販売法上の訪問販売の対象となる政令指定商品ではない金の賃貸借契約に係るものである上、通産省等においては、正確な事実関係の把握もできておらず(後記2)、また、豊田商事の協力が得られるような状況ではなかった(後記3)など、全く条件を異にしているから、右のような行政指導の例が存したからといって、豊田商事に対し原告らが主張するような行政指導がされることが当然に期待されるような状況にはなかったのである。
2 通産省等の豊田商法に対する認識
(一) 消費経済課消費者相談室への相談
(1) 消費者相談室の設置目的及び法的位置づけ
昭和五〇年代に入り、企業と消費者との間のトラブルについての行政に対する相談等が増加しつつあり、個別担当課において処理することが困難となってきたため、窓口を一元化し、消費者の利便に供するとともに、消費者に対する行政サービスの向上を図るために消費者相談室が設置された。しかし、消費者相談室の設置は、右のとおり消費者に対する行政サービスの向上を図るものであって、通産省の関連する法令により設置が義務付けられているような性質のものではない。
(2) 消費者相談室の処理方法
消費者相談は、個別の事案について、当時通産省の正規の職員三名と主として家庭の主婦六名のうち、三、四名が消費者相談員として相談に当たって対応していた。
消費者相談は、一件一件個別に行政サービスとして相談者の依頼に応じて行っており、その処理の仕方は、あくまでも相談員が案件ごとに自己の判断によって行っていたものであって、消費経済課の責任者ないし責任者的立場にある者が個別の相談事例について具体的な指揮を行うものではなかった。
なお、豊田商事に関して、昭和五七年六月に消費者相談室で豊田商事の東京支店長を呼んで事情聴取したのも、消費経済課の責任者の命令により行ったわけではなく、消費者相談室として、独自に相談事業の円滑な処理を図るために自主的な行為として行ったものであり、あくまで消費者相談室に寄せられた一件一件の相談を解決する上での協力を求めたものである。
(3) 消費者相談室の情報の取扱い
消費者相談室で受けた消費者相談の情報については、基本的には消費者から寄せられた相談について相談員が必要なアドバイスを行うなどして、相談事項の解決に当っていたものであるから、個別事例の内容を外部に出すものではない。ただ、その消費者相談の傾向は、相談報告等に統計的に取りまとめ、関係省庁や消費者センター等の担当者の執務の参考に供するようにはしていた。しかし、右相談報告書というものは、その相談傾向を綿密に検討して、通産省として具体的に施策を講ずるために作成するという性質のものではなかったし、そのようなことが要請されていたわけでもなかった。
(二) 昭和五七年六月の豊田商事東京支店長からの事情聴取
消費者相談室と資源エネルギー庁が、豊田商事東京支店長を呼んで事情聴取をしたのは、前述のとおり相談室に寄せられた豊田商事の個別相談案件処理において、相談者と豊田商事との契約上等のトラブルにより、豊田商事が相談者の期待に応じていないとの苦情が多かったためである。そこで、消費者相談室と資源エネルギー庁は、合同で、消費者保護の観点から行う個別相談案件処理の一環として事実関係を明らかにする必要があると判断し、豊田商事東京支店長を呼び、同社の業務内容等について、事情を聴取した。
しかし、右事情聴取においては、同支店長が業務の概要については説明したものの、具体的な供述を避けることに終始した。とりわけ、右支店長に対して金地金の保有の有無、仕入先、仕入量、仕入価格、運用方法等について質問したが、金地金を保有していると答えたほかは、意味のある回答を避け、次回に資料を持ってきて説明する旨返答したにすぎなかった。その後、同支店長に対し、回答を催促したが、同支店長は豊田商事を辞職し、豊田商事東京支店において資料を持参の上説明に来ることはなかった。そのため、結局、豊田商事に関する情報は、右事情聴取によっても、また、その後も全くといってよいほど得ることができなかった。
(三) 昭和五七年一〇月二〇日の通産省商務サービス産業室の行政指導
右商務サービス産業室及び農林水産省の関係課が商品取引業界に対する行政指導を行ったのは、当時、マスコミの報道や国会の審議に取り上げられ、社会的に問題があるといわれている業者からの資金が右業界に流れることは問題であるとの認識の下に、このような業者からの資金を受け付けることがないように指導したものであり、豊田商事の実態が右マスコミの報道や国会の審議での情報以上に判明していたことによるものではない。
加えて、商品取引業界においては、特に信用ということを重視し、業界の社会的な信用を維持するとともに、業界の運営を円滑に行うため、従来から社会的に問題を起こしている業者との係わり合いを拒否してきている実績があり、いやしくも社会的に問題になっている業者からの資金が同業界に入って、その信用が毀損されることがないようにする必要性が高かったものである。従って、商品取引業界においては、右行政指導による効果が期待できたためにかかる指導を行ったものであり、豊田商事の資金が右業界に流れていることをもって直接豊田商事に対し何らかの行政指導ができたわけではない。
いずれにしても、右行政指導は、豊田商事に対してではなく商品取引業界に対するものであり、牧野消費経済課長は、在任当時、右行政指導のあったことを認識していなかった。
(四) 「かしこい消費者へのしおり」等の啓蒙活動
「かしこい消費者へのしおり」の内容は、当時のマスコミの報道、国会での審議の状況、消費者相談室に入る相談の内容等から総合的に判断して記述されたものであり、右各種情報を基に、消費者に対する啓蒙活動をすることが通産省の基本的な役割であると認識し、このような記述をしたしおりを配布したものである。従って、右記述は、あくまで消費者に対する啓蒙活動の範囲内において、豊田商事の営業活動に対する妨害といわれないぎりぎりの線での認識を述べて、消費者に対する啓蒙活動を行ったもので、右情報以上に豊田商事の実態を把握していたものではない。
右のとおり、通産省等は、豊田商事に対する行政指導を直ちに行うことは困難との認識から、一方の当事者である消費者に重点を置いた施策を実施すべきであると考えて、その活動を行っていたのである。
資源エネルギー庁も、社団法人日本金地金流通協会の登録店制度を通じた金地金の健全な流通機構の整備と金地金に対する正しい知識の啓蒙、普及に全力を尽くすとの立場から、全国三〇〇か所に金取引の悪質商法について注意喚起のため二〇〇〇枚のポスターを掲示し、家庭向けの月刊誌や全国的に発行部数の多い週刊誌二誌(週刊女性・週刊新潮)に金地金の正しい購入の方法、金取引の悪質商法に対する被害防止策に関する啓蒙記事を掲載したほか、テレビ、ラジオを通じて注意を喚起し、また、全国二五か所での約四〇〇〇人に対する金取引の正しい知識等についての講演、全国の登録店での金の悪質業者の手口の紹介等のビラの配布、社団法人日本金地金流通協会機関誌「GOLD」への金の悪質業者等に対する注意喚起に関する啓蒙記事の掲載を行った。
通産省等が配布、掲載した文書として原告らが主張するものは、いずれも右のとおり、消費者に対する精一杯の啓蒙活動の一環として捉えられるべきものであり、右啓蒙活動をしていたからといって、前述のとおりのマスコミ報道等の情報以外に豊田商事の実態について十分な認識を持っていたものではないのである。
(五) 豊田商事の金地金の保有についての認識
(1) 社団法人日本金地金流通協会の発足
第二次大戦後、日本の金地金流通は、国内産貴金属の強制買上制及び需要家への割当制という強い統制の下にあったが(昭和二五年・貴金属管理法)、昭和二八年、対外決済の準備に充てることと取引の実態を調査することを目的として金管理法が制定され、金地金のみを統制の対象とすることになった。しかし、当初(昭和二八年)は三三パーセントであった政府の買上割合は徐々に引き下げられ、昭和四三年には買上げが中止され、更に昭和四八年には金地金の輸入が自由化され、金地金は、一般の商品として取引の対象となった。そこで、国内における金地金の流通量が増大してきたことから、昭和五四年一二月、金地金の健全な流通機構の整備と金地金に関する正しい知識の普及を目的として、社団法人日本金地金流通協会が設立された。資源エネルギー庁は、同協会の設立に際し、定款の条項や組織等について相談に応じ、適宜助言を行ったほか、民法の規定に基づき設立の許可を行った。
同協会の会員は、金地金の売買を行う信用ある金地金商が正会員で、鉱山会社、商社等が賛助会員として構成され、また、信用ある店舗の店頭で代金と引換えに金地金を受け取るという取引形態の確立のために、同協会の登録審査委員会の厳格な審査基準に適合した信用ある小売店舗を「登録店」として、その全国規模での普及を図ることによって、わが国における金地金の健全な流通機構の確立をめざした。
(2) 金地金流通状況の把握
資源エネルギー庁は、増加しつつあった金地金の流通実態の概要を把握するために、同協会を通じて各種データを入手していたほか、補完的なデータ収集手段として、昭和五八年七月から主要な鉱山会社、金地金商、商社を対象に「金地金流通実態調査」をアンケート形式で実施していた。
これら情報の収集は、資源エネルギー庁の所掌事務からみて、行政上必要な範囲で金地金の流通実態の概要を把握するために行っていたもので、個々の企業活動の把握を目的とはしておらず、また、小売専業の業者は調査対象としていなかったので、金地金の全流通量の把握は全く意図していなかった。また、金地金は、普通の商品とは違って、地金商や小売店の間で何度も取引が行なわれ、転々と流通するという取引形態となっているほか、個人間でも自由に取引が可能であるため、その流通量は供給量の数倍に上り、そもそも流通の全量を把握することは不可能であった。
(3) 豊田商事の金地金保有量の把握の可能性
豊田商事は、金地金の小売専業者であって、前述の金地金流通実態調査の対象となっておらず、また、社団法人日本金地金流通協会の会員でもなかったから、同協会からも豊田商事の金地金保有量に関する情報を収集することは不可能であった。
もっとも、資源エネルギー庁は、豊田商事については、消費者からの苦情等に基づき、消費者保護の観点から十分注視する必要がある業者との認識を持っていたため、昭和五七年六月には、通産省消費者相談室と合同で、同社東京支店長から事情聴取をしたが、同支店長が意味のある回答を避けたことは前述のとおりである。
従って、資源エネルギー庁としては、豊田商事の金地金の保有量等について把握することは困難であった。
一方、金地金の取引は個人間でも自由にできたこと、豊田商事がその名称で取引をしていたとは限らないとも考えられること、また、豊田商事が外国から直接金地金を輸入していた可能性もあったことなどを考慮すると、実際に豊田商事の協力が得られない状態において、同社の金地金保有量を正確に把握し、その保有量が著しく少ないものであると断定することは不可能であった。
また、もともと、豊田商事の純金ファミリー契約書によれば、同社が契約期間満了後に現金で返済することも可能であり、必ずしも金地金の現物を保有していることを義務付けているものでもない。従って、契約に係る金地金の量に相当する量を同社が現物として保有していないことが判明したとしても、このことから直ちに行政指導をしなければならないと断定できる程の不当性のある営業であるとすることもできなかった。
(六) 消費者保護会議との関係
原告らは、昭和五七年一一月の第一五回消費者保護会議の「金の現物取引等と称する悪質な商品取引による消費者被害を防止するため、消費者啓発に努めるとともに、悪質事犯の取締りを強化する。」との決定及び昭和五八年一一月の第一六回消費者保護会議の「金の現物取引等と称する悪質な商品取引による(中略)消費者被害を防止するため、不法事犯の取締りの強化等各種法令の厳格な運用を行う。また、消費者被害の発生状況に対応して随時迅速な消費者啓発を行う等消費者被害の拡大防止に努める。」との決定に通産省も賛同したのであるから、昭和五八年秋ころには、通産省は、豊田商事に対して事業規制をする必要性を十分に認識していたことは疑いないと主張する。
しかし、まず右各決定事項は、必ずしも豊田商事という個別企業を特定しているものでない。また、通産省がこれら決定事項に賛同しているのは、消費者問題を惹き起こしている取引等に対して、あくまで通産省が所掌する法令の範囲内において、厳正に対処することを念頭に置いてのものである。加えて右各決定は、これのみが右各消費者保護会議において独自になされたものではなく、あくまで、同会議におけるその他の各種決定の一つとしてされていることに留意する必要がある。
一方、消費者保護会議の性格については、後記第六で詳述するように、消費者保護基本法一八条二項において、「消費者の保護に関する基本的な施策の企画に関して審議し、及びその施策の実施を推進する事務をつかさどる。」と規定していることからも、同会議は、消費者行政のあるべき基本的な方策を審議し、その施策の実施を推進するものであって、特定企業の消費者問題の解決を目的とするものではないことは明らかである。
従って、通産省が、「不法事犯の取締りの強化等各種法令の厳格な運用を行う。」との決定に賛同したことをもって、通産省が原告ら主張の豊田商法の虚構性(金の不保有等)とこれに対する事業規制の必要性を十分認識していたとすることも、また、通産省がこれにより直ちに豊田商事に対し事業規制をすべき法的義務を負担するとすることもできない。これらの視点を欠落させた原告らの主張は、同会議の決定の性格と同会議の決定に対する通産省の賛同の意味を曲解するもので失当である。
(七) 昭和五九年四月一二日の衆議院物特委での牧野消費経済課長の答弁(前提事実第二の四6認定)
原告らは、牧野消費経済課長の右答弁における文言を捉えて、通産省等は豊田商法に対する十分な認識があったと主張している。
しかし、右答弁の趣旨は、その文言からも明らかなように、おおむね行政を行うに当たっての一般論又は必要がある場合において具体的な指導を行う、若しくはできる範囲で対策を打っていくという姿勢を述べているものであって、実際に規制等のための具体的な法的権限を有しない以上、豊田商事に対して直ちに何らかの行政上の措置を行う旨の答弁でないことは明らかである。
よって、右答弁をしたからといって、原告ら主張のように通産省等の豊田商事に対する認識が十分にあったことを意味するものではない。
(八) 以上のとおり、通産省等が、原告ら主張の時期に豊田商法に対する明確な認識を有していたとの証拠は全くないのであり、むしろ、その実態に関して得られていた情報は極めて不十分なものであったというべきである。
3 昭和六〇年六月の行政指導
原告らは、通産省産業政策局商政課長、鉱業課長が、昭和六〇年六月一九日付けで、豊田商事に対し、新規の勧誘及び契約の締結の停止を求めることを内容とする文書を発出して行政指導を実施したことをもって、このような行政指導がもっと早期の段階で行うことができたものである旨主張する。
昭和六〇年の右段階では、同年四月一八日までに鹿島商事の社員二名が詐欺の容疑で逮捕され、同年五月二二日に豊田商事の巨額の赤字が明るみに出、同年六月四日には国会で豊田商事について集中審議がされるなど、豊田商事に関する詳細な事実関係が公表されるとともに、豊田商事に対する社会的非難が集中しており、その最中、同月一八日には豊田商事の永野会長が刺殺されるという事件が発生していた。
そこで、通産省等としても、右の基本的な事実関係を把握することができるようになり、かつ、豊田商事側の行政指導に対する応諾が期待できる状況に立ち至ったと判断し、右行政指導に踏み切ることができたのである。
それ以前においては、通産省等の豊田商事に対する認識や豊田商事側の対応に照らして、このような行政指導ができる状況に至っていなかったことは前述のとおりであって、原告らの右主張は失当である。
なお、結局、豊田商事は、右行政指導に従ったものではなく、そのことは、既にその業務を停止しているとの回答を寄せてきたことから明らかである。
4 原告ら主張の行政指導の作為義務の内容
(一) 営業停止の行政指導
既に述べたとおり、企業に対して行政指導をすることができる場合であっても、その前提として、当該企業の営業実態の把握が不可欠である。まして、営業活動をしている企業に対して、営業停止等の強力な行政指導ができるためには、その実態把握の程度は、単なる疑いではなく、確実な情報に基づく客観性の担保されたものでなければならない。
しかし、まず、通産省等においては、豊田商事の営業活動に関する情報としては、消費者相談室に寄せられる相談内容や相談件数を把握していたほかは、一般のマスコミ等から得る情報以外にはなかったものである。また、通産省等には立入り調査の権限がなく、独自にその営業実態を調査、把握することもできなかった。
右のとおり、正確な事実関係を把握することができない状況において、通産省等が豊田商事に対して、営業停止等の強力な行政指導ができなかったことは当然である。
(二) 訪問販売の方法による新規の勧誘及び金地金を引き渡さないまま契約を締結することを停止するように求める行政指導
原告らは、通産省等が、社団法人金地金流通協会を通して一般消費者及び金地金業者に勧奨していた「店舗で代金と引換えに金地金を受け取る」との指導方針に則り、豊田商事にも右行政指導をすべきであったと主張する。
通産省等としては、個別企業に対して、たとえ金地金の販売等に関してであっても、その契約の自由ないし営業の自由を制約する法的根拠がなく、また、前述のとおり、豊田商事の営業の具体的内容についても、その詳細を把握するに十分な情報が得られていなかったことから、豊田商事と一般消費者の取引に関し、契約の一方の当事者である消費者側に重点を置いた施策を行うべきだと考え、社団法人日本金地金流通協会の登録店制度を通じた健全な流通機構の形成を図るとともに、一般消費者に「店舗で代金と引換えに金地金を受け取る」ようPRしていたのである。
また、同協会は、前述のとおり、「金地金の健全な流通機構の整備と金に関する正しい知識の普及」を目的として設立されたものであり、その「登録店制度」は、「信用ある店舗で代金と引換えに金地金を受け取る」という取引形態の確立のために、同協会の厳格な審査基準に適合する店舗を「登録店」とし、その全国規模での普及を図ることによって、わが国における金地金の健全な流通機構を確立することを目的としたものである。よって、同協会の会員企業は、既に「店舗で代金と引換えに金地金を受け取る」という取引形態を行っており、資源エネルギー庁から一般の金地金業者に対しては、右のような指導をする状況には全くなかった。
以上のとおり、「店舗で代金と引換えに金地金を受け取る」ようにと雑誌に掲載したり、ポスターを配布したのは、あくまで一般消費者に対する啓蒙活動の一環であり、金地金業者に対する行政指導を念頭に置いたものではなかったのである。これに対し、「店舗で代金と引換えに金地金を受け取らない」契約は何ら法令に違反するものではないから、このような契約を締結してはならないとの行政指導を豊田商事に対して実施することは、法的にも事実上も全く不可能であった。むしろ、通産省等としては、豊田商事が不当な営業活動をしているという確証がない以上、同社の契約形態に干渉することは、逆に信用不安を惹き起こし、却ってそのために同社が倒産したといわれかねない状況にあったというべきである。従って、当時としては、右啓蒙活動が通産省・資源エネルギー庁として取りえた最良の方法であったというべきである。
(三) 契約した金現物を引き渡さないならば、契約高に見合う金の現物の手当てを行うように求める行政指導
原告らは、「預り証(金証書、金通帳その他何らの名義をもってするを問わない。)又は信託受益証書の発行に当たっては、発行量に見合う金の現物の手当てを行うものとする。」との大蔵省銀行局の通達(正しくは「事務連絡」)に則り、通産省等が豊田商事に対しても、右行政指導をすべきであったと主張する。
右事務連絡は、大蔵省銀行局の銀行課長が都市銀行等に、中小金融課長が相互銀行等に、また、右両課長が財務局に当てて出した文字どおりの事務連絡である。この事務連絡は、銀行等の業界に対して発しているものであり、銀行等が金の取扱いを行う以上、その信用を保持するためにも必要なものであったと評価できよう。また、右事務連絡は、大蔵省の所管のものであり、通産省等が関知しているものではない。従って、通産省等が、右事務連絡に則り、豊田商事に行政指導を行うことなどありえないことである。
(四) まとめ
以上のとおり、原告らが主張する各行政指導は、当時の状況及び通産省等の公務員が得ていた認識からして現実問題としても、原告らの主張する昭和五八年一一月から同五九年春までの間に実施することは不可能ないし不相当であった。
5 まとめ
以上検討したところによれば、通産省等の公務員が本件行政指導をすることを義務づけられるような極めて限定された状況になかったことはいうまでもなく、右公務員の当時の認識や状況、従前の行政指導の例などからして、原告ら主張のような行政指導を行わなかったことに著しい不合理性があったとは到底いうことができない。
四行政指導の不作為と損害との因果関係
行政指導は、相手方の任意の行動に期待して行われる事実行為である以上、その不作為と原告らの本件被害との相当因果関係が認められるためには、原告らにおいて、その行政指導が行われたならば相手方がこれに従ったこと及び相手方がこれに従ったならば原告らに本件被害が発生しなかったことを主張立証しなければならない。
しかし、そもそも通産省等と豊田商事との間に、従前から行政指導が行われてきた実績がないことは明らかである。その上、通産省等側と豊田商事側との唯一の接点である昭和五七年六月の豊田商事東京支店長に対する事情聴取の際に、豊田商事側が意味ある回答をせず、その後再三にわたる回答の催促にも何ら豊田商事から応答がなかったこと、また、昭和五八年一〇月六日付けで「御質問の内容につきましては企業秘密でもあり…回答の義務はありません。」などと回答していることに鑑みれば、このような段階で豊田商事が営業停止その他原告ら主張の行政指導に応ずるような状況にはなかったというほかない。
原告らが、豊田商事が行政指導に応じたであろうことを推認させる根拠として主張する各間接事実は、以下のとおり、右事実を推認させるに足りない。
1 昭和五六年九月、商品取引法の政令改正に伴い、私設先物市場における金先物取引禁止を明確にした際に、豊田商事が事前に金の先物取引を中止したことについて
右政令改正に伴う私設先物市場における金先物取引の禁止は、豊田商事に対して直接個別に指導したものではない。また、豊田商事が事前に金の先物取引を中止した理由につき、通産省は何ら関知していない。
2 昭和五七年六月の豊田商事東京支店長からの事情聴取について
同支店長が、事情聴取のために任意出頭したことは事実であるが、同支店長は意味ある回答をせず、重なる回答の催促に対しても何ら応答しなかったことは前述のとおりである。また、もちろん、同支店長が右出頭に応じたことは、行政指導が実施され、これに応じたというものではない。
3 国税庁の任意の立ち入り調査に応じたこと、兵庫県警に米戸千秋海外事業部長が事情聴取のために出頭したこと、検察庁に対して任意の出頭、書類提出をしたこと等について
これらは、いずれも行政指導が実施され、これに応じたというものではなく、それぞれの行政庁の権限に基づく要請に対応したものであって、当然の行為である。
4 裁判所の破産手続において陳述書を作成したりしたこと、国会で参考人として出頭したことについて
これらも行政指導が実施され、これに応じたというものではなく、それぞれの法律上の手続に基づく要請に対応したものであって、当然の行為である。
5 昭和六〇年六月の通産省の営業停止の行政指導に従ったとの点について
前述のとおり、豊田商事は、通産省の行政指導に応じたものではなく、右行政指導を行った当時、既に営業を停止していたものである。
6 以上のとおり、原告らは、豊田商事があたかも国の各機関に対して誠実に応対していたかのように主張するが、その主張する内容は、いずれも一般的な対応以外のものではなく、豊田商事が国の機関に特別に誠実な対応をしたことを示すものではない。従って、原告ら主張の事実から、豊田商事がその業務内容についての行政指導に応じたと認めることは到底できない。
五結論
以上のとおり、通産省等の公務員が原告ら主張の時期に原告ら主張のような行政指導を行なわなかったことについて、それが法律に根拠を持たず全く自由な裁量によるものであって、その不作為に著しい不合理性もなかった上、本件行政指導の不作為と原告らの損害との間には因果関係も存在しない。
第六経企庁の責任
一原告らの経企庁関係についての主張
原告らは、昭和五八年一一月八日の第一六回消費者保護会議で「金の現物取引等と称する悪質な商品取引(中略)による消費者被害を防止するため、不法事犯の取締りの強化等各種法令の厳格な運用を行う。」と決定された直後の同年一一月(遅くとも昭和五九年春)ころには、右消費者保護会議の決定の実施を推進するため、経企庁の村田課長が、警察庁、公取委、法務省、通産省、大蔵省の担当者を招集して関係六省庁会議を開催した上、豊田商法の実態に関し、各省庁が有している情報、資料を相互に開示し、これを交換する機会を設けるとともに、各省庁が所管している法令を用いて豊田商事による商法を規制できない理由、問題点を協議してこれを明確にし、どの省庁が如何なる法令を活用して豊田商事の如何なる行為を規制するかを調整してこれを確立すべき旨の作為義務(この第六において、以下「本件作為義務」といい、同義務の内容となる関係六省庁会議の招集・開催ないし同会議において関係省庁に対して働きかけ規制方法を調整する職務行為を「本件職務行為」という。)を負っていたのに、これを怠ったから、被告国は国賠法上の責任を免れないと主張する。
しかしながら、既述のとおり、公務員の不作為が国賠法上違法となるためには、当該公務員が個別の国民に対して、当該職務行為を行うべき法的作為義務を負っていることが必要であり、そのためには、その権限を有することが前提となる。ところが、以下に述べるとおり、経企庁の公務員が本件職務行為を行うべき権限を規定した法令上の根拠は何ら存在しないから、原告ら主張のような本件職務行為を行うことが個別の国民に対して法的な義務となる余地はなく、本件作為義務を前提とする原告らの主張は、この点で既に失当である。
また、本件職務行為は、関係各行政機関の合意が見込まれる場合に、会議の開催を呼びかける等のものにすぎず、経企庁の公務員の全くの裁量に基づくものであるから、この意味でもその不作為を違法とする余地はなく、原告らの主張は失当である。
二本件職務行為をなしうる権限
1 消費者保護基本法のプログラム規定性
原告らは、まず、消費者保護基本法一条、七条、一〇条、一六条を根拠として、経企庁の公務員に本件職務行為を行う権限ないし本件作為義務があったかのように主張する。
消費者保護基本法一条は、同法の目的を、「消費者の利益の擁護及び増進に関し、国、地方公共団体及び事業者の果たすべき責務並びに消費者の果たすべき役割を明らかにするとともにその施策の基本となる事項を定めることにより、消費者の利益の擁護及び増進に関する対策の総合的推進を図り、もって国民の消費生活の安定及び向上を確保することを目的とする。」と規定する。そして、同法は、第一章において、国、地方公共団体及び事業者の各責務並びに消費者の役割をそれぞれ明らかにした上、第二章において、国が消費者の保護に関する施策として、原告ら指摘のとおり、危害の防止(七条)、表示の適正化等(一〇条)等について必要な施策を講ずるものとし、第三章において、原告ら指摘のとおり、消費者保護の見地からする行政組織の整備(一六条)等をうたっている。
しかし、以上のような諸規定は、いずれもその文言自体の抽象性、概括性からも明らかなように、消費者行政の基本理念ないし目標を定め、また、消費者行政における施策の概括的方向や各関係者の基本的責務・役割等を明らかにしたものにすぎないのであって、右規定自体から直ちに何らかの法的効果が生じるようなものではなく、これは、講学上いわゆるプログラム規定といわれる性格の法規なのである。
この点に関し、原告らは、「消費者保護に関連する諸法令の解釈・運用に際しては、それが第一義的に消費者保護を目的とするものでない場合においても、消費者保護の指導理念を生かした積極的な解釈運用を行うべきことを義務づけており、消費者保護の観点からして、不十分な法制である場合には、その是正(制定、改正)をも含めて的確、迅速に対処すべきことを国に対して義務づけていると解されるべきである。」と主張し、また、「消費者行政のあり方についても、従来、行政規制の分野において主流であった夜警国家的消極行政の考え方を脱して、消費者利益の侵害を未然に防止するための積極行政を遂行すべきことを明確に宣言している。」と主張するが、これらは、原告らの独自の解釈にすぎず、全く根拠のないものである。
従って、消費者保護基本法の前記各条は、本件職務行為を行うべき権限ないし法的義務の根拠となる規定ではない。
2 経企庁の所掌事務
前述のとおり、本件作為義務が成立する前提として、まず、経企庁の公務員が消費者の保護に関する問題につき関係行政機関を招集する権限等本件職務行為を行う権限があることが必要であるが、このような権限を規定した明文の規定は存在しない。原告らは、経企庁設置法等に規定されている経企庁の所掌事務からみて、同庁の公務員に本件職務行為を行う権限があるかのように主張するが、以下に述べるように、経企庁の所掌事務をつぶさに検討しても、およそ本件職務行為を行う権限が存在しないことは明白である。
(一) 経企庁の所掌事務
経企庁所掌事務については、同庁設置法四条各号列記のとおりであり、その所掌事務の中心は、基本的な政策の企画立案、基本的な政策及び計画の総合調整である。同法四条中には「基本的な」との文言が多用されているが、これは、大蔵省、通産省、農林水産省などといった省庁がそれぞれ所管行政の立場から個別の経済政策の企画立案その他の事務を行うのに対し、経企庁は、それらの省庁等の政策に共通するような政策の企画立案その他の事務を行うからであり、従って、「基本的な」との文言の意義は、いわば「各行政庁に共通し、基盤となるような」横断的なものということであり、個別具体的な施策を意味するものではない。
また、同条中には「総合調整」の文言が多用されているが、その意義は、「二以上の行政機関に関係する政策について、施策相互の調和を図り、整合性を確保するため、それらの行政機関の間に立って調整を行うこと」である。即ち、「総合調整」とは、能動的立場に立って、政策等の原型を自ら作成するのではなく、各省庁がその所掌事務に従って所管分野につき政策等の企画立案を行うに際して、関係各省庁間の政策等の整合性を確保するための措置を行うものであり、受動的色彩を帯びているものである。
なお、右二つの文言の意義は、同法四条に限らず、経企庁設置法に基づく同庁組織令においても共通するものであることはいうまでもない。
そして、経企庁の所掌事務として同法四条九号に「一般消費者の保護に関する基本的な経済政策及び計画の総合調整」とあるが、同号の「基本的な」及び「総合調整」という文言も右の趣旨に則り解釈されるべきものである。ここで特に留意しなければならないのは、同号においては、一般消費者の保護に関する基本的な経済政策及び計画については、「企画立案」の文言が用いられておらず「総合調整」の文言が用いられている点である。「企画立案」とは、いうまでもなく、能動的立場に立って政策案等の原案を自ら作成することであるが(同法四条八号、一一号、一六号、一八号)、これに対し「総合調整」は前述のとおり受動的な色彩を帯びているものである。
ところが、本件職務行為は、「基本的な」問題ではなく豊田商法についての個別具体的な問題に対してのものであり、かつ、経企庁が能動的立場に立ってする行為を意味しているから、同号をもって経企庁の公務員が本件職務行為を行う権限の根拠とすることはできないというべきである。
(二) 国民生活局の所掌事務
経企庁において消費者行政を担当するのは、国民生活局消費者行政第一課及び第二課である。
消費者行政第一課は、経企庁設置法四条九号及び消費者保護基本法一九条八項に基づく消費者保護会議令二条に基づき、同庁組織令二五条に規定する事務を行うものである。また、同第二課は、経企庁設置法四条九号及び一七号に基づき、同庁組織令二六条に規定する事務をつかさどるものである。
同庁組織令二五条一号、二六条一、二号中にも「基本的な経済政策及び計画」並びに「総合調整」との文言があるが、この意義も前述のとおりである。
また、同令二五条二号に規定する「消費者保護会議の庶務」とは、文字どおり「庶務」であり、具体的には、消費者保護会議の開催日時・場所の設定、消費者保護会議に提出する資料の作成といった事務にすぎない。
(三) 経企庁と国民生活センターとの関係
国民生活センターは、国民生活センター法に基づき昭和四五年に設立された特殊法人である。
同センターの監督については、同法二九条の規定により、経企庁長官が行うとされているが、これはいわゆる特殊法人と監督官庁との関係であって、それ以外の何者でもない。
(四) 経企庁と消費者保護会議との関係
消費者保護会議と経企庁との関係については、消費者保護基本法一九条七項、経企庁組織令二五条二号に明文の規定があるように、経企庁は、消費者保護会議の庶務を処理することとされている。庶務とは、具体的には、前述したように、消費者保護会議の開催日時・場所の設定、消費者保護会議に提出する資料の作成といった事務である。
また、消費者保護会議で決定される施策については、経企庁は、同庁設置法四条九号の規定に基づき、総合調整を要する施策であればこれを行うことになる。そして、「総合調整」とは前述したところである。
以上要するに、消費者保護会議と経企庁との関係において、消費者保護基本法一九条七項、経企庁設置法四条九号のいずれによっても、経企庁は消費者保護会議での決定に係る個々の具体的施策を自ら能動的に企画立案するものではなく、ただ消費者保護会議の庶務を担当する立場から関係各行政機関から示された個々の具体的施策を取りまとめる役割を担っているにすぎないのであって、自ら能動的に個別の消費者保護に係わる問題について関係行政機関を招集したり、関係行政機関から提出されてもいない問題について「総合調整」を行うようなことはないのである。
(五) 経企庁と関係各行政機関との関係
消費者保護会議を構成する行政機関は、後記3で述べる一八行政機関であるが、消費者保護会議における経企庁とその余の一七行政機関は、経企庁が同会議の庶務を担当することを別とすれば、同列に位置づけられる。即ち、経企庁は、右各行政機関から示された施策を取りまとめ、同会議に提出する資料を作成する等の同会議の庶務を行うものではあるが、それ以上の事務、例えば経企庁が自ら個々の施策を企画立案したり、右一七行政機関に対して施策を講ずることを強制したり、ひいては個別の消費者保護に係わる問題について関係行政機関による会議を招集・開催するといった事務は、経企庁設置法に明文の規定がない以上、行うことができないのである。
そして、消費者保護会議が施策の企画に関して審議を行い(消費者保護基本法一八条一項)、経企庁消費者行政第一課が政策及び計画の総合調整を行う(経企庁組織令二五条一号)ものではあるが、そのことから消費者保護会議の主管は経企庁であるとするのは誤りである。けだし、消費者保護会議は前記一八行政機関の「共管」であり、経企庁は同会議の「庶務」を行うものであること、そして「庶務」を行うことが直ちに「主管」を意味するものではないことは明らかである。
従って、この意味でも、経企庁が消費者保護に係わる個別の問題について関係行政機関の上に立って、関係行政機関を招集することができるといった関係にはなっていないのである。
ところで、原告らは、消費者保護会議運営規程において、経企庁長官が関係委員会議の開催を要請することができるとなっていることや、消費者保護会議幹事会の申合せにおいて、国民生活局長が担当課長会議の議長を務め、同会議を必要に応じて招集することができるとなっていること、及び国民生活局審議官が食品行政連絡協議会の座長を務めていることなどをもって、経企庁は、消費者保護会議の組織運営を一身に担い、経企庁なくして消費者保護会議は機能しえない旨主張する。
しかし、右消費者保護会議運営規程及び消費者保護会議幹事会の申合せ並びに食品行政連絡協議会の定めは、いずれも経企庁が消費者保護会議の「庶務」を行うことから、関係委員会議の開催を要請したり、右二会議の議長等を務めることが適当であるとされたことによるものであって、前述のとおり、経企庁が他の省庁の上に立って、消費者保護会議やその下部組織を運営する権限を有していることによるものではない。ちなみに、経企庁長官による関係委員会議の開催については、このような関係委員会議が開催されるのは、消費者保護会議で審議する事項のうち、特に必要があると認めたものがある場合であり、実際に開催されたのも、昭和四七年九月の建築物火災と救急医療についてのみであった。ところが、豊田商法の問題については、後述のとおり、昭和六〇年五月ころまでこれが基本的な問題として消費者保護会議で審議されるような事項とはなっていなかったのであり、また、消費者行政担当課長会議は、後述のとおり、ほぼ一回のペースで開催されているのであるが、豊田商法の問題が基本的な問題と認識されていれば、当然、そこにおいて検討された筈であり、特に国民生活局長が同会議を招集するといったことはありえなかった。
従って、原告らの前記主張は失当である。
また、原告らは、経企庁は、「事態に対応する施策を立案し」たり、「複数の省庁にわたる問題についていずれの省庁もこれに対応しない状況がある場合にはどの省庁が如何なる権限を行使してこれを実施するかについて省庁間を調整」したりする役割を負うとも主張するが、この主張も誤りであることは、右に述べたところから明らかである。
3 消費者保護会議等の組織、所掌事務及び運営
(一) 消費者保護会議の組織
消費者保護会議は、国の消費者保護行政を推進するために、消費者保護基本法に基づき設置された合議体の行政組織であり、その構成については、会長である内閣総理大臣と内閣総理大臣によって任命された一八の関係行政機関の長(内閣官房長官、総務庁長官、経企庁長官、科学技術庁長官、環境庁長官、法務大臣、大蔵大臣、文部大臣、厚生大臣、農林水産大臣、通商産業大臣、運輸大臣、郵政大臣、労働大臣、建設大臣、自治大臣、国家公安委員長、公取委委員長)を委員として組織されるものであり、毎年一回、一〇月から一二月にかけて開催されるのが恒例となっている。
(二) 消費者保護会議の所掌事務
消費者保護会議は、消費者保護基本法一八条二項に規定されているとおり、消費者の保護に関する基本的な施策の企画に関して審議し、及びその施策の実施を推進する事務をつかさどる。
同項中「基本的な施策」との文言があるが、これは「目的の共通する、ないしは関連する一般的な施策」という意味であって、個別具体的な施策を意味するものではない。また、同項中「実施を推進する」との文言があるが、これは、消費者保護会議自体が右施策を実施するということではなく、消費者保護会議での決定を通じ、右施策の実施権限を有する各行政機関において、その実現を期することと解釈されている。
消費者保護会議の特質は、その設置の根拠法規たる消費者保護基本法の性格を前提として理解されなければならないが、同法は、前記1で述べたとおり、いわゆるプログラム規定である。このような消費者保護基本法の中に位置づけられた消費者保護会議は、同法一八条二項がその所掌事務を右のように規定していることなどからも窺われるように、個別具体的な消費者問題の解決を目的とするものでない。
そして、消費者保護会議の具体的な事務は、消費者保護会議運営規程に基づき、(1)危害の防止、(2)計量の適正化、(3)規格の適正化、(4)表示の適正化、(5)公正自由な競争の確保等に関する「基本的かつ重要な」施策について審議し、今後一年間の施策を決定するというものである。
従って、消費者保護会議の組織、所掌事務からみて、豊田商事といった一企業に関する個別具体的な問題について消費者保護会議が取り上げることはないのである。
(三) 消費者保護会議の運営
右(二)で述べたとおり、消費者保護会議では、消費者保護に関する基本的かつ重要な施策について審議し、今後一年間の施策を決定するが、右決定については、「消費者行政の推進について」(第六において、以下「前文」という。)及び「消費者保護推進の具体的方策」(第六において、以下「具体的方策」という。)の二つの文書にまとめられる。
ところで、前文及び具体的方策は、以下のような手順で作成される。即ち、まず七月に開催される担当課長会議において、経企庁から前記一七行政機関に対して、今後一年間に講じようとしている消費者保護施策について資料の提出を依頼し、八月中旬から下旬にかけて、新規施策を中心に経企庁が各行政機関からヒヤリングを行う。八月下旬には、各行政機関から資料が提出されたり、ヒヤリングが一巡することから、それらを基に前文と具体的方策の原案を経企庁が作成する。そして、九月の担当課長会議で経企庁が原案を提示し、各行政機関に持ち帰って検討してもらうこととしている。各行政機関からは、経企庁に対して、特に文章表現について修正意見が出てくることが一般的であるが、修正意見のうち経企庁として納得し難いものについては当該行政機関と経企庁との間で議論を尽くし、全ての修正意見について、相互に納得できるようになった段階で、経企庁から各行政機関に対し前文及び具体的方策の最終原案を提示する。その後、各行政機関において、最終原案を当該行政機関の大臣、事務次官等の幹部に説明して了解を得、最終原案を消費者保護会議幹事会に付議し、更に消費者保護会議で決定されるという過程になっている。
右過程において留意すべき点は、消費者保護会議の特質として前述したところから明らかなように、経企庁は、前文及び具体的方策の原案の作成に当たり、担当課長会議の場を中心に、新規施策等の内容を説明した資料の提出を関係各行政機関に対して依頼することはあるにしても、消費者保護の見地から、問題になっている事業者に関する個別具体的な資料の提出を依頼することはないという点である。但し、経企庁が描いているような施策が関係行政機関から出てこないような場合には、経企庁から当該行政機関に対し、更に施策を出すように要請することはあるが、右要請にも拘らず当該行政機関から施策が出てこない場合には、それ以上に経企庁から要請することはないのである。
なお、原告らは、「消費者行政の実施に関する限り、消費者保護基本法の下、関係各省庁はそれぞれの持つ情報収集機能を消費者保護会議に集中し、相互に連絡調整をした上、事態に対応する施策を検討し、それぞれの持つ規制権限を最大限に活用して、その実現を図るという統一的な行政運営構造がとられている。」と主張するが、消費者保護会議は、右に述べた所掌事務をつかさどっているにすぎない上、同会議は年一回開催されるにすぎないのであり、このことから見ても、各省庁がそれぞれに有する情報収集機能を同会議に集中するといった構造にはなっておらず、このことを前提とする原告らの右主張が誤りであることは明らかである。
(四) 消費者保護会議幹事会の運営
消費者保護会議幹事会は、消費者保護基本法一九条四項ないし六項に基づき、内閣総理大臣によって消費者保護会議の幹事に任命された一八の関係行政機関の職員によって組織されるものであり、消費者保護会議の所掌事務について、会長及び委員を助けるものである。また、同幹事会は、毎年一回、消費者保護会議の前日に開催されるのが恒例となっている。
同幹事会の具体的な事務は、翌日の消費者保護会議において議題となる事項について、同会議の庶務を行う経企庁から説明を求め、各行政機関の間での合意形成を図るというものにすぎない。
(五) 担当課長会議の運営
担当課長会議は、昭和四三年八月五日の消費者保護会議幹事会の申合せにより、前記一八の関係行政機関の消費者行政担当課長等を構成員として設置されたものである。右会議は、消費者保護会議幹事会の円滑な運営に資するため、関係各行政機関の消費者行政の連絡調整を十分に行う機関として、消費者保護会議あるいは同幹事会の所掌事務の範囲内において事務を行うものである。
従って、消費者行政担当課長会議の運営は、前述したとおりの消費者保護会議の所掌事務の範囲内で行なわれるにすぎないものであり、例えば、同会議に提出される資料も、関係各行政機関が実施する新規施策のPR資料や関係各行政機関の消費者行政の当面の予定に係る資料が中心であり、個別企業の事業活動に関する報告あるいは資料について、関係各行政機関から提出されたり、経企庁がその提出を要請したりすることはない。
ところで、担当課長会議が取り扱う事項は、(1)消費者保護会議幹事会に付議する事項についての打合せ、(2)消費者行政に関する関係各省庁の所掌事項についての情報連絡、(3)消費者行政の推進についての意見の交換及び行政の統一的運営の打合せ、(4)国民各層及び関係団体からの消費者行政に関する要望についての情報交換並びに対策の打合せである。運営については、同会議の議長である経企庁国民生活局長が必要に応じ招集することとされているが、おおむね毎月一回のペースで開催されている。
なお、原告らは、右(3)の事務に関し、これを事後点検と称し、「特に経企庁は、この課長会議を通じて、各省庁が消費者保護会議決定事項を実施することの推進に努める役割を負っている。」と主張するが、消費者保護会議決定事項の実施は、前記2で述べたとおり、消費者保護会議を構成する各省庁がそれぞれに独自に行うのであって、ただ、経企庁は、消費者保護会議の「庶務」を処理する立場から、担当課長会議の場を通じて、消費者保護会議決定の確実な推進を「確認」するにすぎないのであるから、原告らの右主張も誤りである。
以上のとおり、担当課長会議の事務の中でも、消費者の保護に関し、豊田商事といった一企業に関する個別具体的な問題を協議、調整することは全く予定されていないのである。
4 特定分野における関係省庁の連絡調整
原告らは、マルチ商法等に関する一〇省庁の連絡調整(昭和五〇年六月)及び無限連鎖講規制に関する六省庁の連絡調整(昭和五一年六月以降)が行われたことや、金先物取引に関する五省庁の連絡調整及び後述の豊田商事に関する六省庁の連絡調整が行われたことがあることをもって、経企庁が中心となって、消費者行政における特定の分野・問題に関して、それが重要かつ必要であれば、関係省庁の連絡会議を招集・開催して、適切な施策の立案、実施に当たることがある旨の主張をする。
しかし、消費者保護会議の行うことは、前記3(二)で述べたとおり、消費者の保護に関する「基本的な」施策に関することである。従って、基本的な方策であれば、具体的方策を決定することもありうるところ、マルチ商法や無限連鎖講については、昭和五〇年六月当時ないし同五一年六月当時には既に「基本的な」施策を講じなければならないとの認識が、消費者保護会議を構成する関係省庁の間に十分存在していたのである。そして、これらの連絡調整が実施できたのは、右各関係省庁の認識を前提として、経企庁が関係省庁と連絡を取り合って、その合意を得ることができたためである。このように必要に応じて関係省庁の担当課長ないし担当官が集まって連絡調整を行うことは、どの行政分野でも行われていることであり、消費者行政の分野においても例外ではなく、これらの連絡調整が行われたからといって、経企庁に関係省庁の招集権限があるというものではない。
これに対し、豊田商事という個別企業に対する対応については、後述のように、昭和六〇年五月の時点までは、まだ個別具体的な施策に関することであり、消費者保護会議において「基本的な」施策を講じなければならないとの認識が全くなかったものであり、また、各行政機関から経企庁に対して、何らその必要性について意見の具申がなかったのである。従って、経企庁としては、現実問題としても、原告らの主張するような連絡会議の開催を呼びかけるような状況にはなかった。
なお、原告らのいう「金先物取引被害対策五省庁会議」については、経企庁が招集したものではなく、同庁は同会議の存在自体認識していなかったものである。
5 まとめ
以上、検討してきたとおり、消費者保護基本法から本件職務行為の権限を根拠づけることはできず、また、経企庁の所掌事務ないし同庁と関係各機関との関係からみても、更に消費者保護会議、同会議幹事会、担当課長会議の運営状況からみても、経企庁の公務員に関係行政機関を招集したり、各行政庁の規制権限の発動を促すような権限が存しないことは明らかであり、従って、個別の国民に対してその作為義務が生ずることはありえず、この点で既に原告らの主張は理由がない。
三本件職務行為の裁量性及びその不作為の不合理性
経企庁には各行政機関の規制権限に影響を及ぼしうるような本件職務行為の権限がなく、個別的な国民との間で法的作為義務が生じないことは、前述のとおりであるが、仮に、右規制権限に何らかの影響を与えうるとしても、本件職務行為を行うか否かは、経企庁の全くの裁量に属する行為であり、その意味でもその不作為について国賠法上の違法の問題は生じないが、念のため、その不作為につき著しい不合理性はなく、従って、国賠法上の違法性を帯びる余地は全くないことを明らかにする。
1 豊田商法に対する実態認識と講じた措置
原告らは、経企庁の公務員が豊田商法についてその実態を十分に認識しており、第一六回消費者保護会議の直後に本件作為義務が発生したと主張するので本項においては、経企庁の公務員が原告ら主張の昭和五八年一一月(遅くとも昭和五九年春)ころまでの間に、原告らの主張するような豊田商事の実態を認識していなかったことを述べることとする。
(一) 昭和五七年当時の認識
(1) 国民生活センターへの苦情・相談
豊田商事に関する苦情・相談が最初に国民生活センターに寄せられたのは、昭和五七年一月であった。また、国民生活センターが受け付けた豊田商事に関する苦情・相談件数は、昭和五六年度(年度とは、当年四月から翌年三月まで、以下同じ)が五件、同五七年度が二八件、同五八年度が六七件と推移した。昭和五七年秋当時、国民生活センターには毎年六〇〇〇件程度の苦情・相談が寄せられており、豊田商事に関する苦情・相談件数は右のとおり増加傾向にあったものの、件数自体は非常に少なく、目立った存在ではなかった。
ところで、原告らは、国民生活センターへ寄せられた豊田商事に関する被害の態様、苦情・相談の内容について、経企庁は国民生活センターから情報の伝達を当時既に受けていた旨主張する。
しかしながら、第一に、経企庁と国民生活センターとの関係は、前述のとおり監督官庁と特殊法人との関係にすぎないものであり、その間には、「一木会」と称する業務連絡会議が毎月一回開催されているが、同会議の議題の中心は、同センターの実施する各種行事に係る情報交換であり、同会議において、国民生活センターから相談の動向、件数等の概要について説明が行なわれることがあるにしても、それは、あくまで概要説明であって、相談の対象となっている事業者の詳細な説明ではなかった。第二に、経企庁は国民生活センターが受け付けた相談に関する情報を利用すること自体はできたが、同庁が入手可能な情報は相談の概要程度であり、相談内容の詳細は相談者のプライバシーの保護の見地から入手できず、しかも、同庁が国民生活センターに相談の概要の提供を要請するのは、国会質疑の際の答弁作成や国民生活審議会での審議等に当たって、相談の全般的な動向を把握する必要がある場合に限られていた。従って、経企庁は、国民生活センターから豊田商法による被害の態様、苦情・相談の内容について具体的な報告を受けてはおらず、豊田商法の実態を正確に認識することはできなかったのである。
(2) 第一五回消費者保護会議当時の認識
昭和五七年一一月一二日に開催された第一五回消費者保護会議では、前記二3で述べた運営に従い、前文及び具体的方策が決定された。
右前文の一二ページには「更に、金の現物取引等と称する悪質な商品取引による消費者被害を防止するため、消費者啓発に努めるとともに、悪質事犯の取締りを強化する。」との記載があるが、この記載は、当時国民生活センターに寄せられていた金の現物まがい取引とか商品先物取引とかの苦情・相談件数は少ないものの、これが増えつつあるとの国民生活センターからの情報を基にして、経企庁が原案を作成し、消費者保護会議決定に盛り込んだものであった。
しかし、右決定中「金の現物取引等と称する悪質な商品取引」との文言の「等」に留意すれば、右「悪質な商品取引」が豊田商法だけを意味するものではないことは明らかである。即ち、右消費者保護会議で決定されたのは、金の現物まがい取引を始めとする一連の悪質な商品取引による消費者被害の防止なのであるから、豊田商法だけを念頭に置いていたものでは決してなく、右のとおり商品先物取引をも含むのである。
以上のとおり、右当時の経企庁の豊田商事に対する認識は、右の程度に留まるものであり、それ以上にその実態を認識していたものではない。
(二) 昭和五八年の第一六回消費者保護会議当時の認識
昭和五八年一一月八日に開催された第一六回消費者保護会議は、その前文にあるとおり、「金の現物取引等と称する悪質な商品取引や海外商品先物取引を利用した悪質行為による消費者被害を防止するため、不法事犯の取締りの強化等各種法令の厳格な運用を行う。また、消費者被害の発生状況に対応して、随時迅速な消費者啓発を行う等消費者被害の拡大防止に努める。」との決定を行った。
右「悪質な商品取引」に係る施策の決定は、前述のとおり、国民生活センターへ寄せられた現物まがい取引に係る苦情・相談件数は、少ないものの増加傾向を示していたとの認識に基づくものであり、特に豊田商事を意識したものではない。即ち、当時、豊田商事について、国会において経企庁に対して質問がなされたこともなく、担当課長会議で議論あるいは話題になったこともなかったのである。右決定中「悪質な商品取引」とは、豊田商法だけを指すものではなく、勧誘行為が非常に悪質であるような商品取引のことであり、そのような悪質な商品取引が原告らが主張するような会社ぐるみの構造的な悪質行為であるという認識は全くなかったのである。この当時の経企庁の右「悪質な商品取引」に対する認識も、前年度と同様、勧誘行為が強引であり、長時間粘り、脅迫まがいであるといった販売の形態の悪質性という点にあった。
ところで、原告らは、第一六回消費者保護会議決定の特徴として、「被害増加・深刻化を踏まえ、事業者規制が、消費者啓発にまして必要であることを強調していること」を挙げている。しかしながら、経企庁の右認識に基づいた施策をどのように記述するかは単なる文書表現技術の問題にすぎない。
以上のとおり、右当時の経企庁の豊田商事に対する認識は、前年度と同様、右記載の程度に止まるものであって、それ以上にその実態を認識していたものではない。
(三) 昭和五九年春当時の認識
原告らは、昭和五九年の三、四月における国会審議の際の国会答弁をもって、経企庁が豊田商事の実態を把握していたかのように主張する。
まず、経企庁所掌事務に関係する国会質問が出る際には、同庁では、課の所掌事務に従い、担当課で分担して答弁資料を作成することとなっていたが、現物まがい商法に係る答弁資料については、苦情・相談の状況といった国民生活センターの有するデータに頼らなければならないものは消費者行政第二課が作成し、その余は消費者行政第一課が作成するという分担体制がとられていた。
ところで、現物まがい商法に係る国会質問が最初に経企庁に対してなされたのは、昭和五九年四月一二日の衆議院物特委においてであった。
右委員会における宮地委員の質問に対する河本国務大臣(経企庁長官)の答弁の資料は、消費者行政第一課において作成したものであったが、右答弁資料は豊田商事を念頭に置いて作成したものではなく、同委員の質問の趣旨が現物まがい商法一般であったため、現物まがい商法一般を対象として作成したものであった。このことは、同委員が「いわゆる現物まがいの悪徳商法、これがまた際立って増えてきておりまして」「特に私は現在急激なスピードで発生してきておる先物取引による悪徳商法、なかんずく現物まがいの悪徳商法について大変ゆゆしき事態である。」と質問していることからも、また、右答弁資料の作成責任者である村田課長の豊田商事に対する認識が昭和五八年一一月開催の第一六回消費者保護会議当時の認識(前記(二))と同じだったことからも明らかである。
なお、右委員の質問に対して、河本国務大臣は、ゆゆしき事態であるので、関係省庁と至急相談をする旨答弁したが、右答弁中「ゆゆしき事態」との発言は、右委員の質問中二度にわたり「ゆゆしき事態」という表現が用いられていることに応じたものにすぎない。
以上のとおり、河本国務大臣の国会答弁をもって、経企庁が豊田商法の実態を十分に認識していたということはできず、当時の認識も第一六回消費者保護会議当時のそれと同一であり、結局、右当時においても、経企庁としては、原告ら主張のような豊田商法の実態を認識するに至ってはいなかった。
(四) 昭和六〇年当時の認識
(1) 昭和六〇年春当時の状況の変化
豊田商事に関する苦情・相談が昭和五七年一月に最初に国民生活センターに持ち込まれて以降、同センターが受け付けた苦情・相談が増加傾向で推移していたことは、前記(一)の(1)で述べたところであるが、右苦情・相談については、昭和六〇年五月ころまでは、国民生活センター等が豊田商事と苦情・相談を持ち込んだ者との間に立てば、豊田商事は、純金ファミリー契約の解約、返金に応じていた。
しかしながら、同月ころから、豊田商事が消費者からの解約申入れに応じても、返金しない事態が生じるに至った。更に、同年四月一八日までに鹿島商事の社員二名が詐欺の容疑で逮捕され、同年五月二二日に豊田商事の巨額の赤字が明るみに出、同年六月四日には国会で豊田商事について集中審議がされるなど、豊田商事に関する詳細な事実関係が公表されるとともに、豊田商事に対する社会的非難が集中するようになってきたのである。
このような事態の変化に伴い、経企庁においても、以後、右事態に応じた対応を図っていくこととなった。
(2) 六省庁会議及び専門家会合
そこで、右(1)の事態を受けて、経企庁の呼びかけにより、豊田商法及びこれに関する事項を対象とする会議として、関係省庁担当課長会議(以下「六省庁会議」という。)が設置された。もちろん、経企庁がこのような呼びかけができたのは、前述のとおり、右関係省庁間において関係省庁担当課長会議を設置するについて合意が得られる状況があったからであり、経企庁が独自に招集したものではなかった。
そして、六省庁会議は、昭和六〇年六月、豊田商法に関し、現行法令による取締りの検討、消費者啓発についてての情報交換や意見交換を行う場として、経企庁国民生活局消費者行政第一課長及び同第二課長、法務省刑事局付検事及び同省民事局付検事、大蔵省銀行局総務課企画官、通産省産業政策局商政課長及び同局消費経済課長、警察庁刑事局保安部保安課長並びに公取委事務局取引部取引課長をもって組織され、昭和六一年五月までの間に七回開催され、同会議においては、豊田商事に対する現行法令の適用、消費者啓発・相談体制の強化、豊田商法類似の商法への対応等について議論され、昭和六〇年五月開催の第二回の会合において、専門家会合の設置が決められた。
右専門家会合は、昭和六〇年七月、現物まがい商法と現行法令の関係等について検討する場として、経企庁国民生活局消費者行政第一課課長補佐及び同第二課課長補佐、法務省刑事局刑事課補佐官及び同省民事局付検事、大蔵省銀行局総務課課長補佐及び同省大臣官房調査企画課課長補佐、通産省産業政策局商政課課長補佐及び同局消費経済課課長補佐、警察庁刑事局保安部保安課課長補佐並びに公取委事務局取引部取引課課長補佐をもって組織され、昭和六〇年一二月までの間に八回開催された。そして、右専門家会合においては、現物まがい商法と現行法令との関係等について、学識経験者を招いて話を聞いたり、現物まがい商法に対する現行法令の適用の可能性について、各行政機関から報告がされたりしたのである。
このように六省庁会議や専門家会合が実現したのは、ようやく当時において豊田商事の実態が解明されつつあった状況によるもので、それ以前においては、このような豊田商事の実態把握ができていなかったから、六省庁会議の設置等が遅きに失したということはできない。
2 本件職務行為実施の可能性について
(一) 経企庁は、豊田商事の「勧誘方法の悪質性」には早くから着目しており、昭和五七年以降の消費者保護会議において、豊田商事を含む悪質な商品取引による消費者被害を防止するため、各般の施策が決定されてきた。しかし、昭和四七年ないし同五九年当時の経企庁の豊田商法に対する認識は、前述のとおり、悪質な訪問販売を行っているという程度のものであり、右認識の下では、個別企業の問題について関係行政機関が集まって情報交換、意見交換を行うことなど、到底思いつく筈もなかった。また、仮に思いついたとしても、個別企業の問題を扱うことは消費者保護会議及び経企庁の所掌事務に照らし不適切であった。
即ち、既に述べたように、消費者保護会議は、個別具体的な施策の企画に関して審議したり、その施策の実施を推進する機関ではなく、消費者保護会議決定に基づく個別具体的な施策の企画立案及び実施については、それぞれの行政機関に委ねられているものであり、消費者行政の遂行に関する事実認識や規制権限の発動あるいはその可能性については、関係行政機関において個別に検討しなければならない。
また、経企庁は、前述のとおり、「一般消費者の保護に関する基本的な経済政策及び計画の総合調整に関する」事務(経企庁設置法四条九号)をつかさどるものであるが、右総合調整には個別具体的な経済政策及び計画の調整までも含むものではなく、いわんや右施策内容の主務官庁ではないのであるから、個別企業の問題について経企庁が関係行政機関を招集することはできなかった。
更に、経企庁は立入調査権限も有しておらず、独自で豊田商法の実態を把握することも不可能であったから、豊田商法についての十分な情報も得ていなかったのである。
3 六省庁会議の開催と豊田商法による被害の防止可能性
(一) 原告らは、本件作為義務の具体的な内容として、(1)警察庁に対しては、警察庁の取組みが行き詰まっていることを確認した上、税務当局の情報を警察庁に提供するよう要請するなどして、詐欺罪での刑事摘発、出資法の適用による取締りに着手することを申し合わせるなどの調整をすること、(2)公取委に対しては、公取委の判断の誤りを指摘し、独禁法の適用に向けて審査を開始するよう検討を促すこと、(3)法務省に対しては、商法五八条を適用しない理由を質すとともに、同条の適用を促すこと、(4)通産省に対しては、各省庁の有する様々な情報を提供し、行政指導の実施を要請すること等を指摘している。
また、原告らは、経企庁が「第一六回消費者保護会議決定後速やかに本件作為義務を履行しておれば、警察庁が詐欺罪・出資法違反で刑事摘発するか、公取委が独禁法・景表法で勧告・排除命令を発するか、法務省が会社解散命令や警告を発するか、通産省が行政指導を実施することのいずれかは必ず推進された筈である。」と主張している。
(二) しかしながら、警察庁が詐欺罪・出資法違反で刑事摘発できなかったこと、公取委が独禁法又は景表法に基づく勧告や排除命令を発することができなかったこと、法務省が会社解散命令や警告を発することができなかったこと及び通産省が行政指導を実施することができなかったことについては、前記第二ないし第五で述べたとおりであり、仮に、六省庁会議を開催したとしても、このことに変わりはなく、原告らの右主張は何らの根拠もない。
その理由は、要するに、(1)詐欺罪による刑事摘発については、当時豊田商事の営業実態に関する資料は得られておらず、仮に豊田商事が税務署に提出していた決算書類を入手したとしても、それだけでは直ちに同社の返済能力の有無を把握することができるものではなかったし、また、出資法による刑事摘発についても、顧客の認識や元本保証の問題は極めて困難な法律的問題であり、各種情報を総合しても直ちに解決される問題ではなかった、(2)独禁法及び景表法に基づく勧告、排除命令については、豊田商事はおよそその適用対象となるものではない、(3)商法五八条一項に基づく会社解散命令の請求及び警告発出については、当時法務大臣は、これらの行為をするための法定要件を判断できる状況になかった、(4)訪問販売等に関する法律による規制については、金が政令指定商品になっていないことから、豊田商法に対しては、同法は適用できないことは明らかであり、また、国民に対して権利を制限し、又は義務を課するような行政指導を法の根拠なく行うことも不可能又は不当であるということである。
以上のとおり、六省庁会議が開催され、各種情報の調整がなされたとしても、右四行政機関による規制権限の行使あるいは行政指導の実施は不可能であったのである。
従って、本件職務行為を実施したとしても、豊田商法による被害が防止された可能性はないのであり、原告らの右主張は、この点でも失当である。
4 まとめ
以上検討したところによれば、経企庁の公務員の当時の認識、同庁及び消費者保護会議等の所掌事務などからして、本件職務行為を行わなかったことに著しい不合理性があったとは到底いえないことは明らかである。
四結論
以上のとおり、経企庁の公務員が原告ら主張の時期に、本件職務行為を行わなかったことについて、それが法律に根拠を持たず、他の行政機関の規制権限に影響を与えるものでないこと、その行使は全くの自由裁量によるものであること、更に、その不作為に著しい不合理性もなかったことから、被告国が国賠法上の責任を負うことはありえない。
第三編争点に対する判断
第一章総論
第一はじめに
原告らは、被告国の公務員である警察庁、公取委、法務省、経企庁の各担当者には豊田商事の詐欺的な純金ファミリー商法による被害の発生を防止すべくその有する規制権限を行使すべき義務があり、また、通産省の担当者には同様に右被害を防止すべくその権限に属する行政指導をすべき義務があるのに、被告国の公務員である右各担当者が右各義務を怠り(なお、警察庁の担当者については、規制権限行使上の積極的過誤もある。)原告らにその主張の損害(本件被害、以下同じ)を被らせたとして、国賠法一条一項に基づいて、被告国に対し右損害の賠償を求めるものである。
ところで、国賠法一条一項の「違法」とは、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することをいうものと解すべきであるから、原告ら主張の右規制権限行使義務や行政指導義務も、当然被告国の公務員が原告ら個別の国民に対して負担する職務上の法的義務でなければならないことになる。
一般に、公務員が、如何なる要件の下に、個別の国民に対して職務上の法的義務として規制権限行使義務や行政指導義務を負担するかについては、判例・学説の分かれるところであり、当事者間においても争いがあるが、この問題のうち、警察庁他三省庁に共通する規制権限行使義務に関するものを次項以下において検討することとし、通産省のみについての行政指導義務に関するものを後記第五章において検討することとする。
第二規制権限行使義務の発生要件
一前提としての要件
一般に、公務員に規制権限行使義務があるといえるためには、まず、その前提として、当該公務員において当該規制権限を行使することが可能であることが必要であり、そして、そのためには、(1)当該公務員が当該規制権限を有していること、(2)当該規制権限を行使するための具体的要件が充足されていること及び(3)当該公務員が右具体的要件充足の事実を認識し又は認識しうることが必要である。
二裁量行為としての規制権限の行使が義務化して個別の国民に対する職務上の法的義務となるための要件
右一説示の要件が充足された場合においても、当該規制権限が個別の国民の権利利益を保護することを目的とするものであり、その根拠法規においてこれを行使すべきことが一義的に規定されていない限り、当該公務員は当該規制権限を行使するか否かについて裁量権を有するものと解されるから、このような裁量行為としての当該規制権限の行使が義務化して当該公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務となるためには、更にそのための要件が必要である。
ところで国賠法は民法の特別法であって、国賠法上の違法も民法の不法行為法上の違法と実質的には同じ性質のものと解すべきであるから、当該公務員の当該規制権限の不行使が違法となるか否か(即ち、当該公務員に当該規制権限行使の作為義務があるか否か)は、基本的には、民法の一般不法行為におけると同様に、被侵害利益の要保護性の程度と侵害行為の態様との相関関係に基づき法令のみならず慣習、条理等を基準として決すべきものである。そして、一般に不作為は作為に比して侵害行為としての違法性が低いものといえるから、右違法の成否の判断は、当該公務員が当該具体的事情の下において当該規制権限を行使しなかったことが当該規制権限の根拠法規の趣旨・目的のみならず慣習、条理等に照らして著しく不合理と認められるか否かにより決すべきものと解するのが相当である。そして、右判断に当たっては、(1)当該個別の国民の生命、身体、健康、並びにこれらに匹敵するほど重要な財産等に具体的危険が切迫していたといえるか(危険の切迫)、(2)当該公務員が右危険を知り又は容易に知りうる状態にあったといえるか(予見可能性)、(3)当該公務員が当該規制権限の行使により容易に結果を回避しえたといえるか(結果回避可能性)、(4)当該公務員が当該規制権限を行使しなければ結果発生を防止しえなかったといえるか(補充性)、(5)国民が当該公務員による当該規制権限の行使を要請ないし期待している状況にあったといえるか(国民の期待)等の諸点を総合考慮すべきものと解するのが相当である。
三原告ら主張の裁量権収縮論について
1 原告らは、当該公務員が当該規制権限を行使するか否かについて裁量権を有する場合であっても、前述の危険の切迫、予見可能性、結果回避可能性の三要件が充足された場合には、右裁量権は零に収縮して当該規制権限の行使が義務化し、当該規制権限の不行使は違法なものとなる旨主張する。
しかしながら、裁量行為としての当該規制権限の行使が義務化して当該公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務となるか否かは、前述したとおり、当該規制権限の不行使にかかる被侵害利益の要保護性の程度と侵害行為の態様との相関関係に基づいて法令のみならず慣習、条理等に照らし規制権限の不行使が著しく不合理と認められるか否かにより決すべきであるから、右相関関係に関する具体的事情としては、前述のとおり、原告ら主張の右三要件のほか、前記補充性、国民の期待の二要件なども総合考慮すべきものであって、原告ら主張の右三要件が充足されることにより、当該規制権限の行使が義務化して前記義務となるものと単純に考えることはできない。けだし、具体的事案においては、右各要件の充足の態様には軽重各種のものがありうるとともに、右各要件は相互に補完し合う関係にあるから、原告ら主張の右三要件が充足された場合、事案よっては当該規制権限の行使が義務化して前記義務となることもありうるとはいえるものの、常にこれが義務化して前記義務となるとまではいえないからである。
従って、原告ら主張の右三要件のみをもって当該規制権限の行使が義務化して前記義務となるための要件とすることはできないから、原告らの右主張は採用できない。
2 原告らは、また行政庁が国民に迫っている危険や危害を排除し予防することを国民に言明している場合、右言明は裁量権収縮論でいう裁量収縮要件の大部分を事実上その内部に取り込んだ裁量権収縮のための積極的要件としての性質をもつ旨主張する。
しかしながら、行政庁が原告ら主張のような内容の言明をした場合、行政庁により右言明がなされた事実は、右言明がその充足を認める裁量収縮要件について、これが充足されていることを窺わせる重要な間接事実であるとはいえるけれども、原告ら主張のように、右言明が裁量収縮要件を事実上その内部に取り込んだ積極的要件としての性質をもつとまではいうことができない。
従って、原告らの右主張は採用できない。
四被告国の反射的利益論について
被告国は、公務員は当該規制権限の根拠法規の趣旨・目的を離れて当該規制権限を行使すべき義務はないとした上、右根拠法規が原告ら個別の国民の権利利益を直接保護の対象とはせず、公益に包摂される形で保護の対象としているにすぎない場合には、原告らが当該規制権限の行使について有する利益は法的に保護された利益ではなく反射的利益にすぎないのであるから、原告らに対する関係において、当該規制権限の行使が当該公務員の職務上の法的義務となることはない旨主張する。
被告国の右主張は、いわゆる反射的利益論を国賠請求にも当てはめようとするものであるが、反射的利益論は、もともと抗告訴訟における原告適格を画する基準として用いられるようになった概念で、「法律上保護された利益」を有する者にだけ原告適格を認めようとするものであって、抗告訴訟の制度目的から導かれるものである。これに対し、国賠請求においては、既に生命、身体、健康、財産等についての具体的な損害が発生していることが前提となっているから、反射的利益論でいう「法律上保護された利益」の有無は、原告適格の要件としてではなく、国賠法上の規制権限不行使の違法性を基礎づける公務員の作為義務との関係でのみ問題とされることになる。
ところが、国賠法上の違法性は、前述したとおり、基本的には民法の一般不法行為におけると同様に被侵害利益の要保護性の程度と侵害行為の態様との相関関係に基づいて法令のみならず慣習、条理等を基準として決すべきものであるから、当該規制権限の根拠法規が原告ら個別の国民の権利利益を直接保護の対象としていないとしても、そのことから直ちに、当該規制権限の行使が原告ら個別の国民に対する関係で当該公務員の職務上の法的義務とならない(即ち、当該規制権限の不行使が違法とならない)ということはできない。
従って、被告国の右主張は採用できない。
第三本件における判断の順序
以上の次第で、被告国がその公務員の規制権限の不行使を理由として国賠法上の損害賠償責任を負うか否かを判断するについては、(1)原告ら主張の被告国の公務員が原告ら主張の規制権限を有していたか否か、(2)右規制権限を行使するための具体的要件が充足されていたか否か、(3)右公務員が右具体的要件充足の事実を認識し又は認識しえたか否か、(4)右公務員が原告ら個別の国民に対する職務上の法的義務として当該規制権限を行使すべき義務(作為義務)を負っていたか否かの各点のほか、更に、不法行為成立のための一般的要件として、(5)右作為義務の懈怠について右公務員に故意又は過失があったか否か、(6)右作為義務の懈怠と原告らの本件被害との間に相当因果関係があるか否かの各点をも検討する必要がある。
そこで、警察庁、公取委、法務省、経企庁の各責任については、次章及び後記第三、第四、第六の各章において、右(1)ないし(6)の各点について、概ねその順序で検討することとし、また、通産省の責任については、後記第五章において、これに準じて検討することとする。
第二章警察庁の責任
第一警察庁の規制権限
一犯罪行為に対する規制権限としての警察の犯罪捜査権
犯罪行為の継続を抑止するための規制権限として、刑事訴訟法上の犯罪捜査権があるが、右犯罪捜査権は、原則的には、第一次的捜査機関である警察によって行使される。その意味で、犯罪行為の継続を抑止するためには、警察が右犯罪捜査権を適切に行使することが期待されることになる。
二警察内部における犯罪捜査権の帰属
ところで、警察法(昭和六二年法律第九三号による改正前のもの、以下同じ)三六条、地方自治法二条六項二号によれば、警察法二条一項所定の犯罪捜査、被疑者の逮捕等の警察職務は、基本的には、都道府県の機関である都道府県警察が都道府県の区域ごとに行うものとされている。他方、警察職務の中には、国家的、全国的な見地から被告国が運営し、統括し、又は調整すべき事項があることから、警察法一六条二項によれば、被告国の機関である警察庁の長である警察庁長官は警察庁の所掌事務について都道府県警察を指揮監督するものとされているのであるが、同法一七条、五条二、三項所定の警察庁の所掌事務の中には、具体的事件の犯罪捜査に関する事項は含まれていない。警察法の以上の各規定によれば、具体的事件の犯罪捜査権は、専ら都道府県の機関である都道府県警察がこれを有するものであって、被告国の機関である警察庁は、具体的事件の犯罪捜査権を有しないものと解すべきである。
三都道府県警察の行う犯罪捜査に関する警察庁の権限
警察法五条二項一四号は、警察庁の所掌事務の一つとして「警察行政に関する調整に関すること」を掲記しているので、警察庁の右規定に基づく権限(以下「調整権限」という。)の内容として、都道府県警察の行う犯罪捜査に関する指揮監督が含まれるか否かが一応問題となりうる。
そこで、検討するに、前項で述べた警察法の各規定の趣旨に照らせば、警察庁の調整権限は、あくまで都道府県警察が自らの権限として犯罪捜査、被疑者の逮捕等の警察職務を行うことを前提としながら、全国的に均質な活動水準を維持し効率的な処理を図るという観点から、都道府県警察の行う警察職務について調整をすることを内容とするものであって、都道府県警察の行う犯罪捜査に関する指揮監督を内容とするものではないと解すべきである。
しかし、証拠(証人清島)によれば、警察庁の実務においては、調整権限に基づいて、関係法令の統一的解釈や運用を示したり、ある都道府県警察が具体的事件の犯罪捜査をしている場合において、他の都道府県警察との捜査共助の必要性があれば、他の都道府県警察に対し捜査共助の調整をしたり、全国的ないし広域事件について複数の都道府県警察の捜査が競合する場合に、各都道府県警察の相互連絡や相互応援を調整し、あるいは一斉に強制捜査を行わなければ証拠隠滅や被疑者逃走のおそれがあるような場合に、強制捜査を行う時期を統一するよう調整するといったことが行われていることが認められる。
以上によれば、警察庁は、都道府県警察の行う具体的事件の犯罪捜査に関する指揮監督権を有するものではないが、全国的ないし広域事件の犯罪捜査に関し前述のような調整権限を有するものというべきである。そして、例えば、強制捜査を行う時期を統一するということは、先行のある都道府県警察が独自に強制捜査に入ることを一定の時期まで抑止することにほかならないから、右調整権限は、強制捜査を行う時期等といった一定の限られた範囲内においてではあるが、都道府県警察の行う具体的事件の捜査に影響を及ぼすものであることが明らかである。
してみれば、少なくとも、警察庁の全国的ないし広域事件の犯罪捜査に関する調整権限は、都道府県警察の犯罪捜査権と一体として、犯罪行為に対する規制権限と捉えることができる。
四豊田商事事件の犯罪捜査に関する警察庁の調整権限
前記第二編第一章前提事実(以下「前提事実」という。)第一認定の事実に証拠(証人清島、同太良木、同河盛)を総合すれば、豊田商事事件が前述の全国的ないし広域事件であったこと及びその強制捜査については証拠隠滅や被疑者逃走を防止するためこれを一斉に行う必要があったことが認められるから、豊田商事事件の犯罪捜査に関しては、警察庁が前述の調整権限を有していたことが明らかである。
そして、前掲各証拠によれば、昭和五九年四月当時、豊田商事事件の犯罪捜査に関し、警察庁の右調整権限を現実に行使する立場にあった者は、清島経済調査官ら警察庁幹部であったことが認められる。
五被告国の反射的利益論について
被告国は、ある犯罪の被害者がその事件の犯罪捜査により受ける利益は、国家及び社会の秩序維持という公益上の見地に立って行われる捜査行為によって反射的かつ結果的にもたらされる事実上の利益にすぎず、犯罪捜査権の不行使が原告らにとって違法な法益侵害となることはありえないから、警察庁の公務員が調整権限の行使を怠ったとしても、原告らの法律上の地位に影響はなく、右権限の行使が職務上の法的義務となる余地はない旨主張する。
犯罪捜査が国家及び社会の秩序維持という公益上の見地に立って行われるものであることは、被告国主張のとおりであるが、犯罪捜査は、被害者の利益の保護と全く無関係なものではなく、被害者の利益を公益に包摂する形で保護することを目的としているものというべきである。従って、反射的利益論に基づく被告国の右主張は、前記第一章第二の四で述べたところから明らかなように、その理由がない。
よって、被告国の右主張は採用できない。
第二調整権限行使上の積極的過誤の有無
一はじめに
原告らは、各都道府県警察においては昭和五九年五月までに豊田商事を詐欺罪、出資法違反罪及び外為法違反罪により刑事摘発することができたにも拘らず、清島経済調査官ら警察庁幹部は、昭和五七年一一月及び同五九年五月の各対策会議において、その判断を誤り各都道府県警察の捜査担当者に対し右各犯罪の容疑により豊田商事を刑事摘発することについて否定的な見解を示し、もって各都道府県警察による右刑事摘発を抑止した旨主張する。
清島経済調査官ら警察庁幹部が昭和五七年一一月及び同五九年五月の各対策会議において各都道府県警察の捜査担当者に対し右各犯罪の容疑により豊田商事を刑事摘発することについて否定的な見解を示したことは、前提事実第二の三1及び同四8認定のとおりであるから、原告らの右主張について検討するためには、(1)豊田商法は、原告ら主張の前記各犯罪に該当するものであったか否か、(2)そうであったとして、前記各対策会議当時、各都道府県警察において前記各犯罪の容疑により豊田商事に対しその後の詐欺的商法の継続を抑止するに足りるような程度・規模の強制捜査(以下「本件強制捜査」という。)を実施することが可能であったか否か、(3)清島経済調査官ら警察庁幹部が右各対策会議において各都道府県警察の捜査担当者に対して示した右見解が判断を誤ったものであり、かつ、右誤った見解を各都道府県警察の捜査担当者に示したことが右警察庁幹部の原告ら個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背するものといえるか否かの各点について検討する必要がある。
そこで、以下において、右の各点について検討を進めることとする。
二豊田商法の犯罪該当性
1 詐欺罪
(一) 「現物まがい商法」自体による詐欺
(1) 豊田商法の内容は、前提事実第一の二及び同三1認定のとおりであり、豊田商事は、金地金の売買契約においては金地金の現物売買であることを強調し、その後の純金ファミリー契約においても、金地金の現物が豊田商事に存在するかのように装って勧誘行為を行っていた。従って、顧客とすれば、豊田商事が金地金の売買及び純金ファミリー契約の対象となる金地金を契約時点で保有しているものと考えるのが自然であるところ、証拠(<書証番号略>)によれば、現に顧客の多くが自己の購入した金地金の現物が豊田商事に存在し、その現物を豊田商事に預けることにより賃借料を受領できるものと理解していたことが認められる。
ところが、前提事実第一の二2認定のとおり、豊田商事には、顧客が購入し、豊田商事が預った筈の金地金は存在しなかったのであるから、金地金の現物が会社に存在するかのように装い、その代金名下に金銭の交付を受けていた豊田商事の行為は、それだけで詐欺罪に当たるとも考えられる。
(2) しかし、前提事実第一の二2認定のとおり、純金ファミリー契約上、満期に返還が予定されているのは、顧客が購入した特定の金地金ではなく、購入したとされる金地金と同種、同銘柄、同数量の金地金若しくはそれを満期時の取引価格に換算した金銭であり、返還される金地金の個性が全く問題とされていないのである。従って、純金ファミリー契約の性質は、消費寄託契約と解されるのであるから、たとえ顧客が売買契約によって特定の金地金の所有権を取得したとしても、顧客は、消費寄託契約たる純金ファミリー契約を締結することにより、金地金についての所有権を失うから、特定の金地金が顧客の豊田商事に対する償還請求権を担保するという関係は生じない。そうすると、純金ファミリー契約の締結後は、満期における金地金の償還可能性のみが重要となるのであって、顧客が売買契約により一旦金地金の所有権を取得するかどうかは殆ど意味がないことになる。
従って、契約時点で金地金の現物を保有していると装ったことをもって取引の重要な部分についての欺罔行為に当たるということは必ずしもできないから、右(1)説示の行為を捉えて詐欺に当たるということは困難である。
(3) なお、原告らは、豊田商事が純金ファミリー契約の契約高に見合う金地金を常時保有していなかったことも詐欺に当たる根拠の一つと主張するもののようであるが、前述のとおり、純金ファミリー契約の性質は消費寄託契約と解されるのであり、従って、純金ファミリー契約上、豊田商事は顧客から寄託された金地金を自由に処分できるのであるから、豊田商事が同契約の契約高に見合う金地金を常に保有していないというだけでは、直ちにそれが詐欺に当たるということはできないというべきである。
(二) セールストークによる詐欺
(1) 豊田商事の営業社員が顧客に対し、一般に金の三大利点と称して、金地金は換金自由で現金と同様であり、税金がかからず、値上がり確実であるなどと説明していたことは、前提事実第一の三1(一)認定のとおりである。
(2) 「換金自由」とのセールストークについて
証拠(<書証番号略>)によれば、金は、金地金商や銀行の窓口において容易に換金できることが認められるから、一般的経済流通機構の点からみれば、金は「換金自由」な物品ということができる。従って、豊田商事の営業社員が、その意味で金は「換金自由」であると説明していたことをもって虚偽の説明ということはできない。
もっとも、前提事実第一の二2認定のとおり、豊田商法は、金地金の売買契約と純金ファミリー契約を一体として締結させることを基本的内容としていたものであるところ、証拠(<書証番号略>)によれば、純金ファミリー契約は、その契約書上、原則として中途解約が認められず、やむを得ない事情により解約する場合には、受け取った賃借料を返還したうえ、取引金額の三割相当額の違約金を支払わなければならないものとされていることが認められるのであるから、純金ファミリー契約を締結した場合は、到底「換金自由」といえるものではない。しかるに、前提事実第一認定の事実によれば、豊田商事の営業社員は、純金ファミリー契約を締結した場合には「換金自由」でなくなることを顧客に説明していなかったことを推認することができるから、豊田商事の営業社員の「換金自由」についての口頭での説明は、これを全体としてみれば、純金ファミリー契約を締結した場合であっても金が「換金自由」であるかの如き誤解を顧客に与えるようなものであったということができる。
しかしながら、前提事実第一の二2認定のとおり、顧客は、純金ファミリー契約締結の際、純金ファミリー契約証券の交付を受けていたものであるところ、証拠(<書証番号略>)によれば、同証券の裏面には、同契約は原則として中途解約できないことが明記されていたことが認められるから、右記載をも併せ考えると、豊田商事の「換金自由」とのセールストークをもって、積極的に虚偽の説明を行っていたものとまでは評価できない。
(3) 「無税」とのセールストークについて
証拠(<書証番号略>)によれば、豊田商事のセールスマニュアルや営業社員のセールス用のメモには、金地金に関する課税制度について、全く無税であるという表現を用いているものもあれば、金地金は無記名であるから税務署に把握されにくく、事実上課税されないとの表現を用いているものもあったこと、豊田商事の「GOLD」というパンフレットには、「金地金は売るときも買うときも税金はかかりません。しかし、贈与や財産相続のときには税金がかかります。」との記載があったことが認められる。
豊田商事の営業社員が、一般に金地金には税金がかからない旨の説明を顧客にしていたことは前述のとおりであるが、右事実に鑑みると、個々のケースにおいて、具体的にどのような表現を用いて金には税金がかからない旨の説明をしていたのかは必ずしも明らかではなく、金については全く無税であるかのように説明した場合もあれば、一定の場合には課税されるが金の無記名性の故に事実上課税を免れられるとの趣旨で説明した場合もあったと推認される。
ところで、金地金には物品税はかからないが、課税要件を満たす限り所得税や相続税はかかるのであるから、右説明のうち、全く無税という説明は勿論、売る時には税金がかからない旨の説明も明らかに虚偽である。しかし、金地金の無記名性の故に事実上課税を免れる場合があるという説明は、それ自体必ずしも虚偽とはいえないから、豊田商事が顧客に対し金地金に関する課税制度について、悉く虚偽の説明を行っていたとまではいうことができない。
(4) 「値上がり確実」とのセールストークについて
証拠(<書証番号略>)によれば、金地金は、石油、ドル、各種金融資産の利回り、米国プライムレート、政治不安その他様々な要因に基づいて価格が変動する相場商品であって、確実に値上がりするものではなく、現に昭和五十五年一月に最高値をつけてからは、豊田商事の破産に至る昭和六〇年七月までほぼ一貫して下落を続けていたことが認められる。従って、確実に値上がりするというセールストークは虚偽というほかない。
(5) 以上によれば、豊田商事は、金地金に関する課税制度については虚偽の説明を行っていた場合があり、その値上がり見込みについては虚偽の説明を行っていたというべきである。
しかし、課税要件のある限り課税されることや金地金が相場商品であることは公知の事実であり、また、もともと商品の宣伝には多少の誇張が伴うものであることを考えると、右の程度の虚偽の表示があったからといって、それが直ちに刑法上の欺罔行為に当たるということはできない。従って、金の三大利点に関するセールストークのみを捉えてこれに基づく金銭の受入れ行為が詐欺罪に当たるとみることも困難である。
(三) 「福岡年金トーク事件」における詐欺
証拠(<書証番号略>、証人美奈川)によれば、昭和五八年一〇月ころから同年末ころにかけて、豊田商事福岡支店の従業員が、福岡県内において、年金の受給資格を確認するために必要であると偽って、顧客の通帳、印鑑等を騙取した上、純金ファミリー契約の契約書であることを秘し、年金の申込書であるなどと称して顧客に純金ファミリー契約書に署名捺印させ、純金ファミリー契約が締結されたかのような体裁を整え、騙取した通帳等を使って引き出した金員の返還を免れようとした事件(「福岡年金トーク事件」)の発生したことが認められる。
「福岡年金トーク事件」は、その態様よりみて、詐欺罪に該当することが明らかである。
(四) 償還不能による詐欺
豊田商事は、前提事実第一の五認定のとおり、昭和五九年三月末の時点において、完全に経営の破綻を来しており、その後は、新たに顧客から金銭を受け入れても、もはや契約どおりの金地金の償還に充てるべき資金を準備することができない状態にあった。それにも拘らず、豊田商事は、豊田商法を継続していたのであるから、昭和五九年四月以降の豊田商法による被害については、償還不能による詐欺罪が成立することが明らかである。
2 出資法違反罪
(一) 出資法二条一項により業として行うことを禁止されている「預り金」とは、「不特定かつ多数の者からの金銭の受入れで、預金、貯金又は定期積金の受入れ及び、借入金その他何らの名義をもってするとを問わず、これらと同様の経済的性質を有するもの」である(同法二条二項)。そして、ここでいう「預金等の受入れと同様の経済的性質」とは、元本額の返還が保障されている金銭の受入れであって、主として預け主のために金銭の価額を保管することを目的とすることを意味するものと解される。従って、出資法二条の「預り金」というためには、少なくとも「金銭の受入れ」であること及び「元本保証」のあることが要件となる。
(二) 「金銭の受入れ」について
豊田商法は、前述のとおり、金地金の売買契約とその消費寄託契約を内容とするものであったから、その法形式からみれば、豊田商事は、売買契約に基づいて顧客から代金を受け取り、消費寄託契約に基づいて金地金の寄託を受けたにすぎず、これを「金銭の受入れ」ということはできない。
しかし、前提事実第一認定の事実によれば、豊田商事は、契約高に見合う金地金を保有しておらず、売買及び消費寄託という形式は、単に一般大衆から金銭を受け入れるための口実にすぎなかったことが明らかであり、その実態に則して見れば、豊田商事は反復継続して顧客から売買代金名下に金銭を受け入れていたものということができる。
(三) 「元本保証」について
そこで次に、豊田商法において「元本保証」があるか否かが問題となるが、豊田商法において「元本保証」があるといえるためには、豊田商事が売買代金名下に受け入れた金銭と同額以上の金銭若しくはこれに相当する金地金が顧客に対し返還されることが約されている必要があるというべきである。
ところが、前述のとおり、純金ファミリー契約は、顧客が購入したとされる金地金と同種、同銘柄、同数量の金地金若しくはそれを満期時の取引価格に換算した金銭を満期に返還することを約した契約であり、金の価格が下落する場合のあることを考えれば、右契約上、満期に豊田商事から顧客に対し必ず右受入れた金銭と同額以上の金銭若しくはこれに相当する金地金の返還がなされることにはなっていないのであるから、豊田商法においては、「元本保証」はないというほかはない。
原告らは、金が値上がり確実であると強調していた豊田商法における勧誘実態に照らせば、純金ファミリー契約は、「元本保証」を約した取引に当たる旨主張するが、如何に金の値上がりを強調しても、それだけでは、現実に金の価格が下がった場合にも契約の際に支払った金銭の返還を保証したものとみることはできないから、右勧誘実態から純金ファミリー契約を「元本保証」を約した取引に当たるということはできず、原告らの右主張は失当である。
また原告らは、「元本保証」は、出資金(運用実績により配当に多寡があるもの)と預金(運用実績に拘らず、元本をそのまま返還するもの)との経済的性質を区別するためのものであるところ、純金ファミリー契約は、豊田商事における運用実績に係わりなく、満期に同種、同銘柄、同数量の金地金又はこれに相当する金銭の返還を約するものであり、受入れ元本をそのまま返還することを内容とする契約であるから、「元本保証」がある旨主張するが、顧客から売買代金名下に金銭を受け取ることを金銭の受入れとみながら、金地金の返還をもって元本の返還と見ることには無理がある上、金銭での返還についても、前述のとおり当初の額を下回ることがある以上、これをもって元本の返還とみることはできないというべきである。更に、原告らは、豊田商法と同種のものとしてドル建預金があり、ドル建預金が預り金の性質を有することには異論がない旨主張するが、ドル建預金の場合、例えば、一万ドル預金すれば一万ドルの返還は保証されているのであり、たまたま変動為替相場制がとられている結果、これを邦貨に引き直すと、償還時の邦貨額が預け入れ当初の邦貨額を下回る場合があるというにすぎず、預け入れた金銭と同額の金銭返還が保証されていない豊田商法の場合とは異なるというべきである。
以上によれば、豊田商法において「元本保証」があるということはできないから、豊田商法をもって出資法二条違反ということはできない。
(四) 脱法行為処罰規定の適用について
出資法八条一項二号は、何らの名義をもってするを問わず、また、いかなる方法をもってするを問わず、預り金の禁止を免れる行為をした者を処罰する旨規定しているが、右の規定は、出資法の取り締まりの対象がめまぐるしく変転する経済事象であるから、今後どのような手段方法で実質的に同法の預り金の禁止規定を潜脱する行為が行われるか予断を許さないため、厳密な罪刑法定主義の原則上処罰規定を適用し難い事態に備えて置かれたものであるが、右の規定は、あくまで右禁止規定の実質的範囲を超えてその処罰の範囲を拡張するものではないから、形式的には同法の預り金の禁止規定を潜脱するかのようにみえる行為であっても、右禁止規定の基本的要件を充足しないものは、その処罰の対象とはならないものと解するのが相当である。
ところで、右(三)に説示したように、豊田商法においては「元本保証」があるとはいえないのであるから、豊田商法は、出資法二条一項違反の罪が成立するために必要な基本的要件の一つを欠くものであることが明らかである。
してみれば、豊田商法については、脱法行為処罰規定の適用はないというべきである。
3 外為法違反罪
証拠(<書証番号略>)によれば、豊田商事の海外事業部長の地位にあった米戸千秋(以下「米戸」ともいう。)が、次のとおりの外為法違反行為を行ったことが認められる。
(一) 豊田商事が外為法上の非居住者である恒成国際有限公司(エバーウエルシーインターナショナルリミテッド、豊田商事が全額出資して設立した香港所在の外国法人)による金銭の貸付をするに当たり、豊田商事の業務に関し、法定の除外事由がないのに、大蔵大臣に対する事前の届出をしないで、永野及び豊田商事の従業員望月純一らと共謀の上、昭和五七年一〇月二九日から昭和五八年七月二八日までの間に前後七回にわたり、大和銀行堂島支店ほか五行から、合計約五億九四九六万円を事務所経費等の名目で大和銀行香港支店ほか二行のエバーウエルシーインターナショナルリミテッド名義等の預金口座に送金して、右有限公司に貸付け、もって、無届けによる対外直接投資に係る金銭の貸付け契約に基づく債権の発生に係る資本取引をした(適用法令 外為法(昭和六一年法律第七〇号による改正前のもの、以下同じ)七〇条一三号、二三条一項、二二条一項四号、二項、二〇条二号、七三条一項、外国為替管理令(当時のもの、以下同じ)一二条六項、外国為替の管理に関する省令(当時のもの、以下同じ)二〇条二、三項)。
(二) 右有限公司の経理担当者安田昭作と共謀の上、法定の除外事由がないのに、大蔵大臣の許可を受けないで、昭和五七年一二月二〇日、大阪国際空港から香港に向けて出国するに際し、大和銀行堂島支店長振出名義の円貨表示自己宛小切手二〇通、額面合計一億円を隠匿携帯して持ち出し、もって、支払い手段を輸出した(適用法令外為法七〇条九号、一八条一項、外国為替管理令八条、大蔵省告示一一七号)。
(三) 香港商恒昇国際有限公司台湾分公司(豊田商事が全額出資して設立した台湾所在の外国法人、代表者米戸千秋)の現地責任者上村嘉彦と共謀の上、法定の除外事由がないのに、大蔵大臣の許可を受けないで、昭和五七年一二月二六日、台湾から本邦に入国するに際し、右(二)の小切手二〇通を隠匿携帯して持込み、もって、支払い手段を輸入した(適用法令 右(二)に同じ)。
(四) 豊田商事が右香港商恒昇国際有限公司台湾分公司に金銭を貸し付けるに当たり、豊田商事の業務に関し、法定の除外事由がないのに、大蔵大臣に対する事前の届出をしないで、永野と共謀の上、昭和五七年一二月二七日ころ、前記大和銀行堂島支店において、前記上村嘉彦に対し現金五〇〇〇万円を交付し、もって、無届けによる対外直接投資に係る金銭の貸付け契約に基づく債権の発生に係る資本取引をした(適用法令 前記(一)に同じ)。
(五) 法定の除外事由がないのに、大蔵大臣の許可を受けないで、昭和五八年三月一八日、台湾から本邦に入国するに際し、いずれも第一勧業銀行高麗橋支店長振出名義の円貨表示自己宛小切手四通、額面合計四〇〇万円を隠匿携帯して持込み、もって、支払い手段を輸入した(適用法令 前記(二)に同じ)。
(六) 豊田商事が外為法上の非居住者である前記恒成国際有限公司に金銭を貸し付けるに当たり、豊田商事の業務に関し、法定の除外事由がないのに、
(1) 永野及び豊田商事従業員川瀬敬策らと共謀の上、昭和五八年五月一二日、大蔵大臣に虚偽の届出書を提出した上、同年六月二七日から七月五日までの間三回にわたり、いずれも東京銀行船場支店から、合計一億七九〇〇万円を香港所在のハンセン銀行セントラル支店の右恒成国際有限公司の仮名預金であるジャスラーインターナショナルカンパニー名義預金口座に送金して、同有限公司に金銭を貸付け、
(2) 永野及び豊田商事従業員小笠原清一らと共謀の上、昭和五八年七月一一日、日本銀行大阪支店において、大蔵大臣に虚偽の「変更届出書」を提出した上、同月二五日、前記大和銀行堂島支店から三〇〇〇万円を前記ハンセン銀行セントラル支店のジャスラーインターナショナルカンパニー名義預金口座に送金して、前記恒成国際有限公司に金銭を貸し付け、
もって、虚偽の届出による対外直接投資に係る金銭の貸付け契約に基づく債権の発生に係る資本取引をした(適用法令 前記(一)に同じ)。
三本件強制捜査の可能性
1 詐欺罪による本件強制捜査の可能性
(一) 右二1(一)、(二)認定説示のとおり、現物まがい商法自体及び虚偽のセールストークを理由とする詐欺罪の成立を認めることは困難であったから、これらの容疑に基づいては、本件強制捜査を行うことはできなかったというべきである。
(二) 「福岡年金トーク事件」による本件強制捜査の可能性
(1) 証拠(<書証番号略>、証人美奈川、同清島)によれば、以下の事実が認められる。
① 福岡市在住の美奈川成章弁護士(以下「美奈川」という。)は、昭和五八年一一月下旬ころから同五九年一月にかけて九件の「福岡年金トーク事件」をその被害者から受任し、その解決に当たったものであるが、福岡年金トーク事件は、詐欺性の明白な事件であったため、美奈川は、初めに受任した四件の福岡年金トーク事件について、同五八年一二月三日ころ、豊田商事福岡支店に対し、それまでの豊田商事事件に関する示談の基準に従うことなく、顧客の支払った金員を即時全額返還するよう請求した。これに対し、同月二一日、豊田商事本社の監査室長であった麻生佳郎が美奈川を訪れ、「豊田商事としてもこの件は非常にまずいと思うので、即刻これを止めさせるし、年金トークを考案した福岡支店の社員数名の処分も行うので、今回はなんとか和解で解決して欲しい。」旨申し入れた。そこで、美奈川は、右申入れを受け入れることとし、同月末ころから同年二月中旬ころまでに、前記九件の事件全部について、顧客の代理人として豊田商事と示談した。
② 「福岡年金トーク事件」が行われていた期間は、ほぼ昭和五八年一〇月から同年末までの間であり、この間に福岡年金トーク事件に関する被害の訴えが二〇件余り福岡通産局及び同市消費生活センターに寄せられた。
③ 昭和五九年三月ころ、美奈川は、福岡県警の捜査官の依頼に応じて、「福岡年金トーク事件」の被害者の住所・氏名を教え、契約書等の書類の写しを取らせた。その際、美奈川は、顧客がどのような経過で勧誘を受けたかについて、捜査官に簡単に説明した。
④ 福岡県警は、昭和五九年五月に開かれた豊田商法の取締りを目的とする警察庁保安課主催の対策会議において、老人を対象に豊田商事の年金制度のくじに当たったので手続をするから通帳、印鑑を持ってきてくれといっては無理矢理に純金ファミリー契約をさせる福岡支店の手口を紹介し、詐欺にならないか調査中であるとの報告を行った。
(2) 右(1)③、④認定の事実によれば、福岡県警は、昭和五九年三月ころまでに、「福岡年金トーク事件」の概要を把握していたことが認められる。そして、「福岡年金トーク事件」は、前記二1(三)認定説示のとおり、明白な詐欺の事案であったから、その容疑に基づいて豊田商事福岡支店に対する強制捜査を行うことは可能であったと考えられる。
しかし、右(1)①、②認定の事実によれば、「福岡年金トーク事件」は、豊田商事が顧客の勧誘方法として全社的に行っていたものではなく、福岡支店の社員が考案し、短期間、福岡支店のみが行った突出した事件であったと認められる上、その詐欺の態様にも照らせば、右容疑に基づいては、豊田商事の帳簿類を広範に押収し、幹部社員を逮捕するなどの本件強制捜査を行うことはできなかったというべきである。のみならず、右(1)認定の事実によれば、豊田商事は、「福岡年金トーク事件」については早期解決を方針として示談に応じていたことが認められるから、「福岡年金トーク事件」は起訴価値の乏しい事案であったというべきであり、この点からみても、右容疑に基づいて本件強制捜査を行うことはできなかったというべきである。
原告らは、「福岡年金トーク事件」を刑事摘発すれば、豊田商事に年金制度が存在するのか否か、また、騙取して入金した金員はその後どうなったかを解明するために、福岡支店はもとより豊田商事本社の経理帳簿等の捜索、差押を行うこともできた旨主張するが、年金制度の存否を調べるために会社の経理帳簿等を押収する必要はないし、騙取した通帳等を使って引き出した金員の使途についても、それ自体は犯罪の成否に係わる事実ではなく、情状に関する事実にすぎないのであるから、会社に入金されたことさえ裏付けられれば十分というべきで、それ以上に詳しい使途を解明するため福岡支店のみならず豊田商事本社の経理帳簿等まで押収する必要があったとは到底いえない。従って、「福岡年金トーク事件」に基づき、原告ら主張の強制捜査を行いえなかったのは明らかであり、原告らの右主張は失当である。
(三) 償還不能詐欺による本件強制捜査の可能性
(1) ある会社がその負担する債務を一般的に支払う能力があるか否かを判断するに際しては、その会社が債務超過の状態にあるか否かが一応の目安になるということができる。しかし、収益を挙げることを目的として営業活動を継続している会社にあっては、一時的に債務超過の状態に陥っても、その後の営業努力如何によっては右状態を解消することが可能であり、単に債務超過であるというだけでは一般的な返済能力がないということはできない。また、ある会社が多数の関連会社を有し、その実質的経営権を有している場合には、傘下の会社の収益によってその会社の負債を返済するという可能性も残されている。
従って、豊田商事が償還不能の状態に陥っていたというためには、単に債務超過の状態にあるというだけでなく、その債務超過の程度が著しく、また、今後その状態が解消される見込みも、関連会社が豊田商事の負債を返済するだけの収益を上げる見込みもないことが必要である。
そこで、このような観点から豊田商事の償還可能性をみると、豊田商事の営業の実態及び財務状態は、前提事実第一認定のとおりであり、以下の諸点に照らせば、豊田商事が昭和五九年三月末時点において、新たに顧客から金銭を受け入れても、一般的に顧客に対し、純金ファミリー契約の約定どおり金地金又はこれに相当する金銭を返還することが不可能な状態、即ち、償還不能の状態にあったことは、客観的には明らかであった。
① 豊田商事は、設立当初から損失を計上し続けていた上、その資産状態も、昭和五八年三月末日時点においては、資産約二一六億円に対し負債約四〇六億円、昭和五九年三月末日時点においては、資産約三七四億円に対し負債約七八八億円と著しい債務超過に陥っていた。
② もともと純金ファミリー契約それ自体は利益を生むものではなく、単に負債を増大させるものであったのに、豊田商事は、導入金の半分近くを経費に費消した上、残りの金員についても、一部を顧客に対する金地金の償還に当てたほかは、着実に利益を生じさせるような運用を行うことなく、無計画に商品取引相場への投機や、収益性に乏しく回収の見込みの低い関連会社への投資や貸付に費消していた。
このような純金ファミリー契約の構造及び導入金の使途が原因で豊田商事は右①説示のような財務状態に陥ったものであり、いわば豊田商事の企業体質自体がその原因となっていたのであるから、右財務状態が好転する見込みはなかった。
③ 更に、豊田商事の関連会社の多くはペーパーカンパニーで営業活動を行っておらず、また、営業活動を行っているものはその収益性が悪かったから、豊田商事が関連会社の収益によって純金ファミリー契約に基づく債務の返還を果たすということも不可能であった。
以上のとおり、豊田商事の財務状態、純金ファミリー契約の損益構造、導入金の使途、関連会社の収益性に関する右①ないし③の事実こそが、豊田商事が償還不能の状態にあると判断する上で決め手となる事実であったというべきである。
そこで、以下、右の各事実について、各都道府県警察及び警察庁がこれを認識し、裏付けとなる資料を現に入手していたか、現に入手していなかったとしても、これを入手することが可能であったかを検討することとする。
(2) 証拠(<書証番号略>、証人清島、同太良木、同河盛)によれば、警察庁の認識に関するものとして、次の事実が認められる。
① 警察庁にける豊田商事問題の担当者は、昭和五七年八月二三日から同五九年八月五日まで警察庁刑事局保安部保安課経済調査官の地位にあった清島であった。
清島は、昭和五七年八月当時、豊田商事について、マスコミ報道等により、勧誘の仕方が強引であること、市場金利と比較して高い賃借料を払いつつ満期に金地金を返還することは困難であることなどの点で「問題のある会社」という認識を有していた。
そこで、清島は、豊田商事の実態を把握するため、全国の防犯保安担当部長会議等において、各都道府県警察に対し、豊田商事の組織構成状況、営業方針、営業の内容、支店から本店への導入金の流れ、導入金の使途、運用状況、これらの点についての豊田商事の役職員や営業社員の認識状況等を把握するよう指導し、各種の報告を求めた。
その結果、各都道府県警察から、苦情相談の内容や豊田商事の実態に関する報告が寄せられ、清島が経済調査官の地位にあった昭和五九年八月ころまでに、豊田商事の前身が永野を中心に金のブラックマーケットでノミ行為を行っていた会社であること、永野が豊田商事設立前の昭和五六年初めころから二、三か月間旧豊田商事の役員らとともに純金信託受益証券を販売していたこと、豊田商事の設立の経過や増資の関係、豊田商事の行っていたセールストークの内容、従業員数、支店の増加状況、店舗の家具、従業員の給与、退職者、導入金の一部の送金状況、永野が導入金を商品取引相場に投入しており、通産省などが豊田玉を排除するよう業界団体に指導したこと、関連企業に対し、豊田商事が年一割の利息で導入金を貸し付けていたこと、豊田商事経営のゴルフ場が収益を上げるようなものでなかったことなどの情報が得られた。
また、豊田商事の営業社員が顧客を勧誘する際に起こした恐喝、脅迫等の事件内容の報告が昭和五九年秋までに一一件寄せられた。もっとも、右各事件は、末端の営業社員の犯罪であり、右報告によって豊田商事の全体像を把握することはできなかった。
② 対策会議を通じての認識
a 昭和五七年一一月、清島ら警察庁幹部と大阪府警、警視庁の各担当者が出席して、豊田商法の取締りを目的とする警察庁保安課主催の対策会議(以下「第一回対策会議」ともいう。)が開かれた。
第一回対策会議においては、大阪府警作成の豊田商事の本支店等の所在地や役員会の構成を記した組織図、純金ファミリー商法の概要を記載した書面、同商法が出資法、信託業法等に該当するか否かの擬律判断をするための一覧表などの資料が提出されたほか、警視庁からは、(ア)東京では昨年七、八月ころから本格的に営業を開始している、(イ)サンシャインビルの賃借料等施設費が月に九〇〇万円となっている、(ウ)昨年一一月の実績は、二〇〇人の客に対して約二億円の売上をしており、本年一〇月は五億円の売上と見込まれる。(エ)しかし、金の運用の詳細は不明であり解明できていない、(オ)いずれにしても豊田商法については詐欺の容疑があると考えているが、それを会社犯罪と解明するまでには至っていない旨の説明がなされ、大阪府警からは、(ア)推定では月一三億円の売上があるが、売上のうち三分の一は人件費に消え、三分の一は営業資金で、残りの内の半分を商品相場等に突っ込んでいる、(イ)昭和五六年以降、五七年九月までの総売上は二三〇億円で、最近は新規顧客を集めるのは困難化しており再契約という形となっている、(ウ)社内会議の状況は、役員会週一回、支店長会月一回、ブロック支店長会週一回等を開いているようである、(エ)辞めた従業員の話では金の保有量は少ないのではないかという推定である、(オ)従業員は全国で二五〇〇人位の見込みである旨の報告がなされた。
b 昭和五九年五月、警察庁幹部、警視庁及び大阪府警の担当者並びに北海道、宮城県、愛知県、京都府、兵庫県、福岡県の各警察の担当者が出席の上、刑事部門と保安部門が合同しての豊田商法の取締りを目的とする警察庁主催の対策会議(以下「第二回対策会議」ともいう。)が開催された。
警察庁は第二回対策会議における説明資料として、(ア)日本金地金流通協会作成の昭和五七年度の日本国内における金地金の供給状況、消費状況を数値で表わした実績表、(イ)豊田商事の業務内容、役員、沿革等を記した一覧表、(ウ)純金ファミリー契約証券、純金ファミリー契約約款、純金ファミリー契約書、純金注文書の各写し、(エ)豊田商事関連事件の検挙状況一覧表、(オ)昭和五八年一〇月六日付弁護士岩本雅郎等作成名義による豊田商事に対する「公開質問状」写し及びこれに対する「回答書」写し、(カ)現物まがい商法の悪質取引を行う会社(ブラック業者)の一覧表を提出した。
また、この他にも、(ア)北海道、宮城県、愛知県などの各警察からは各支店の営業概況の説明資料、(イ)大阪府警からは豊田商事全体の営業概況の説明資料、(ウ)京都府警からは告訴状の説明用チャート、(エ)兵庫県警からは外為法違反容疑事案の説明資料、(オ)福岡県警からは年金トーク事案の説明資料がそれぞれ提出された。
そして、大阪府警は、席上、豊田商事の営業及び経理の実態につき、協力者からの情報として、(ア)昭和五八年一月は全国で四〇億円の売上になっていると予想される、(イ)経費等については、人件費は毎月一三億五〇〇〇万円、その他の経費は一三億円で、償還金、金仕入れ代金等を含め、毎月会社を維持するためには四七億円が必要である、(ウ)昭和五七年四月から昭和五八年三月までの決算期損金は三九億円で、今期決算は前期決算に倍する赤字になっているらしい、(エ)金地金の保有状況については、昭和五八年三月時点で三三三キログラムとなっていたが、昭和五九年一月の段階では八〇キログラムしか保有していない模様である旨の報告を行った。
また、警視庁も、豊田商事の元東京支店長北村敏裕の供述状況につき、同人は、(ア)金地金の売買という名目であれば出資法違反にならないと判断し、この商法を考案した、(イ)金地金は契約の時の見本があるだけである、(ウ)現在の契約状況は一日で二億円位、毎月五〇億円位あり、簡単に倒産するような状況ではない、(エ)導入金は昭和五七年中、商品相場に一〇〇億円位の投機をした、(オ)期限の到来した客には、説得して純金ファミリー契約を更新させるか、その都度純金を買って渡している、といった供述をしている旨発表した。
更に、福岡県警からは、老人を対象に豊田商事の年金制度のくじに当たったので手続をするから通帳、印鑑を持ってきてくれといっては無理矢理に純金ファミリー契約をさせる福岡支店の手口が紹介され、兵庫県警からも、銀行捜査の結果、豊田商事幹部が小切手を海外に不正に持ち出していることを掴み、内偵を始めたとの説明がなされた。
(3) 右(2)掲記の各証拠によれば、大阪府警の捜査状況に関するものとして、次の事実が認められる。
① 昭和五七年当時、大阪府警は、豊田商事の問題を防犯部生活課の担当としており、同年三月から同課の課長補佐の地位に就いた太良木勝(以下「太良木」という。)は、そのころから豊田商事の問題に取り組むことになった。
太良木が前任者から引継ぎ受けた時点では、豊田商事の問題はいまだ苦情処理の段階にすぎなかったが、苦情処理の過程で顧客や豊田商事の元従業員から事情聴取を重ねるうち、太良木は、豊田商法は、出資法違反罪なしい信託業法違反罪に当たるだけでなく、詐欺罪にも該当するのではないかとの認識を持つに至った。
そこで、太良木は、数名の捜査員とともに、これらの容疑を裏付けるべく、豊田商事の組織や営業に関する基礎的な資料を収集した上、出資法関係で、顧客の認識に重点を置いた調書を一〇通程作成した。
また、太良木らは、豊田商事の元社員らを協力者として獲得し、その者たちから豊田商事の実態に関する情報を得るべく事情聴取を重ねた。もっとも、右協力者らというのは、豊田商事を退職した二名の元セールスマンと元経理課員一名であり、豊田商事の実態の中枢部分を解明できるような協力者ではなかった。
第一回対策会議における大阪府警の報告は、右のような捜査の結果によるものであり、売上や導入金の使途、金の保有量などに関する報告は、豊田商事の決算書類などの客観的な資料に基づくものではなく(大阪府警では、前記元経理課員に決算書類等の資料を提出するよう働きかけたが、同人はこれに応じなかった。)前記協力者らが記憶していたところを聴取した結果に基づくものにすぎなかった。
② 昭和五八年三月からは太良木の後任の河盛進(以下「河盛」という。)が、豊田商事の捜査を担当することになった。
河盛は、太良木から出資法違反で検挙することを念頭において顧客から事情聴取している、また、豊田商事の実態を解明するために内部協力者から事情を聞いているなどとの引継ぎを受けた上、出資法を入口事件として強制捜査に入り、豊田商事の帳簿を入手して最終的には詐欺で立件するとの従来どおりの方針の下に、捜査員七、八名の体制で右捜査に臨んだ。
そして、従来どおり顧客及び協力者からの事情聴取を続け、顧客については、約二〇人について調書を作成した。
協力者については、当初の三人から五人に増やすことができたが、依然として幹部級の者の協力は得られなかった。もっとも、右協力者らから、逐次、昭和五八年三月から豊田商事が純金ファミリー契約の継続について営業社員にノルマを課すようになり、同年七月からは五年ものの純金ファミリー契約証券を発売するようになったこと、同年秋ころから豊田商事の家賃の支払いが滞るようになり、同年暮れから翌昭和五九年初めにかけては、副社長であった日下晴彦を始め約三〇人の幹部及び社員が集団で豊田商事を退職したこと、そのころから給料の支払日を繰延べ、満期における金地金の償還も遅れ出し、同年三月には、新規契約だけでなく、契約を継続させた場合の歩合給も従来に比べて非常に高率に引き上げたことなど豊田商事の財務状態が悪化していることを窺わせる情報を得た。
第二回対策会議における大阪府警の報告は、右のような捜査の結果によるものであるが、そのうち豊田商事の売上、欠損金及び金の保有量は、基本的には元経理課員である協力者が当時の経理課員から聞いてきた話を間接的に聴取したものであり、また、必要経費は、一人当たりの平均給与、一店舗当たりの電話料金、家賃をそれぞれ協力者より聞いた話から推計し、それに営業所の数を掛けて算出したものであった。
(4) 右(2)、(3)認定の事実によれば、前記のような各都道府県警察の捜査結果に基づき、各都道府県警察及び警察庁は、昭和五九年五月ころまでには、豊田商事の財務状態が相当に悪化していること、純金ファミリー契約はその構造上、利益を生み出すものではなく、単に負債を増大させるものであること、豊田商事が導入金を莫大な人件費や家賃などに費消した上、残りの金員についても商品取引相場に注ぎ込むなど不健全な運用をしていること、関連会社が収益を上げていないことなどの事実を概ね把握しえたものということができる。
しかしながら、各都道府県警察および警察庁が右の時点までに右事実を裏付けるに足りる客観的な証拠を入手していたか否かについてみてみると、純金ファミリー契約それ自体は利益を生むものではなく、単に負債を増大させるだけのものであったことについては、純金ファミリー契約証券等の裏付け資料があったと考えられるものの、豊田商事の財務状態につていは、主として協力者から記憶に基づく供述を得ただけであって、その具体的な金額を裏付けるだけの確たる証拠は入手しておらず、導入金の使途についても、そのうち経費の額やその余の使途について、その額や導入金に占める割合を裏付けるだけの資料は入手していなかったというほかなく、また、関連会社の収益力についても、一部の関連会社に関する断片的な情報を入手していただけであって、関連会社全体についての裏付け資料は入手していなかったというべきである。
以上のとおり、豊田商事の財務状態、導入金の使途及び関連会社の収益性に関する事実については、各都道府県警察及び警察庁は、おおまかな推定をする程度の資料しか入手していなかったというべきであるから、結局、数々の情況証拠はあるものの、豊田商事が償還不能の状態にあることを裏付けるための客観的な証拠、即ち、決め手となる証拠はこれを入手していなかったというほかなく、右の程度の証拠によっては、昭和五九年五月までに、各都道府県警察が豊田商事に対し、償還不能詐欺による本件強制捜査に着手することはできなかったというべきである。
(5) 次に、原告らは、警察庁ないし大阪府警は、昭和五九年春までに、豊田商事の財務状態や導入金の使途などを裏付ける決定的な証拠ともいうべき豊田商事の第一期及び第二期の貸借対照表や損益計算書等の決算書類を容易に入手することができたものであり、右決算書類を適切に分析していれば、豊田商事の償還不能性を十分に解明し、本件強制捜査に着手できた旨主張するので、この点につき判断する。
① まず、右決算書類が、原告ら主張のとおり、本件強制捜査に着手する上で決定的な証拠であったか否かを検討するに、証拠(<書証番号略>、証人藤本)によれば、次の事実が認められる。
a 豊田商事は、昭和五七年一月から資金課主任の田村隆一(以下「田村」という。)を責任者として第一期の決算書類の作成作業を行い、同年六月三〇日、第一期決算報告書を添付した確定申告書を所轄の北税務署に提出したが、田村は、右決算書類を作成するに当たり、当時豊田商事取締役総務部長であった藪内博から赤字幅を縮小して八億円程度にするよう指示を受け、経費を過少に記載するなどの調整を行って右指示に従い、また、永野の商品先物取引関係の支出については、その実態が把握できなかったため、出金は全て貸借対照表の資産の部に差し入れ保証金として計上し、損益計算書には損益を計上しないなどの操作を施した。
b 第二期の決算書類も田村が中心となって作成され、豊田商事はこれを添付した確定申告書を申告期限内に所轄の北税務署に提出したが、田村は、右決算書類を作成するに当たり、永野の商品先物取引関係の支出の詳細が不明であったため、この関係の出金一〇三億円を差し入れ保証金として計上し、また、当時豊田商事の専務取締役であった山元博美から永野が五〇数億円の利益を得たと聞いたので、それを利益として計上したほか、前同様藪内の指示により、赤字額を圧縮するなどの操作を加えた。
c 昭和五八年九月五日、大阪国税局の職員約二〇名が豊田商事の税務調査に赴き、田村に対し、商品先物取引を含めた全勘定科目について洗い直しを指示した。そして、右国税局職員二、三名が常駐して反面調査等を行う中で、翌昭和五九年三月初めころまで右洗い直し作業が進められ、その結果、第一期については、資産のうち、未収金、貸付金、差し入れ保証金などが減額されて当期損失が三五億円に修正され、第二期については、資産のうち、前払金、貸付金、什器備品、差し入れ保証金(約一〇〇億円)などが減額され、当期損失が一五八億円に修正された。豊田商事は、このようにして修正された第一期及び第二期の決算書類(以下「修正後の決算書類」という。)を昭和五九年三月ころ大阪国税局に提出した。
以上認定の事実にれば、修正後の決算書類は、大規模な国税局の調査を経ている点で、高い信頼性を有するものであったということができるから、もし、警察庁ないし大阪府警が、その作成経過に関する事実を把握するとともに、修正後の決算書類を入手しておれば、これを分析することにより、豊田商事の財務状態及び導入金の使途がほぼ前記(1)①、②説示のとおりのものであることを間違いのない事実として把握できたと認めることができる(これに反し、修正前の決算書類については、右a、b認定のとおり粉飾されたものであった上、その記載内容が実態と正確に合致するものあることを裏付ける客観的な状況証拠は何ら存在しなかったのであるから、それだけでは、豊田商事の財務状態及び導入金の使途を裏付ける決定的な証拠となしえなかったことは明らかである。)。
従って、警察庁ないし大阪府警が修正後の決算書類を入手していたとすれば、これと前記(2)、(3)認定のその他の証拠を併せることにより、原告ら主張のとおり、償還不能詐欺の容疑で本件強制捜査をするための令状を取得できる可能性は十分にあったと考えられる。
② そこで、以下、警察庁ないし大阪府警が修正後の決算書類を入手できたか否かを検討する。
この点につき、原告らは、株式会社の決算書類は、本来公開が義務付けられているものであるから(商法二八二条、二八三条三項、一六六条四項)、法人税法一六三条の「秘密」には該当せず、従って、警察からその内容について照会を受けた場合、税務署は守秘義務を理由としてその回答を拒むことはできないものと解されるうえ、犯罪操作に関する警察庁教養課推薦図書には、税務署(国税局)から決算報告書等を入手できる旨の記載があり、現に税務署が捜査機関の照会に対し会社の法人税の確定申告書及び付属書類を添付して回答した明治不動産事件の例などに照らせば、警察からの照会があれば、税務署は決算書類の内容を回答するという実務の運用がなされているということができるから、警察庁ないし大阪府警は、税務署に照会することにより、容易に豊田商事の修正後の決算書類を入手しえたと主張する。
a そこで、まず、株式会社の決算書類が、税務職員の守秘義務の対象となるか否かを考えるに、法人税法一六三条の「その事務に関して知ることのできた秘密」とは、税務調査に関連して得られた納税者その他の私人(以下「納税者等」という。)の秘密をいうと解され、また、ここにいう「秘密」とは、一般に知られていない事実であって、当該納税者等が他に知られないことについて相当の利益を有すると認められるもの、即ち、非公知性と秘匿の必要性の二つの要素を備えているものをいうと解されるところ、申告書に添付された決算書類の内容は税務調査に関連して得られた事実に当たるというべきであり、かつ、決算書類の中には、非公知性と秘匿の必要性を備えた事項が散在している可能性があると考えられるから、税務官庁に提出された株式会社の決算書類も、税務職員の守秘義務の対象になるというべきである。
原告らは、株式会社の決算書類が商法上公開を義務づけられていることを理由に「秘密」に当たらないと主張するが、商法二八二条の株式会社の株主又は債権者に対する計算書類等の開示、同法二八三条三項、一六六条四項の貸借対照表の官報等への公告の規定は、株主、債権者、一般投資家等の会社と経済取引上の利害関係を有する者を保護するために設けられたものであるから、株式会社の決算書類が商法上公開を義務づけられているといっても、その公開は、右の目的のために必要な所定の範囲に限られるのであって、株式会社の決算書類が右のとおり公開を義務づけられていることから、直ちに、右書類に記載された事項が「秘密」性を失うとする根拠はない。もっとも、株式会社の決算書類について商法二八三条三項、一六六条四項に基づいて現実に官報公告等がなされた結果、その記載内容がその会社の株主、債権者、一般投資家等会社と経済取引上の利害関係を有する者のみならず、その他の者をも含めて、一般的に知りうる状態に置かれた場合には、右書類の記載内容は「秘密」性を失うものと解するのが相当であるが、本件全証拠によるも、豊田商事が商法の前記各規定に基づいて修正後の決算書類を現実に官報公告等により一般に知りうる状態に置いたことを認めるに足りない。
してみれば、豊田商事の修正後の決算書類の記載内容は、「秘密」性を有していたものというべきである。
次に、税務職員の守秘義務について考えてみるに、法人税法上の守秘義務違反に対する罰則が、国家公務員法上の守秘義務違反よりも加重されているのは、税務職員がその職務の性質から納税者等の財産上、一身上の秘密に広く接する立場にあり、その際知りえた秘密を他に漏らすことがあれば、納税者との間の信頼関係が損なわれ、ひいては、適正公平な課税の実現が阻害されるから、そのことに対処するためであると解されること、また、納税者は、税務行政目的のために、その財産又は一身上の秘密を税務職員に開示したにすぎず、それが犯罪捜査などの他の行政目的のために利用されることを受忍したものではないことなどに照らせば、納税者等の秘密は、外部に漏れないよう厳格に守らなければならないというべきであり、従って、納税者等の秘密に関する税務職員の守秘義務は、法律において個別具体的にこれを開示することを許容した規定(例えば恩給法五八条の四第三項、生活保護法二九条、児童扶養手当法三〇条等)がない限り、解除されることはないものと解するのが相当であるところ、株式会社の決算書類についての前記商法上の各規定がそのような規定に当たらないことは明らかであるから、その意味においても、株式会社の決算書類が税務職員の守秘義務の対象から除外されるものと解するのは相当でないというべきである。
のみならず、税務職員が質問検査権等を行使して得られた秘密を犯罪捜査のために洩らすのは、憲法上の令状主義の潜脱であって許されない(法人税法一五六条)というべきであるところ、大阪国税局が豊田商事から入手した修正後の決算書類も、このような権限の行使ないしはこれに準ずるような方法により得られた秘密というべきであるから、同国税局が警察からの照会に応ずる形で任意に右書類の記載内容を知らせることが許されないのは明らかであろう。
b 右のとおり株式会社の決算書類も税務職員の守秘義務の対象となるとしても、当時税務官庁が警察から右書類の記載内容について照会があればこれに応じるという対応を通常行っていたものであるとすれば、右解釈にも拘らず、警察庁ないし大阪府警は豊田商事の修正後の決算書類を入手しえたことになる。そこで、次に、実務の運用上、税務官庁が右のような対応を行っていたか否かの点について検討することとする。
証拠(証人藤本、同河盛)よれば、税務官庁は捜査機関の任意捜査に応じて株式会社の決算書類等を提出することはないこと、捜査機関においても、税務官庁は秘密保持が非常に厳しく照会しても回答の得られる可能性が殆どないため通常そのような照会はしていなことが認められる。
右認定の事実によれば、実務の運用の実情からみても、警察庁ないし大阪府警が、任意捜査により税務官庁から豊田商事の修正後の決算書類を入手できる可能性はなかったというべきである。
なお、原告らは、税務署長が警察の照会に応じて株式会社の決算書類を提出した例として明治不動産事件を挙げるが、証拠(<書証番号略>)によれば、右事例は、会社倒産後の照会に対するものであったことが認められるから、本件とは事情を異にするとも考えられるうえ、右一例のみでは、税務官庁が通常そのような取扱をしていることの証左とはなし難いというべきである。また、証拠(<書証番号略>)によれば、警察大学校副校長や警察庁刑事局長などを歴任した小林朴監修の警察庁教養課推薦図書である「経理・帳簿をめぐる犯罪捜査」には、会社の事業内容などに関する資料の入手先として、税務署(又は国税局)が挙げられ、税務署には決算報告書等の資料がある旨の記載のあることが認められるが、右記載自体は、資料の存在する場所を示したに止まり、任意捜査によって入手できることを明記するものではなく、前後の文脈からみても、そのような資料を任意捜査によって入手できることを当然の前提としているとも解されないから、右記載を根拠として、警察からの照会があれば、税務署は決算書類等の内容を回答するという実務の運用がなされているとみることはできない。
(6) 以上によれば、昭和五九年五月までに、各都道府県警察が豊田商事に対し、償還不能詐欺の容疑により本件強制捜査を行うことはできなかったというべきである(のみならず、本件全証拠によるも、各都道府県警察及び警察庁が、その後原告らの最終損害発生の日である昭和六〇年六月一四日までの時点において、償還不能詐欺の容疑により本件強制捜査を実施するに足りる証拠を現に入手し又はこれを入手しえたことを認めるに足りない。)。
2 出資法違反罪による本件強制捜査の可能性
豊田商法を出資法二条の預り金禁止規定に違反するとみることができないこと及び豊田商法については同法八条一項二号の脱法行為の処罰規定の適用がないことは、前記二2説示のとおりであり、従って、右容疑に基づいて豊田商事に対する本件強制捜査を行うことはできなかった。
3 外為法違反罪による本件強制捜査の可能性
(一) 豊田商事の海外事業部長の地位にあった米戸が、昭和五七年一〇月から昭和五八年七月にかけて、総額一〇億五〇〇〇万円余の不正な支払手段の輸出入及び資本取引等の外為法違反行為を行ったことは、前記二3認定のとおりである。
(二) そこで、右各外為法違反事件の捜査に当たった兵庫県警の捜査状況をみるに、証拠(<書証番号略>、証人河盛)によれば、次の事実が認められる。
(1) 兵庫県警は、豊田商事が海外に企業進出しているため、何らかの外為法違反行為がないかとの観点から捜査を進めていたところ、昭和五九年三月下旬ころ、別件の外為法違反事件の被疑者が所持していた第一勧業銀行高麗橋支店振出の円貨表示自己宛小切手が、台湾所在の豊田商事の子会社に勤務している上村嘉彦の依頼により昭和五七年一二月二七日に発行された、いずれも額面一〇〇万円の五〇枚の小切手のうち一通であることを発見した。
そこで、昭和五九年四月中旬ころ、右上村から事情を聴取したところ、同人は、自分は豊田商事が設立した台湾市内の商品先物取引会社の責任者であるが、同社の経費とし五〇〇〇万円が必要であったので上司の米戸に相談して現金五〇〇〇万円を捻出して貰い、これを銀行から台湾に送金しようとしたところ送金理由を証明するものがないとの理由で断られたため、その場で額面一〇〇万円ずつの自己宛小切手にして貰い、これを昭和五八年一月に台湾に持ち込み、一部を台北市内で換金したが、全部の換金ができなかったことから、その後台湾で米戸にうち四通の小切手を渡して日本で換金するよう依頼した旨供述した。
(2) 兵庫県警は、右供述の裏付けを取るため、右各小切手の裏書に関係する事実を追跡捜査したところ、上村、米戸の裏書によるもの以外は、台湾から来日したバイヤーから商品の店頭販売代金として受領していることなどから、台湾から本邦に還流されたものであることが分かり、上村に対する支払手段の無許可輸出の容疑が濃くなった。
そこで、右容疑事実を確認するため、昭和五九年五月中旬ころ、米戸に出頭を求めて取調べを行ったところ、同人は、昭和五七年末に上村から台湾の前記先物取引会社の事務所経費などとして五〇〇〇万円必要であるとの要請を受け、豊田商事で工面してやったが、上村がそれをどのうよにして送金したかは知らない、その後昭和五八年三月に台湾に行った際、上村から「五〇〇〇万円は小切手にして持ち込んだが、どうしても四〇〇万円は換金できないので、日本で現金にしてきて欲しい。」と頼まれ、額面一〇〇万円の小切手四通を受け取り、日本に持ち帰って現金化した旨供述した。
(3) 兵庫県警は、米戸の右供述により、上村の支払手段の無許可輸出の事実のみならず、米戸の支払手段の無許可輸入の事実(前記二3(五)の事実)についても間違いないとの心証を得たが、右各事実については、なお両名の海外渡航の事実や大蔵省に対する届出の有無などの裏付け捜査を行う必要があった。また、米戸が上村に五〇〇〇万円を捻出してやったとの点については、無届けによる対外直接投資に係る金銭の貸付契約に基づく債権の発生に係る資本取引に当たるのではないかとの容疑(前記二3(四)事実)が浮かんだが、これについては、法定の除外事由との関係で、貸付期間が一年を超えていること及び台湾の会社が現地法人であることの裏付けを得る必要があった(右二3(一)末尾掲記の適用条文参照)。
そのため、米戸の右取調べの直後に開かれた第二回対策会議においては、右(1)、(2)の捜査内容を説明し、内偵を進めている旨報告するに止まった。
(4) その後、兵庫県警は、豊田商事の取引銀行、外国為替銀行の内偵捜査、関係者の海外渡航事実の捜査、海外の現地法人の設立経過、設立資金等に関する海外捜査、大蔵省に対する届出状況の照会、銀河計画株式会社を始め豊田商事グループの会社組織実態と外為法違反事実との関連性の捜査などを継続することにより、前記の支払手段の無許可輸出入等の事実以外にも豊田商事の多数の外為法違反事実を突き止め、昭和六〇年六月ころまでにそれらの裏付け捜査をほぼ終了した。そして、右捜査資料に基づき、同月中旬ころ捜索差押許可状の発付を得て、豊田商事の捜査に着手した。
(三) 以上認定の事実によれば、昭和五九年五月ころ、兵庫県警は、豊田商事の外為法違反行為に関し、上村の額面合計五〇〇〇万円の円貨表示自己宛小切手の無許可輸出の事実及び米戸の額面合計四〇〇万円の円貨表示自己宛小切手の無許可輸入の事実(前記二3(五)の事実)を把握し、これらの事実について令状の発付を得るのに必要な程度の裏付け資料を得ており(第二回対策会議の時点では、まだ両名の海外渡航の事実や大蔵省の許可の有無などの調査が残っていたことは前記認定のとおりであるが、これらは比較的単純な事実であり、その後まもなくその裏付け資料を入手できたと考えられる。)、また、米戸の上村に対する無届けによる対外直接投資にかかる五〇〇〇万円の貸付の事実(前記二3(四)事実)についても、概ねその事実関係を把握し、かつ基本的な裏付け資料は入手していたものと認められる。
これに対し、原告らは、<書証番号略>(「報告書」という標題の米戸千秋の原告ら代理人に対する供述調書、以下「米戸の報告書」という。)、<書証番号略>(清島の陳述書)、証人河盛の証言によれば、昭和五九年五月当時、兵庫県警は右各事実のみならず、昭和五七年一二月下旬ころ、米戸が大和銀行堂島支店振出の額面合計一億円の円貨表示自己宛小切手を無許可で輸出入した事実(前記二3(二)、(三)の事実)も把握していたことが明らかであり、また、昭和五七年一二月二七日に上村が米戸から五〇〇〇万円の交付を受けたのは大和銀行堂島支店である(前記二3(四)の事実参照)から、兵庫県警は、上村の事情聴取によって、同支店における五〇〇〇万円交付の事実関係を当然に把握できたものであり、また、<書証番号略>(豊田商事が外部に公表していた会社概要)には豊田商事が同支店を取引銀行としていることが記載されていたのであるから、兵庫県警が昭和五九年五月当時、豊田商事の取引銀行として同支店を把握していたことは明らかである、従って、同県警は、同支店における豊田商事の口座を調査することにより、前記二3(一)、同(六)(2)の事実などをも容易に把握することができた旨主張する。
そこで、検討するに、まず、<書証番号略>には、「昭和五九年四月ころ、神戸水上署で、昭和五七年暮れころ額面金額一億円の銀行小切手を無許可で輸出入した事実についての取調べを受け、これを認めた。」旨の記載があるが、前記二3認定のとおり、米戸については多数の外為法違反の被疑事実があった上、右報告書は、米戸が水上署の取調べを受けてから七年以上を経過した平成三年一二月に作成されたものであるから、右報告書の内容は必ずしも正確な記憶に基づくものとは考え難いというべきである。また、証人河盛の証言中には、昭和五九年五月の第二回対策会議において兵庫県警の担当者が米戸の出資法違反容疑についてした報告内容について、「これは、たしか米戸という男が、香港か台湾か忘れましたけれども、小切手を不正に持ち出したという話です。金額は覚えてないんですが、余り大した、億の付く金じゃなかったように思うんです。」というの部分があるが、右証言部分は、米戸が上村に五〇〇〇万円を交付し、上村がそれを小切手に替えて台湾に持ち出した旨の兵庫県警の説明を聞いた河盛が、米戸が上村を使って小切手を持ち出させたものと理解したためになされたものではないかと疑われる上、金額の点からみても、前記二3(四)の事実を指している可能性が高いと考えられるから、右証言部分を根拠に第二回対策会議当時、兵庫県警が前記二3(二)、(三)の事実を把握していたということはできない。また、<書証番号略>(清島の陳述書)には、「昭和五九年三月ころ、兵庫県警捜査員が銀行捜査を行っていたところ、豊田商事関連の円貨表示自己宛小切手を発見したことから内偵を進め、………」との記載があるが、右記載は、捜査の端緒を述べたものにすぎず、かつ右記載からは、豊田商事関連の円貨表示自己宛小切手の発見が前記二3(二)、(三)の事実の捜査の端緒となったのか、同(四)、(五)の事実の捜査の端緒となったのかは全く分からないから、右記載をもって、兵庫県警が同(二)、(三)の事実を把握していた証拠とすることはできない。以上によれば、原告らの主張する証拠によっては、兵庫県警が昭和五九年五月ころ前記二3(二)、(三)の事実を把握していたとの事実を認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
また、前記二3(四)の事実にあるとおり、米戸が上村に五〇〇〇万円を交付したのは大和銀行堂島支店であり、<書証番号略>(豊田商事の会社概要)には、豊田商事の取引銀行として同支店が記載されていることが認められるが、豊田商事の取引銀行であることが分かったとしても、それだけでは同支店を豊田商事の外国送金用の銀行であると判断することはできないし、<書証番号略>によれば、銀行は警察から照会のあった事実を捜査対象者に通知してしまうことが多く、豊田商事に対する銀行捜査も慎重に行う必要があったと認められること、<書証番号略>(豊田商事の会社概要)には、同支店以外にも七つの取引銀行の記載があること、銀行捜査によって外国への送金の事実が認められたとしても、その金員の性質(貸付けに当たるか否か)、それについての大蔵大臣への事前の届出の有無、法定の除外事由のないことなどについては更に裏付け捜査が必要であることなどに照らせば、兵庫県警において、大和銀行堂島支店を豊田商事の外国送金用の銀行と特定したうえ、前記二3記載の各事実を把握し、その裏付け資料を得るためには、昭和五九年五月の時点から、なお相当の期間を要したものと考えられるのである。以上のとおりであるから、原告ら主張の事実のみから、昭和五九年五月当時、若しくはその後まもない時期において、兵庫県警が前記大和銀行堂島支店を豊田商事の外国送金用の銀行と特定するのは困難であったというべきである。
よって、原告らの前記主張は失当である。
(四) そこで、右(三)認定の事実に基づき、兵庫県警が昭和五九年五月ころ、豊田商事に対し本件強制捜査を行うことができたか否かについて検討する。
右(三)認定のとおり、昭和五九年五月ころ、兵庫県警が豊田商事に対し強制捜査に着手するだけの裏付け資料を入手していた、豊田商事に関する外為法違反の被疑事実は、上村の額面合計五〇〇〇万円の円貨表示自己宛小切手の無許可輸出及び米戸の右小切手の一部である額面合計四〇〇万円の円貨表示自己宛小切手の無許可輸入の各事実のみであり、証人河盛の証言によれば、この種事案としては比較的軽微なものであったと認められる上、その被疑事実を構成する行為は、豊田商事の全体の活動からみれば、そのごく一部にすぎないことが明らかであるから、このような被疑事実に基づいては、本件強制捜査を行うことができなかったことは明らかである(もし、敢えて右被疑事実に基づいて本件強制捜査を行えば、帳簿を得るための別件捜査とのそしりを免れない。)。
また、右(三)認定のとおり、兵庫県警は、昭和五九年五月ころ、米戸の上村に対する無届けによる対外直接投資に係る五〇〇〇万円の貸付の事実を概ね把握し、基本的な裏付け資料も入手していたのであるから、右事実について更に捜査を続ければ、ほどなく強制捜査に着手するだけの資料を入手しえたと考えられるが、右と同様の理由により、この被疑事実を併せても、本件強制捜査を行えなかったことは明らかである。
四調整権限行使上の積極的過誤の有無
1 「現物まがい商法」自体による詐欺罪該当性及びセールストークによる詐欺罪該当性を否定した過誤の有無
原告ら主張のように、清島経済調査官ら警察庁幹部が、第一回及び第二回対策会議において都道府県警察の各担当者に対し、「現物まがい商法」自体による詐欺罪該当性及びセールストークによる詐欺罪該当性について否定的な見解示したことは、前提事実第二の三1及び同四8認定の事実並びに証拠(<書証番号略>、証人清島、同太良木、同河盛)によりこれを認めることができる。
しかしながら、前記二1(一)、(二)に認定説示したとおり、「現物まがい商法」自体及びセールストークにる詐欺罪該当性を認めることは困難であるというべきであるから、清島経済調査官ら警察庁幹部の右行為には、調整権限行使上の格別の過誤はないというべきであって、原告ら主張のように、清島経済調査官ら警察庁幹部の右行為をもって、誤った見解を示すことにより各都道府県警察が豊田商事事件を早期に刑事摘発することを不当に抑止したものと評することはできない。
2 「福岡年金トーク事件」の詐欺罪該当性等を否定した過誤の有無
原告ら主張のように、清島経済調査官ら警察庁幹部が、第二回対策会議において福岡県警の担当者に対し、「福岡年金トーク事件」を詐欺罪として立件することは困難であるとの見解を示したことは、前提事実第二の四8認定の事実及び前掲各証拠によりこれを認めることができる。
しかしながら、前記三1(二)に認定説示したとおり、「福岡年金トーク事件」に基づいて豊田商事に対する本件強制捜査を行うことはできなかったのであるから、清島経済調査官ら警察庁幹部の右行為には、調整権限行使上の格別の過誤はないというべきであって、原告ら主張のように、清島経済調査官ら警察庁幹部の右行為をもって、誤った見解を示すことにより福岡県警が豊田商事に対し「福岡年金トーク事件」により本件強制捜査を行うことを不当に抑止したものと評することはできない。
3 償還不能による詐欺罪該当性を否定した過誤の有無
原告ら主張のように、清島経済調査官ら警察庁幹部が、第一回対策会議において大阪府警等の各担当者に対し、償還不能詐欺による豊田商事事件の刑事摘発に関し、「詐欺罪を適用するには、導入金の流れ、その使途の解明が必要であるが、これまでに得ている情報は断片的な情報でしかなく、情報不足である。」との否定的見解を示し、また、第二回対策会議においても、「金地金の保有量が少ないからといって、預かった金地金を回転させている形態を考えると、部分部分を捉えても、詐欺にもっていきにくいのではないか。むしろ、導入金をどう使っているかを解明するのが先決であるが、現時点の情報では内部協力者に聞いた範囲だけで裏付けのないものであって、詐欺を認定できない。豊田商事全体の入出金の状況を含め実態解明が十分でなく確証が得られない。」との結論を導いたことは、前提事実第二の三1及び同四8認定の事実並びに前掲各証拠によりこれを認めることができる。
しかしながら、原告らが問題とする豊田商事の第二期の貸借対照表については、前記三1(三)(2)認定のように、大阪府警においてこれを入手していたわけではなく、また、同(4)認定のように、豊田商事の修正後の決算書類等を入手していれば、原告ら主張のように、右書類を裏付け資料として償還不能詐欺の容疑で豊田商事を刑事摘発することは可能であったとはいえるものの、警察庁や大阪府警等において任意捜査の方法により税務官庁から豊田商事の修正後の決算書類等を入手することは、税務職員の守秘義務との関係上できなかったのであるから、清島経済調査官ら警察庁幹部の第一回及び第二回対策会議おける右各行為には、調整権限行使上格別の過誤はないというべきであって、原告ら主張のように、清島経済調査官ら警察庁幹部の第一回及び第二回対策会議における右各行為をもって、大阪府警等が豊田商事に対し償還不能詐欺の容疑で本件強制捜査を行うことを不当に抑止したものと評することはできない。
4 出資法違反罪による刑事摘発を抑止した過誤の有無
原告ら主張のように、清島経済調査官ら警察庁幹部が、第一回対策会議において豊田商事事件を出資法違反罪で刑事摘発すべく捜査を進めていた大阪府警等の各担当者に対し、大蔵省、法務省とも相談した結果であるとした上、出資法の適用については、(1)顧客が契約時に金銭を預けた意識であるか、金地金を預けた意識であるかが判然としない、(2)契約期間満了時にける償還の条件が「金地金」又は「その時の相場による金銭」となっているため、「預り金」の要件の一つである「元本保証」がなされているとはいえないのではないか、との二点を指摘するとともに、更に豊田商事の経理実態の解明に努力せよとの指示を行い、また、第二回対策会議においては、個々のケースによっては、現実に金地金の償還を受けた顧客もいるとの報告があったことから、やはり出資法違反罪による豊田商事事件の刑事摘発は困難であろうとの結論を導いたことは、前提事実第二の三1及び同四8認定の事実並びに前掲各証拠によりこれを認めることができる。
しかしながら、前記二2及び同三2に認定説示したとおり、豊田商法においては、「元本保証」があったとはえないから、豊田商法をもって出資法二条に違反するものということはできないし、豊田商法をもって同法八条一項(脱法行為の禁止)違反とすることもできないのであるから、清島経済調査官ら警察庁幹部の第一回及び第二回対策会議における右各行為には調整権限行使上格別の過誤はないというべきであって、原告ら主張のように、清島経済調査官ら警察庁幹部の第一回及び第二回対策会議における右各行為をもって大阪府警が豊田商事を出資法違反罪の容疑で刑事摘発することを不当に抑止したものと評することはできない。
5 外為法違反罪による刑事摘発を抑止した過誤の有無
原告ら主張のように、清島経済調査官ら警察庁幹部が第二回対策会議において、豊田商事事件を外為法違反罪で刑事摘発すべく捜査を進めていた兵庫県警の担当者に対し、同県警から報告された事件だけでは外為法違反罪の容疑で直ちに豊田商事事件の刑事摘発に踏み切るべきではないとの見解を示した上、「ほかにもそういうものがないかどうか調べていけ。」との指示をしたことは、前提事実第二の四8認定の事実並びに前掲各証拠によりこれを認めることができる。
しかしながら、前記三3に認定説示したとおり、当時兵庫県警が強制捜査をするに必要な裏付け資料を入手していた豊田商事の外為法違反に関する被疑事実は、上村の額面合計五〇〇〇万円の円貨表示自己宛小切手の無許可輸出及び米戸の額面四〇〇万円の円貨表示の自己宛小切手の無許可輸入の各事実のみであったのであって、原告ら主張の、米戸が昭和五七年暮ころ額面一億円の銀行小切手を大蔵大臣に届けずに不法持ち出し、持ち込みしたとの、それ以外の被疑事実については、未だこれを把握していなかったのであり、かつ、当時兵庫県警が強制捜査するに必要な裏付け資料を入手していた右各被疑事実のみにより本件強制捜査を行うことはできなかったのであるから、清島経済調査官ら警察庁幹部の右行為には、調整権限の行使上格別の過誤はないというべきであって、原告ら主張のように、清島経済調査官ら警察庁幹部の右行為もって、兵庫県警が外為法違反罪の容疑で豊田商事事件を早期に刑事摘発することを不当に抑止したものと評することはできない。
第三調整権限行使義務及びその違反の有無
一調整権限行使による刑事摘発の可能性
原告らは、警察庁ないし大阪府警が税務署から豊田商事の第一期及び第二期決算書類を入手した上、これを適切に分析していたとすれば、大阪府警において昭和五九年春ころまでに、豊田商事の償還不能を十分解明し、豊田商事に対する本件強制捜査に着手することができた旨主張する。
しかしながら、前記第二の三1(三)に認定説示したとおり、豊田商事の第一期及び第二期決算書類(但し、修正後のもの)を適切に分析することにより豊田商事の償還不能性を解明することが可能であったことは原告ら主張のとおりであるけれども、警察庁ないし大阪府警が任意捜査の方法により税務官庁から豊田商事の右決算書類を入手することは税務職員の守秘義務の関係でできなかったのであるから、原告らの右主張は理由がない。
二原告らの主張について
原告らは、右一の主張事実を前提として、当時通産省等の消費者啓発活動にも拘らず、豊田商法による被害が拡大する一方であったため、これが大きな社会問題となり、豊田商法の取締りが社会的に要請されることになったが、右取締りについては、警察による刑事摘発が最も国民の期待するところであったことなどの事情に鑑みれば、清島経済調査官ら警察庁幹部は、(1)調整権限を行使して、昭和五八年一一月には改めて豊田商事事件対策会議を開催し、豊田商法が出資法違反であり、詐欺罪に該当するとの判断を示し、例えば、大阪府警に対し豊田商事の前記決算書類の入手及び分析を指示するなど、各都道府県警察が豊田商事事件を出資法違反罪、詐欺罪によって刑事摘発するよう具体的積極的に調整すべきであった、(2)遅くとも昭和五九年五月の第二回対策会議においては、前同様、各都道府県警察が豊田商事事件を出資法違反罪、詐欺罪、外為法違反罪によって刑事摘発するよう具体的積極的に調整すべきであった旨主張する。
しかしながら、前記第二の二及び三に認定説示したとおり、第一回対策会議当時においてはもとより、第二回対策会議当時においても、警察庁はもとより各都道府県警察においても、出資法違反罪、詐欺罪、外為法違反罪により豊田商事に対し本件強制捜査をするに必要な裏付け資料を入手しておらず、かつ、これを入手しうる状況にもなかった(のみならず、本件全証拠によるも、各都道府県警察及び警察庁が、その後原告らの最終損害発生の日である昭和六〇年六月一四日までの時点において、右裏付け資料を入手し又は入手しえたことを認めるに足りない。)のであるから、原告ら主張のように、昭和五八年一一月の時点において豊田商事事件対策会議を開催する意義があったとは認められないし、また、第一回及び第二回対策会議において警察庁が各都道府県警察に対し原告ら主張のような判断を示しかつ具体的積極的に調整することは困難であったのであって、前記第一章第二の一説示の権限行使の前提要件を欠くというべきであるから、原告らの右主張は、理由がない。
三結論
してみれば、清島経済調査官ら警察庁幹部には、原告ら主張のような調整権限行使義務もその違反もなかったことになる。
第三章公取委の責任
第一公取委の規制権限
一独禁法及び景表法上の規制
1 独禁法
独禁法一九条は、事業者は、不公正な取引方法を用いてはならないと規定し、同法二条九項は、不公正な取引方法の意義について、同項各号の一に該当する行為であって、公正な競争を阻害するおそれがあるもののうち、公取委が指定するものをいうと定めているところ、これを受けて一般指定八項は、自己の供給する商品又は役務の内容又は取引条件その他これらの取引に関する事項について、実際のもの又は競争者に係るものよりも著しく優良又は有利であると顧客に誤認させることにより、競争者の顧客を自己と取引するように不当に誘引すること(以下「ぎまん的顧客誘引」という。)を不公正な取引方法として指定している。
2 景表法
景表法四条は、事業者は、自己の供給する商品又は役務の取引について、次に掲げる表示(以下「不当表示」という。)をしてはならないと定める。
(一) 商品又は役務の品質、規格その他の内容について、実際のもの又は当該事業者と競争関係にある他の事業者に係るものよりも著しく優良であると一般消費者に誤認されるため、不当に顧客を誘引し、公正な競争を阻害するおそれがあると認められる表示(同条一号)
(二) 商品又は役務の価格その他の取引条件について、実際のもの又は当該事業者と競争関係にある他の事業者に係るものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認されるため、不当に顧客を誘引し、公正な競争を阻害するおそれがあると認められる表示(同条二号)
二公取委の規制権限
1 不公正な取引方法に対する規制権限
(一) 排除措置命令
独禁法一九条の規定(不公正な取引方法の禁止)に違反する行為があるときは、公取委は、当該行為の差止め、契約条項の削除その他当該行為を排除するために必要な措置を命ずることができる(排除措置命令、同法二〇条)。
公取委の排除措置命令は、同法第八章第二節に規定する、大略次のような手続を経て行われる。
(1) 調査活動
公取委は、一般からの報告、職権発動等を端緒として、同法一九条の規定に違反する事実の有無について必要な調査活動を開始する(同法四五条)。
右調査の方法は、多様であるが、公取委は、右調査のため、①事件関係者又は参考人に出頭を命じて審訊し、又はこれらの者から意見若しくは報告を徴すること(同法四六条一項一号)、②鑑定人に出頭を命じて鑑定させること(同二号)、③帳簿書類その他の物件の所持者に対し、当該物件の提出を命じ、又は提出物件を留めて置くこと(同三号)、④事件関係人の営業所その他必要な場所に立ち入り、業務及び財産の状況、帳簿書類その他の物件を検査すること(同四号)、以上の各強制処分(強制調査)をすることができる。
(2) 勧告審決
公取委は、調査により同法一九条の規定に違反する行為があると認める場合には、当該違反行為をしている者に対し適当な措置をとるべきことを勧告することができ、右勧告を受けたものが当該勧告を応諾したときは、公取委は、審判手続を経ないで当該勧告と同趣旨の審決(勧告審決)をすることができる(同法四八条一、四項)。
(3) 審判手続
公取委は、調査により同法一九条の規定に違反する行為があると認める場合において、事件を審判手続に付することが公共の利益に適合すると認めるときは、当該事件について審判手続を開始することができる(同法四九条一項)。
審判手続は、準司法手続であって、公取委又はその指定する審判官(同法五一条の二)が審判機関となり、その面前で審査官と被審人とが公開の場での攻撃防御を尽くすという構造がとられている(同法五一条の三他)。
(4) 同意審決
公取委は、審判開始決定をした後、被審人が、審判開始決定書記載の事実及び法律の適用を認めて、公取委に対し、その後の審判手続を経ないで審決を受ける旨を文書をもって申し出て、かつ、当該違反行為を排除し、若しくは当該違反行為が排除されたことを確保するために自らとるべき具体的措置に関する計画書を提出した場合において、適当と認めたときは、その後の審判手続を経ないで当該計画書記載の具体的措置と同趣旨の審決(同意審決)をすることができる(同法五三条の三)。
(5) 審判審決
公取委は、審判手続を経た後、同法一九条の規定に違反する行為があると認める場合には、審決をもって、被審人に対し、同法二〇条一項規定にする措置(排除措置)を命じなければならない(同法五四条一項)。
(6) 審決の確定
右(2)、(4)、(5)の各審決については、審決が効力を生じた日(即ち、審決書の謄本が被審人に到達した日)から三〇日以内、公取委を被告として抗告訴訟を提起することができるが、右出訴期間内に右抗告訴訟を提起しなかった場合には、右各審決は確定する(右抗告訴訟が審決取消の判決確定以外の事由により終了した場合も同様である。)。
(二) 緊急停止命令の申立て
公取委は、審判開始決定後、審決によって排除措置が命ぜられる前に、緊急の必要があると認めるときは、東京高等裁判所に対し、同法一九条の規定に違反する疑いのある行為をしている者に対し当該行為を一時停止すべきことを命ずる旨の裁判(緊急停止命令)を求めることができる(同法六七条、八六条)。
(三) 調査のための強制処分違反、審決違反及び緊急停止命令違反に対する罰則
調査のための強制処分、審決及び緊急停止命令については、以下のとおり、その違反について罰則をもうけることにより、間接的にその遵守が強制されている。
(1) 調査のための強制処分違反の罪
同法四六条一項一四号の強制処分に違反した者は、これを六月以下の懲役又は二〇万円以下の罰金に処し(同法九四条)、同項一、二、三号のそれに違反した者は、これを二〇万円以下の罰金に処する(同法九四条の二の二、三、四号)。
(2) 確定審決違反の罪
確定した前記各審決に従わない者は、これを二年以下の懲役又は三〇〇万円以下の罰金に処する(同法九〇条三号)。
(3) 審決違反に対する過料
前記各審決(但し、確定前のもの)に違反した者は、これを五〇万円以下の過料に処する(同法九七条)。
(4) 緊急停止命令違反に対する過料
緊急停止命令に違反した者は、これを三〇万円以下の過料に処する(同法九八条)。
2 不当表示に対する規制権限
(一) 排除命令
公取委は、景表法四条の規定(不当表示の禁止)に違反する行為があるときは、当該事業者に対し、その行為の差止め若しくはその行為が再び行われることを防止するために必要な事項又はこれらの実施に関連する公示その他必要な事項を命ずることができる(排除命令、同法六条)。
公取委の排除命令は、同法の簡易迅速な処理という見地から、同法の定める、大略次のような手続を経て行われる。
(1) 調査活動
公取委は、同法四条の規定に違反する事実の有無について、前記1(一)(1)に説示したのと同様の調査を行うことができる(同法七条一項)。
(2) 排除命令
公取委は、調査により同法四条の規定に違反する行為があると認める場合には、当該事業者に対し、予め期日及び場所を指定して、意見陳述及び証拠提出の機会を与え、聴聞を行った上で、排除命令を発することができる(同法六条一、二項)。
(3) 排除命令の確定
排除命令は、官報に掲載する方法によって告示され(同法六条三項)、告示の日から三〇日以内に公取委に対し当該命令に係る行為について審判手続開始の請求がなされなかったときは、独禁法九〇条三号の規定(確定審決違反の罪)の適用については、確定した審決とみなされる(景表法九条一項)。
(二) 緊急停止の申立て
排除命令について右(一)(3)の審判手続開始の請求がなされ、審判手続が開始された場合には、公取委は、前記1(二)に説示したのと同様に、緊急停止命令の申立てをすることができる(景表法七条一項、独禁法六七条)。
(三) 排除命令(但し、確定した審決とみなされたもの)違反に対する罰則
前記1(三)(2)に説示したのと同様である。
3 右1、2の各規制権限行使の重複を回避するための措置
独禁法による審判手続の開始又は緊急停止命令の申立てのあった事件については、景表法による排除命令手続がとれず、また、排除命令手続の対象となった違反行為については、審判請求がない限り、独禁法による審判手続及び緊急停止命令の申立てができないものとされている(景表法七条三項、八条三項)。
三公取委の規制権限行使上の裁量権
右二説示のとおり、公取委は独禁法及び景表法に基づき不公正な取引方法や不当表示に該当する行為について、勧告、審判、審決、緊急停止命令の申立て及び排除命令を行い、また、これらについて必要な調査をするため強制処分を行うなどの規制権限を有しているが、右各規制権限の行使については、以下に述べるとおり、公取委の広範な裁量に委ねられているものと解するのが相当である。
即ち、まず、強制処分の要件についてみるに、独禁法四六条一項によれば、公取委は事件について必要な調査をするため、同項の各号に掲げる処分をすることができるものとされ、また、同条二項によれば、公取委が相当と認めるときは、命令をもって定めるところにより、公取委の職員を審査官に指定し、前項に掲げる処分をさせることができるものとされているのみであって、如何なる場合に如何なる強制処分をすべきかについては何ら具体的な規定は置かれていない。独禁法のこのような規定の仕方、及び、調査権限発動の判断は、当該事件の性質、態様、構成要件該当性、公正競争阻害性の程度等極めて専門的かつ技術的な事柄に係わるものであることに照らせば、強制処分権限の行使は、公取委の広範な裁量に委ねられているものと解するのが相当である。
次に、勧告、、審判、審決、排除命令並びに緊急停止命令の申立てについてみると、勧告、審判、審決に関する独禁法の規定は、右二1(一)(2)ないし(5)に説示したとおりであって、勧告から審判審決に至るまでの過程において如何なる手続、方法をとるべきかについては、審判手続を経た後、独禁法一九条等に違反する行為があると認める場合などには、一定の措置を命じなければならないとする、同法五四条一項の規定を除いては、何ら具体的な規定は置かれていない。また、排除命令に関する景表法の規定は前記2(一)(2)に説示したとおりであって、如何なる場合に排除命令を発するべきかについては、何ら具体的な規定は置かれていない。更に、緊急停止命令の申立てについても、独禁法六七条は、公取委の申立てによりと規定しているのみであって、右申立て権の行使については、何ら具体的な規定は置かれていない。独禁法及び景表法の以上のような規定の仕方、及び、右各権限行使の判断は強制処分権限の発動の場合と同様に前記のような専門的かつ技術的な事柄に係わるものであることに照らせば、勧告、審判、審決、排除命令並びに緊急停止命令の申立て等の権限の行使は、公取委の広範な裁量に委ねられているものと解するのが相当である。
四被告国の反射的利益論について
被告国は、原告らが独禁法及び景表法の適用によって受ける利益は、反射的利益ないし事実上の利益にすぎないから、独禁法及び景表法に基づく規制権限の行使が原告らに対する関係において公取委の公務員の職務上の法的義務となる余地はない旨主張する。
独禁法及び景表法が公正且つ自由な競争の促進という公益の実現を直接の目的とするものであって、原告ら個別の国民の権利利益の保護を直接の目的とするものではないこは、被告国主張のとおりであるが、独禁法及び景表法は、右公益の実現を通じて原告ら個々の消費者の権利利益を間接的に保護しているということはできるのである。
従って、反射的利益論に基づく被告国の右主張は、第一章第二の四で述べたところから明らかなように、その理由がない。
第二豊田商事の事業者性
一はじめに
被告国は、独禁法及び景表法の規制の対象となる「事業者」というのは、公正且つ自由な競争の主体たりうる者に限られるところ、豊田商事は極めて反社会性の強い違法不当な手段を用いて一貫して虚業を営んでいたのであるから、およそ独禁法等が予定する経済事業を行っていたものとは認められず、従って、豊田商事は独禁法等が規制の対象とする「事業者」に該当しない旨主張するので、以下この点について検討する。
二独禁法二条一項の「事業者」の意義
独禁法二条一項は、「事業者」の意義について、「商業、工業、金融業その他の事業を行う者をいう。」と定義しているところ、一般に、事業とは、反復継続して経済的利益の交換を行うことをいうものと解されている。
しかし、独禁法及び景表法の直接の目的は、公正且つ自由な競争の促進を図ることにあると解されるのであるから(独禁法一条、景表法一条)、ここにいう「事業者」とは、単に反復継続して経済的利益の交換を行う者をさすものではなく、そのような者のうち、公正且つ自由な競争に係わる活動を行う者をさすものと解するのが相当である。
もっとも、右のようにいったからといって、直ちに被告国が主張するように公正且つ自由な競争の主体たりうる者だけが「事業者」であるということにはならない。なぜなら、公正且つ自由な競争の促進を図るためには、競争秩序に影響を及ぼす経済活動を行う者を広く規制する必要があるのであり、そして、そのためには、公正且つ自由な競争の主体たりえない者であっても、その者の経済活動が競争秩序に影響を及ぼすものである限り、その者は独禁法及び景表法上の「事業者」に当たるといわなければならないからである。
従って、「事業者」とは、反復継続して経済的利益の交換を行う者で、かつ、その活動が競争秩序に影響を及ぼす者をいうと解するのが相当である。
三豊田商事の事業者性の有無
そこで、右二説示の観点から、豊田商事が「事業者」に当たるか否かを検討する。
前述のとおり、豊田商事は、顧客との間で締結した金地金の売買契約及び純金ファミリー契約の対象となる金地金を保有せず、従って、顧客が豊田商事との売買契約により、特定の金地金の所有権を取得することはなかった。しかし、豊田商事は、純金ファミリー契約上顧客に対し、満期において金地金又はそれを当時の取引価格に換算した金銭の償還義務を負うものとされていたのであり、証拠(<書証番号略>)によれば、豊田商事は、右償還義務について、いずれは全ての顧客に対してその履行が不能となることを認識しつつも、当初から全ての顧客に対してこれを全く履行しない意図であったわけではなく、現に倒産までに導入金約二〇二二億円のうち約五五〇億円を右償還資金に充てていたことが認められる。従って、豊田商事が何らの給付もせず、ただ一方的に顧客から金銭を受け入れていたものということはできないから、豊田商事が顧客との間で経済的利益の交換を行っていたという面を全面的に否定することはできない。
また、証拠(<書証番号略>)によれば、豊田商事は顧客に対し、金を購入するのは預金の預け替えに等しい旨強調して、顧客の有する預金や保険は解約させ、株式や国債などの証券類は売却させるなどして金の購入代金を捻出させていたことが認められのであり、このような豊田商事の活動により、自己の商品の内容等について正当な表示をしている他の金融商品販売業者の顧客が奪われたことは否定できず、従って、豊田商事の活動は、金融商品市場における競争秩序に影響を与えるものであったということができる。
以上によれば、豊田商事は、一部とはいえ顧客との間で反復継続して経済的利益の交換を行っていた面があり、かつ、その活動は競争秩序に影響を及ぼしていたのであるから、その限度で豊田商事は事業者性を有していたものということができる。
もっとも、豊田商事は、破綻必定の商法を行っていたという点で通常の事業者とは著しく趣を異にする企業であり、その事業者性は著しく希薄であったというべきである。
第三豊田商法の不公正な取引方法ないし不当表示該当性
一はじめに
原告らは、豊田商事は、勧誘の際のセールストーク及び契約書やパンフレットの記載を通じて顧客に対し、(1)豊田商事は個々の顧客の注文に対応した金地金を保有しており、これを顧客に売却した上、売却した特定の金地金を顧客から借り受ける、(2)純金ファミリー契約を締結すれば、高額の賃借料及び金の値上がり益の二重の利益を(確実に)取得できる、(3)金は値上がり確実で、税金がかからず、換金も容易であるなどの表示を行っていたが、右(1)ないし(3)の表示はいずれも虚偽であり、かつ、(1)の表示は投下資本の回収が確実であると誤認させる点で、(2)の表示は純金ファミリー契約が銀行預金などよりも利殖条件の有利な取引であると誤認させる点で、(3)の表示は金の商品属性を誤認させる点で、それぞれぎまん的顧客誘引及び不当表示に当たると主張する。そこで、以下、豊田商事が右(1)ないし(3)の表示を行っていたか否か、行っていたとすれば、それらがぎまん的顧客誘引ないし不当表示に当たるか否かについて検討する。
二金の現物の存在を前提とする表示について
1 証言(<書証番号略>)によれば、次の事実が認められる。
(一) 豊田商事は、多数のテレフォン嬢を使用して無差別に電話をかけさせ、顧客を勧誘していたが、その際、「当社は金の現物取引をしています。」などといって面談の約束を取りつけていた。また、顧客宅を訪問した営業社員は、顧客に対し、金の三大利点を説いて金を所有することの有利性を強調した上、顧客が迷っていると、顧客の気持ちを煽るために、会社に電話をかけ、あたかも会社保有の金地金の在庫が残り少ないかのような話のやりとりをしてみせるなど、豊田商事が金地金の現物の売買をしていることを殊更に印象づけるような芝居をすることさえあった。更に、顧客を営業所に連れてきては、金地金の現物を持たせ、「これがあなたに買っていただいた金です。」などと説明することも多かった。
(二) 豊田商事は、顧客が金地金の購入を決めると、まず、「契約日を含む三営業日以内に対象現物を引き渡す。」旨の記載のある純金注文書に署名させて顧客と金地金の売買契約を締結していたが、売買契約だけで終わりにすることはなく、次に必ず、「購入した金地金は、豊田商事に預けた方が盗難、紛失の恐れがない上、豊田商事は預かった金地金を運用して高い収益を上げることにより、所定の高額の賃借料を支払い、かつ、満期には金地金を返還するので、賃借料と金の値上がり益の二重の儲けとなる。」旨のいわゆるファミリートークを行って、顧客に純金ファミリー契約を勧めていた。そして、顧客が承諾すると、「純金ファミリー契約とは、注文者、受注者間においての純金賃貸借契約です。」(一条)「純金ファミリー契約の純金の返還については同種、同銘柄、同数量の純金をもって返還します。」(九条)などの記載のある純金ファミリー契約書の証券申込書欄に署名させて純金ファミリー契約を締結し、顧客から金地金の購入代金の支払いを受けるのと引換えに金地金の納品書を渡していた。
2 以上認定の豊田商事の営業社員のセールストーク、純金注文書の記載及び納品書を交付していた事実によれば、豊田商事が、金地金の売買契約において、個々の顧客の注文に応じた金地金を保有している旨表示していたことは明らかである。
もっとも、純金ファミリー契約については、前述のとおり、純金ファミリー契約書上、これを賃貸借契約と定義する条項がある一方で、賃貸借契約の性質とは矛盾する「純金ファミリー契約の純金の返還については、同種、同銘柄、同数量の純金をもって返還します。」との記載があったから、契約書上の記載だけを取り上げてみれば、これを単純な賃貸借契約とみることはできなかった。即ち、これらの規定を合理的に解釈するならば、返還される純金の個性が問題とされていない以上、純金ファミリー契約は、賃貸借契約ではなく、消費寄託契約の性質を持つものと解さざるを得なかったのであり、そのように解すれば、豊田商事は、純金ファミリー契約について、顧客が購入した特定の金地金を顧客から借り受ける旨の表示をしていたわけではなく、右金地金を豊田商事が取得した上、これと同種、同銘柄、同数量の金地金の返還義務を負担する旨の表示をしていたにすぎないとみることもできないわけではなかった。
しかしながら、右1認定の事実によれば、豊田商事は、そのセールストークにおいては、専ら金地金を所有することの有利性を強調して顧客に金地金の購入を勧めていたのであり、大多数の顧客としてみれば、自己の購入した金地金の所有権が純金ファミリー契約の締結によって失われることになるとは思いもよらないところであったと認められるのであるから、右セールストークによる表示に、賃貸借契約である旨の純金ファミリー契約書の文言を併せ鑑みれば、たとえ純金ファミリー契約書にこれと矛盾する記載があったにしても、豊田商事の表示全体としては、豊田商事は顧客に対し、顧客に売却した特定の金地金を顧客から借り受ける旨を表示していたものとみることができる。
3 そこで、豊田商事が行っていた、「豊田商事は個々の顧客の注文に対応した金地金を保有しており、これを顧客に売却した上、売却した特定の金地金を顧客から借り受ける旨の表示」(以下「本件表示」という。)が、顧客に投下資本の回収が確実であるなどの誤認を生じさせるものであったかどうかについて検討する。
まず、本件表示が実際のものと異なるかどうかを検討するに、豊田商事は個々の顧客の注文に対応する金地金を保有している旨の表示は、前述のとおり、虚偽であり、顧客の購入した特定の金地金を借り受ける旨の表示も、純金ファミリー契約の性質を消費寄託契約と解さざるを得ない以上、虚偽であったというべきである。
そして、本件表示どおりとすれば、顧客は売買契約により特定の金地金の所有権を取得した上、これを豊田商事に賃貸したにすぎないから、顧客の投下した資金は金地金の現物に形を変えて存在することになり、豊田商事の資力とは係わりなく、賃貸期間が満了すればこれを保管する豊田商事に対しその返還を求めることができるが、実際の契約においては、豊田商事は顧客が購入したとされる金地金と同種、同銘柄、同数量の金地金を満期に償還する債務を負うにすぎないから、豊田商事に右償還義務を履行する資力がなければ、顧客は既に代金を支払いながら、これに見合う金地金を取得できないことになる、要するに、顧客が豊田商事に支払った金銭の対価を取得できるかどうかについて、本件表示が真実である場合と実際の場合では、その確実性に大きな違いがあるのである。
そうすると、本件表示は、豊田商事が供給する役務の内容について、実際のものよりも著しく有利であると顧客に誤認させる表示であったということができるから、本件表示は、ぎまん的顧客誘引及び不当表示に当たるというべきである。
三利殖条件の有利性に関する表示について
豊田商事が、純金ファミリー契約を締結すれば、高額の賃借料及び金の値上がり益の二重の利益を取得できる旨の表示をしていたことは、前記二1(二)認定のとおりである。
右表示のうち、高額の賃借料を取得できる旨の表示については、豊田商事は右表示どおりの賃借料の支払い義務を負担するのであるから、これを虚偽の表示ということはできない。
次に、金の値上がり益を取得できる旨の表示にいては、金が値上がり確実といえないことは前記第二章第二の二1(二)(4)認定説示のとおりであり、その意味では虚偽の表示ということができる。しかし、広告にある程度の誇張誇大が含まれることは、やむを得ないことと一般に認められており、従って、その誇張が一般に許容される限度を超えるものでない限り、「著しく優良」であると一般消費者に誤認される表示とはならないというべきところ、金の価格が相場により変動することは公知の事実である上、証拠(<書証番号略>)によれば、投資対象としての金は、長期的には値上がりの期待できる商品であると認められるのであって、これらを併せ考慮すれば、右表示をもって直ちに一般に許容される限度を超えるものということはできない。
従って、純金ファミリー契約を締結すれば高額の賃借料及び金の値上がり益の二重の利益を取得できる旨の表示は、ぎまん的顧客誘引ないし不当表示に当たらないというべきである。
四金の商品属性に関する表示について
豊田商事が顧客に対し、金を値上がり確実で、税金がかからず、換金も容易であるなどの表示をしていたことは前提事実第一の二認定のとおりである。
このうち、金は値上がり確実である旨の表示がぎまん的顧客誘引ないし不当表示に当たらないことは、右三認定説示のとおりである。
次に、換金が容易であることの表示については、豊田商事が純金ファミリー契約を締結した場合にまで換金が容易である旨の表示を積極的に行っていたと評価できないことは前記第二章第二の二1(二)(2)認定説示のとおりであるところ、一般経済流通機構の点からみて金が換金の容易な商品であるのは事実であるから、その旨の表示をぎまん的顧客誘引ないし不当表示ということができないのは当然である。
税金がかからない旨の表示については、豊田商事が全く無税であるとか売るときには税金がかからないなどの虚偽の説明をしていた場合のあったことは前記第二章第二の二1(二)(3)認定説示のとおりである。しかし、課税要件のある限り課税されることは公知の事実であるから、右のような表示をしても、実際のものよりも著しく優良又は有利であると一般消費者に誤認を生ぜしめるものとまではいえず、これをぎまん的顧客誘引ないし不当表示ということはできない。
第四公取委の認識ないし認識の可能性
一はじめに
以上で検討したところによれば、(1)豊田商事が独禁法及び景表法の規制の対象となる事業者に当たるものと認められ、かつ、(2)豊田商事が豊田商法として顧客に対し行っていた本件表示は独禁法のぎまん的顧客誘引、景表法の不当表示にそれぞれ当たるものと認められるのであるから、本件において公取委が独禁法及び景表法上の規制権限を行使するための具体的要件は客観的には充足されていたものということができる。
そこで、以下において、公取委が昭和五九年五月までに右(1)、(2)の各事実を認識し又は認識しえたか否かについて検討する。
二右一(1)、(2)の事実についての認識等
1 証拠(<書証番号略>、証人和泉澤、同堺)によれば、次の事実が認められる。
(一) 公取委は、昭和五八年九月三〇日に悪徳商法被害者対策委員会の会長である堺次夫が公取委を訪れるまでは、新聞報道等によって豊田商法に関する情報を得ていたにすぎず、それまで豊田商法に対する独禁法及び景表法の適用の可能性を具体的に検討したことはなかった。
(二) 昭和五八年九月三〇日、堺次夫が豊田商事問題について相談するため公取委を訪れ、公取委事務局の取引部景品表示監視課長の鈴木満「以下「鈴木課長」ともいう。)外三名の同事務局職員と面談した。堺次夫は、鈴木課長らに対し、豊田商事の問題で国会質問を予定しており、公取委にも独禁法ないし景表法で豊田商事を規制できないかを聞く予定であるので事前に相談にきた旨来訪の趣旨を告げた上、持参した豊田商事の純金ファミリー契約証券(これには、純金ファミリー契約書と同様に、純金ファミリー契約約款が記載されている。)、豊田商法のために使用する二種類のパンフレット及び同商法に関する新聞記事を交付するととにも、(1)豊田商法は、昭和五六年ころから金地金の販売を行うに際し、年一〇パーセントの運用益を保証して、金地金の代金と引換えに金地金の預り証券を渡し、実際には金地金を渡さないという詐欺まがいのことを行っている、(2)この商法は、純金注文書に署名させたり、納品書を渡すなど現物取引を装っているが、豊田商法が契約に見合う金地金を保有している形跡はなく、金地金の裏付けのない現物まがい商法である、(3)年一〇パーセントの運用益を保証するには、集めた現金を運用して相当の利益を出す必要があり、この商法は早晩破綻するおそれがある、(4)現在、中途解約者から多額の違約金を取ったり、強引に契約を更新させており、これによるトラブルが絶えない状況である、などと豊田商法の問題点を説明した。
(三) 堺次夫が持参した新聞等には豊田商法に関して次のよな記事が掲載されていた。
(1) 豊田商法自体について
「金地金の購入を客に勧め、客が購入を決めると、もっといい話があると、一〇パーセントの運用益の話を持ち出し、結局、金地金の代わりに純金の預かり証券を渡すという詐欺まがいの金販売」とか、「お年寄りや主婦らを相手に金地金を現物販売するといいながら、実際には違約金を三〇パーセントも取る違約条項のついた預かり証券を渡すという詐欺まがいの金商法」などと紹介されていた。
(2) 売上高について
「豊田商事の販売額は、これまでに三〇〇億とも五〇〇億ともいわれている。」との記事や、「昨年は二二〇億から二三〇億の売上があった。」旨の豊田商事幹部のコメントを紹介する記事があった。
(3) 金地金の保有の有無について
「通産省によると、同社が預かり証に見合うだけの金地金を購入した事実はない。」旨の記事や、豊田商事の幹部社員が記者の質問に答えて「昨年一年間の金地金の購入量は約八〇トンになった。」と述べたのに対し、東京の貴金属商が「昨年民間で私的所有のため売られた金地金は約九七トン。八〇トンというとざっとみて二四〇億円。一社でこんな量を購入したなんて、ばかばかしくて話にならない。」と述べている旨の記事、「豊田商事の従業員及び元従業員から寄せられた内部告発によれば、元従業員らは豊田商事社内では見本と思われるほんの僅かの金地金しか見たことがないと述べている。」旨の記事などがあった。
(4) 満期における償還について
「満期が来ると、同社のセールスマンが数時間も粘るなど、強引に契約の更新を勧める。」旨の記事や、「満期になった人が会社と一人で交渉して、契約通りの金地金を返して貰ったという例は聞いたことがない。」旨の弁護士のコメントを紹介した記事、「契約が満期になった場合、継続にしないと本社から厳しく追及されるので、どんなことをしてでも継続させてしまった。」旨の豊田商事の元従業員の話を紹介する記事、豊田商事の実態について「成り立たないはずの商売が今のところ成り立っているのは、セールスマンの猛烈勧誘によって顧客を増やし、かつ、満期の来た客の六、七割に契約を延長させているからだ。」と指摘する記事などがあった。
(四) 前記(二)の説明の後、堺次夫は、「かつて公取委はホリディ・マジック社に勧告審決を出しているが、豊田商事の行為もそれと同様のものであるから、独禁法又は景表法による規制が可能ではないか。」と鈴木課長らに尋ねた。これに対し、鈴木課長は、相場商品に対する投資に絡む表示(例えば、これを買えば儲かりますよといわれて買ったが儲からなかったので不当表示ではないかといった事例)については、従来から景表法の規制の対象とされていないし、また、堺次夫の説明が事実であれば、豊田商事の商法は、金地金の取引を装っているがそれは見せ掛けにすぎず、客から金を騙し取るということのように思われるので、直ちに景表法又は独禁法に違反すると判断するのは困難であり、また、公取委がホリディ・マジック社に対して勧告審決を行ったのは、同社が化粧品の販売をするに当たり、消費者に対して報奨金等の利益をもって同社の販売員となるよう誘引している行為が、正常な商慣習に照らして不当な利益をもって競争者の顧客を自己と取引するよう誘引しているとして、旧一般指定六号(昭和五七年六月一八日改正前のもの、現行の一般指定九号)を適用したからであり、堺次夫がいうようなぎまん的顧客誘引に該当するとして同事件に独禁法を適用したものではなく、従って、ホリディ・マジック社の事件と本件とは事案の内容が異なり、ホリディ・マジック社に対して独禁法を適用したからといって本件に対しても適用可能とはいえない、結局、豊田商事の問題は独禁法や景表法による規制には馴染まない問題であり、第一次的には警察の問題である旨答えた。堺次夫は、右説明を聞き、やむをえないものと了解して公取委を辞去した。
(五) その後、鈴木課長は、堺次夫が国会での質問を予告していたことなどから、豊田商法に対する独禁法や景表法の適用可能性を更に検討しておく必要があると判断し、その旨部下に指示した。右指示を受けて、公取委事務局の取引部取引課及び景品表示監視課が合同で、右(三)の新聞等の報道や国会議事録、堺次夫の話などを基に豊田商法について検討を加えたが、その結論は、豊田商事の問題は独禁法や景表法では対応できないというものであり、その理由は次のようなものであった。
(1) 報道されているとおり、豊田商法が金地金の取引を装って顧客から金銭を騙し取るというものであるとすれば、不公正な取引方法の問題の範疇に入らず、独禁法や景表法で対応できる問題ではないと考えられる。
(2) 豊田商法は、金地金の売買と賃貸借によって構成されているが、まず売買の点についてみると、豊田商事は、金地金を金地金として売買しているもので合金を純金と称するなどして売っているわけではないし、金地金の賃貸借についても、耳慣れた話ではないがそれ自体を不当ということはできない。また、満期になっても金地金を返還しないというのも、当事者間の債務不履行の問題にすぎないから、いずれにしても不当表示とみることはできない。
(3) 金地金の売買契約については、契約時点において常に在庫を有している必要はないし、純金ファミリー契約についても、満期に同種、同銘柄、同数量の金地金を返還すればよいというものであって、常に金地金を保有している必要はないから、豊田商事が契約高に見合う金地金を保有していないとしても、それ故に金地金の売買や純金ファミリー契約における豊田商事の表示が不当表示となることはない。
(4) 値上がり確実との表示については、一般的に金地金を購入しようという客であれば、金地金が相場商品であることは予見できるから、そのような表示が実際のものより著しく優良又は有利という誤認を生じさせるおそれはなく、不当表示に当たらない。
換金自由の点については、純金ファミリー契約書上、中途解約できないことが明記されているので、豊田商事が純金ファミリー契約をした場合にも換金自由である旨の表示しているとみることはできない。
無税の表示の点については、法律上課税されることになっている以上、いくら無税であるといっても、それによって著しく優良であるとの誤認を生じさせるとまではいえない。
(六) その後、公取委は新聞報道や、国会審議などに基づく情報を得たが、右(五)の検討結果を左右するようなものがなかったため、豊田商事の問題について、自ら積極的に調査することはなかった。また、公取委に対しては、他省庁あるいは国民生活センターなどから豊田商法は独禁法、景表法に違反するのではないかという指摘もなかったし、被害者からの申告もなかった。
2 右1認定の事実を前提として、まず、右一(1)の事実、即ち、前記第二に説示認定のとおり豊田商事が事業者性の要件を充足していることを、公取委において認識し又は認識しえたか否かについて検討する。
右1(四)ないし(六)認定の事実によれば、鈴木課長ら公取委の担当者は昭和五九年五月当時豊田商事が事業者性の要件を充足していることを認識していなかったことが明らかである。
次に、鈴木課長ら公取委の担当者において、豊田商事が事業者性の要件を充足していることを認識しえたか否かについてみるに、前記第二の二に説示したとおり、当裁判所は、独禁法及び景表法の「事業者」とは、反復継続して経済的利益の交換を行う者で、その活動が競争秩序に影響を及ぼす者をいうとの見解を採用するものであるが、裁判例の中には、当裁判所とは異なり、右「事業者」とは、反復継続して経済的利益の交換を行う者のうち、独禁法及び景表法の目的である「公正且つ自由な競争」が可能となるような事業者をいうものとの、被告国の主張と同旨の見解(以下「被告国の見解」という。)を採用するもの(東京地方裁判所昭和六一年(ワ)第三八二九号、同第三八三〇号、平成四年四月二二日判決)もあることに鑑みれば、被告国の見解も独禁法及び景表法の「事業者」の意義についての有力な見解といえるところ、前記1(四)ないし(六)認定の事実によれば、鈴木課長ら公取委の担当者は、独禁法及び景表法の「事業者」の意義について被告国の見解を採用していたものであり、かつ、堺次夫から入手していた資料等によれば、昭和五九年五月当時、豊田商事は極めて反社会性の強い違法不当な手段を用いて一貫して虚業を営んでいるのではないかとの強い疑念を抱いたため(事実、豊田商事は、前提事実第一章第一認定のように、そのとおりの反社会的行為を組織的、集団的に行っていたものである。)、豊田商事が事業者性の要件を具備していることを認識できなかったものである。右の事実に照らせば、鈴木課長ら公取委の担当者において、当裁判所と同一の見解を採用の上、豊田商事が事業者性の要件を充足していることを認識しうる可能性がなかったとまでいうことはできないが、同担当者において右要件充足の事実を認識するということは、担当に困難な事柄であったというべきである(のみならず、本件全証拠によるも、その後、原告らの最終損害発生の日である昭和六〇年六月一四日までの時点において、この事情に変更のあったことを認めるに足りない。)。
3 前記1認定の事実を前提として、次に、前記一(2)の事実、即ち、前記第三の二に認定説示したとおり、豊田商事が豊田商法として顧客に対し行っていた本件表示が独禁法のぎまん的顧客誘引、景表法の不当表示に当たることを、公取委において認識し又は認識しえたか否かについて検討する。
前記1(四)ないし(六)認定の事実によれば、鈴木課長ら公取委の担当者は昭和五九年五月当時本件表示が独禁法のぎまん的顧客誘引、景表法の不当表示に当たることを認識していなかったことが明らかである。
次に、鈴木課長ら公取委の担当者において、右事実を認識しえたか否かについてみるに、前記1(二)、(三)認定の事実によれば、鈴木課長ら公取委の担当者は、昭和五八年九月三〇日、堺次夫から、豊田商事は金の現物取引を装っているが、豊田商事が契約に見合う金地金を保有している形跡はないなどとの説明が受けるとともに、右説明を裏付ける前記資料(豊田商事の純金ファミリー契約証券等及び豊田商法に関する新聞記事)の交付を受けたのであるから、鈴木課長ら公取委の担当者は、堺次夫の右説明と右資料により、豊田商事が豊田商法においてセールストーク及び純金ファミリー契約証券等の記載をもって顧客に対し本件表示をなしていることを認識するとともに、豊田商事が本件表示にも拘らず実際は契約高に見合う金地金を保有していないのではないかとの強い疑念を抱いたものと認めるのが相当である。そうだとすれば、鈴木課長ら公取委の担当者は、豊田商事の独禁法及び景表法違反事件についての端緒を得たものにほかならないから、その後、前記第一の二1(一)(1)、同2(一)(1)説示の公取委の調査権限を行使することにより、豊田商事が契約高に見合う金地金を保有していないことを認識し、ひいては、本件表示が独禁法のぎまん的顧客誘引、景表法の不当表示に当たることを認識することも、その蓋然性の程度はともかく、ありえたものというべきである。
第五公取委の規制権限行使義務及びその違反の有無
一裁量行為としての公取委の前記規制権限行使が個別の国民に対する職務上の法的義務となるための要件
裁量行為としての当該規制権限の行使が義務化して当該公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務となるための要件については、前記第一章第二の二に説示したとおりであって、当該規制権限の不行使が違法となるか否か(即ち、当該公務員に当該規制権限行使の作為義務があるか否か)の判断は、当該公務員が当該具体的事情の下において当該規制権限を行使しなかったことが当該規制権限の根拠法規の趣旨・目的のみならず慣習、条理等に照らして著しく不合理と認められるか否かにより決すべきものであり、かつ、右判断に当たっては、同所説示の(1)ないし(5)等の諸点を総合考慮すべきものと解するのが相当である。
ところで、独禁法及び景表法は、前記第一の四に説示したとおり、公正且つ自由な競争の促進という公益の実現を通じて原告ら個別の国民の権利利益を間接的に保護しているものであって、これを直接的に保護しているわけではないのであるから、右各法律のこのような趣旨・目的のみから、公取委の担当公務員の前記規制権限行使義務を導き出すことはできないし、また、本件においては、右義務の発生原因となる慣習等についての主張立証もないから、結局、右違法の成否の判断は、右各法律が直接的であるか間接的であるかはともかく原告ら個別の国民の権利利益を保護の対象としていることをも重要な要素として、条理に基づいてこれを決すべきことになる。
二公取委の前記規制権限行使義務及びその違反の有無
そこで、前記第一章第二の二説示の(1)ないし(5)の諸点について検討するに、前提事実で認定の事実によれば、遅くとも昭和五九年五月の時点において、原告らの老後のための預貯金等という重要な財産について豊田商法による被害発生の具体的危険が切迫していたこと(危険の切迫)、鈴木課長ら公取委の担当者が右危険を知り又は知りうる状態にあったこと(予見可能性)、原告らの本件被害の多くは行政庁が権限を行使しなければその発生を回避できないものであったこと(補充性)がいずれも明らかである。
しかしながら、国民が当該公務員による当該規制権限の行使を期待している状況にあった(国民の期待)との点については、前記第四の二に認定したように、(1)昭和五八年九月三〇日、豊田商事問題で国会質問を予定していた境次夫が公取委事務局を訪ね、鈴木課長ほか三名に対し、豊田商事が行っている豊田商法の問題点を説明するとともに、その裏付け資料を交付した上、公取委が独禁法ないし景表法で豊田商事を規制することができないものかと種々相談を持ちかけたことがあったが、その際、鈴木課長が前述のように豊田商事の問題は独禁法や景表法による規制に馴染まないものであり、第一次的には警察の問題である旨答えたところ、境次夫は、右説明を聞き、やむをえないものと了解して公取委を辞去したのであり、(2)その後、公取委に対し、他省庁あるいは国民生活センターなどから豊田商法は独禁法や景表法に違反するのではないかという指摘もなかったし、被害者からの申告もなかったのであるから、国民の期待の要件が充足されていたものと認めることは困難であるというべきであり、その他右要件充足の事実を認めるに足りる証拠はない。
また、当該公務員が当該規制権限を行使すれば容易に結果を回避しえた(結果回避可能性)との点についても、前記第一の二に説示したとおり、公取委の前記規制権限は、警察の有する犯罪捜査権のように直接強制を伴うものではなく、刑罰等をもって間接的に規制措置を遵守することを強制するにすぎないものであるため、当初から詐欺的商法である豊田商法を営むことを目的として設立された豊田商事が右刑罰等による間接強制にも拘らず規制措置を遵守しない場合も予想されることに鑑みれば、結果回避可能性の要件が充足されているとすることも疑問である。
のみならず、右第四の二2に認定説示したとおり、鈴木課長ら公取委の担当者において、当裁判所と同一の見解を採用の上、豊田商事が事業者性の要件を充足していることを認識するということは、相当に困難な事柄であったのであり、また、前記第一の三に説示したように、公取委の前記規制権限の行使については、その権限の性質上、公取委の広範な裁量に委ねられていることも指摘しておかなければならない。
以上の諸点を総合考慮すれば、鈴木課長ら公取委の担当者において豊田商事に対し前記規制権限を行使しなかったことが条理に照らし著しく不合理であると認めることはできない。
してみれば、鈴木課長ら公取委の担当者には、前記規制権限の行使義務も、その違反もなかったことになる。
第四章法務省の責任
第一法務大臣の規制権限
一商法五八条の会社解散命令制度
商法五八条一項によれば、裁判所は、(1)会社の設立が不法の目的をもってなされたとき(同項一号)、(2)会社が正当の事由なくしてその成立後一年以内に開業をなさず又は一年以上営業を休止したとき(同項二号)、(3)会社の業務を執行する社員又は取締役が法務大臣より書面による警告を受けたにも拘らず法令若しくは定款に定める会社の権限を踰越し若しくは濫用する行為又は刑罰法令に違反する行為を継続又は反覆したとき(同項三号)の各場合において、公益を維持するため会社の存立を許すべからざるものと認めるときは、法務大臣又は株主、債権者その他の利害関係人の請求により会社の解散を命ずることができるものとされている。
この制度は、会社の設立について準則主義がとられている関係上、社会的意義のある会社のみが設立されるとは限らず、場合によっては、会社制度が濫用され、会社が期待された社会的任務を果たさず公益を害することもありうるため、このように会社制度が濫用された場合には、裁判所が公益の代表者である法務大臣又は利害関係人である株主等の請求により会社の解散を命ずることができることとしたものである。
二法務大臣の規制権限
右一に説示したところによれば、法務大臣は、商法五八条一項に基づいて、同項三号所定の者が同号所定の行為を行っている場合にこれらの者に対しこれらの行為を停止するよう警告を発出する権限、及び同項各号に該当する場合において公益を維持するため会社の存立を許すべからざるものと認めるときに裁判所に対し会社の解散命令を請求する権限を有するものであり、そして、法務大臣の有する右各権限は、会社制度の濫用を抑止するための規制権限であることが明らかである。
三法務大臣の規制権限行使上の裁量権
法令上、法務大臣は如何なる場合に前記各規制権限を行使すべきものとされているかについてみるに、右各規制権限の根拠法規である商法五八条一項は、単に、法務大臣が右各規制権限を有する旨を明らかにしているにすぎないものであって、商法その他の法令上、この点を一義的に明らかにした規定は存在しない。このこと、及び右各規制権限の行使は公益維持の観点からなされるべきものであるとともに、会社の解散という重大な結果に係わるものであることなどに鑑みれば、右各規制権限の行使は、法務大臣の広範な裁量に委ねられているものと解するのが相当である。
四被告国の反射的利益論について
被告国は、法務大臣の前記各規制権限は公益維持の観点から行使されるべきものであって、原告ら個々の国民が右各規制権限の行使により受ける利益は反射的利益ないし事実上の利益にすぎないから、右各規制権限の行使が原告らとの関係において法務大臣の職務上の法的義務となることはない旨主張する。
確かに、法務大臣の右各規制権限は公益維持の観点から行使されるものであることは、被告国主張のとおりであるけれども、法務大臣の右各規制権限は、原告ら主張のように、当該会社の活動により被害を受けることになる者の権利利益の保護と全く無関係に行使されるべきものではなく、右被害を受けることになる者の権利利益をも公益に包摂する形で保護するために行使されるべきものというべきである。
よって、反射的利益論に基づく被告国の右主張は、前記第一章第二の四で述べたところから明らかなように、その理由がない。
第二豊田商事の商法五八条一項各号該当性
一前提事実第一認定の事実によれば、(1)豊田商事は詐欺的な純金ファミリー商法(豊田商事)をもって一般大衆から金銭を不法に収奪することを目的として昭和五六年四月に設立された会社であることが明らかであり、また、前提事実第一の二1認定の事実及び前記第二章第二認定の事実によれば、(2)豊田商事の取締役である永野らは、豊田商事の右設立当時から昭和六〇年七月の破産直前に至るまで、刑罰法令に違反する行為を継続、反復していたことが明らかであるから、豊田商事については前記第一説示の商法五八条一項一号該当の事由及び同三号該当の事由があったというべきである。
二してみれば、遅くとも昭和五九年五月当時において、法務大臣が豊田商事に対し前記第一の二説示の警告発出及び会社解散命令請求の各規制権限を行使するために必要な具体的要件が充足されていたことが明らかである。
第三法務大臣の認識ないし認識の可能性
一はじめに
ところで、原告らは、秦野法務大臣及びその後任の住法務大臣は、(1)消費者保護会議、(2)警察庁との協議、(3)多岐にわたる調査権限により、前記第二の一(1)、(2)の事実を認識し又は認識しえた旨主張するので、以下この点について検討する。
二消費者保護会議による認識ないし認識の可能性
1 証拠(<書証番号略>、証人村田)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 法務大臣は、消費者保護会議の委員であり、同会議には、委員として出席することになっている。
(二) 消費者保護会議には、同会議幹事会が設置されているが、更に同会議幹部会の運営を円滑にするために、消費者行政担当課長会議が設置されている。
(三) 消費者行政担当課長会議においては、前回の消費者保護会議決定以降約一年間における、同決定に係る施策の実施状況を取りまとめた上、これを踏まえて、今回の消費者保護会議において決定すべき、当面の消費者行政の基本方針及び重点項目等の原案を作成し、今回の消費者保護会議の開催を準備する。
(四) 昭和五七年一一月一二日開催の第一五回消費者保護会議において、「金の現物取引等と称する悪質な商品取引による消費者被害を防止するため、消費者啓発に努めるとともに、悪質事犯の取締りを強化する。」との決定がなされた。
(五) 昭和五八年一一月八日開催の第一六回消費者保護会議において、「金の現物取引等と称する悪質な商品取引による消費者被害を防止するため、不法事犯の取締りの強化等各種法令の厳格な運用を行う。また、消費者被害の発生状況に対応して随時迅速な消費者啓発を行う等消費者被害の拡大防止に努める。」との決定がなされた。
(六) 第一五回消費者保護会議には、坂田法務大臣が、また、第一六回消費者保護会議には、秦野法務大臣がそれぞれ出席し、前記各決定の趣旨目的につき、事前に説明を受けた上、右各決定に賛同している。
2 ところで、原告らは、右1認定の事実関係に基づいて、(1)前記第一五回、第一六回各消費者保護会議決定に係る取締の対象たる悪質業者とは豊田商事のことであった、(2)坂田法務大臣及び秦野法務大臣は、それぞれ右各消費者保護会議において豊田商事をもって悪質業者であると断じるに足りる資料の提供と報告を受けていた、(3)従って、秦野法務大臣及びその後任の住法務大臣は、遅くとも昭和五九年五月の時点おいて前記第二の一(1)、(2)の事実を認識し又は認識しえたものというべきである旨主張する。
しかしかながら、原告ら主張の右(1)、(2)の事実については、本件全証拠によるもこれを認めるに足りず、却って、証拠(証人村田、同牧野)によれば、前記各消費者保護会議決定に係る取締の対象たる悪質業者とは豊田商事という特定の業者をさすものではなかったのであり、従って、右各消費者保護会議において豊田商事をもって悪質業者であると断じるに足りる資料の提供と報告がなされたわけではないことが認められ、結局、秦野法務大臣及びその後任の住法務大臣が、遅くとも昭和五九年五月の時点において、消費者保護会議により前記第二の一(1)、(2)の事実を認識し又は認識しえたとの、原告らの主張の右(3)の事実については、本件全証拠によるも、これを認めるに足りないことになる。
よって、原告らの前記主張は、理由がない。
三警察庁との協議による認識ないし認識の可能性
1 証拠(証人清島)によれば、警察庁は、昭和五七年一一月に、大阪府警、警視庁の捜査担当者を集めて豊田商事事件対策会議を開催し、豊田商法を取り締るための法的検討を行ったが、これに先立ち、警察庁がそれまでに入手していた豊田商事関係の資料を法務省に持参した上、同省刑事局担当官との間において、豊田商法が詐欺罪や出資法、信託業法違反罪に該当するか否かの点について協議を行ったことが認められる。
2 原告らは、右1認定の事実に基づいて、(1)前記協議の際、前記法務省刑事局担当者は、警察庁からの説明により、前記第二の一(1)、(2)の事実を認識した、(2)秦野法務大臣は、第一六回消費者保護会議決定に至る過程において、右法務省刑事局担当者から右警察庁説明事項について報告を受けた、(3)従って、秦野法務大臣及びその後任の住法務大臣は、遅くとも昭和五九年五月の時点において、前記第二の一(1)、(2)の事実を認識し又は認識しえた旨主張する。
しかしながら、原告ら主張の右(1)及び(2)の事実については、本件全証拠によるも、これを的確に認めることができないから、結局、秦野法務大臣及びその後任の住法務大臣が、遅くとも昭和五九年五月の時点において、警察庁との協議により前記第二の一(1)、(2)の事実を認識し又は認識しえたとの、原告ら主張の右(3)の事実については、本件全証拠によるも、これを認めるに足りないことになる。
よって、原告らの右主張は、理由がない。
四多岐にわたる調査権限による認識ないし認識の可能性
1 原告らは、法務大臣は、(1)法務省設置法に定める所掌事務を遂行するための調査権限、(2)法務省組織令に定める所掌事務を遂行するための調査権限、(3)非訟事件手続法一三四条ノ四、一六条に基づく調査権限、(4)人権侵害事件調査処理規程に基づく調査権限を有しているから、秦野法務大臣及びその後任の住法務大臣は、これらの調査権限を行使することにより、遅くとも昭和五九年五月の時点において、前記第二の一(1)、(2)の事実を認識し又は認識しえた旨主張する。
2 しかしながら、法務大臣の前記第一の二説示の各規制権限の行使に関しては、現行法上、法務大臣に何らの調査権限も認められていないのであって、法務大臣に右1(1)ないし(4)の調査権限があるとする原告らの右主張は、以下に述べるとおり、その理由がない。
即ち、右1(1)、(2)の法令は、いわゆる組織規範と呼ばれるものであって、国民に対する行政作用の根拠ないし基準を規定する行政作用法とは異なるから、これに基づいて国民に対する行政作用の一つである調査権限を認めることはできない。
また、右1(3)の非訟事件手続法一三四条ノ四、一六条も、単に裁判所その他の官庁、検察官及び公吏が、その職務上商法五八条一項の請求又は警告をなすべき事由があることを知ったときはこれを法務大臣に通知すべきことを定めているにすぎず、右規定を根拠として法務大臣の調査権限を認めることはできないというべきである。なお、原告らは、通知を受けた法務大臣は、理由があると認められる限り会社解散命令の請求をしなければならないから、右規定は理由の有無を確認し調査する権限を法務大臣に付与したものである旨主張するが、右規定を素直に読めば、法務大臣に通知する者が、事実認定に足りる証拠を添えて通知することを予定しているものと解されるから、原告らの右主張は採用できない。
更に、右1(4)の規程は、人権侵害事件に関する調査についてのものであって、会社解散命令の請求に関する調査権限を定めたものではない。
なお、法務大臣の前記各規制権限の行使に関し、現行法上法務大臣に何らの調査権限も認められていないことは、従来から、立法の不備と指摘されてきたところであり、また、従来法務大臣により右各規制権限が行使されることが殆どなかった原因にもなっているのである(このことは、職務上明らかである。)。
3 右2に説示したところによれば、秦野法務大臣及びその後任の住法務大臣が、その有する調査権限を行使することにより、遅くとも昭和五九年五月の時点において、前記第二の一(1)、(2)の事実を認識し又は認識しえたとの、原告らの前記1の主張は、その前提を欠き、理由のないことが明らかである。
五まとめ
以上に検討したとおり、秦野法務大臣及びその後任の住法務大臣が、遅くとも昭和五九年五月の時点において、前記第二の一(1)、(2)の事実を認識し又は認識しえたとの、原告ら主張事実については、本件全証拠によるも、これを認めるに足りない(のみならず、本件全証拠によるも、秦野法務大臣及びその後任の住法務大臣が、その後原告らの最終損害発生の日である昭和六〇年六月一四日までの時点において、前記第二の一(1)、(2)の事実を認識し又は認識しえたことを認めるに足りない。)。
却って、前提事実に認定の事実及び前記第二章第三に認定説示の事実から明らかなように、捜査権限を有する各都道府県警察でさえ、豊田商事が破産し、強制捜査が進展するまでは、豊田商事が不法の目的で設立されたとか、豊田商法が詐欺罪等に該当するなどと断定できなかったのであるから、何ら具体的な調査権限を有しない法務大臣が前記第二の一(1)、(2)の事実を認識しえなかったことは、むしろ当然というべきである。
第四法務大臣の規制権限行使義務及びその違反の有無
以上によれば、秦野法務大臣及びその後任の住法務大臣は、昭和五九年五月の時点においてはもとより、その後昭和六〇年六月一四日までの時点においても、前記二の一(1)、(2)の事実を現に認識しなかったのみならず、やむをえない事情によりこれを認識することができなかったのであるから、右各法務大臣に、豊田商法による原告らの本件被害の発生を防止するため前記各規制権限を行使すべき作為義務があったとする余地はない。従って、右各法務大臣には、右作為義務の違反もなかったことになる。
第五章通産省の責任
第一消費者行政における通産省の責務
一消費者保護基本法による被告国の責務
消費者保護基本法によれば、被告国は、「経済社会の発展に即応して、消費者の保護に関する総合的な施策を策定し、及びこれを実施する責務を有する」(二条)ものとされるとともに、「国民の消費生活において商品及び役務が国民の生命、身体及び財産に対して及ぼす危害を防止するため、商品及び役務について、必要な危害防止の基準を整備し、その確保を図る等必要な施策を講ずるものとする」(七条)とされている。
二通産省の所掌事務とその分掌
1 通産省は、右一説示の被告国の責務を分担する行政機関であるが、同省設置法によれば、同省は、「鉱産物及び工業品の生産、流通及び消費の増進、改善及び調整並びに検査」「商鉱工業の合理化及び適正化に関する事務」等を一体的に遂行する責任を負う行政機関とされ(三条二、三号)、「割賦販売、ローン提携販売、前払式特定取引及び割賦購入あっせんに関すること」「所掌事務に関する消費の合理化及び一般消費者の利益の保護に関すること」等の事務を所掌するものとされている(四条三二、三五号)。
2 通産省組織令によれば、消費経済課は、同省の右所掌事務のうち、「通産省の所掌事務に関し一般消費者の利益の保護に関する事務を総括すること」「訪問販売及び通信販売に関すること」「連鎖販売業に関すること」等の事務を所掌するものとされている(五五条二、六、七号)。
3 通産省組織令によれば、鉱業課は、同省の前記所掌事務のうち、「金属鉱物(核原料物質を除く。)に関すること」等の事務を所掌するものとされている(一三三条一号)。
4 以上のとおり、通産省は、消費者保護に関する前記各事務を所掌するものであるところ、証拠<書証番号略>によれば、被告国においては、現に、通産省が「海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律」の施行事務を所掌するなど、同省が広く消費者を悪徳商法から保護する責務を負うものとして、その消費者行政が行われていることが認められる。
第二通産省の行政指導権限
一行政指導の慣行の存在
現在の経済社会においては、必ずしも法令の制定、改正を待つことなく、機動的、弾力的の運営を行うことが必要となる場合があるが、このような場合に、被告国の行政機関においては、一般に、その所掌事務の範囲内において、関係法令等に準拠して行政指導を行うことが慣行となっている。このことは、通産省についても例外ではない(このことは、弁論の全趣旨から明らかである。)。
二通産省の行政指導の実績
1 証拠(各項末尾に掲記)によれば、通産省は、昭和五七、五八年度の消費者相談報告書に記載された事例だけを取り上げても、消費者保護の立場から、以下のとおり、改善要請等の行政指導を行い、その成果を上げていることが認められる。
(一) 訪問販売業者が顧客に「日赤の推奨を得ています。」「来月になると値上げされます。」などと申し向けて、衛生用品を一〇グロスも購入させたという事案について、過量販売を規制する法律はなく、家庭訪販振興協会の倫理綱領中に過量販売を自粛する旨の規定はあったものの、当該業者は同協会の会員ではなかった上、当該業者が右セールストークを用いたことを強く否定しているという状況において、通産省は、当該業者に対して、過量販売を慎むよう要請するとともに、他の同種のトラブルから当該業者がぎまん的なセールストークを用いていると推定し、虚偽のセールストークを用いないよう指導し、これに応じさせている(<書証番号略>)。
(二) 友人から勧められてカーワックス等を販売するマルチ組織に加入した者が脱会を望んでいるという事案について、通産省は、同種の相談が八件寄せられたことに鑑み、当該業者に対し、勧誘に際しては事実を告げること、クーリングオフには速やかに応じることを要請するとともに、経験の未熟な未成年者等を勧誘しないよう指導し、かつ、後記の「マルチ商法苦情受理公表制度」に基づき昭和五八年三月三一日付で当該業者をマルチ業者として公表し、一般消費者に注意を呼びかけた(<書証番号略>)。
(三) 自動販売機の販売に関し、販売業者が設置してしまったらクーリングオフの対象にならないといって解約を拒否したという事案について、通産省は、当該業者に対して、虚偽のセールストークを使用しないようにすることなどについての指導を行い、当該業者から契約解除の要因が虚偽のセールストークに基づく場合には契約を無条件で解除するなどの回答を得ている(<書証番号略>)。
(四) 更に、通産省は、昭和五七年に、シーボン化粧品が執拗・悪質なキャッチセールスを行って通産省にも多くの消費者から苦情が申告されたため、当時キャッチセールスは訪問販売法の適用対象外であったが、シーボン化粧品に対して一〇数回に及ぶ行政指導を実施して、この勧誘方法を是正させている(<書証番号略>、証人牧野)。
2 証拠(<書証番号略>、証人牧野)によれば、通産省は、昭和五二年からは「マルチ商法苦情受理公表制度」、同六〇年からは「訪問販売トラブル情報提供制度」を設け、訪問販売法の適用の有無に拘らず、マルチ商法や訪問販売による消費者被害を防止するため、事実調査、行政指導、手口や社名等を公表するという行政措置を定め、これらを実施していることが認められる。
三行政指導の裁量性
前記一説示の行政指導の法的性質等に鑑みれば、通産省が行政指導を行うか否かについては、当該公務員の広範な裁量に委ねられているものと解するのが相当である。
第三行政指導義務の発生要件
一前提としての要件
当該公務員において、個別の国民に対して負担する職務上の法的義務として、当該行政指導を行うべき義務があるといえるためには、その前提として、当該公務員において当該行政指導を行うことが可能であることが必要である。
そして、当該公務員において当該行政指導を行うことが可能であるといえるためには、当該行政指導を行うための具体的要件が客観的に充足されていることが必要であるところ、右具体的要件としては、まず、前記第二の一説示の行政指導の法的性質等に鑑み、(1)当該行政指導の対象となる事項がその所掌事務の範囲内のものであり、かつ、これが関係法令等に準拠して行いうるものであること、(2)当該行政指導が必要にして妥当なものであることが必要であるというべきである。次に、行政指導が法令上の根拠を有しないもので、法的拘束力も強制力も有しないものであり、従って、その行政指導の対象となる事業者の任意の同意、協力なしにはその目的を達しえないものであることに鑑み、(3)当該行政指導の対象となる事業者の任意の同意、協力が見込まれることが必要であるというべきである。
そして、当該公務員において当該行政指導を行うことが可能であるといえるためには、更に主観的要件として、(4)当該公務員が(1)ないし(3)の具体的要件充足の事実を認識し又は認識しうることが必要であるというべきである。
以上要するに、当該公務員において当該行政指導を行うべき義務があるといえるためには、まず、その前提として、右(1)ないし(4)の要件が充足されていることが不可欠である。
二裁量行為としての行政指導が個別の国民に対する職務上の法的義務となるための要件
右一の要件が充足された場合においても、当該行政指導を行うか否かは、前述のとおり、当該公務員の広範な裁量に委ねられているものと解するのが相当であるから、このような裁量行為としての行政指導が義務化して当該公務員の個別の国民に対する職務上の法的義務となるためには、更にそのための要件が必要である。
ところで、国賠法は、民法の特別法であって、国賠法上の違法も、民法の不法行為法上の違法と実質的には同じ性質のものと解すべきであるから、当該公務員の当該行政指導の不作為が違法となるか否か(即ち、当該公務員に当該行政指導についての作為義務があるか否か)は、基本的には、民法の不法行為におけると同様に被侵害利益の要保護性の程度と侵害行為の態様との相関関係に基づき慣習、条理等を基準として(因みに、行政指導は、法令に基づかないものであるから、法令を基準として行政指導についての作為義務を導き出すことはできない。)決すべきものである。そして、一般に不作為は作為に比して侵害行為としての違法性が低いものといえるから、右違法の成否の判断は、当該公務員が当該具体的事情下において当該行政指導をしなかったことが、慣習、条理等に照らして著しく不合理と認められるか否かにより決すべきものと解するのが相当である。そして、右判断に当たっては、規制権限の不行使について述べたのと同様に、前記第一章第二の二(1)ないし(5)等の諸点を総合考慮すべきものと解するのが相当である。
第四豊田商事に対する行政指導の可能性の有無
一はじめに
原告らは、牧野消費経済課長及び高木鉱業課長は、豊田商事の営業活動を是正させるため、日頃金地金の購入、販売について一般消費者及び金地金業者に勧奨していた「店舗で代金と引換えに金地金を受け取る」との指導方針に則り、豊田商事に対し訪問販売の方法による新規の勧誘及び金地金を引き渡さないまま契約を締結することを停止するよう求めるか、ないしは金の現物を引き渡さないのであれば、「与り証(金証書、金通帳その他何らの名義をもってするを問わない。)又は信託受益証書の発行に当たっては、発行量に見合う金の現物の手当を行うものとする」との大蔵省銀行局の通達に則り、「契約高に見合う金の現物の手当を行う」よう行政指導すべき義務があった旨主張する。
そこで、次項以下において、右第三の一説示の観点から、牧野消費経済課長及び高木鉱業課長が豊田商事に対し原告ら主張の行政指導(以下「本件行政指導」という。)をすることが可能であったか否かについて、検討することとする。
二右第三の一(1)の要件充足の有無
前記第一の二認定説示のとおり、通産省は、消費者保護に関する「割賦販売、ローン提携販売、前払式特定取引及び割賦購入あっせんに関すること」「所掌事務に関する消費の合理化及び一般消費者の利益の保護に関すること」等の事務を所掌するものであるところ、被告国においては、現に、通産省が「海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律」の施行事務を所掌するなど、同省が広く消費者を悪徳商法から保護する責務を負うものとして、その消費者行政が行われていること、及び通産省が従来前記第二の二(一)ないし(四)認定の行政指導を行った実績を有し、かつ、現に、豊田商事に対し、昭和六〇年六月一九日発出の文書をもって「新規の勧誘及び契約締結を停止されたい。」との行政指導を行ったこと(前提事実第二の六5認定)に鑑みれば、通産省が豊田商事に対し本件行政指導を行うことは、その所掌事項の範囲内のものであり、かつ、これは、関係法令等に準拠して行いうるものであると認めるのが相当である。
従って、右第三の一(1)の要件は充足されているといえる。
三右第三の一(2)の要件充足の有無
前提事実第一認定の事実によれば、豊田商事は、昭和五六年四月の会社設立当時から、金地金を実際は保有も運用もしていないにも拘らず、これを保有、運用しているかの如く装った上、顧客から金地金の売買代金名下に金銭を受け入れるという詐欺的な純金ファミリー商法を行い、これによる被害を全国的に発生させていたものであるから、通産省が豊田商事に対し本件行政指導を行うことは、必要かつ妥当なものであるというべきである。
従って、右第三の一(2)の要件も、充足されているといえる。
四右第三の一(3)の要件充足の有無
1 前提事実第一認定の事実によれば、豊田商事は、実際は契約高に見合う金地金の保有も運用もしていないにも拘らず、あたかもこれを保有、運用しているかの如く装って、顧客から金地金の売買代金名下に金銭を受け入れるという詐欺的な純金ファミリー商法(豊田商法)を営むために昭和五六年四月に設立された会社であり、その後昭和六〇年六月の事実上の会社倒産に至るまで、永野の指揮監督の下に、一貫して組織ぐるみで右のような豊田商法を遂行して反社会的行為を繰り返していたものであることが明らかであるところ、原告ら主張の本件行政指導は、右豊田商法を営むために設立された豊田商事に対し任意に豊田商法を止めさせることを内容とするものにほかならないから、本件行政指導は、内容的に豊田商事の任意の同意、協力を期待しがたいものであるといわねばならない。
のみならず、証拠(各認定事実の末尾に掲記)によれば、(1)消費経済課と鉱業課は、昭和五七年六月に、豊田商事東京支店長北村敏裕を呼び出し、金地金保有の有無、その仕入先、仕入量、仕入価格、運用方法等に関する調査を行ったが、その際、北村支店長は、金地金を住友商事系列のオリエンタルゴールド社から仕入れていると回答したものの、全体としては意味ある回答をせず、後日資料持参の上説明にくる旨約束したが、その後右約束を反故にして通産省に説明に赴くことをしなかった(<書証番号略>、証人牧野、同高木)、(2)豊田商事は、全国の有志弁護士による昭和五八年一〇月六日付公開質問状に対しても、同月一五日付で「わが社は顧客との契約を完全に履行いたしております。」「ご質問の内容につきましては、企業秘密であり、…回答の義務はありません。」と回答した(<書証番号略>)、(3)国民生活センターが、豊田商事の被害者に高齢者が多いことから、豊田商事の苦情担当者を呼び出したところ、東京支社次長の桐山巖が来所して、同センター職員に対し、「お年寄りを勧誘するのを止めろというのは、豊田商事に商売を止めろ、人間に向かってお前死ねというのと同じなんです。」と述べた(証人加藤)、以上の事実が認められ、右認定の事実によれば、豊田商事において任意に豊田商法を止める意思のなかったことを推認することができる。
以上説示認定の事実に照らせば、豊田商事に対し本件行政指導を行うとしても、昭和五九年五月の時点においてはもとより、その後原告らの最終損害発生の日である同六〇年六月一四日までの時点においても、豊田商事からこれについての任意の同意、協力を得ることは到底期待できなかったものと認めるのが相当である。
2 もっとも、原告らは、豊田商事は、対外的には優良な事業会社、正当な活動を標榜、宣伝していただけに、被告国から悪徳業者との烙印を押されることを極度に嫌っていたのであり、それ故に、以下のとおり、被告国の諸機関の指導等には従っていたとし、これを根拠として、通産省により本件行政指導が行われていたとすれば、豊田商事はこれに従っていた筈である旨主張する。
(一) 政府が昭和五六年九月に金地金を商品取引所法の上場商品に政令指定し、私設先物商品市場における金先物取引禁止を明確にしたときに、豊田商事は、これを事前に察知して金先物取引を中止し、その後もこれを再開しなかった。
(二) 通産省が昭和五七年六月に豊田商事の北村東京支店長に対し事情聴取のため任意の出頭を求めたときに、豊田商事はこれに応じた。
(三) 国税庁が昭和五八年から同五九年春ころにかけて任意の立ち入り調査を実施したときに、豊田商事はこれに応じた。
(四) 兵庫県警が昭和五九年四月米戸千秋海外事業部長に対し事情聴取のために出頭を求めたときに、豊田商事はこれに応じた。
(五) 検察庁が昭和五九年春ないし夏ころに事情聴取のために担当者の任意の出頭、書類の提出を求めたときに、豊田商事はこれに応じた。
(六) 裁判所が昭和六〇年六月下旬に債権者申立てによる破産手続において任意の陳述を求めたときに、豊田商事は、これに応じて陳述書を作成するとともに、取締役を出頭させて同書面の提出及び陳述をさせた。
(七) 国会(衆議院物特委)が昭和六〇年七月四日に審議のため、参考人として出頭するよう求めたときに、豊田商事は、これに応じて代表取締役石川洋らを出頭させ、必要事項を陳述させた。
(八) 通産省が昭和六〇年六月一九日に営業停止の行政指導を行ったときに、豊田商事はこれに従った。そのとき、豊田商事は、通産省に対し、既に営業を停止している旨回答し、以後営業を再開することはなかった。
そこで、原告らの右主張について検討するに、前提事実に認定の事実並びに弁論の全趣旨によれば、豊田商事が対外的には優良な事業会社、正当な活動を標榜、宣伝していたこと、及び豊田商事が被告国から悪徳業者との烙印を押されることを嫌っていたことを認めることができるが、これらの事実から、直ちに、通産省が本件行政指導を行った場合に豊田商事がこれに従ったであろうことを推認することはできない。
また、原告ら主張の右(一)の事実は、その存在自体当事者間に争いがないものの、これは、豊田商事が、通産省が商品取引所法の上場商品として金を追加指定したのに伴って、自己の判断に基づいて営業の方針を変更したに過ぎないものであって、豊田商事が通産省の個別的な行政指導に従ったものではないから、前同様、このようなことから、前記事実を推認することはできない。
右(二)の事実についていえば、事実関係は右1(1)認定のとおりであって、通産省の事情聴取に対し豊田商事の東京支店長が右認定の対応をしたにすぎないものであり、豊田商事が通産省の行政指導に応じたものではないから、前同様、このようなことから、前記事実を推認することはできない。
右(三)ないし(七)の事実は、いずれもその存在自体当事者間に争いがないものの、これらは、いずれも豊田商事が行政庁の要請や法律手続上の要請に対し自己の判断に基づいて一定の対応をしたに過ぎないものであって、豊田商事が行政指導に応じたものではないから、前同様、このようなことから、前記事実を推認することはできない。
右(八)の事実についていえば、昭和六〇年六月一九日に通産省から豊田商事に対し営業停止の行政指導がなされたこと、及び豊田商事が通産省に対し既に営業を停止している旨の回答をしたことは、当事者間に争いがないが、前提事実第二の六1ないし6認定の事実から明らかなように、当時豊田商事は、豊田商法推進の中心的人物であった永野が刺殺されたことにより、事実上営業停止の状態に陥っていたものであって、通産省の右行政指導により営業停止をしたものではないから、前同様、このようなことから、前記事実を推認することはできない。
よって、原告らの前記主張は、理由がない。
3 まとめ
以上によれば、通産省が豊田商事に対し本件行政指導を行うについては、右第三の一(3)の要件が充足されていなかったというべきである。
第五通産省の行政指導義務及びその違反の有無
以上によれば、通産省が豊田商事に対し本件行政指導を行うについて、昭和五九年五月の時点においてはもとより、その後同六〇年六月一四日までの時点においても、事前に豊田商事の任意の同意、協力が得られる見込みがなかったため、通産省は、豊田商事に対し本件行政指導を行うことはできなかったのである。
してみれば、牧野消費経済課長及び高木鉱業課長が、右の各時点において、原告らに対する職務上の法的義務として、豊田商事に対し本件行政指導を行うべき義務を負担したことも、また、右義務に違反したこともないことになる。
第六章経企庁の責任
第一消費者保護会議における経企庁の役割
一消費者保護基本法
消費者保護基本法(昭和四三年法律第七八号)は、消費者の利益の擁護及び増進に関し、被告国、地方公共団体及び事業者の果たすべき責務並びに消費者の果たすべき役割を明らかにするとともにその施策の基本となるべき事項を定めることにより、消費者の利益の擁護及び増進に関する対策の総合的推進を図り、もって国民の消費生活の安定及び向上を確保することを目的とするものであり(一条)、そのために、被告国、地方公共団体、事業者、消費者の果たすべき基本的責務、役割を定めるとともに(二条ないし六条)、被告国において、商品及び役務が消費生活において国民の生命、身体及び財産に対して及ぼす危害の防止(七条)、計量の適正化(八条)、規格の適正化(九条)、表示の適正化(一〇条)、公正自由な競争の確保(一一条)等に関し必要な施策を講じるべき一般的、基本的責務を規定し、被告国及び地方公共団体は、消費者の保護に関する施策を講ずるにつき、総合的見地に立った行政組織の整備及び行政運営の改善に努めなければならないとしている(一六条)。
このように、消費者保護基本法は、消費者行政の基本的理念ないし目標を定め、消費者行政における施策の概括的方向や各関係者の基本的責務、役割等を明らかにした法律であり、消費者行政における最も基本的な重要事項について一般的、概括的に規定したもので、いわばこの分野における憲法とでもいうべき性格のものである。また、このような同法の性格からすると、そこで保護されるべきものとしてうたわれている消費者の利益や、国民の消費生活の安定及び向上というのは、あくまで一般的な公益としてのそれであって、個別の国民の権利利益が直接的に保護の対象とされているものではないと解される。
二消費者保護会議の役割及びその運営
1 消費者保護基本法は、消費者の保護に関する基本的な施策の企画に関して審議し、及びその施策の実施を推進する事務をつかさどるものとして、総理府に、消費者保護会議を置くものとする(一八条)。消費者保護会議は、会長たる内閣総理大臣及び内閣総理大臣が関係機関の長のうちから任命する委員をもって組織される(同法一九条一ないし三項)。現在は、経企庁、大蔵省、通産省、法務省、国家公安委員会、公取委を含む一八省庁の長が構成委員となっている(証人加藤)。また、会議の庶務は、経企庁において処理するものとされている(同法一九条七項)。
消費者保護会議は、このように、消費者保護基本法の趣旨を体して同法により設置されたもので、消費者の保護に関する基本的な施策の企画に関する審議及びその施策の実施を推進する事務をつかさどるものとされているのであるから、その所掌する事務は、消費者行政に関する基本的かつ重要な事項に関するものに限られると解される。
実際上の運営として、消費者保護会議は、毎年一回、一一月ころ開催されるのが恒例となっていて、消費者保議会議令三条に基づき定められた同会議運営規定(昭和四六年一〇月一二日の同会議決定)に則って、同法に規定された(1)危害の防止、(2)計量の適正化、(3)規格の適正化、(4)表示の適正化、(5)公正自由な競争の確保等に関する基本的かつ重要な施策について審議し、今後一年間の施策を決定している(<書証番号略>、証人村田)。
2 消費者保護会議には、会議の所掌事務について会長及び委員を助けるものとして、内閣総理大臣が関係行政機関の職員のうちから任命した幹事が置かれ(消費者保護基本法一九条四ないし六項)、幹事によって組織される幹事会(以下、「幹事会」という。)が設けられている。幹事には、各省庁の事務次官級の者が当てられている。幹事会は、毎年一回、消費者保護会議の前日に開催されるのが恒例となっているが、そこでなされることは、翌日の消費者保護会議で議題となる事項について経企庁から重点事項等の説明を行い、各行政機関の間で、それについて合意の形成を図るというものである(<書証番号略>、証人村田)。
3 また、昭和四三年八月五日の幹事会の申合せにより、幹事会の下部機関として、経企庁に、各関係行政機関の担当課長等を構成員とする消費者行政担当課長会議(以下「担当課長会議」という。)が設置されている。その議長は、経企庁国民生活局長とされる。担当課長会議は、幹事会の円滑な運営に資するため、各関係行政機関の間の情報交換及び連絡調整を行う幹事会の下部機関として設けられたものであるから、その所掌事務は、当然消費者保護会議及び幹事会の所掌事務の範囲内のものに限られる。具体的には、そこで取り扱う事項は、前記申合せにより、(1)幹事会に付議する事項についての打合せ、(2)消費者行政に関する関係各省庁の所管事項についての情報連絡、(3)消費者行政の推進についての意見の交換及び行政の統一的運営の打合せ、(4)国民各層及び関係団体からの消費者行政に関する要望についての情報交換並びに対策の打合せとされている。その運営は、前記申合せでは、議長である経企庁国民生活局長が必要に応じて招集するものとされているが、実際には、概ね毎月一回の割合で開催されている(<書証番号略>、証人村田)。
なお、担当課長会議では、消費者保護会議決定のフォローアップ(事後点検)として、毎年四月ころ、各行政機関から、前年度の消費者保護会議において決定された施策の実施状況に関する資料の提出を受け、経企庁においてそれらを取りまとめて、七月ころの担当課長会議で確認し、次年度の決定のための参考資料ないし基礎資料とするということが行われている(<書証番号略>、証人村田)。
4 更に、前記消費者保護会議運営規定によれば、経企庁長官は、消費者保護会議の審議事項のうち特に必要と認めたものについて審議するため、関係委員会議(経企庁長官及び関係委員により組織される会議)の開催を要請することができるものとされている。しかし、この関係委員会議が実際に開催されたのは、昭和四七年九月ころの建築物火災と救急医療に関するものくらいである(<書証番号略>、証人村田)。
5 消費者保護会議でなされる決定は、当面の消費者行政の基本方針及び消費者行政施策の重点的項目を列挙した「消費者行政の推進について」(以下「前文」という。)、及び各項目について消費者保護推進のための個別具体的施策を網羅的に記載した「消費者保護推進の具体的方策」(以下「具体的方策」という。)よりなる。前文及び具体的方策が作成される手順は、以下のようなものである。
即ち、まず毎年七月に開催される担当課長会議において、経企庁から各関係行政機関に対して、今後一年間に講じようとしている消費者保護のための施策について資料の提出を依頼し、八月中旬から下旬にかけて、経企庁が各行政機関からヒアリングを行う。それらの資料及びヒアリングの結果を基に、経企庁が前文と具体的方策の原案を作成し、九月の担当課長会議でそれを提示して、各行政機関に持ち帰って検討してもらう。各行政機関から修正意見が出されると、経企庁との間で意見の調整を行い、また、各行政機関の施策相互の間に対立がある場合には、経企庁がそれらの行政機関の間の調整を行う。その上で、経企庁から各行政機関に対して前文及び具体的方策の最終原案を提示する。その後、各行政機関において、最終原案の内容を当該各大臣、事務次官等の幹部に説明して了解を得、その上で、最終原案を幹事会に付議し、更に消費者保護会議で決定がなされる。この過程において、経企庁は、自らが考えていたような施策が関係行政機関から出てこない場合には、当該行政機関に対して更に施策を出すように要請することはあるが、最終的にどのような施策を出すかを決定するのは、あくまでそれを所管する各関係行政機関の判断と権限に委ねられている(<書証番号略>、証人村田)。
三消費者保護会議における経企庁の役割
1 経企庁は、長期経済計画の策定及び推進、経済全般の運営の基本方針及び毎年度の経済計画大綱の策定、物価に関する基本的な政策の企画立案及び推進、二以上の行政機関の経済政策に関連する総合的かつ基本的な政策の企画立案、経済に関する基本的な政策の総合調整等、国家経済に関する基本的な政策の企画立案及び総合調整をつかさどるものである(経企庁設置法三条)。そして、その所掌事務の一つとして、「一般消費者の保護に関する基本的な経済政策及び計画の総合調整に関すること」が挙げられている(同法四条九号)。このように、経企庁は、その性格からして、経済の基本的政策に関する事項をつかさどる行政機関であり、消費者行政に関しても、その所掌事務の範囲は、基本的経済政策及び計画の調整に関することに限られている。
2 消費者保護会議は、前述のとおり消費者保護に関する基本的な施策に関する企画の審議及びその施策の実施の推進を行うものであるから、消費者保護に関する基本的経済政策及び計画の調整を所掌事務とする経企庁がその庶務を担当するのが相応しいものとして、そのように定められたと解せられる。また、前述のように、消費者保護会議運営規定において、経企庁長官が関係委員会議の開催を要請することができるものとされ、消費者保護会議幹事会の申合せにおいて、国民生活局長が担当課長会議の議長を務め、同会議を必要に応じて招集することができるものとされており、更にその他、やはり消費者行政の一環として設けられ、食品行政関係の四省庁の担当課長等を構成員とする食品行政連絡会議の座長を国民生活局審議官が務めるものとされている(<書証番号略>、証人村田)のは、経企庁の所掌事務の内容及び経企庁が消費者保護会議の庶務を担当することから、経企庁がそのような役割を果たすのが適当と判断されたことによると考えられる。従って、経企庁は、消費者保護会議の開催日時や場所の設定、そこに提出する資料の作成といったような文字どおり庶務的な事務を行うことは当然であるが、それ以外にまた、経企庁の所掌事務の内容に鑑みれば、消費者保護会議に出された施策相互の間に対立がある場合には、その調整を行い、各行政機関から出された具体的施策を取りまとめるといった役割をも担っていると解される。また、前記認定のとおり、実際の消費者保護会議の運用上も、経企庁は、担当課長会議の場を中心として、そのような総合調整に属する事務も含めて、所掌事務として行っているものである。しかし、経企庁の所掌事務は、あくまでその範囲に限られるのであって、消費者保護会議で決定された消費者保護に関する個々の具体的施策の企画立案は、各関係行政機関において実施されるものであり、経企庁が自ら能動的に具体的施策の企画立案を行うことはない。
3 経企庁において消費者行政を担当するのは、国民生活局消費者行政第一課及び同第二課であるが、一般消費者の保護に関する基本的な経済政策及び計画の総合調整に関すること一般及び消費者保護会議の庶務に関することをつかさどるのは同第一課であって、前述のような消費者保護会議に関する経企庁の所掌事務は、同第一課が担当している(消費者保護基本法一九条八項、消費者保護会議令二条、経企庁組織令七条、二五条、二六条)。昭和五七年二月一日より昭和五九年七月三日まで同第一課長として同課の責任者の地位にあったのは、村田課長である(証人村田)。
第二経企庁の権限の内容及び性質
一以上に認定したところによれば、消費者保護会議は、数多くの行政機関の所管事項にわたる消費者行政施策をそれぞれの行政機関が単に個別ばらばらに行うのではなく、関係行政機関の合議体である同会議において、消費者行政に関する基本的で重要な事項についての施策を審議し、消費者行政における統一的目的設定や概括的方向づけを行うことにより、消費者行政を総合的に推進するという見地から設けられたものである。従って、同会議では、消費者行政に関する基本的な事項に関して実施されるべき重要な施策について審議され、決定がなされるのであるが、それぞれの施策の実施は、あくまでそれを所管する各関係行政機関に委ねられることになる。そして、経企庁は、一般消費者の保護に関する基本的な経済政策及び計画の総合調整をその所掌事務の一つとし、また消費者保護会議の庶務を担当するとされていることから、消費者保護会議の運営に当たって、右のような同会議で取り扱われるべき事項に関する関係行政機関の間の連絡、調整や、消費者保護会議の決定原案の取りまとめ等の事務を担当しているのである。しかし、経企庁の所掌事務はそのようなものであるから、消費者保護会議の所管外の単なる個別企業の問題に止まるようなものに関することは経企庁の所掌事務の範囲外であるし、また、同会議で決定された事項に関しても、経企庁が自ら個別的な施策の実施を企画したり、そのために関係行政機関を招集するといった権限は有しない。
二もっとも、個別企業についての問題であっても、それが消費者行政に関し基本的施策を要するほど重要なものであるならば、消費者保護会議で取り扱われるべき事柄に属するのであるから、経企庁は、その所掌事務の一環として、そのような問題に関して各関係行政機関の間で連絡、調整を行い互いの施策の整合性を保ってその推進を図るために、関係行政機関に対策のための会議の開催を呼びかけることができると考えられる。しかし、経企庁は消費者保護会議の決定に係る個別的な施策の企画立案、実施をその所掌事務とするものではないから、関係行政機関に規制権限の発動を促すことはできないし、関係行政機関の間の施策の対立、相互の連絡、調整や協議の必要性が顕在化していないのに、特定の問題について行政機関による会議を招集することは、経企庁の本来の職務権限の範囲内の事務とはいえない。
三また、一定の場合に右のような対策会議の開催を呼びかけるというのは、経企庁の権限の範囲内の行為ではあるが、消費者行政に関する「基本的な事項」に関する「行政機関相互の総合調整」事務に属するものであるから、その事務の性質からして、権限を行使するか否かは経企庁の大幅な裁量判断に委ねられざるをえないものである。
第三経企庁の権限行使が個別の国民に対する職務上の法的義務となるための要件
一原告らの主張
原告らは、昭和五七年一一月に開催された第一五回消費者保護会議及び昭和五八年一一月に開催された第一六回消費者保護会議において、豊田商法に対する「取締りの強化」「各種法令の厳格な運用の実施」等が決定されたにも拘らず、いずれの省庁も所管する法令を適用して被害を防止するための権限を発動せず、そのため豊田商法による深刻かつ広範な被害が発生し続けたのであるから、消費者保護会議決定を実施、推進すべき責務を負っていた経企庁としては、第一六回消費者保護会議決定直後の昭和五八年一一月(遅くとも昭和五九年春ころ)には、右消費者保護会議決定の実施を推進するため、警察庁、公取委、法務省、通産省、大蔵省の担当者を招集して関係六省庁会議を開催した上、豊田商法の実態に関し各省庁が有している情報、資料を相互に開示して必要な情報を交換する機会を設けるとともに、各省庁が所管する法令を用いて豊田商法を規制できない理由を明確にし、その上でどの省庁が如何なる法令を活用して豊田商事の如何なる行為を規制するかの方策を調整し、確立する(以上の行為を、以下「本件行為」という。)べき作為義務があった旨主張する。
二本件行為についての経企庁の権限の有無
経企庁の所掌事務、職務権限の内容は前記第二記載のとおりであるから、本件行為のうち、原告らが主張するような会議の開催を関係行政機関に呼びかけて、当該会議において各行政機関の有している情報、資料を互いに交換する機会を設けるというのは、一般的、抽象的には経企庁の職務権限の範囲内の行為であるといえる。但し、当該会議においてどの省庁が如何なる法令を活用して豊田商事の如何なる行為を規制するかの方策を調整し、確立するというのは、当該会議において関係行政機関相互の協議によりなされるべき事柄であって、経企庁が独自になしうることではない。
三経企庁の右権限行使が前記義務となるための前提要件
前記第二記載の経企庁の職務権限の内容に照らすと、豊田商事に関する対策会議の開催を呼びかけるという右権限の行使が義務化する前提として、その行使が可能となるために、まず客観的には、(1)豊田商事問題が消費者行政に関し基本的施策を要するほど重要な問題となっており、(2)それについて、各関係行政機関の間での協議が必要不可欠である(即ち、各行政機関が個別に行っている施策が進まず、その原因が互いの情報連絡の不足にあって、関係行政機関の間で情報連絡を行い問題点についての協議、調整を行えば障害が取り除かれて施策が推進される場合である)という具体的要件が充足され、更に、主観的には、(3)経企庁において右(1)、(2)の要件の充足について認識し、ないしは認識しうる状況にあるという要件が充足されることが必要である。
四裁量行為としての経企庁の右権限行使が前記義務となるための要件
裁量行為としての経企庁の右権限行使が義務化して個別の国民に対して負担する職務上の法的義務となるための要件については、前記第一章第二の二に説示した規制権限の行使が義務化して個別の国民に対する職務上の法的義務となるための要件に準じて考えられる。従って、経企庁の右権限の不行使が違法となるか否か(即ち、経企庁の担当公務員に右権限行使の作為義務があるか否か)の判断は、経企庁の担当公務員が当該具体的事情の下において右権限を行使しなかったことが右権限の根拠法規の趣旨・目的のみならず慣習、条理等に照らして著しく不合理と認められるか否かにより決すべきものであり、かつ、右判断に当たっては、同所説示の(1)ないし(5)等の諸点を総合考慮すべきものと解するのが相当である。
ところで、経企庁の前記権限の根拠法規は、前記第一の一説示のように、一般的な公益としての消費者の利益等の保護を通じて原告ら個別の国民の権利利益を間接的に保護しているものであって、これを直接的に保護しているわけではないのであるから、このような根拠法規の趣旨・目的のみから経企庁の担当公務員の右権限行使義務を導き出すことはできない。また、本件においては、右義務の発生原因となる慣習等についての主張立証もないから、結局、右違法の成否の判断は、右各法律等が直接的であるか間接的であるかはともかく原告ら個別の国民の権利利益を保護の対象としていることをも重要な要素として、条理に基づいてこれを決すべきことになる。
第四第一五回、第一六回消費者保護会議決定に至る経緯及びその後の施策の推進状況等
前記第二章ないし第五章認定説示の事実に証拠(<書証番号略>、証人村田)を総合すれば、次の事実が認められる。
1 豊田商事に関する苦情相談が国民生活センター(国民生活の安全及び向上に寄与するため、総合的見地から、国民生活に関する情報の提供及び調査研究を行うことを目的として、国民生活センター法により設立された特殊法人で、経企庁長官がその監督官庁となっている(同法一条、二九条)。)に寄せられるようになったのは、昭和五七年度以降である。国民生活センターにおける現物まがい取引に係る相談件数は、昭和五七年度(年度区分は当年四月から翌年三月まで、以下同様)が二八件(全件豊田商事関係)、昭和五八年度が八三件(うち豊田商事関係は六七件)、昭和五九年度(但し、同年一二月まで)が八九件(うち豊田商事関係は六一件)と推移していた。なお、当時海外商品先物取引等の商品先物取引に係る苦情相談件数は、常に現物まがい取引に係るそれの数倍に達していた(この傾向は、通産省消費者相談室に寄せられた苦情相談件数についても同様であった。)。また、国民生活センターに寄せられる相談件数は、年間六〇〇〇件程度あり、豊田商法等現物まがい取引関係の苦情相談件数は、数の上では全体の数パーセント以下であって、多い部類に属するものではなかった。
2 経企庁は、国民生活センターの監督官庁であり、同センターからそこに寄せられる相談の動向、件数等の概要に関する情報は入手していたが、個々の相談の具体的内容の詳細は、相談者のプライバシーの関係もあって把握できてはいなかった。従って、豊田商法を始めとする現物まがい取引に関しては、その具体的手法の詳細についての報告までは受けておらず、昭和五七年当時には、それらは巧妙なセールストークを用い、勧誘方法が強引、執拗で強迫まがいであるという点に主として問題がある訪問販売といった程度の認識しか有していなかった。しかし、当時国民生活センターに寄せられていた現物まがい取引や商品先物取引に関する苦情相談件数は、全体の中での割合からみると少ないものの、増加しつつある傾向にあることが判ったので、経企庁が第一五回消費者保護会議の決定原案にこの問題を取り入れ、昭和五七年一一月一二日の同会議決定前文に「金の現物取引等と称する悪質な商品取引による消費者被害を防止するために、消費者啓発に努めるとともに、悪質事犯の取締りを強化する。」との記載が盛り込まれたのである。(以下これを「本件第一五回決定」という。)。従って、当時本件第一五回決定でいう「金の現物取引等と称する悪質な商品取引」とは、豊田商法のみを意味していたわけではなく、豊田商法はそのうちの重要な一つではあったものの、豊田商法を始めとする現物まがい取引一般が考えられており、また消費者啓発や取締り強化の対象としては、商品先物取引をも含めたものが念頭に置かれていたのである。
なお、右消費者保護会議決定というのは、その前文についてみても、消費者安全の徹底、企画・表示の適正化等、消費者取引の適正化、消費者志向体制の強化といった四つの大項目の中に、数一〇の個別項目が取り上げられており、具体的方策の中では三〇〇近い個別施策が網羅されている大部なものであるが、本件第一五回決定は、そのうち前文の消費者取引の適正化等の中で、勧誘行為の適正化という項を設けて、そこで訪問販売及び海外商品先物取引等の規制法規の運用体制整備の問題とともに取り上げられた一項目である。
3 昭和五八年一一月八日の第一六回消費者保護会議決定でも、その前文において、「金の現物取引等と称する悪質な商品取引や海外商品先物取引を利用した悪質行為による消費者被害を防止するため、不法事犯の取締りの強化等各種法令の厳格な運用を行う。また、消費者被害の発生状況に対応して、随時迅速な消費者啓発を行う等消費者被害の拡大防止に努める。」との記載が盛り込まれた(以下これを「本件第一六回決定」という。)。本件第一六回決定も、本件第一五回決定以後も現物まがい取引や商品先物取引に係る苦情相談件数が引き続き顕著な増加傾向を示していたという事情を踏まえた以外は、本件第一五回決定と同様の事情経過によりなされたものである。
4 しかし、その後も豊田商事に係る苦情相談等は増え続け、マスコミでもなお頻繁に豊田商事問題が取り上げられ、豊田商事の福岡支店における「年金トーク事件」が発生し、また、被害救済に当たっていた弁護士グループが、昭和五九年三月二四日豊田商法を詐欺罪等で大阪地方検察庁に告訴した。国会でも、同年三月から四月にかけて以前にまして頻繁に豊田商法を始めとした現物まがい取引の問題が取り上げられ、同年四月一二日の衆議院物特委では、河本敏夫経企庁長官がこの問題に関して答弁に立ち、「政府としても前向きの解決に向け至急対応しなければならないと考えており、関係省庁と至急相談したい。」旨答えている。そして、右答弁を受け、その直後の担当課長会議において、この問題が話し合われ、豊田商法を始めとする現物まがい商法に対して厳正に対処していくことが申し合わされた。
5 しかし、当時としては、豊田商法に関して、警察庁や公取委等における取締り規制の検討がどの段階まで進んでいて、どのようなことが問題となっているかといった、具体的な施策実施状況の詳細は担当課長会議でも明らかにされなかったし、経企庁に知らされることはなかった。従って、関係行政機関相互の施策の対立や互いの情報連絡不足が施策推進の障害になっているという状況が明らかになるようなことは一切なかったのである。
6 なお、警察庁、公取委、法務省及び通産省は、昭和五九年春ころまでの時点において、いずれも原告らが主張するような規制権限を行使しないしは行政指導をすることができなかったものであるが、その理由の主たるものは、次のとおり(前記第二章ないし第五章参照)である。
(一) 警察庁
詐欺罪及び外為法違反罪に関しては、警察庁はもとより都道府県警察においても、豊田商事に対し本件強制捜査を実施するに必要な裏付け資料を入手しておらず、かつ、容易にこれを入手しうる状況にもなかったのであり、また、出資法違反罪に関しては、右の罪が成立するために必要とされる「元本保証」の要件が欠けていたため、原告ら主張の調整権限を行使することができなかった。
(二) 公取委
独禁法及び景表法による規制の対象となる「事業者」とは、反復継続して経済的利益の交換を行う者のうち、右各法律の目的である「公正且つ自由な競争」が可能となるような事業者をいうものと解するのが実務上の有力な見解であるところ、公取委の担当者においては、右の見解を採用していたことから、極めて反社会性の強い違法不当な手段を用いて一貫して虚業を営んでいる豊田商事は、右「事業者」には当たらず従って、右各法律の規制には馴染まないと判断したため、原告ら主張の規制権限を行使することができなかった。
(三) 法務省
法務大臣は、商法五八条に基づく前記各規制権限の行使に関して、現行法上何らの調査権限も認められていないことなどのため、豊田商事には商法五八条一項一号、三号該当の事由があることを認識することができず、従ってまた、原告ら主張の規制権限を行使することもできなかった。
(四) 通産省
行政指導を行うためには、その対象となる事業者の任意の同意、協力が見込まれることが必要であるところ、通産省の担当者においては、豊田商事が永野の指揮監督の下に組織ぐるみで豊田商法を遂行していた、その営業活動の状況や、豊田商事の公開質問状等に対する対応に照らし、豊田商事をして任意に豊田商法を止めさせることを内容とする本件行政指導を行うについて豊田商事から任意の同意、協力を得ることを期待できる状況にはないと認められたため、原告ら主張の規制権限を行使することができなかった。前記各省庁が原告ら主張の規制権限を行使しないしは行政指導をすることができなかった以上のような理由、及び前記第二説示の経企庁の権限の内容・性質に鑑みれば、たとえ昭和五九年春ころまでの時点で原告らが主張するような六省庁会議を開催したとしても、右各省庁において規制権限を行使しないしは行政指導を行うための障害が取り除かれて、右各省庁のいずれかにおいて原告らが主張するような規制権限を行使しないしは行政指導をすることができるに至ったとは認められない。
第五経企庁の作為義務及びその違反の有無
一前記第三の三の要件充足の有無
1 右第四に認定した事実に徴すれば、昭和五九年春当時には、本件第一五回及び第一六回決定がなされたにも拘らず、豊田商法をめぐるトラブルがなお増加を続け、金等の現物まがい商法、とりわけ豊田商法の問題が単なる個別企業の問題を超えた基本的施策を要する重要問題となっていたといえるから、前記第三の三(1)の要件の充足は認められる。しかしながら、当時前記各決定を受けて関係行政機関がなお施策の実施を進めている段階で、未だこの問題に関して関係行政機関の間の施策の対立、相互の連絡、調整や協議の必要性が明らかになるといった状況にまで至っていたことは認められない。また、昭和六〇年五月ころまでの間に、このような状況に根本的な変化があったと認めるに足りる証拠はない。従って、同(2)の要件が満たされていたとは認められないから、経企庁が豊田商事に関する対策会議を関係各行政機関に呼びかけるという権限行使を可能にするための前提要件が未だ整っていたとはいえない。
2 もっとも、かつて消費者行政の一環として、経企庁が呼びかけて、マルチ商法等に関する一〇省庁の連絡調整会議(昭和五〇年六月開催)及び無限連鎖講規制に関する六省庁の連絡調整会議(昭和五一年六月以降開催)といった、関係行政機関の担当課長級の者が集まる会議がもたれたことがあるが、これらは、そういった問題が当時既に消費者保護会議で取り扱うべき基本的施策を要する重要事項であり、関係行政機関が集まって対策について協議すべきものであるという認識が各行政機関にあったことから、経企庁がそのような各行政機関の認識を受けて開催を呼びかけたものである(<書証番号略>、証人村田)。従って、これらの会議は、前述のような本件の状況とは異なった事情の下に開催されたものであるから、これをもって、本件でも同様に豊田商事に関する対策会議の開催が可能であったとはいえない。
二前記第三の四の要件充足の有無
右一に説示したとおり、経企庁の権限行使については、その前提となる前記第三の三の要件充足の事実を認めることができないのであるが、仮に右要件充足の事実が認められるとしても、次に述べるとおり、本件全証拠によるも、前記第三の四の要件充足の事実を認めるに足りない。
1第一章第二の二説示の(1)ないし(5)の諸点について検討するに、前提事実で認定の事実及び前記第四認定の事実によれば、遅くとも昭和五九年五月の時点において、原告らの老後のための預貯金等という重要な財産について豊田商法による被害発生の具体的危険が切迫していたこと(危険の切迫)、村田課長ら経企庁の担当者が右危険を知り又は知りうる状態にあったこと(予見可能性)、原告らの本件被害の多くは行政庁が権限を行使しなければその結果を回避できないものであったこと(補充性)は明らかである。
2 しかしながら、前記第二説示の経企庁の前記権限の内容・性質に照せば、本件全証拠によるも、国民が右権限の行使を期待している状況にあったこと(国民の期待)を認めるに足りない。
3 また、右第四6に認定の事実によれば、昭和五九年春ころまでの時点で原告ら主張のような六省庁会議を開催したとしても、そのことによって豊田商事に対する六省庁の規制権限の行使が可能になったとはいえない。また、昭和六〇年五月ころまでの間に、そのような状況に根本的な変化があったと認めるに足りる証拠はない。従って、村田課長ら経企庁の担当者が前記権限を行使することによって容易に結果を回避しえたといえないから、結果回避可能性の要件も満たされていたとはいえない。
4 以上の諸点を総合考慮すれば、村田課長ら経企庁の担当者において前記権限を行使しなかったことが条理に照らして著しく不合理であると認めることはできない。
5 なお証拠(<書証番号略>、証人村田)によれば、昭和六〇年六月に、経企庁が呼びかけて、豊田商法及びこれに関連する事項について対策を協議する関係六省庁の担当課長会議が開催されたが、これは、同年四月一五日ころまでに豊田商事の関連会社である鹿島商事の社員三名が詐欺の容疑で逮捕され、同年五月からは豊田商事が顧客からの解約申入れに応じても返金をしないという事態が新たに発生し、同月二二日に豊田商事の巨額の赤字が明るみに出、同年六月四日には国会でも豊田商事問題が集中審議されるなどの状況の変化があり、関係省庁間でかかる会議を設置し協議を行うことの必要性について認識の一致がみられたことによると認められる。従って、このことをもって、昭和五九年春ないし昭和六〇年五月より以前の時点で同様の会議が開催されるべきであったとする根拠とすることはできない。
三結論
以上によれば、村田課長ら経企庁の担当者には、前記規制権限行使義務もその違反もなかったことになる。
第七章結論
以上の次第で、原告ら主張の被告国の公務員のいずれについても、原告らの本件被害の発生に関し、違法な職務行為があったことを認めることはできないから、原告らの本件被害について、被告国が国家賠償責任を負うべき理由はないというべきである。
(裁判長裁判官松尾政行 裁判官山垣清正 裁判官庄司芳男は、転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官松尾政行)
別紙原告目録
甲野太郎
外一四八七名
別紙原告ら訴訟代理人目録
弁護士 伊多波重義
同 野仲厚治
同 北岡満
同 菅充行
同 中山厳雄
同 国府泰道
同 植田勝博
同 氏家都子
同 影田清晴
同 川村哲二
同 櫛田寛一
同 小林俊明
同 佐井孝和
同 斎藤ともよ
同 城塚健之
同 乕田喜代隆
同 中西裕人
同 長野真一郎
同 永吉孝夫
同 畑井博
同 増田健郎
同 松村信夫
同 丸橋茂
同 三木俊博
同 三木秀夫
同 宮地光子
同 村上久徳
同 村本武志
同 山崎敏彦
同 山下誠
同 和田誠一郎
同 山口健一
同 吉田肇
同 中井洋恵
同 山西美明
同 山下綾子
同 野々山宏
同 三重利典
同 高見沢昭治
同 荒川英幸
同 飯田昭
同 稲村五男
同 篭橋隆明
同 浅岡美恵
同 浅野則明
同 安保嘉博
同 井上博隆
同 植松繁一
同 若松芳也
同 尾崎高司
同 湖海信成
同 戸倉晴美
同 中村和雄
同 長谷川彰
同 村井豊明
同 國弘正樹
同 太田常晴
同 武田忠嗣
同 中島俊則
同 山崎浩一
同 岩本多恵
同 渡辺馨
同 久保哲夫
同 中村悟
同 相良博美
同 佐藤真理
同 吉田恒俊
同 坪田康男
同 泉谷恭史
同 中川利彦
同 小野原聡史
同 上野正紀
同 有田佳秀
同 山根良一
同 永田徹
同 関通孝
同 阪本豊起
同 大搗幸男
同 天野泰文
同 岡野良治
同 菊井豊
同 後藤伸一
同 菅尾英文
同 竹嶋健治
同 沼田悦治
同 藤田和也
同 森川正章
同 山崎省吾
同 山本美比古
同 山崎俊彦
同 横山慶一
同 渡部聡
同 穴澤定志
同 阿部譲二
同 阿部三琅
同 虻川高範
同 伊勢正克
同 伊藤治兵衛
同 加賀勝巳
同 川田繁幸
同 小林昶
同 小泉健
同 金野和子
同 金野繁
同 塩沢忠和
同 柴田一宏
同 庄司昊
同 白澤恒一
同 高橋隆
同 高橋敏朗
同 田中伸一
同 津谷裕貴
同 内藤徹
同 西岡光子
同 沼田敏明
同 平川信夫
同 廣嶋清則
同 湊貴美男
同 村岡昭
同 山内滿
同 横道二三男
同 石橋乙秀
同 澤藤統一郎
同 菅原一郎
同 菅原瞳
同 山崎正敏
同 山中邦紀
同 吉村和彦
同 脇山弘
同 安孫子博
同 阿部敏
同 阿部哲太郎
同 大江修司
同 柿崎喜世樹
同 加藤實
同 菊川明
同 倉岡憲雄
同 佐藤欣哉
同 高橋敬一
同 高橋敬義
同 武田正男
同 塚田武
同 外塚功
同 繩田政幸
同 細谷伸夫
同 三浦元
同 水上進
同 佐藤昭雄
同 高橋輝雄
同 吉岡和弘
同 小野寺義象
同 山田忠行
同 増田隆男
同 杉山雅茂
同 佐藤正明
同 小野寺照東
同 増田祥
同 斉藤正俊
同 樋口和彦
同 牧野丘
同 松下祐典
同 池本誠司
同 海老原夕美
同 大久保和明
同 加村啓二
同 新穂正俊
同 中山福二
同 福地輝久
同 杉村茂
同 島田浩孝
同 立松彰
同 熊野明夫
同 大槻厚志
同 小平恭正
同 佐藤鋼造
同 堤一之
同 長谷川康博
同 福田光宏
同 玉木一成
同 田中由美子
同 黒岩容子
同 青木護
同 茨木茂
同 上柳敏郎
同 小澤治夫
同 小薗江博之
同 小口克巳
同 大森秀昭
同 神山啓史
同 川人博
同 小林政秀
同 小島延夫
同 犀川千代子
同 斉藤雅弘
同 栄枝明典
同 佐藤むつみ
同 花岡敏明
同 堀野紀
同 高山俊吉
同 安田寿朗
同 土田庄一
同 安江祐
同 鈴木剛
同 井上聡
同 白井正明
同 清水聡
同 角田由紀子
同 杉本文男
同 須納瀬学
同 千葉肇
同 友光健七
同 永井義人
同 長谷川寿一
同 畑江博司
同 服部大三
同 南惟孝
同 森田太三
同 山口広
同 酒向徹
同 高橋鉄
同 上條剛
同 鈴木俊
同 味岡申宰
同 高橋勝
同 足立定夫
同 鶴巻克恕
同 中村周而
同 砂田徹也
同 高野泰夫
同 藤田善六
同 橘義則
同 山崎正美
同 本田祐司
同 岩渕正明
同 奥村回
同 鳥毛美範
同 佐藤辰弥
同 吉川嘉和
同 吉村悟
同 廣瀬英雄
同 加藤謙一
同 伊藤誠基
同 谷口彰一
同 渡部伸二
同 石田正也
同 山崎博幸
同 光成卓明
同 秋山義信
同 井上健三
同 河田英正
同 河原昭文
同 近藤幸夫
同 清水善朗
同 関康雄
同 谷和子
同 宮崎健一
同 廣島敦隆
同 馬渕顕
同 金尾哲也
同 島方時夫
同 山田延廣
同 三浦諶
同 津川博昭
同 久保和彦
同 西山司朗
同 草薙順一
同 井上正実
同 名和田茂生
同 永尾廣久
同 小泉幸雄
同 上田国広
同 林田賢一
同 村井正昭
同 松岡肇
同 渡邉和也
同 原田直子
同 安部尚志
同 三溝直喜
同 井手豊継
同 田中久敏
同 山本一行
同 小澤清實
同 幸田雅弘
同 藤尾順司
同 美奈川成章
同 大神周一
同 古田邦夫
同 西田収
同 西清次郎
同 松野信夫
同 松本津紀雄
同 加藤修
同 坂井優
別紙被告目録
被告 国
右代表者法務大臣 田原隆
被告指定代理人目録
萩原秀紀
小尾仁
小巻泰
鎌倉克彦
赤西芳文
塚本伊平
田中素子
竹本健
板垣高好
太田清一
岩崎博子
中出孝典
橋本寿恵光
梅村上
寺川祐一
三須国雄
高橋省三
北浦宏道
高山陽好
黒木良治
望木博明
森内彰
小野寺憲一
笠木博行
渡邊東
川口康裕
廣田道夫
川上信一
谷内敏美
及川春之
畦地文晴
徳岡襄
森光栄蔵
大原隆司
豊永厚志
村上敬亮
小松由夫
豊國浩治
戒能一成
萩尾憲三
被害状況一覧表兼請求目録
原告名
支店・営業所
契約日
(昭和年月日)
支払額(円)
支払合計額(円)
請求額(円)
担当販売員
1-1
第 一
甲野太郎
岩切秀憲
59.10.1
4,420,000
〃
59.10.3
2,295,000
〃
59.10.4
4,590,000
〃
59.11.6
2,210,000
〃
59.11.7
2,295,000
〃
59.11.21
459,000
〃
60.1.10
1,955,000
〃
60.1.24
187,000
〃
60.5.10
2,125,000
〃
60.5.25
4,802,500
25,338,500
5,000,000
<以下、省略>